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第6話-2  勝敗Ⅱ

 レオカディオとガンソが共闘の契りを交わすとノアが拠点を移すのに合わせて辺境都市ディンケスルで人員の募集がかけられた。


 募集内容はディンケスルにあるクランの鍛冶師兼ガンソとの繋ぎ役だ。


 どちらかと言えば研究肌のボトヴィットはガンソから伝え聞いた新たな技術。錬金の“紋”に興味を持っていた。


 幸いな事に子供は独り立ちしており、豪儀な嫁は自分に付いて来てくれるという。ならばとノルトライブの店は倅に譲り自分の欲求を満たすためにその募集に名乗りを上げた。


 そして始まるノアからの丸投げ授業。人間界になじむべく普段は共通語を話すドワーフも神聖語を理解する。即席でメートランド語を使い熟す初めてのドワーフが生まれた。


 ノアのとんでもない発想に巻き込まれながら、慌ただしくも楽しい毎日を送っている。



§



 ――――クランマスターの執務室。


 二〇代半ばの濃緑髪の青年がゆったりとソファに座り、その向かいにパオラとノア。そして、エステラが腰を下ろしている。


 テーブルには給仕が用意したカップが人数分置かれていた。


「パオラさん。無理はしていませんね? 休むことも冒険者の重要な義務の一つです」


 青年の声は春風のごとく優しく諭すように響く。


「はい。マスター。安全マージンを確保して無理せずに攻略しています」


 朗らかにパオラが答える。


「あんたこそちゃんと休めよ。顔色悪いぞ」


 ノアがぞんざいにそう言う。


「ハハハ。――そうしたいのは山々だが、貧乏暇なしでね。非才を恨むよ。その分時間を回さないと熟せない始末さ」


「――だったら、人を増やせよ。このクランの収益率は良い筈なのに。寄付しすぎなんだよ。あんたの収支報告書見せてみろよ。破綻しているのが分かるさ」


「公私は分けているよ。クランの資産に手を出したら犯罪者だ」


「そうは言っていない。あんたの給料は営業利益の%で決まっている。だから、それを最大化させて、その殆ど、……いや、全てを寄付しているんだろ? はぁー、新人より手取りの少ないマスター何て聞いたこと無いよ」


 呆れたようにノアはそう言った。


「――先行投資だよ」


「志は支持するが、限度があんの。昼間は商人との商談で夜はダンジョン? 二重生活にも程があるんだよ。クラン最高の戦力をすりつぶすのは無駄じゃないの? まぁ、何度言っても聞かないようだけど」


「それでもだよ。幸い王民事業体が発足したおかげで先行きの目処はたった。あと少しの辛抱だ」


「マスターもご自愛くださいね」


 パオラが強い眼差しでそう付け加えた。


 青年は弱ったように笑うと誤魔化すようにこう言った。


「――善処します」


 彼はその給料のほとんどを孤児院や戦災被害者に寄付している。


 辺境都市。そこには精強な冒険者が集まる。だが、凶悪なダンジョンがあり、命がけの場所だ。その為に残念ながら孤児も多く存在した。


 無論、辺境領が資金を出して保護している為に餓死することはない。だが、決して裕福とも言えなかった。


 そして、先の戦から一昔前といえる時がたった。それは遠い昔とはいえないが、さりとて、既に知らぬ世代のいる過去の出来事だ。だが、戦災被害者には、日々の生活があり、未来への希望が必要だった。


 その為には、まだ、投入する資金が必要であり、クランマスターの寄付が大きな一助になっていることは事実以外の何者でもない。


 この都市は帝国との要衝だ。兵力を維持しなければならなかった。当然ながら、軍の運用はとかく金がかかる。


 更に凶悪なダンジョンは、どれほどの冒険者がモンスターを屠っても数年に一度スタンピードを引き起こしていた。


 そうなれば、死傷者が発生し城壁にも被害が出る。不幸を被った者には、都市から見舞金も支払われ、損耗を受けた建物は修繕をすることとなり、財政を圧迫していた。


 この場所は、ダンジョンからの獲得品により冒険者が多く、彼らの羽振りは良いが、反面、その運営には莫大な資金が必要となるのだ。


 王国からの資金援助もあり破綻はしていないがギリギリ。有史以来、火中の栗を拾い続けるのが辺境領であり、その為に絶大な尊敬と発言力を持つ場所でもあった。


 青年の回答を聞いたノアは処置無しとばかりにパオラを見つめた。


「――マスター。無理はいけませんよ」


 パオラがジッと見つめると青年は曖昧に笑うとすすっと視線をそらす。


「しょうがない。ちょっと進捗見にいってくるよ。パオラさんとエステラはどうする?」


「――ん。一緒に行く」


「あたしはマスターがちゃんと休むのを見張っておきます」


 それを聞いてノアがニヤリと笑う。


(最強の一手だね。パオラさん怒ると怖いからなぁ)


