第16話-2 代眼Ⅱ
「シェリルさん。額にアクセサリーを付けさせてもらいます。失礼します」
これは返事を待たずに強硬する。俺が取り出したのは魔道具だ。種類としてはサークレットとか華美でないマリアティアラと呼ばれる物だ。額にシェリルさんの瞳と合わせた金色で雫型の宝石をあしらい細いチェーンを頭に載せて固定している。
「――! これは何でしょうか?」
眼の見えないシェリルさんはお針子さんとして家で働いているそうだ。
「少し待ってもらってもいいですか?」
俺は絞るように調整する。魔道具のリンクとシェリルさんの魔力の波長を。慎重に。
――ここだ。
シェリルさんが息を飲み、独り言を吐き出すようにそっと叫ぶ。
「――っ! 見える。眼が見えるの?」
その様子を見つめ、俺は満足げに大きく頷いた。
「目が見えている訳ではありませんが、その額の魔道具が眼の前の景色を直接脳内に届けています。絶えず着け続ける必要が生じますが、今までよりも活動しやすくなると思います」
「母様。見えるのですか?」
困惑と心配、そして、期待の綯い交ぜになった表情で少年が問う。
「見えるわ。シルビィ。貴方のお顔をよく見せて頂戴」
少年は駆け寄り抱きつき母を見上げた。
「――シルビィ。大きくなって。お父様に似ているわね」
久しぶりに見た我が子の顔だろう。ジョシュアさんの死の報告でも気丈だったシェリルさんの目から涙が零れた。一頻りして、それが落ち着くと彼女は確認してくる。
「ノアさん。この魔道具の料金はおいくらかしら。素晴らしいものですね」
「いえ。お代はいりません。以前に受けた恩の返礼です」
そして、咎人が返すべき罪滅ぼしの一部だ。
「――そうはいきません。これ程の感謝には対価が必要です」
「その魔道具は私が発明しました。私があの日。あの時。あの場所で出会い生き延びられたのは、あなた方から受けたご恩があったからこそです。何も持たなかった私が受けた餞別に比べれば、これは何ほどの物でもありません」
実はまだ、シェリル教には入ったままなんですよ。だから、今まで滞った寄進でもあるんです。
どんな言葉にも俺は頑として拒否を伝えた。
――三日後。
ジョシュアさんの葬儀はしめやかに執り行われた。その顔は穏やかで、笑顔さえ浮かべている。三〇〇人を超える参列者に見送られ、花で満たされた棺が墓地へ安置された。
この街にはギルドすらないという。ダンジョンが無いから必要ないのだが、必然的に冒険者がいない。その為に狩りの腕が立ち、穏やかで気の良いジョシュアさんは荒事が起きた時に頼りにされていたそうだ。
シェリルさんは気丈にも絶えず静謐な表情で参列者の対応をしていた。シルビニオンは子供ながらにそれを支えるように隣に立っていた。
式も終わり一段落した後、俺は罪滅ぼしの一環として金銭の補償を提示したが、シェリルさんから強く断られていた。具体的に援助しようにも困っている事はないという。
「ノアさん。何度も言いますが、貴方が負う責任はありません。貴方の望む人生を選び取って下さい。それがジョシュアの、そして、私の願いです」
「――ですが、まだ。あの時の恩すら返せていません」
俺の恩返しの訴えを遮り、シェリルさんは言葉を続ける。
「元から返してもらおうと思っていません。では、その代わりに、貴方がこれから成し遂げる過程で、隣人を助けて下さい。私が見えるようになって救われたように。その才能は世界を幸せに出来るものでしょう?」
「私は一生をかけてでも――」
その言葉の最後は残せない。静かだが強い意志によって。
「――ノアさん。お気持ちだけで結構です。住む場所を卑下するつもりはありませんが、ここは貴方が生きるには狭い世界でしょう。負い目を感じて留まらず、力の限り羽ばたいて下さい。そうですね。一ヶ月を過ぎてもまだ、ここに留まっているようなら。もう口を利いてあげませんからね」
いい笑顔で宣言された。そう言えばシェリルさん。いい性格の片鱗があったっけ。この言葉は本気だろう。
「――今日から一ヶ月ですか? ……ここを出て行った、後また会いに来ても?」
「……もう四日経っていますから、あと二十六日ですね。会いに来ることは構いませんが、頻繁にはご遠慮下さい」
なんだと。そうなると計画を急がねば。まず、レオさんに相談だ。トラもフル活用して、ゴブリンの懐柔も同時進行だな。
俺の顔色が変わったのを察したのかシェリルさんから優しく語られる。
「心配頂かなくても、彼が貯えを十分備えています。私達家族は自分達で暮らしてゆけますよ」
言葉の通りなのだろうが、俺には、放っておいてくれという拒絶にも聞こえた。
「また、伺います」
俺は限られた時間で、出来る事の為にお暇を願い出た。
§
慌ただしく出て行ったノアを優しく見つめ、シェリルは穏やかに眠るようだったジョシュアの最期を思う。
(――これで良いですよね。彼をここに縛り付けても意味がない。見た事も聞いたこともない魔道具を自分が生み出したという稀有な青年はきっと世界を輝かせる)
だが、しっかり者はこうも思う。せっかく繋いだ縁だ、愛息が王都に行く機会があれば伝手を紹介してもらおうかと。
彼女は知らない。ノアの本気がどういう意味かを。




