第4話-2 経年Ⅱ
バリーと呼ばれた男は、本当に面倒くさそうにクランホームを出て行った。
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「――ノア。今日は固めの杯だ。兄貴が来るまで肴をつまんで待ってな。乾杯は三人が揃ってからだ」
「師匠のおっさんが来るんですか? なんだか、嫌がっていたような?」
「フフフ。――将を射んとするなら、なんとやらだ。姐さんを口説いた」
「あぁ。クラーラのスィーツですか?」
「そうそう。――――おっと! どうやら来たようだ。兄っ――」
バリーからの覇気と睨みを利かせ、オリヴェルが、グッと押し黙る。
「……バリーさん。ご足労ありがとうございます」
オリヴェルはそっと機嫌を伺うようにそう礼を言った。
バリーは躰を投げ出しドカりとスツールへ腰かける。
「お疲れさまっす。バリーさん(笑)」
バリーは揶揄うようにそう言ったノアを一睨みすると鼻を鳴らす。
「――さっさと始めろ。そして直ぐに終わらせるぞ」
オリヴェルは嬉しそうに酒を注文した。
古い馴染みも多いこの場所で、バリーはなるべく知り合いと顔を合わせないように、クランホーム内から出ずにいた。
そして、ここまでついて来てくれた嫁の住む家との往復生活をしている。
単身赴任を伝えた妻は曰く。もう直ぐ迎えが来てもおかしくないじーさま一人で行かせられませんよとのたもうた。
彼の歳はまだ五〇代。じーさん呼ばわりは釈然としないが、それも照れ隠しかと文句を押しつぶした。
王都には息子を治療してもらった恩がある。姫の護衛でエルフの里へ彼を派遣しようと画策した、王と大公は、辺境都市を目指した彼女の護衛に最強の剣士を遣わした。
尤も一緒に冒険者としてダンジョンに潜ることはなく。不測の事態に最速で援助することが、その任務だ。
用具係は暇つぶし、後進の指導にもあたるが、武芸百般の達人でありクランの熟練になればなるほど、彼を知らずとも、その佇まいで一目を置かれている。
宴はオリヴェルが浮かれてはしゃぎ。ノアがそれを煽りバリーにちょっかいをかける。
バリーは終始しかめっ面だが何処か楽しそうな様子で夜遅くまで続けられた。
◇
――――翌日。
今日は皆とは別行動。ここは帝国との緩衝地帯。厳密には帝国領だが管理されていないのでグレーゾーン。尤もまばらに樹の生えた場所で近くにダンジョンがあるだけの場所だ。
(ノア。本気で駆けていい?)
(手心を加えてくれると助かるが。それとも別行動にするか?)
騎獣代わりにトゥエアルの背を借りている。虎狼でも大型の彼女は俺を乗せてもびくともしない。
いずれはあの森に返して聖獣として暮らしてもらいたいと思っている。
(ううん。一緒でいい。一緒がいいの)
おっと。スピードが上がった。俺は慌ててしがみつく。
(やっほー)ワヲーン。
風を追い抜き林の中を疾走する。今日の俺の目的は、この時期にしか咲かない花の採集だ。
そして、釣り。渓流の魚を塩焼きで楽しむ予定なのだ。クランの皆にもお土産にできるといいな。
林を抜けた先の急こう配の崖をトゥエアルは矢のように駆け上がった。
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薬華の採集が終わり、釣りをしていたが、せっかちな俺は、埒が明かないので網を仕掛けて追い込み漁へと切り替えた。おかげで尺越えの魚が大量だ。
アイテムボックスに放り込んで加工魔法で魚を処理。串打ちして焚火にかけた。遠火の強火ってね。美味しく焼くコツだ。
トゥエアルの分は塩化粧しないで焼いてやらないと。……もうよだれ垂らしているから、先におやつ上げとくか。。。俺は牛骨を差し出した。
(これ好き~)ワフッ。
それはなによりだよ。
ツンツクとオナイギは、静かに枝に止まり、お互いを仲良く毛繕いしている。ツンツクは肉派、オナイギが魚派だ。まぁ。ツンツクも魚が嫌いってわけじゃないから、喜んで食べるけどさ。
パチッ。弾ける薪を眺め、魚の焼ける特有の香ばしさに食欲を掻き立てる。
――――と。
俺の探知に反応があった。視線を移せば、川上から少年が流れてくる。
――――全裸の。
確かこの辺りに人は住んでいなかったと思うが。
少年は躰中が黒く固まった血で覆われているが、傷は見当たらない。返り血か? 水の温度で体温が下がって唇は紫色だ。
急激に温めると良くないから焚火から放してベッドを取り出しシャララン魔法で汚れも水も取り除く。そして、毛布を掛けて様子を見てみる。
検査魔法で躰を調べれば命に係わる異常はないが衰弱している。それと気になる反応があるな。……嫌な兆しだ。脳が黒く霞んでいる。シュバインさん程ではないが、近い感覚だ。
この子は一体……。
勿論、保護は決定だが、どうしたものかと思案する。
この子が眼覚めるまで、出来ることもない。取り敢えず焼けた魚をトゥエアルの皿に数匹置き。俺も焼き魚を食べ始めた。
パリッとした皮目とふっくらとした身が口に広がり、香ばしさと共に身の甘やかさが鼻腔を抜けてゆく。
「――旨い!」
俺は瞬く間に五匹を平らげた。
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――――深夜
寝静まった林で地面に突き刺した焼き魚に小さな手を伸ばす者がいる。
俺は寝たふりをしてその様子を伺う。万一夜に目を覚ました場合に食べられるように用意していたものだ。
ガツガツと咀嚼する音が聞こえた。食べ終わるのを見計らい起き上がって声をかけた。なるべく穏やかな声色を心がける。
「――少年。落ち着いたか? 俺はノア。君の名を教えて欲しい」
少年は身を竦め警戒するようにこちらを睨む。
「川を流されていた君を掬い上げた。腹が減っているなら食事を何か提供しようか?」
「……」
まぁ。全裸で川流れるくらいの訳ありだろう。戻る場所があるなら、そこまでは送ってやりたいもんだ。
「飲み物の方が良いかい?」
「グィオァー」
聞こえてきたのは獣のような唸り。
「! ……喋れないのか? それとも違う言語?」
その日、俺は裸の少年を保護した。




