第16話 播種
三角屋根した中型犬小屋サイズの箱に近づいて俺は意思を伝える。
(クモや。もう中にいるのかね? 居心地はどうだい?)
ワラワラとクモが箱から出てくる。
っ! ――増えとる!
そこには三匹の大きいクモと、二十匹ほどの小さいクモが現れ出た。
一番大きい黒と白がまばらなクモが代表するように前足を二本上げた。
前回も俺に語りかけてきた個体だ。
挨拶するように前足二本をピコピコさせて、また、ズモモォーって感じで伝えてくる。
巣箱は快適だ。仲間が増えるぞ。手伝うぞって感じかな?
(野菜も種を撒いたばかりで虫もつかないし、そんな数がいて食べる物大丈夫?)
食べる問題ない。適当に捕るって感じかな。
さっきのクモより一回り小さい濃いベージュと白のまだらなクモが前足二本上げて挨拶する。
この子はメスなのかな?
つづけて、更に一回り小さい灰色と白のクモも二本の足を上げて挨拶する。
大きなクモは大中小ってそろっていて、後ろに小さなクモを従えているように見える。
よし。お前たちの愛称は、トノ・ヒメ・ワカだな。殿様が家臣を引き連れているイメージだ。
トノに後は適当に宜しく。
何かあれば言ってねと伝えクモ小屋の前を離れる。
畑は昨日のうちに豆を撒いた一畝と芋を植えた一畝の二畝が植え付けを終えており残り三畝がある。
当初は現地産の野菜を育てるつもりだったが、錬金召喚で日本産の野菜の種が手に入るなら話は別だ。
日本の品種改良技術の粋を見せつけてやる!
キュウリで一般的な栽培品種といえば、夏すずみかな?
苗で売っている場合はほとんどこれだ。ザ・キュウリって味がして旨いよね。俺も好きだ。
ただ自分で作ってもスーパーで買っても味はそんなに変わらない。
収穫したてなら鮮度がいいからスーパーで買ったのより更に美味しくはなるけどな。
シャッキットは四葉系短形品種のキュウリだ。
四葉は大きくなりやすい品種だからな。
四葉系は昔から味が良いので有名だ。
だけど、スーパーには並ばない。
何故ならば棘が多いからだ。
夏すずみの数倍は多く棘が生えている。
そのせいで、収穫時にも棘が折れやすくなる。
そのため流通中に折れた棘から水分が蒸発して、その結果、劣化してフニャフニャになりやすいんだ。
あと棘だらけで見慣れないから気持ち悪いとかかな?
だから、シャキットは自分で作らないと食べられない。
運よく見かけたら買った方がいいよ。
味? 皮が薄くてシャクシャクと歯ごたえがよく、風味も最高!!
もう段違いのうまさだよ!
シャキットは水分も少なめで、炒めてもうまいんだ。万能だろう?
折しも今は春の盛りだ。早速植えるとしよう。
通常は9cmのビニールポットで育苗して定植するんだが、こちらの土地での作型開発の為、今回は直播を試してみよう。
念のため種は四粒播で株間は50cm。
発芽したら生育を見て間引こうか。
消費先が決まっていないからとりあえず。二列の畝の奥側から十六ヶ所にシャキットを撒き。
八ヶ所には夏すずみを撒いた。
保存性は夏すずみの方優れているからね。
――あとは何を植えよう。
無難にトマトの桃太郎か? これは別にタ〇イ推しな訳ではなく。たまたまだよ。
桃太郎は二本ぐらいにして、パイオのシシリアンルージュで加熱調理目指してみるか?
シシリアンルージュはイタリア系の中玉トマトで一般的大玉トマトよりグルタミン酸が約三倍も多いからな。
パスタやピザを作るならこっちのトマトの方がいいだろう。
キュウリの隣に奥から二畝に中玉トマトのシシリアンルージュを撒いて行き。
最後の方で、大玉トマト桃太郎を二畝に一ヶ所ずつ、計二ヶ所に種を撒く。
後は……ミニトマト。
何にしよう? サカ〇のミニトマトアイコでいいか。だが、トキ〇のピンキーも捨てがたい。
よし両方を一ヶずつ植えよう。
その後俺は、オクラ、スイカ、まくわ瓜、ピーマン、ホウレンソウ、ニンジンなどを植えて二畝を播種し終わった。
昨日魔法で作って何も植えなかった。
三畝のうち二畝に色々な野菜の種を撒いたので、何も撒いていない畑が四分の三が残っている。
耕耘していない半分の畑も魔法でサクッと耕耘して、畝を立てる。
引き鋤の現地産農具を試す?
