第12話-3 始末Ⅲ
ツンツクに先導されてエステラは虎狼の亡骸の前に立つ。半ばまで頭を切り落とされた状態のそれに黙祷を捧げ霊薬を振りかける。
その瞳には子を残したまま亡くなった親狼への同情と哀れみの色が濃い。
傷を復元させた後は生活魔法で血の穢れを払い。拝像の安置アイテムへと収めた。
「ピーヨロ」
ツンツクが彼女を誘う。その鳴き声に連れられて空を移動したエステラは洞窟へと導かれた。そこには枯草を綺麗に敷き詰めた寝床があり、丁寧に整えられた小さな丸い窪みが一つ。
丁度。子狼が収まる大きさだ。ここに寝ていたと示すようにツンツクが傍らに降りていた。
柔らかそうな枯草を選び作られた、それに、エステラは親の愛情の跡を見る。もう二度と得られない。その形を崩さないようそっとアイテムボックスへ仕舞い込んだ。
洞窟を出ると程近い場所にも一匹の虎狼の亡骸。喉笛を食いちぎられている。先程よりも体が二回り程小さい個体だ。
少し悩んだエステラは、判断をノアに預けようとそのまま拝礼の安置アイテムへと収める。
そこからは無作為な狩りの跡が続く。見かけたものを片端から殺して回ったような惨状が広がっていた。あるものは喉をまたあるものは爪で頭をつぶされている。
彼女はそれら全てを回収しその跡を追った。土地神の亡骸があった場所まで戻るとそこからは斬撃による殺害へと変わる。
樹を薙倒した破壊の跡が無軌道なジグザクで進んでいる。そこかしこに散らばる動物達を余さず回収して痕跡をなぞるようにノアの元へと戻った。
§
先程までの喧騒が嘘のように、不穏な静けさの漂う森を進み長は集落へと辿り着いた。
そこはゴブリンがいない事以外はいつもと変わらない風景だ。荒らされた様子もない。
長は用心の為に遠回りをして人間同士の戦場を迂回してきた。
(危険だが。安全を確認する為には、あの場所まで行かなければ判断出来ない)
長は闘鬼を纏い集落から外縁へと通じる路を戻る。
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気配を探りながら慎重に歩みを進める。その場所に近づくと増えてゆく薙ぎ払われた巨木。甚大に広がるいくつもの焼け跡。昨日までの森と同じ場所とは思えない程の変わりようだ。
そして森を貫き地面を削った終わりの見えない真っ直ぐな破壊跡。
(一体何が起きたのだ……)
その直線の終わりは焼け焦げて不自然に開けた大地。――そして。
◇
俺は人の気配を感じ目が覚める。どうやら。またいつの間にか飛んでいたようだ。樹を背もたれに休んでいたが、寝たというより意識を失った感が強い。
俺が感じた気配の正体はホブゴブリン。俺の感知魔法の感触では、ジョシュアさんとの戦闘で最後まで近くにいた個体だ。
『妖精さん』の攻撃で生まれた直線から、『集束くん』の連発で開けたこの場所へと出てきた。
ゴブリンと人間は争う事が多い。穏便に済めばいいんだが。闘鬼を纏って緊張感はビンビンだ。
俺は敢えて立ち上がらずにその場で手を振って存在を知らせる。座ったままなのは失礼かもしれないが、普通は座った状態から攻撃は出来ない。害意が無い事を先に示す為だ。
まぁ。俺の場合やりようはあるが。
ホブゴブリンが張らなくても声が届くギリギリまでやって来る。
「座ったまま失礼します。害意が無い事を示す為にこうしています。不快に思われたなら謝罪を。――手紙は受け取って貰えましたか?」
モルト。お前の仕事が完璧なのは知っている。悲しい顔をするな。疑った訳じゃ無い。言葉の綾だ。
「あの文はお前からか。事態が収束したと書かれていたが、どう収まったのか確認したい」
帝国って言って伝わるのかな? 寧ろ人間からの攻撃行動と受け取られかねないから悪手か。国によってというよりも、種族からと見られるからな。
「何かの原因で黒狼が混乱暴走しました。それをジョシュアさんが倒して収めましたが、その混乱の原因は倒した者に乗り移る特性があり、今度はジョシュアさんが混乱暴走状態となりました。そして、ジョシュアさんが亡くなり。……俺が殺して混乱は収まりました」
「……殺した。我らの友人を?」
ホブゴブリンから殺気が立ち昇る。これも俺が請け負う責任の一部だ。そしてジョジュアさんの人徳が成した結果だ。誹謗中傷大いに結構。それだけの事をしたのだから。
「はい。私が彼を殺しました」
俺はそう断言する。すると即座に発せられる声。
「――違います。父は志を守る為に。森を守る為に。その結果を選択したのです!」
俺達の話し声で眼を覚ましたか少年。
「ノアさんは父の志の協力者です。ノアさんのお陰で父は感謝の元に遂げる事が出来ました」
放たれていた殺気は静かに収まる。
「そうか。土地神様はご乱心していた。友も同じ状態になったのだな。――我らはお前に救われたのか。殺気を向けてすまなかった」
「いえ。そうなる事をしましたので。気にしないで下さい。ジョシュアさんとあなた方は交流があったんですよね?」
「ああ。得難い支援を貰った。大切な友だ」
ジョシュアさん。命の恩は返せたんですね。俺はそれを噛みしめる。
「森はまだ混乱していますが、脅威は去りました。避難しているお仲間も村に戻られては如何でしょうか」
ちょうど折よくエステラが戻って来た。
さて、先送りにしていたが聞かないといけないことがある。
「シルビニオン少年。母親は健在だよな? 名前を聞いてもいいか?」
少年はしっかりとした声で答えてくれた。
「母の名はシェリルと言います。今は家に居る筈です」
身体から力が抜ける思いだ。下っ腹に力を込めて俺の責任を全うすることを誓う。貴女にも権利があります。
――俺を殺す権利が。




