第17話-1 原点Ⅰ
――ゴブリンの集落
俺は一ヶ月の交流をしたホブゴブリンの村長と最後の打ち合わせをしていた。送別の宴に振舞う料理はエステラとクラーラに任せて、シルビニオンを隣に確認をする。
「以前にも提案しましたが、王国はゴブリンやホブゴブリンと友好協調方針です。今後人間と交流を取るつもりはありませんか?」
村長は渋い表情で決まった答えを口にする。
「すまんがその話は受け入れられない。もちろん。お前達のように心を隣に置ける人間もいるだろう。だが、全ての人間を信用は出来ない。話のあったエルフの里のように庇護を受ける存在がここにはいない。我らの重ねた歴史は、それを簡単に受け入れる程浅くないのだ」
まぁ。そうだよね。そうなると思っていた。
「私やシルビニオンとの取引は許可頂けますか?」
「友の子とお前とは友誼を交えた。恩には恩を。信には信を。いつでもここに来てくれ」
俺は緩く微笑んで頷く。そして、感謝を伝えた。
「ありがとうございます。明日には出発しますので今日がお別れの挨拶となります」
ちょうどゴブリンから歓声が上がる。子供達が嬉しそうに腰を振っている。感情が高まると振るのが可愛らしい。
「――ノア。仕上がったよ」
クラーラが作った蜂蜜飴をゴブリンの口に放り込んでいた。口を開けて並んだ様子は親を待つ雛のようだ。
「「「「「あまぁ~!」」」」
そう叫んで腰を振る。びゅんびゅん。腰が外れる程の勢いで振っている。
今日エステラに頼んだ料理は、ここで手に入る最善。シュラスコとヴルスト。――まぁ。ウィンナーだ。――森の山菜や木の実を片っ端から試してレシピ化したものだ。
その作り方から全てゴブリンに伝えている。唯一森で手に入らない塩は、巨大な岩塩を俺が保有していたから提供した。
レシピ化した肉の原料は猪。鹿。熊と多岐に渡る。今回は猪だね。
村長の音頭が通ると皆で一斉に食べ始める。別れの宴は和やかに進んだ。
◇
――翌日
シェリルさんとの約束の通り一ヶ月で片を付けた。俺の本気にみんな驚いていたっけ。シェリルさんにシルビニオン少年。立ち上げた王民事業体のスタッフ数人が見送りに来ていた。
「皆さん。忙しい中足を運んでくれてありがとうございます。またお逢いできる日を楽しみにしています」
「――ん。またね」
いつも変わらないエステラの声だ。
「皆さん。さようなら。また逢えるといいですね!」
クラーラは今日も明るく元気に手を振っている。
「気を付けて下さいね」
シェリルさんが朗らかに別れの挨拶を告げる。
「ノアさん。いろいろありがとうございました」
小さなシルビニオンが丁寧に挨拶をしてくれた。
「あぁ。またな。あの件頼むな」
「はい」
簡単な別れの後に俺はトラに乗り込む、続いて牽引車に彼女達二人が乗り込んだ。
シートに腰をかけると直ぐに、すっかりと耳になじんだ涼やかな声が俺に話しかけてくる。
「おはようございます。ノアさん。出発には良い陽気ですね」
モルトはフロントローダーのバケット部で定位置を確保して、寝ころびながら振り返り、笑顔でこちらに手を揺らす。
ツンツク達は上空で本日は快晴なりと出発を祝う。チャムとカロはじんわりと胸を温め浮き立つ感覚を共有した。俺は寂寥と心残りを振り切り挨拶を返した。
「そうだな。じゃあトラ。頼むよ」
白金のトラクターは音もなく走り出す。後方へと流れる景色を見ながら俺は振り返り一度大きく手を振った。
「――ノアさん。前方への注意を疎かにしないで下さい」
はい。はい。通常運転のトラに苦笑いと安心感を感じながら俺は進む。恩知らずの咎人は旅人に戻る。出来る限りをこの街に残して。
§
シェリルは大きく腕を動かしたノアに淑やかに振り返す。そして軽く苦笑いをした。彼の人生を想い旅立ちを促したがまさかこんな事になるなんて思いも及ばなかった。
どうやらあの時助けた少年は大した人物だったらしい。小さな街は短期間で大きさが1.5倍に増えトラクターと呼ばれるゴーレムが畑を耕し見た事も無い野菜が育っている。
そして、慌ただしく立ち上がった王民事業体イーディセル。そこが母体となって街の文明が多様に変化するそうだ。
何より――それを仰ぎ見て可笑しそうに笑った。
◇
――五日後
やって来ました。懐かしい風景。俺の目の前にはどこまでも続く真っ平な草原が広がる。
この国との境界を切り取るように流れる河は、たおやかなで深さは、今の俺の膝上程だ。あの時は子供だったから腰まで浸かって、凍えながら渡ったっけ。
何処から流れて来たのか想像できない、ゴツゴツとした岩の転がる河川敷は、人の行き来を阻むように傾斜がきつい。
安全のため牽引車を外して、トラ単独でその荒地を渡らせる。四輪駆動で段差も何のそのだね。サスペンションの油圧をトラが制御し、フレーム制動を駆使して崖とも思える傾斜を下る姿は、さながら、限界走行のデモンストレーションだ。
アイテムボックスに入れたほうが楽だが、何となくトラがそれを嫌がっているから、この頃は回避できない場合以外は控えている。時間のロストによるセンサー機器の情報喪失は、トラにとって存在意義を揺らがせる機能誤作動であるらしい。
「――ノアさん。入水します。体感に違和感があれば申し入れ下さい」
トラは乗車する俺を気遣うようにゆるりと河へと侵入した。四機のドローンを展開し河底を把握したタイヤ運びは多少の揺れは感じるが安定感が抜群だ。
エステラ達はクラーラを抱えて飛び越えてもらった。
河川の踏破後に聳える対岸の傾斜は、ヒルクライムの競技場のようだ。その難所もトラは危なげなく登り切った。
「トラ。ここで停めてくれ」
俺はそう伝えて大地に降り立つ、河川敷と草原の境目で感慨深く息を吐く。
そして、一歩を踏み出した。
――やっぱりだ。この感覚。
その何度も繰り返した肌感に確信を抱く、やはり、そういう事なのかな? だが、疑問も同時に去来する。
「エステラ。この境界線を通るとき何か感じない?」
「――? 何かあるの?」
やっぱりか。これは他の冒険者は感じ取らない。俺とサイネさんだけが感知するものだ。
俺が感じるもの。それはダンジョンの出入りの時に弾力のある空気の層を通り抜けるアレだ。それをここ死の草原の境界でも体験する。
つまり。――ここはダンジョン? 感覚を信じるならば、そういう事だ。俺の原点ともいえるこの場所は。




