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第10話-1  笑者Ⅰ

 ジョシュアさんは『精霊さん』を放つ前と変わらぬ速度で迫りくる。


 杖術は両手の武術だ。利き手に依存しては流れるような攻撃に至れない。


 右前腕欠損の今の状態では、その術を十全に発揮できるはずもない。


 俺は既に戦闘開始の段階で、痛覚を遮断する霊薬を服用していた。だから、痛みには何とか耐えられる。


 そして、息もつかせぬ瞬撃の戦闘中に霊薬を飲むことなど出来ない。


 俺だって、相手に飲ませる隙も時間を与えない。当たり前だ。


 だったら、どうするか?



 ――備えるのだ。


 俺が奥歯の脇に忍ばせた霊薬のアンプルを噛み砕く。濃縮タイプで味は最悪だが、それにより欠損した腕が復活する。


 身体のダメージも完全復活。『増昇くん』の負荷も一反リセットの反則技だぜ。


 まぁ。その分動けなくなった時のダメージは増すんだが。。。


 復活の狡いアンプルはもう一つ左の奥に仕込んでいる。


 俺は生えたての右手を使い、直ぐに『集束くん』の乱れ打ちを始めた。――ただの時間稼ぎにしかならないが。


 そして、最後のギアを上げる。


 俺は笑顔を浮かべて『増昇くん』の制限(リミット)を解除した。アンキーレの複楯(ふくじゅん)があってもどうにか伍するのが精一杯だった。


 だったら、――踏み込むしかないだろ!


 感じない筈の幻痛が脳に走る。眼窩が重く視界が一瞬赤く染まった。


 そして、ゆっくりと流れる世界。


 迫りくるジョシュアさんを前に、俺は腰の後ろで槍杖(そうじょう)を構え、肩幅より少し外を握る。



 ――弧月(こげつ)。そう呼ばれる技だ。


 下からの払い上げと流れるように上段からの打ち下ろしへ移る、デザインされた二連撃だ。


 その軌道は美しい三日月を描きジョシュアさんへ襲い掛かった。


 ジョシュアさんは払い上げを楯で受けるが、それにより、その強力は推進力を殺すことに成功する。


 ほぼ同時に振り下ろされる上段がジョシュアさんの鎖骨を打ち抜いた。


 一撃を加えた間と呼ぶほどもない瞬間に、ジョシュアさんの剣が振り抜かれる。


 俺は、片足で踏切るルーザーウェブスターで回転してそれを避けた。


 そして、その回転を利用してもう一度鎖骨へ打撃を加える。


 空中で足場のない俺にジョシュアさんのシールドバッシュが放たれた。


 それを足裏で受け、飛ばされながら、躰を捩じることで力を逃がし距離を取った。


 無茶と無謀の重ねがけでどうにかスピードは競り勝ったようだ。


 俺は『涙煙くん』をジョシュアさんに放り投げる。


 名前の通り催涙と煙幕がその周りに漂う。息をしてもむせる極悪仕様だ。


 煙にまかれたその場所に『昏倒くん』と『電撃くん』をダースでぶち込む。


 まぁ。『集束くん』でも平気な人に効くとも思えないが、やっぱりね。


 それが当たったはずの本人が得意の瞬間移動で爆煙の中から現れた。


 俺はもう膝から力が抜けるのを感じる。少しのインターバルを欲したのは二個目のアンプルを嚙み砕く為だ。


 バカの一つ覚えだが、一番自信のある技に賭けよう。


 ジョシュアさんの唸る剣撃を躱し、距離を縮める。


 俺は槍杖を肩に担ぎ両手を載せた。


 霞段(かだん)。――俺が放てる最速。最強の一手。そして、続く段撃の初手だ。その一撃は無限に変ずる。


 左からの打ち下ろしは、ジョシュアさんのガードをぬるりとすり抜け鎖骨へと三度目の斬撃を見舞った。


 続く横薙ぎは楯でいなされる。次は上段打ち。それは剣で受けられた。俺は剣に絡めるように槍杖を回し腕ごと外へと弾く。


 四撃目はしなやかに軌道を変えて突きへとなりジョシュアさんに迫る。


 それを素早く受けにきたジョシュアさんの楯を、俺は、



 ――貫いた。


 一度目の霞段(かだん)で作った罅を今までも何度か狙って攻撃している。それが実を結び左腕へと斬撃が通る。


 鎧で覆われた鎖骨への斬撃も伏線だ。左半身にダメージが通るように同じ場所を定めて攻撃していた。この日初めて鉄壁の楯が泳いだ。


 その隙を見逃さず、独特な歩法で転調し俺の体が、ブレるようにぬるりと懐へ跳びこむ。――崩身(くずしみ)


 今日二度目のそれに対し、ジョシュアさんは身体が霞むほどのシールドバッシュをカウンターで被せた。


 高速の思考の中。壁のような圧力で凶悪な一撃が眼前へと迫る。




 それは、――何度も見たよ。



 ――俺は空間すら弾き潰すそれから身を捩り反転して躱しにかかる。


 ジュボッ! 空気が削られる音がした。オゾン臭を伴った、大気が焦げた匂いがする。


 表面を(かす)るだけで吹き飛ばされるバッシュの脅威をギリギリですり抜けた。


 そこは楯も剣も届かない。空白域だ。

 

 そして訪れる千載一遇の好機。俺は背中から勢いに任せて飛び込んだ。


 極限の集中により冴えわたる感覚。音すらも凍る静寂(しじま)




 ――奥義裏壊乱(うらかいらん)


 相手に背を向けて放つ零距離の打突だ。ジョシュアさんの瞬間移動の力も利用したカウンターとなった。


 鎧の鳩尾(みぞおち)にヒビが入り。ジョシュアさんが吹き飛んだ。


 さっきまでの集中が嘘のように急激に時間を引き戻される。腰の抜けるような疲労感。――限界は近い。


 俺は倒れたジョシュアさんに近づくと喉笛へ突きを放つ。


 勝ち判定が何かは分からないが、死に殉ずるものでなければならないだろう。


 後は運任せだが、霊薬の大量投入で命を繋いでもらうしかない。


 勝負を決めるべく打ち下ろした渾身の一撃は。




 ――ジョシュアさんの楯に阻まれた。


 朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めている俺は、その後に続く剣の払いで簡単に身体が泳ぐ。


 その隙に逆回転のように、素早く、だが、不自然に立ち上がるジョシュアさん。そして、放たれたシールドバッシュをまともに喰らった。


 俺は血反吐をまき散らし、吹き飛び転がる。内臓をかき混ぜられたみたいだ。


 一瞬の意識混濁の後。覚醒すると視界に少年の姿が映った。


「お父様。どうしたのですか?」


 思考の飛んでいるジョシュアさんは動いている者を優先する。


「ぐっ! モルト!」


 モルトにはサシで闘うから見守ってくれるように頼んでいる。俺の叫びを察してモルトが蔦でジョシュアさんを縛った。


 だが、二度目の戒めを慣れたように逃れたジョシュアさんは、そのまま少年へと迫る。


 そして、シールドバッシュと凶刃が少年に向けて放たれた。

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