 挨拶をしてノアは部屋を出た。


~~~


 ノアが向かったのは王民事業体イーディセルの訓練施設。そこには丁度エーギルもいた。


 そこでは男女問わずに幅広い世代の人間が訓練をしていた。


 辺境都市の状況を鑑みてノアが提案した元ネタは屯田兵政策だ。兵の維持に金がかかるなら緊急時だけの兵隊を生みだそうという発想だ。自警団の方がより近いかもしれない。


 平時も訓練を行い。そのほとんどを農民として生活させる。あるいは、平時は商人でもよい。


 兵としての働きに合わせて俸給を払うことになるが、職業軍人を増やすより安価で大量に生み出す事ができる。


 幸いな事に辺境都市の人々はその環境もあり武張った気質を持っていた。自分の土地を自らの力で守る気概だ。


 半年ほどの訓練で農業を志す者は職業が変化した。多くは農争士に稀に農兵となった者もいる。


 武装も分けて本職の軍人が訓練にあたる。希望した孤児にも簡易の訓練を行い成人後は農地を渡す約束をしている。


 その農地開墾に活躍したのが、水素還元循環エンジン起動のトラだった。立てられた計画の下に粛々と作業を続け圃場を広げていった。


 ノアの訪問に気付いたエーギルは朗らかに声をかける。


「こんにちは。ノアさん。エステラさん。視察ですか?」


「えぇ。順調のようですね」


「はい。食料の生産自給率は都市内消費を上回りました。輸出量も確保できるほどですよ。ノアさんのおかげです」


「私は何も、全てはトラのおかげですかね」


 そう彼が応えると、エーギルは目じりを下げて本心を隠す。誰のおかげかを良く知るが故に。


「辺境都市の経済状況も数年で上向きになるでしょうね」


 エーギルはそう言って眩しそうに、その首謀者を見つめた。


「それは何よりです。となると、都市へ債権で出資すれば見返りも多いかな? 一度提案してみるか……」


「――都市への出資ですか?」


「えぇ。今は火の車は、……言い過ぎですがカツカツみたいですからね。今代の辺境伯様はまだ未成人だそうですが後見人がいらっしゃるでしょう?」


「えぇ。王民事業体のディンケスル支所を立ち上げる時にご挨拶に上がりました」


「王民事業体だと国王の影響がでますから、国債。――じゃなかった都市債でも発行してもらうように提案してみましょう。仕組みを簡単に説明します。5%以上の利回りにすれば、みんなこぞって購入するでしょう。――」


「――そうすれば、あの人の無茶も少しは収まるかね?」


 パオラさんも安心できるといいんだけど、と漏れた小さな心の声はエステラにしか拾えなかった。



§



 ――――王都


 レオカディオは王民事業体イーディセルの執務室で報告書に眼を通していた。


 それは、各地での食品自給率の表だ。右肩上がりのグラフは大台を突破し、既に王国は食料輸出国である事実を示している。


 ノアが提案した通り、今では植物油の産油国として外貨を稼ぎ。その絞り粕はたい肥となって循環する。


 各都市には錬金術士による化成肥料工場が設置され、有機と無機の肥料による野菜の増産が行われていた。


 ケィンリッドはノアから受けた、いつになく真剣な言葉を守り化成肥料だけの栽培を行わなかった。


『ケンちゃん。いいかい。化成肥料は生育を促進させるけど土壌環境を壊す。だから、有機質を一作ごとに入れないといけないんだ。化成を使い続けた畑は、砂漠より微生物が少なくなるんだぜ』という言葉は忘れないでくれとの願いを込めてノアには珍しく真摯に伝えられた。


 そして、黒と白のペッパー。ベーキングパウダー。これらは今では高値で取引される戦略商品となり、外交交渉のカードになるほどの破壊力だ。


 ノアの懸案が予言のように問題を解決させて行く。


 その立役者とされるケィンリッドは、今では慣れない夜会に招待されて大汗をかく日々だ。


 招待を避ける口実に、栽培指導を名目として、近隣都市を歴訪しているが、そこでも歓待されて閉口しているらしい。


 (くつろ)ぐように紅茶で喉を潤したレオカディオの元へ着信音とともに、その報せは届けられた。



 ――緊急連絡相手はガンソ。黒い筐体から少しくぐもった声が発せられる。


『ダンデス殿。――応答願う』


「はい。ここに居ります。何事か(うけたまわ)る」


『――例の動きがあった。……だが。これは……』


「――どうされた?」


『一〇を超えるダンジョンで(まが)()が使用された。……そして報告が今も放射状に上がっている。いや、待て、……外縁からも新たな報告が、これは……。このままだと、王国全土を……覆うのか?』


 ガンソの下へ王都を中心に放射状に広がりを見せていた一門からの報告は、不意に外縁部からの多発的な発生の報せとあいまって王国を浸食してゆく。 


「――全土を?」


『――まさか。いやしかし。……あり得ない』


「……何か分かりましたか?」


『――王国で今起きているのは、全てのダンジョンへの氾濫促進……の可能性だ。現時点で確定度の高い、と言わざるを得ない』


「……」


 レオカディオは沈黙する。王国は未曽有の危機を目前に束の間の平穏を過ごす。

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