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第15話-1  偽善Ⅰ

 全員が座れるテーブルも用意した。子供向けにはドリンクバー。そしてアルコールも各種用意している。


 トレーには椀に盛られたキノコと鳥の炊き込みご飯。その上にはたっぷりの錦糸卵だ。汁物は水炊き風鍋と薬味一式。湯呑に注いだ水炊きの作法に則る素の白濁スープ。皿には素焼きの本シメジ。後は思い思いのドリンクが選ばれている。


 音頭はホブゴブリン。皆から(おさ)と呼ばれている方に任せた方が良いだろう。俺の要望は一つだけ。


「食べ方に注文はつけませんが、始めにこの湯呑――。これですこれ。このスープをそのまま一口飲んで下さい。その後はそれに塩一つまみと、この緑のネギを加えて味の変化を楽しんでもらいたい。この鍋、スープの始めの味です。具材を加えると複雑さを増しますが、その比較を感じて欲しいのです」


 それだけ伝えて目線で長へと挨拶を譲る。


「好意でこのような料理を用意してもらった。貴重な卵もな。感謝して頂こう」


 全員が神への感謝の祈りを捧げ食事を開始した。


 俺の要望通り湯呑の素スープから飲んでくれている。美味しさに驚いているね。


 俺達三人も席について食事を開始する。


「ノア。すごく美味しいね、このスープ。後を引いていつまででも飲んでいたい感じ」


 そうだろうとも。湯呑一杯分というのも効いている。ちょっと足らない位が適量だ。初めは手間暇をかけた、素のコクを楽しみ、少量の塩でちょっと薄い塩味(えんみ)に調整する。初めこそ塩気が物足りない気がするが、飲み終わりにはそれが程よくもう少し飲みたいなと感じさせる。それこそまさに、いい塩梅ってもんだ。そこから素材の旨味の溶け込んだ複雑な味の鍋へ繋げる。


「ノアさん。すごく美味しいです。こんなの初めて。スティ姉のレシピは全部、あなたが考えたんですよね? 尊敬します」


「――腕はもうエステラの方が上だよ。それに、ネスリング(みんな)スが作ったオリジナルもある」


 俺は苦笑いでそう答える、彼女は『謙遜してっ!』と笑顔で肩をバチコーンと叩いてきたが事実だ。


 にぎやかな食事風景を見ながら、俺は用意した盃の日本酒をそっと掲げる。




 ――――献杯。


 そして、(あお)るように飲み干した。二十歳ではないが今日は許してくれ。俺の国には故人を(いた)みにぎやかに食事をして送る文化がある。この場はジョシュアさんの為に誂えた追悼だ。


 ゴブリンへ恩を返したいと願った恩人へ、俺が出来る感謝の形だ。


 食事風景を眺め、折を見てオーブンに保温していた丸焼きを取り出す。十羽全てを魔法で浮かべて運び会場の中央。――目立つ場所に置く。


 エステラとクラーラも手伝ってくれて鳥を部位ごとに切り分け、スタッフド――中の詰め物――も皿に盛り、グレイビーソースを添える。それを魔法で飛ばして、全員のテーブルに配膳した。


 ゴブリンからやんやの喝さいが上がる。にこやかに手を振り俺達は席へと戻った。


「炊き込みご飯も美味しいですけど。錦糸卵がのると幸福感が倍以上ですね。見た目も綺麗だし。それにこの水炊き凄く美味しい。お肉は柔らかで、始めに飲んだ湯呑? そのスープも美味しかったんですけど。別次元の美味しさです。ご飯とスープを一緒に口に入れたら無限に食べれそう。――このキノコはどうやって食べるといいですか?」