何それ? ――そんなのあった? 忘れよう。
残りの畑への作付けは陸稲も検討したが、世界の主食を担う、トウモロコシを全面に撒こう。
種を乾燥させておけば、保存できるし、粉にすれば、トルティーヤも出来る。
そのまま食べても美味しいからな。
俺個人としては余りにも甘いトウモロコシはちょっと好みじゃないんだよね。
パイオのミライ先輩を否定するつもりも、薄皮で激アマへ一気に進む世の流れにも抵抗するつもりもないが、好みって大事だよね。
俺が選んだのはタキ〇のキャンベラというトウモロコシ。
粒立って、皮も厚目でしっかりした歯ごたえの王道トウモロコシだ!
甘味だって俺にとっては十分美味しい甘さだ。
一畝に二条撒きで株間が35cmで畝間は45cm互い違いの千鳥植えで播種する。
一畝にざっと五十五ヶ所撒く計算になる。
残りの畝は十五列。トータル八二五本の収穫量か……う~ん。
収穫は約三ヶ月後だ。
三畝ずつ撒くか。一遍に撒いた方が、甘さも粒もそろうけど。
通常の日本ではトウモロコシは畑の中心の方が甘くなりやすい。
これはキセニアによる劣化現象が原因だ。
簡単に言うと他の品種と交配して本来の狙った種にならなかったってこと。
単一の品種を植えた畑では中心ほどキセニア現象が起こりづらいのは分かるよね。
種苗会社の狙った種が実る。だから甘くなるんだ。
小さな畑に複数の品種を植えると甘いトウモロコシは出来づらくなる。
しかもだ。トウモロコシの花粉は500mぐらいは簡単に飛散する。
数キロ飛んだという記録もあるくらいだ。
北海道ならともかく半径500mに他品種の無い圃場なんて日本には珍しい。
その結果、畑の外側のトウモロコシは甘味がのらない。
どれだけ技術が進んでも甘くないトウモロコシの出来る理由だね。
その点この世界では多品種がないから心配無用か。
それなら播種時期を二週間ずつずらして、収穫調整するか。
方針を決めて三畝分へキャンベラというトウモロコシの種を撒く。
種の尖がっている方を下にして植えると発芽が揃う?
そんなの気にしない!
俺は作業の速さ重視で種を撒く。
パラパラパラ。
作業が終わる頃には4時を回っていた。
作業に没頭するあまりパオラさんの事気にしていなかった。
ベンチに座ったパオラさんは本を読んでいたが、俺が動きを止めたのに気付いてこちらを向いた。
「ノアくん農作業は終わったの?」
「すみません。お待たせしましたパオラさん。ほったらかしで……」
「ううん。手伝おうかと思ったけど手際が良いから却って邪魔になると思って見守ってたのよ」
シャララン魔法で体と服を綺麗にして、パオラさんへ歩み寄る。
すると――頭の中に響く声。
(ダンナ。挨拶が遅れてごめんなさい。ツンツクの兄貴がしゃべっているときに邪魔しちゃいけないと思ってさ。話せる順番を待ってたんだ。巣箱用意してくれてありがとう。彼女もそう言ってるんだよ)
そういう意思が伝わってくる。見上げると青い鳥と緑の鳥がいる。
ツンツクとオナイギ以外にいた二羽だね。ツンツクたちと同じ種類に見えるけどちょっと若い感じがする。
(鳥さん。こんにちは、喜んで貰って何よりですよ。他にも要望があれば、言って下さいね)
(もう十分だよ。安心して子育てができる。畑の見守りもしっかりやるからね)
鳥さんはじゃあねと言って飛んでいった。
「ノアくん。あの鳥とも会話してたの?」
「ええ。お礼を言いに来てくれました」
すこし呆れたようすでパオラさんは言った。
「また何の生き物が増えるか分からないわね」
そんなことありませんよ……ねぇ??
農作業は3時くらいまでの予定だったが、少し遅くなってしまった。
パオラさんと連れ立って石畳の道路歩く。
これから向かうのは昨日の錬金術師の髭おっさんに教えて貰った。魔道具の店だ。
錬金術師が魔道具を作るといったが、正確には錬金術師は魔道具をほとんど作らない。
どういう事かというと。
つまり、錬金術師が製造するのは、魔石の錬金召喚と属性の付与そして魔刻印を刻む事まで。
それを買い取った商人が魔道具を組み立て調整し販売しているのだ。
中には魔道具を専門にしている錬金術師がいて、それを魔道具師と言うそうだ。
今ちょうど俺が向かっているのは、魔道具の製造や発明に特化した魔道具師のお店だ。
今はまだ無理だが地球の知識でドル箱商品を俺が開発出来るかもしれない。
その為の市場調査なのさ。フッフッフ!
