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第5話-1  少年Ⅰ

 ――――時は遡る。


 少年は生まれた時からその施設にいた。幼い頃には姉がいたが、いつの間にか一人になっていた。


 白で染め上げられたその場所は定時に食事が出される以外変化のない部屋だった。濁った思考でぼんやりと壁を眺め一日を過ごす。


 そして、たまに訪れる変化と言えば定期的に行われる少年には分からない数々の検査だ。


「検体――――は、治癒能力がB+。五歳を迎えて目ぼしい職業に就かなければ鉱山送りになるな」


 言葉を教えられていない少年はその意味が分からない。


 彼らの提供させる食事には思考を濁らせる薬品が使用されていた。


 そして五歳になったその日。少年の職業は――。その日少年の廃棄が決定した。


~~~


 ――――それから七年後。


 最低限の栄養と棒で叩かれながらの持久走や運動を重ね、体格と力を増す為だけの時が経つち、鉱山送りという流刑が実行に移された。


 同年代の少年達がぎゅうぎゅうに押し込まれた騎獣車で連行されてゆく。そこに並ぶ顔は一様に無頓着で生気がなく平坦だ。


 これから一生をそこで過ごすことになる彼らにとってそれは救いだったのか、それとも先に下された罰だったのか。


 鉱山へと抜ける山脈の路で騎獣車が脱輪し谷底へと転落する。あわやというところで御者は(まろ)び降りて九死に一生を得た。


 だが、少年たちは天地が回る衝撃で、そこら中に叩きつけられ血反吐にまみれる。



 そして――落下した衝撃で騎獣車が粉砕した。四角い形は潰れて平坦だ、残骸といってもいい。


 そこに生き残った者はいない。


~~~


 ――――数刻後。


 騎獣車の残骸から仄かな光が漏れている。


 すると惨状の後から瓦礫を払い立ち上がる者がいる。周りには頭に毛の無い大きな鳥がたむろしていた。


 血と内臓物でバリバリになった身体を不快そうにしながら、少年はその場から逃げ出した。


 少年の躰は奇跡的に痛みがなく万全だ。谷は深く見上げても険しく絶望的な高さだった。


 しかたなく前に進む。


 泥水をすすり岩ばかりの谷を歩いて数日が経った。いつもの濁った思考は晴れ、空腹と不安のないまぜになった強度のストレスにより逃げるように先へと急ぐ。


 ようやく少年は森に辿り付いていた。だが、豊かな森には危険があった。捕食者――――狼の姿だ。


 瞬く間に群れに囲まれる。手慰みに持っていた枝を振り回して抵抗するが、それも虚しく、森の王は摂理のごとく、無感情に喉笛を噛み砕いた。


 喉にあったのは痛みよりも衝撃、気道を潰されて、感じたのは訪れる死への恐怖、そして、立ち眩みのような昇天感と共に意識は暗転した。


 狼たちは内臓をむさぼり粗方食べつくすと興味を失ったようにその場を去ってゆく。


 いつの間にか、そぼ降る雨が少年の亡骸を包んだ。



 ――――と、抉られた傷が仄かに輝きを帯びる。


 次に覚醒したのは朝だった。身体を起こす動作で左手をつこうとするとそこが無いことに気付く。


 喰い千切られたその場所は、僅かな光を帯びて緩やかに再生していた。服はびっしょりと濡れて身体を凍えるほど冷やしている。


 去来するのは最期の瞬間だ。――死の恐怖と絶望。間違いなく一度死んだこと、引き裂かれた服が自分に何をされたかを物語り、そして、血塗れの胴体は、腹部だけが不自然なほどきれいだった。


 疑問は尽きないが、今は安全の確保を優先する。森は危険だと察した少年は緊張しながら脱出を図った。


 それから、最後の記憶までに三回の死を経験し、自分が何故か死なないと理解した。


 だが、これまでの痛みと恐怖は薄まらず、そして、その謎の力が何度でもなのか、前回で打ち止めなのかも分からない。


 最後は崖に追い詰められた。喰らわれる痛みと死の恐怖に少年は眼下の滝壺へと身を投げた。


 少年は知らない。あの白い施設は優勢な遺伝子の交配施設。少年は治癒能力の高い一族の子孫だ。検査ではB+とされた平凡な体質が死という衝撃で後天的に発現した。


 少年の特性は不死。


 ――――運命に導かれてノアと出会う。


 少年がその生い立ちを漠然と語るのに三ヶ月を要した。





 少年の職業は――――農争士。半農半戦士の職業だ。農家がダンジョンで鍛えると就くことが多い、ケンちゃんの親父さんもこの職業だと自慢していた。


 俺が育てるのに適した職業だ。それと名前だ。俺が命名すればその名になるのかな?


 検体(なにがし)なんてふざけた名前では新たな生活に適さない。


 この少年の名、……名前か。どうせなら、農業に関係する縁起の良いのにしよう。うーん? ……そうだ。


 ……サトゥルス・トムテ。二柱の農業の神様だ。これがいい。少年の人生を照らすご利益があるようにってさ。


「少年の名前は、サトゥルス・トムテ。俺がそう名付ける」


 今後の面倒も見る親代わりの覚悟だ。


 司祭にもう一度お布施を渡して啓示をもらう。


 再び渡された豪華な厚紙にはこう記されていた。


 名前:サトゥルス・トムテ

 年齢:一二歳

 職業:農争士


 俺はほっと息を吐いて少年の頭を撫でた。


「これから宜しくな。サトゥルス・トムテ。それが君の名だ。君の生い立ちをいずれ教えてくれ。ゆっくりでいいからな。君の人生を始めよう。俺の仲間にも紹介するよ」


 少年。――――今までは幸福そうには見えない。サトゥルスの人生を幸せに彩ろう、そう決めた。

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