 クラーラが上機嫌にそう聞いてくる。


「半分に割いて、塩と醤油で楽しむといいぞ」


 ゴブリン達は丸ごと齧りついて幸せそうだ。


「ザクッとした歯ごたえがあって、ジューシー! 美味しさの洪水がぁ~! 溺れるぅぅ」


 ほっぺを落とさないように押さえつけてクラーラが叫ぶ。


 幸せな食事風景はジョシュアさんが守ったものだ。たけなわな会場を俺はそっと後にした。


~~~


 あの時は、あぁ言ったが、少年にジョシュアさんの遺品を安置してもらったのは良かった。楯の収められた保管庫の上に会場で提供された食事を陰膳代わりにお供えした。


 そして手を合わせる。あの時の事を思うと視界が滲む。それを擦って誤魔化した。


「――ヨシヨシ」


 そう言ってエステラが屈んで手を合わせていた俺の頭を撫でた。ついて来ているのは分かっていた。


「――気は済んだの?」


「ん? どう言う意味だ?」


 エステラはかすかに微笑む。


「何かは分からないけど。――この炊き出しは、やらなきゃいけない事だったんでしょ?」


 お見通しか。付き合いの長さからかな? 俺はジョシュアさんが命を懸けて守った日をゴブリン達に忘れてもらいたくなかった。美味しさの記憶と共にいつまでも思い出してもらえるように。


 ここのゴブリン達には、ある提案をしようと思う。多分受け入れられない提案だ。だが、それを受け入れない限り今日提供した口福を彼らが今後感じることはない。そういう呪縛だ。


 質素に生活する彼らは裕福とは言い難い。俺のエゴで一日だけの贅沢な食事を提供した。


 ジョシュアさんは命を懸けたんだ。心の小さい俺がその位望んでもいいよね。


 悪党の俺は零すようにエステラへと告げる。


「――酷い事を思いついて実行した」


 今の俺はどんな顔をしているだろう。背中越しで見られないのが幸いだ。


「――そうやって、自分を傷付ける。その酷い事はみんなを幸せな笑顔にしたよ。集落へ戻って来た時は、皆不安そうにしてた。彼らの心を軽くしたのは、ノアの素敵な美味しい満腹だよ」


 エステラはそう言うと苦しそうに息を吐いた。俺は声に感情がのらないように続ける。


「偽善で施し、贅沢で堕とした。彼らが今日食べた食事を、今のままの人生で楽しむ方法は無い。知らなければ渇望することもない。俺は彼らが手に入る食材で最善を出すべきだった。それが出来たはずなのに……」


 俺の懺悔を遮り、彼女は語りかける。


「でも、ノアがそうしたのなら、それが最善。大正解。そう信じる。この世界の広さを伝えたの、幸せの可能性だよ。知らなきゃ損なことだもの」


「買い被りだ。俺はそんなたいした奴じゃない。誰も気に留めもしない、そこらへんに転がる小さい石ころだよ」


「――大丈夫。あたしはノアを信じる。あなたは世界を変えるキラキラで特別な宝石。彼らが今日の食事を楽しめるようにしたらいいじゃない」


(今までずっとそうだったように。師匠は、みんなで目指した光だもの)


 彼女には珍しく饒舌だ。


「宝石? おこがましいさ。もちろん提案はするが、受け入れられないだろう。それを知りながら提供したんだぞ」


「そんなのノアならチョチョイって超えられる。安心安全が信条なんでしょう? 不安を取り除いて、無理なく提供できる方法を見つければいいよ。……でも、何で料理に拘ったの?」


 そうだ。料理でなくても方法はあった。だが、ジョシュアさんの受けた恩は、生命維持。つまり、食事の提供だ。俺が齎された恩でもある。だがら、同じもので魂に響かせようと願った。


「――ジョシュアさんが命を懸けて守ったこの日を記憶してもらいたかったんだ。幸福な食事はいつまでも心に残る。まして、人間から彼らに提供されたのなら尚更だ」


 エステラの声が軽やかに弾む、俺の心を軽くするように。


「じゃあ。記念日だね。卵のお祭りみたいに毎年思い出せばいいよ」


「――イースター? なるほどな。エステラは凄いな。それなら毎年思い出してもらえる」


「ふふふ。そうだよ。凄いんだから。でも、今日のノアは色々あり過ぎたからゆっくりと気持ちを整理してから次の事を考えた方がいいよ」


 俺は少しだけ気持ちが軽くなり、ゴブリンの村へと戻った。

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