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第17話-2  原点Ⅱ

 だが否定的な感情もある。ここがダンジョン? ダンジョンの草や樹、岩はオブジェだ。そのように見えるが、折ったり削りとったとしても地面に落ちることは無い。モンスターの身体と同じように霧となって霧散する。


 この草原は霧雨が降り、毒草は取得可能な植物だ。一切の生物がいないが。――自然でありながら生物がいない。これにも記憶がある。エルフの聖域。――天蓋(てんがい)だ。辺りにはそこに似た雰囲気が漂う。自然にして、不自然で異質な不協空間。


 俺がここに戻って来たのは、あの時の忘れ物を取る為だ。まさか、食料無しで二週間以上歩くのが正規ルートとは考えられない。――いやあいつならあるいは。。。


 あの時ジョシュアさん達に助けられなければ、運が良く一番近くの村に辿り着いたとしてもあと六日は歩かなければならなかった。その情報が無かった俺は更に彷徨(さまよ)うはめになった筈だ。


 だから、ずっと考えていた。森が正規ルートだと。せっかく近くまで来たのだからそれを確認しておきたい。そこに何があるのかを、そこで何を得られたかをだ。


「よし。またキャビンに乗ってくれ。疲れたら休憩するからいつでも声かけてくれよ」


 二人にそう促す。ぬいぐるみのような子狼(モフモフ)もそっちだ。抱き枕宜しくクラーラが抱いている。女の子だったこの子にも名前を付けた。


 トゥエアル。こちらの古い言葉で(しん)の統べる者とか、(まこと)の神という意味だ。俺的には日本狼。つまり、古の信仰対象である真神(まかみ)をイメージして付けた。


「そのキャンピングカー? 揺れなくて快適。スティ姉とずっと話しているから全然大丈夫です!」


 クラーラが元気よく答えてくれた。何しろ宙に浮いている魔道具だからね。付いているタイヤは飾りだ。会話ってたぶん彼女がずっと喋ってエステラは合いの手を入れているだけのような気が…、まぁ。いいさ。


「何かあれば無線でな」


 詳しくは言わないがお花摘みとか。伐採とかね。男だと雉打ちだったっけ? 一応午前と午後に短時間の休憩を挟み。昼食も移動を止めて楽しんでいる。俺はエチケットにも気を使える紳士なのだよ。


