第14話 饗応
沈んだな! その沼からはもう上がってこられまい。フハハハ!
三人ともショートケーキの一口目は確かめるようにゆっくりと口に運び食べて、そして、驚く。
その後は三者三様だ。
司書長はゆっくり味わうように、レオさんは顔に近づけて匂いを嗅ぎ、作りを観察してから食べだす。
パオラさんはすごい勢いで三口で食べた。
そして、無くなった事に呆然としている。
「実は私。甘いものがあまり得意ではないのです。代わりに召し上がって貰えますか? パオラさん」
と言って俺の分のショートケーキを差し出す。
「ノアくん。いいの?」
欲望が顔から溢れんばかりですね。
はいと伝えると。
今度は味わうように食べだした。幸せ満点の笑みだ。俺もほほ笑む。
レオさんが話し出す。
「ノアの錬金召喚はでたらめだな。食いもん出すなんて聞いたこともない。これも、記憶が無いけど出せるって事にしとけばいいんだろ? はいはい。総魔力量は多いとは聞いていたが、触媒無しであのサイズの金が出せるとすると先生並みの魔力量なのか」
そう言いながら、二個目を食べるパオラさんをチラミする。
おふぅっ! あんたもかレオさん。
「レオさんも、もう一つ食べてみます?」
「いやいい。それより、昨日の匂いが気になる。あれも出せるのか?」
こだわりますね。レオさん知的好奇心が高いからな。
「出せると思いますが、ここではちょっと不適切ですよね? お昼にもちょっと早いし」
執務室に匂いが籠る。。。
「なになに? 他にもなにかあるの?」
パオラさん食べながらしゃべっちゃいけないよ。
ほらっ! 司書長から怒られた。
「昨日の夜部屋で食欲をそそる物を食べていたようなんですよ。……ひとりで」
ひとりでを強調するレオさん。
粘着質は学力向上に向いた性格ですよ! ケッ!
「今の所、あると知っている。由来の分からない料理はだいたい出せるみたいなんです。本当に不思議なんですが」
「ずるい! あたしも食べたい。この”ケーキ”とっても美味しい! 白いクリームが口の中でフワッと溶けて、しっとりとした生地の舌触りがなめらかで、とっても幸せな気分! もっと食べたい!」
太りますよ? ……なんか睨まれた。
……心に思ったことが分かるの?
「確かに私もこのような食べ物があるとは知らなかった。……王宮でも、砂糖をふんだんに使用した贅沢なお菓子はあるが、私の口には合わなかった。この”ケーキ”は次元の違う高度な文明でなければ、生み出せない高尚な技術の集積だ。一瞬で消える芸術をも言える。やはりあなたは神の……」
言わせねぇ~よっ! 司書長っ! その話はさっきサラッと流してたのにっ!
俺は強引にカットインッ!
「皆さんには日頃からお世話になっていますので、提供できるなら私に否やはありません」
「おっ! 今日は話せるねぇ」
悪い顔してニンマリと笑うレオさん。
顎に手をあてながら司書長から確認が入る。
「少し早いが場所を移して食事をしよう。私も興味がある。良いかノア君」
会食のお誘いだ。イェス! マム!
パオラさんが壁のボタンを押すと給仕係がやって来る。
そしてお茶を飲んだコップを片付ける。
その間に、俺は皿とケーキフォークをシャララン魔法できれいにしてアイテムボックスに入れる。
それを見ていたレオさんは、ぎょっとした表情で話しかけてきた。
「そんなことまで出来んのかい? ……本当に小器用だね。ノアがいると便利そうだね。本当に同居する?」
絶対に嫌ですレオさん。
レオさん曰く、俺が言うシャララン魔法、正確には生活魔法は、体と身に付けた服を清潔にする効果があるらしい。
他には、食材や野菜などの有機物の汚れや多分雑菌や寄生虫などにも効果があるのだろう。
俺が食器などの無機物をきれいにしているのは別の魔法で、国内では使用者を聞いたことが無いそうだ。
知らないのぉ? おっくれってるぅ~♪
まぁ、俺の場合使っているところ見たからな。
ね! ジョシュアさん! 野宿には最高の魔法です。
そうこうする内に、ドアがノックされ、給仕係が司書長達を案内に来た。
案内されたのは、20~30人は入れる広間を衝立で区切り閑散としないよう配慮された空間だった。
そこに、四人だとちょっと広いかなってくらいの大きさのテーブル。
正確に伝えるならば、1辺2m程の四角いテーブルと豪華な椅子。
皺ひとつないテーブルクロスと完璧にセットされたカトラリー。
ティーポットは保温のためのティーコジーで覆われていて、いつでも注げるよう準備万端だ。
配膳されていないのは、焼き立てと思しきパンだけだ。
司書長がどれくらい偉いのか、敬われているかが分かった気がする。
一番偉い人が声をかける。
「あとは自分たちでやる。何かあれば呼ぶので下がって良いぞ。ご苦労さま。ありがとう」
給仕は一礼して部屋を出る。
俺が出す料理が場の雰囲気に負けそうで怖い。
まぁ。今さら断れないのだ。
切り替えて何を出すか傾聴して絞りこもう。
まず偉いひとからだ。
「好き嫌いはないが、植物と肉ならば、植物の方が好きだな。キノコ? 好きだが、この時期にか?」
植物という言い回しは、エルフは農業をしない為だ。
森の自然から植物を戴く為、草や木という言葉はあっても、畑でとれる”野菜”はない。
食べられる”植物”があるのだ。
キノコにしても、今は春真っ盛りだからね。
春に出るキノコもあるが王国には出回らない。
あるとしても乾燥きのこくらいかな?
