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第5話-2  少年Ⅱ

 少年を保護して一ヶ月が経った。言葉は片言ながらもコミュニケーションは取れるようになってきた。文字も急がずにおいおいで良いだろう。


 愛称はサトゥ。十一歳のクラーラがサトゥの境遇に同情して甘やかしている。そのうちぽっちゃり君にならないか心配だ。


 情操教育と今までいなかったであろう同年代の仲間を作ってやろうと孤児院にも預けてみたが、同年代が沢山いる場所にトラウマがあるのか逆に情緒が不安定になる。


 暴れ出したり奇声を上げたり、走り出したりとするので抱きしめて落ち着かせ俺の家へ連れ帰った事があった。今ではサトゥの相手は殆どクラーラにお願いしている。


 この頃の聞き取りで白い部屋に隔離されてあの歳まで過ごしたことは分かっていた。


 それを聞き念のためツンツクに川を遡上してもらったがその周辺に該当施設は発見できなかった。


 どう考えても帝国で非人道的な施設に入れられていたのだろう。その目的はサトゥも知らないらしい。


 教育もせずにあの年齢まで飼い殺す意味が分からない。嫌な言い方だが人を生かすにはコストがかかる。思想犯の家族とか、帝王の意に沿わない貴族の子とかの人質位の価値がなければそんなことはしないと思う。


 家族がいるならそれも含めて救ってやりたいが、現時点では情報が何もない。当面は衣食住足りて、を実践したいとおもう。


 それにサトゥの意志も確認した。あの子の決意は、――――強くなりたい。


 そう意志表示した。いずれはそれにも応えてあげたいと思う。


 その為の部門も既に出来ているからね。この辺境都市はその境遇から市民に武張った意識が強い。


 ここに王民事業体を立ち上げてくれたエーギルさんとイェルダさん協力の元に、カリキュラムを組み自衛能力の高い職業へ至れる路を整備した。


 この世界は努力が実を結ぶ。――結びやすい世界だ。才能に努力は、勝らずとも劣らずといったところ。真面目に学び実践すればそれは結果が伴う。


 当然才能があり努力する者には敵わないが、そんなのは当たり前のことだろ。職業が市民でも望んだ職業に至れる。それだけで神の(つく)った仕組みが、ある意味平等であることが分かる。


 まぁ。帝国は既に敵認定だから、いずれ自分の眼で見る事になるだろうね。


 俺はそう思いながらベッドで眠るサトゥのはだけた毛布を掛け直した。



§



 ――――少年。サトゥルスにとってその大きな青年は初めての庇護者だった。楽しそうに笑い。自分の片言の話を聞くと、たまに無表情になる。それが憤りの感情だと気付くのにそう多くの時間はかからなかった。


 彼によってもたらされた幸福は数えきれない。もうお腹いっぱいだと言っても出てくる追加の料理や美味しいよと渡されるクラーラからの甘やかなお菓子。


 そして、言葉だ。今ならば分かる。あの白い箱に居た時の自分は何かによって、思考を、感情を、放棄させられていた。


 今では顔も思い出せない、生き別れた姉への慕情も確かに感じる。それら、本来持つべき全てを彼は、何者かに奪われていたのだ。


 無知により、無力により、一二年奪われ虐げられた。その事に気付くこともなく。


 だから少年は、身を守れるように力を欲した。


 今までの自分は飯を食べて排泄する唯の(くだ)だった。そこに人格や感情。言葉にモラル。そして名を授け人間へと至らしてくれたあの青年に深い恩を感じている。


 その恩を返すにも、やはり力がいる。いまの薄っぺらい自分では、少しも彼の役に立てない。そう決意し、しっかりとその意思を伝えた。


 すると大きな温かい手は優しく頭を撫で、ゆっくりでいいからなと心に沁みる優しさで語りかけてくれる。


 それが嬉しくて空洞(からっぽ)だった何かが、ポカポカとして――――少年は一つだけ秘密を抱えた。


 その初めて手にした大切が消えないないように。


 少年は知った。人は切られた腕が生えては、こないことを、死んだ人間は生き返らない事を。


 自分は何だ? 人の形をした何かだ。化け物の自分はそれを隠して、人に擬態(ぎたい)しなければいけない。


 でなければ……。


 キラキラと眩しい程の魂で自分を引き上げてくれた恩人に裏切りの秘密を(ひそ)める。人の振りをしてその優しさに付けこむ自分に嫌悪した。


 だから。――――だからこそ。その恩には敬虔(けいけん)に応えようと心を据える。


 少年は知らない。想像出来ない。自分の常識の中でしか、もし、その事をノアに伝えたらすごい才能だと褒めこそすれ嫌悪する事は無かった。


 (むし)ろ無茶はするなと(いさ)めただろう。


 この時に何かが掛け違えられた。





「坊主。クランの練習場は貸し切りにしといたぞ」


 そうバリーさん(笑)が俺に告げた。


「――――バリーさん(笑)。今日こそは、一本いかせてもらいますよ」


「――そうかい? 今日の得物は何にする」


 俺の主な戦い方は、楯と槍の基本形。一番得意な(じょう)。そして、目下練習中の太刀だ。


 何しろあの朱色の太刀。反則級になんでも切れる。そりゃあもう。スッパスパ。逆に腕が鈍るんじゃないかと使用を制限している位だからね。


 だから、普段使うのはボトヴィットさんに打ってもらった太刀だ。


 この場の見学者は二人。一応パーティ扱いのパオラさんとエステラだ。尤も俺は一人で行動して、彼女達二人が一緒に行動することが多い。


 だってさ、俺ってば器用で貧乏だからね。


 でもやはり(じょう)でバリーさん(笑)から一本取りたい。今だに俺は世界の深さを思い知らされる日々を送っているた。


 俺が強くなるとそれに合わせるように相手も強くなる。つまり、いつまでも手加減されているということ。


 悔しいがそれが俺の実力と納得し精進に努めよう。


「それじゃあ。一手御指南!」


 俺は(じょう)を手に最強の相手と対峙した。

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