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第8話-1  過去

 オリヴェルはこの日バリーの家に来ていた。目的はバリーではなくその妻に会うためだ。クラーラにお願いして作ってもらったお菓子を土産に、バリーとの酒宴を根回しにきた。


 あまりマメではなかった彼も歳の離れた嫁を持ちその勘所が備わって来た。


「おや。オリヴェル。いらっしゃい。今日は休みかい?」


「はい。姐さん。午後からギルドの打ち合わせがありましてね。昼前が空いているのでご挨拶に参りました。これは、いつもの嬢ちゃんの特製です」


「いつもすまないね。ご近所さんにも評判で助かるよ。まったく、うちの人ったら気が利かないからさね」


 そして、ジッとオリヴェルの顔を見る。いつもの事だ。


「――――傷は残っちまったね」


 傷顔(スカーフェイス)の由来となるそれを残念そうに見つめる。


「自分が至らなかった事を戒める傷です。今となっては浅はかな若造の自己満足を晒す物ですが……」


「昔の自分を卑下してはいけないよ。あんたに助けられた人は多いんだから、ティルダちゃんだってその一人でしょうに」


 妻のティルダとは一〇年前に出会った。


「そうですね。アホな俺は間違ってばかりですが、一〇年前のアレも他にやりようがあったかもしれません」


 そう言って苦く笑う。その出会いで何故か惚れられ押しかけられて、いつの間にか大切な女性になっていた。


 彼は初恋の女性と同じく気の強いタイプに弱いらしい。


『硬い頭じゃ大切なものを見誤るぞ』


 あの日言われた言葉は今となっては反論の余地もない至言だったと分かる。


(ぼう)も立派になられたんでしょうね」


「ウフフ。ガキが二人もいる親を捕まえて坊もないさね。小さい時分には護傘(ごさん)の噂に眼を輝かせていたものよ。――」


「――あの子にとっては父親より、あんたの方がずっと英雄だよ。あんたの生きざまは正しかった。皆が知っているよ」


 そう言って昔を懐かしむように目を細めた。



§



 ――――十数年前


「おい。本気か? バルサタール。引退して王都に引っ込むってのは!」


 バルサタールより四つ上のマティアスは憤ったようにそう怒鳴る。


「あぁ。決めたことだ」


「何か方法はないのかよっ! お前ならS級まで登り詰められる。俺ら世代の旗頭(バンディエラ)だろ。みんなお前を目指して切磋琢磨して来たんだ」


(みんなテメェに憧れて夢を見て来たんだ。俺達の希望。一番星(ステラ)の筈だろがっ!)


「それよりも倅が大切だ。すまんな」


 バルサタールは淡々と答える。そこに憤りや諦観はない。唯、強烈は決意だけは見て取れる。


 暫し絶句したマティアスは五分の兄弟。バルサタールへ吐き捨てるように別れの言葉を伝えた。勝手にしろと。


 もう一人引き留める者がいる。舎弟のオリヴェルだ。


「兄貴。考え直してくれ。坊と姐さんは俺が王都で面倒見るからさ。兄貴はここで上を目指してくれよ。頼むよ。兄貴は俺の憧れで希望なんだ。これからも何千、何万も人を助ける人間だ。簡単に諦めないでくれよ」


「バカか? 倅の人生を親が背負わないで誰が背負うんだ」


 オリヴェルは苦しいような悲しいような複雑な表情で言葉を届ける。


「坊の病気は俺が世話するから頼むよぉ。兄貴のその物語()を見せてくれよ」


 バルサタールならこのクソみたいなダンジョンを攻略しこの地に安寧をもたらしてくれる。オリヴェルはそう信じた。


「――決めたことだ。すまんな」


 凪のごとく静かな拒絶だった。


 オリヴェルは最後の札を切る。仄暗(ほのくら)い自虐と僅かな可能性にかけて。


「――兄貴。俺と決闘をしてくれ。もし、俺が勝ったら一つ頼みを聞いてもらいたい」


「――俺が受けると思うか?」


「――受けるさっ!」


 そう言って剣を抜く。ここは街中だ。決闘はご法度。唯の辻斬りだ。彼の顔は泣き嗤いに歪む。


(――もし、この闘いで俺が死んだら、兄貴は考え直してくれるかな)


 剣を持ち対峙した人間を絶界は赦した事が無かった。敵は叩きのめすものだ。だから、彼はその覚悟すら持っている。


 オリヴェルは憧れ慕った相手に切りかかる。見上げ目指し鍛えた剣で。


 オリヴェルの攻撃をバルサタールは躱し、躰をゆらりとブレさせると見えない一撃を放った。


 オリヴェルの剣は半ばから断たれ舞い飛ぶ。その軌道で左頬を斜めに裂傷が(はし)る。


「――――訓練はつけてやった。満足か?」


 バルサタールはそう言い放つとその武威で周囲を威圧する。これは訓練だと口外するなと。


「まだ。やれる」


「そうか、なら勝手にすればいい。俺は帰る」


 切りかかりたいならそうしろと言う。


「兄貴なら届いた頂きがあった。あんたがそこに立つのを俺は見たかったんだ」


「――すまんな」


「ちくしょう。くそったれだ。俺は英雄を引き留めることも出来ない。俺が足らないばかりに万人を救う絶界が……兄貴が引退する」


「誰が英雄だ? それにお前は関係ない。これは俺の意志だ」


 そこでオリヴェルは奥歯を噛みしめる。


「兄貴。――俺は今日。この傷に誓う。兄貴が助けたはずの市民を俺が代わりに救う。今は力が足らないが、いずれ、万人を救う。兄貴なら出来たことだ。これは、偉大な英雄を引き留められなかった償いだ」


「俺はそんなたいした者じゃない。お前が救ったとして、俺には関係ないさ。お前の意志と力で成したことだ。それを誇れよ」


「それでもだ。それでも、きっかけは今日のこの間抜けな傷だ。この気持ちを忘れないようにこの傷は残すよ」


「……治るんだからさっさと治療しろよ? いずれお前にも自分より大切なものが出来るかもしれない。硬い頭じゃ大切なものを見誤るぞ。世話になった。じゃあな」


 バルサタールとの会話はそれが最後となった。息子の病気を心配し、必要最低限の準備でそのまま王都へと向かったからだ。


 それから、オリヴェルは自ら傷顔(スカーフェイス)と名乗るようになる。英雄を説き伏せられなかった間抜け面と自虐して。


 だが、彼は絶界と対峙して唯一倒れなかった者だ。バルサタールは弟分に手を抜いたのか? 否だ。


 その闘いをそっと見守っていたマティアスは知っていた。


 最後にバルサタールには珍しく嬉しそうに笑ったことを。もう任せられるというように。


 マティアスはその誓いの通り、ギルドのクエストより市民を救う事を優先した。命令違反は度々だが、優秀な為に追放はされない。


 だからこそ敬意をもってS級になり損ねた英雄と呼ばれ市民には大人気だ。


 彼によって救われた命は数知れない。


 地位や名誉。金銭よりも命を重んじる。慈愛の護傘。絶界の志を胸に秘める者だ。

今が最終章で完結へと向かっています

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