――乾燥キノコ。……あんのかな?
でもこれで司書長に出す料理にはアタリを付けた。
そうなると、パオラさんは同じ店のあれだなっ!
おこちゃま舌っぽいからね。
「それでは皆さんへの料理の準備しますね」
俺はそう言って立ち上がる。
――――腕が鳴るぜ。
「ちょっと! ちょっと! あたしには何がいいか聞いてくれないの?」
「どれを選んでも、初めて食べる物なので口に合わないかもしれませんし、それに、パオラさんにはぴったりの料理が思い浮かんだのでそれにしようと思います」
「ほ~んとぅ? 手を抜いたら、後でひどいわよ?」
すねたように睨まれても変わりませんよ。
「レオさんも昨日の匂いの料理で良いですね?」
レオさんにだまって頷かれる。ブレませんね!
「それでは準備します」
司書長の隣へ行き料理を錬金召喚する。
今回のメニューは――――東京の老舗。
黒船亭より、和風ハンバーグとサラダセット。渋いだろ。
デミグラスに行きがちなんだが、あえての選択だ。デミは苦手な人もいるからな。
――司書長の前に料理が現れる。
キノコがたっぷりのったハンバーグと、甘辛の醤油と大根おろしのソースのいい香りが立ち昇る。
サラダとデザートの焼きプリンが付いている。
あれ? 紅茶まで付いてきた。
「キッ。キノコ……」
珍しく司書長が絶句している。
「司書長に提案します。三人とも初めての料理を出す予定です。司書長がお嫌でなければ、私の記憶にある。ちょっと一口という風習を試して頂き。ちょっとずつシェアして、各々の味を確かめるのはどうでしょうか?」
残念ながら、俺はちょっと一口は否定派だがな。
それでもやるなら、俺のちょっと一口はワンスプーンできれいに盛るのがルールだ。
「少し、はしたなく感じはするが、この食事自体が実験的なものだ。それもよかろう」
許可を得たので俺のナイフとフォークで司書長のハンバーグを切り分け、一口分美味しく見えるようにスプーンに盛り付ける。
小皿を出してその上に置き、パオラさんへサーブする。
同じようにレオさんにもサーブした。
続いて、パオラさんの横に行く。同じく、黒船亭より、オムライス、サラダセット。
黄色と赤の食欲を誘うコントラスト。サラダとデザートの焼きプリン。
やっぱり……紅茶付き。
トマトケチャップの酸味が程よく香る、バターと卵の得も言われぬ完璧なマリアージュ。素敵。
パオラさんの許可を確認して、司書長とレオさんの二人にサーブ。
ライスと卵をバランスよくスプーンに盛り付け彩りにケチャップ少々。
フム。我ながら最高のワンスプーンだ。
パオラさんが、中まで赤い事に驚いている。
トマトを見かけないこの世界ではちょっと刺激的な色だからね。
心配そうに俺の顔を何度も見てきたが、オムライスが一番安パイだと思っている。
俺は素知らぬふり。
そして最後にレオさんだ。
――真助再び、今日は特別に1.5人前牛タン定食で錬金召喚だ。
軽く焦げ目のついた、焼けた脂の良い匂い。これって初めて見てうまそうに見えるのかな?
テールスープとどんぶり麦飯に、牛タンの付け合わせのお新香と辛みそ、割り箸付き。う~ん。うまそう!
同じく一応許可をもらい。
スプーンに米を盛りその上にちょうど良くカットした牛タンでスプーン上でミニ丼の完成だ。
俺は同じく二人にサーブする。
「口に合わない場合は無理に食べないで下さい。残りは僕が食べますので」
俺はどの料理も美味しくて大好きだが、人間の舌には好みがある。
例えいくら俺が美味しいと叫んでも、万人に受け入れられるとは思っていない。
更に言えば俺自身も食べられない物はないが、好んで食べない物がたくさんある。
嫌いな物を無理に食べる事を食事とは言わせない。
食事は生きるための神聖な行為だ。絶食で死にかけた俺はそれを蔑ろにしたくないのだ。
「そうか? 気が引けるが、せっかくの提案だ。残しては食事を用意してくれたノア君に失礼だ。すまないが、その配慮を受け入れよう。我々にとっては初めての料理だからな」
パオラさんとレオさんからも、お詫びとお礼を受け取る。
食前の神への祈りを済まし、いよいよ食事が開始する。
その間に俺は司書長とパオラさんには水を、レオさんには水と紅茶を用意した。
カフェで嗜んだ謎のお茶だが、共通語では正式な名前がある。
神聖語ではお茶としか呼ばれないものを俺が紅茶(仮)で呼んだため、紅茶で定着してしまった。
こうして俺の知っている紅茶とは親戚みたいな謎のお茶が紅茶と呼ばれる事になった。
紅茶と牛タン……どう考えても合わねぇな。水で我慢してもらおう。すまんレオさん。
全員がほぼ同時にハンバーグを食べる。
「「……美味しい」」
「うまい!」
俺は一安心とほっと息をついた。
*この物語はフィクションです。
空想のものであり、現実社会とは一切関係がありません。




