第6話-1 勝敗
肩慣らしのように打ち合った俺はバリーさん(笑)に霞段を仕掛ける。
遠山の目付でぼんやりと姿を捉え、変幻の五連撃を放った。
バリーさん(笑)はその攻撃を型打ちのように受けていなす。
そして――俺は崩身で、揺らめくように最長距離からの突きを胸元へ差し込む。バリーさん(笑)も姿を明滅させると、その一撃を躱し諸手突きで俺の喉を狙ってきた。
伸ばした腕をたたみ、八の字を描いた杖は、下段から払い上げられ、おっさんの脇へとゴウと迫る。
そして、――――その寸前で停止していた。
俺の首元には木刀。
「ドローだな」
バリーさん(笑)がそう言う。そう、この頃の戦歴はほぼ引き分け。だが、まだこのおっさんの底が見えていない。俺の奇手にも難なく対応し同じ力に合わせてくる。
まるで、稽古をされているみたいだ。
「――崩身も形になってきているな。だが、足運びが単調だ。虚は実に、実は虚に昇華させろ。そうすれば、全ての動きが実となる。実であり虚、虚であり実。攻撃の瞬間に切り替えられる最善の一手となる」
……何言っているかもう分からない。何かの極意の話ですか?
だが世界は深くて高いってことは分かった。このおっさんの剣の変態性を表す事がある。
おっさんは技術に名を付けるのは好きではないが、これから見せるのは心通しと呼ぶ物だと言った。
そして軽鉄を芯にした巻藁を撫でるように叩いた。すると、おっさんの剣は藁を傷つけずに軽鉄のみを絶ったのだ。
いや俺でも藁を切らずに芯をへし折る事はできるよ。力業で。魔法を使ったのか聞いたら、ただの手妻だと笑っていたが、とんでもない技術であることは間違いない。
思った物だけを切るという剣の極致。何れは俺も出来るようになると笑っていたが、極普通の俺にそんな変態性を求めないでもらいたい。
「俺の敗けだよ」
敬語の仮面を付けずに不貞腐れた俺の言葉。それを聞いてバリーさん(笑)は楽しそうに笑った。
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「すごいわね。殆ど何しているか分からないわ。エステラは見えるの?」
心底驚いたようにパオラはそう言った。
「肉眼では無理。タラリアの補助を受ければ見える」
目の前ではバリーとノアが訓練戦闘を実施している。バリーはあまり場所を動かずに同じ処で回転するように攻撃を受けていた。
翻ってノアはまさに縦横無尽。攻撃の距離を変え、或いは背を向けて突きを放つ。
数十合に渡る打ち合いが一度止むと。ノアは杖を肩にかけ、両手を載せた。
――瞬間。彼の身体が揺らめきブレる。――崩身。
パオラの耳には打ち鳴らす打撃音が一つだけ聞こえた。
そして、目の前には動きを止めた二人。
「――最後のは良く分からなかった。ノアが瞬間移動を繰り返したように見えた」
コマ落ちのアニメのようにノアの姿を捉えたエステラがそう言った。
「――あたしがノアくんとパーティ組むのは足手まといじゃ……」
弱り顔でパオラがそう言う。魔法の威力は彼女が一番強力だが純粋な戦闘力ではエステラにも及ばない。
「そう言う意味なら、ノアは全部一人で出来るから私も一緒。――パオラさんはノアを止められるから貴重」
パオラの眉間に皺が寄る。
「存在意義はブレーキ役か……」
トホホと項垂れた。
§
「こんちは。ボトヴィットさん。武器の点検をお願いします」
若いクランのメンバーがそう言って剣を差し出した。大柄なドワーフのボトヴィットはそれを受け取ると鞘から抜き刀身を確認する。
「――少し欠けがある。研ぐから預けていけ。夜には仕上げておく」
「はい。ではお願いします」
お礼を言ってメンバーは出て行った。
それを見送り彼はふと己がここに来た理由を思い返した。
ボトヴィットはノルトライブを拠点にしていた鍛冶師だ。ノアが店を訪れたあの日、己の沈黙は金に値するか確認された人物でもある。