 トラが平らな草原を走り出す。あの地獄の記憶は薄れないが、今は草原の美しさを純粋に楽しむ余裕がある。見渡す限り深緑の絨毯だ。幻想的で神秘に満ちているじゃないか。


 休憩中にその風景の写真を撮った。ネスリングスのあいつらにも見せてやろう。死の草原の美しい姿をさ。


 遡りの旅は順調にすすむ。


~~~


 ――夜


 エステラが食事の準備をしている。クラーラもそれを手伝い、日はとっぷりと暮れていた。灯り取りのキャンプファイヤーの魔道具が仄かに夜を染め上げている。


 モルトが火の周りでチャムとカロと追いかけっこをしている。ルールは分からないが、鬼が目まぐるしく代わりラー♪の歓声が切り替わりの合図だ。不規則に近づいたり離れたりする姿は……鬼ごっこというより、マイムマイムに見えるな。。。


 少し離れた場所から聞こえる、彼女達二人の楽し気な声をBGMに満天の夜空を仰ぎ見た。雲は流れ、煌めく星に手が届きそうだ。前回は見上げる発想もなかったっけ、エステラは直ぐに界域異空(エスパシオ)に入ろうとするが、風の匂いを感じる野外での食事が旅の醍醐味というものだよ。


 おっ! どうやら料理が出来たようだ。


「――おまたせ。今日は揚げピザとミネストローネ。それとサラダピンチョス。お代わりもあるよ」


 キャンプファイヤーな灯りに向いて据えられた四角いテーブルに料理が配膳された。俺はその正面に座り、左にエステラ、右にクラーラとコの字型に席に着いた。


 半円に閉じられたピザがこんがりと揚げられよい香りを放つ。ミネストローネには玉ネギ、ニンジンとゴブリンの村産のベーコンが入れられていた。


 サラダピンチョスは先端が厚めのチーズで、その下にハムが配置されいる。そして、薄く帯状にスライスした大根、ニンジン、キュウリが中心で留められてリボンのようだ。互い違いに配置されたそれらは、華やかで可愛らしくエステラの粋が感じられた。最後には真っ赤なミニトマト彩りを添える見た目にも鮮やかな一品だ。


「――今日は。ノアから教えてもらった料理を初めてアレンジした記念日。王都のみんなも同じ物を食べているよ。きっと」


 そうか、あの日か。遠くの仲間も同じ物を食べていると思うと感慨深いな。俺はそれに早速かぶりつく。


「サクサクで熱々、最高だ!」


 美味しい物には感謝を伝えないとね。ミネストローネも滋味に溢れ美味い。そしてピンチョス。一口で食べると素材の風味が混ざり合って格別だ。それに――


「旨い! ミニトマトの酸味と塩気が味を引き締める。――漬けたのか?」


「――ん!」


 塩漬けにされたミニトマトがドレッシングの役割だ。立て続けに三本をペロリ。俺が生み出した野菜がちゃんと料理されて、予期せぬ調理法で提供された。


 ――感無量だ。初めは変な顔をされた真っ赤な食材が、しっかりと(ことわり)(はか)り、こんなにも美味しく素晴らしい物へと昇華した。何よりこの世界の食文化になったのが格段に嬉しい。


「ありがとう。エステラ」


 万感の思いも込めて俺はそう伝えた。


「――ん!」


 今日もお腹いっぱい食事を楽しんだ。





 ――数日後


 とうとうやって来ました。危険と噂の森まで。遠くに霞みながら広がっているのが見えてくる。


 可能な限り調べた俺の主観だと、この世界の動物は地球と非常に似通っている。それに意味があるのか。それとも単なる偶然なのかは分からない。だが、一つ言える事は書物による解説だと、この森は独自の動物が多く。それが凶暴だという事だ。


 研究に訪れた者は失踪が後を絶たず。王都では禁忌の地として近づくことを規制している。罰則の無い慣例だ。


 ダンジョンが無い。――とされているので冒険者は近寄らず。中に入った変わり者の手記位しか残されていない。


 曰く。森に入ると襲われるが、外までは追ってこない。


 曰く。襲うのは概ね肉食獣と思われる。


 曰く。森に入る異物を排除しているように感じる。


 まぁ。要は、さっぱり分からないってことなんだが、森の外から一ヶ月観察した物好きの手記では、その間に小動物、草食動物の類を一切目にすることが無かったってのがあった。


 それが本当なら生態系が存在しないと言っているようなもんだ。ここだけ。他の場所と違いすぎるというのが俺の印象。そして、辣腕の冒険者でも跳ね返す程強い動物がいるってことだ。


 だから、気を引き締めて行こう。――大分近づいてきたな。


「――トラ。止めてくれ」


「はい。承知しました」


 制動をかけ緩やかに5km程手前で停車させる。


 俺が降りるとエステラとクラーラも出てくる。


「ちょっと遠いけど。どうしたの?」


「念のため。距離を取りたい。エステラ達はここで待機してくれるか?」


「――ノアは?」


 一人では行かせないという顔で彼女は言った。


「まず。ツンツクに偵察に行ってもらう。あいつなら大概の事は何とかなる」


(ダンナ。出番ですかい? 待ってやしたぜ)


(すまんな。ツンツク。危なくなったら自分の身の安全を優先でな)


(へい。がってん承知の助。森の飛行は十八番(おはこ)でやす)


 俺は張り切るツンツクに苦笑いで返す。


(無理はしなくていいからな。何かあったらその方が悲しい)


「ピーヨロ」(あたぼうでさ)


 はてさて、鬼が出るか蛇が出るか、頼んだぞ。


 ツンツクは一陣の風となり森を目指した。

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