年季の入ったレンガの建物と、まだ新しい看板の魔道具店が目に入る。
――ここだ。
使い込まれた分厚く重厚なドアを開けると乾いた音をたててドアの呼び鈴がなる。
若い女性から威勢のいい声で挨拶をされた。
「らっしゃいっ!」
……その掛け声でいいんだろうか?
二十歳前後の栗色の髪と目の女性だ。
店内は中央に低い平台があり、壁は飾り棚で囲われている。
大小さまざまな大きさの魔道具が並べられている。
一つ一つに商品名と簡単な説明書きが細やかな文字で丁寧に書いてあった。
店内を見回して口を開く。
「今日はどのような魔道具があるか拝見に参りました。見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
店員さんはにっこりと微笑み。
「どうぞ心ゆくまでご覧下さい。お尋ねになりたい事はなんでも仰って下さいね」
――話すと普通だな。
始めのは……なんだったんだろうな。
俺は一つ一つ確かめるように店内を回る。
ほうほう。送風機がある。なるほどね。プロペラ無しのタイプだ。
あっ! キャンプファイヤーの魔道具だ。
こっちは袋型のアイテムボックスが売ってる。へぇ~このぐらいの値段なんだね。
ちょっと店員さんに聞いてみる。
「食べ物や飲み物を冷やす魔道具はありますか?」
「それはこちらになります。」
手をかざされたのは50cmぐらいの高さの木の箱だ。
小さな冷蔵庫みたいな形をしていた。
「ちょうど奥で水を冷やしていますのでお飲みになりますか?」
「はい。是非お願いします」
店員さんは頷くと奥へ消えていきコップに水を入れて渡してくれた。
俺は受け取ると飲んでみる。
冷たいは冷たいがキンキンに冷えてはいない。
10℃と言ったところか。
「これはもっと温度を下げることは出来ますか?」
「この魔道具ではこれ以上温度は下がりません」
ん? でもいつも飲んでる冷たいお茶はキンキンだ。
「パオラさん執務室のお茶はもっと冷たかったと思いますが何故ですか?」
「あれは氷零機と呼ばれる魔道具で上部で氷を生み出し下部を冷やしている」
「わたくしの技術ではまだ氷零機は製造できません」
店員さんは申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「ちょっとした疑問なので気にしないで下さい。お水ありがとうございました。冷やせる温度がよく伝わりました」
そう言ってコップを店員さんに返す。
店員さんにいくつか質問をする。
冷蔵庫の魔道具は冷やす刻印魔石を利用しているが、数を増やしても冷やす力が増えるだけで、10℃以下の温度には下がらない。
氷零機は複雑な刻印を刻む上位の刻印魔石を利用していて刻める錬金術師も少なく高価だと説明された。
なるほどな。
冷たく出来ないなら何か考えないといけないなぁと視線を巡らすと。
あれ? これ? ――フムフム。なるほどね!
俺は店員さんに……名前はメイリンさんに話しかけ、いくつか打ち合わせをして店を後にした。
◇
食事も済ませて自分の部屋だ。
魔道具の作成に関して、今度は髭おっさんの授業に出る必要があるかもな。
俺の魔道具制作の可能性が広がるかもしれないからな。
それと――今日の反省だ。
以前シェリルさんに指摘されていた。
俺の希少性が将来の足枷になりかねないという件だ。
俺が古代真聖語を読み解ける可能性に関しては問題ない。
古代語というよりも日本語に関しては隠していた訳でもないからな。
直ぐに勤勉意欲に富み、優秀な人材に日本語を教える機会があるのだ。
あとは丸投げ出来る。
本人達が俺よりやる気満々だから、近い将来俺が居なくても研究は進むだろう。
問題なのは、調子に乗って披露した。
こちらの世界にはないが、食べたことのある料理の方だ。
料理が食べたいがために囲われる可能性がある。
こちらは対策を何か考えなければいけないな。
あとは植えた野菜をどうするかだな。
捕らぬ狸のなんとやらで、まだ芽も出ていないから、おいおい考えよう。
明日朝一で畑の水やりだ。
野菜は足音を聞くと言うし、マメに通おう、そう思いながら眠りについた
次の日の驚きを想像すらできずに。
*この物語はフィクションです。
空想のものであり、現実社会とは一切関係がありません。




