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第20話-2  残響Ⅱ

 黒い箱から硬質な声が響く。


「――それで? 家族は大丈夫なのか?」


 声の主はガンソ。少しくぐもって聞こえる。


「えぇ。――もう、ギルドのシェルターへ入れました。店から近いので助かりました」


 答えるのはドワーフの鍛冶師。ガンソの一門に連なる者だ。


「白い光る板が、モンスターから市民を守っています。私もそれに守られここへ戻って来られました」


「白い板? 聞いたことが無いな。それも気になるが、転移門による直接攻撃は、禁具が変化したと見るべきか?」


「情報が少なくて、推し量れませんが、以前報告したように禁具の波長が変化しています。新型である確率は高いと考えます」


「そうか。やはり一連のスタンピードは実験が目的か」


「主頭。再度の提案で恐縮ですが、侵不(しんふ)へ協力を要請すべきでは?」


「……今はその時期ではない」


「はっ。出過ぎたことを申し上げ失礼しました」


「お前も自分の命を優先させろ。ご苦労だったな」


 そう言うと王都のガンソとの通信は切れた。


 ドワーフの男は息を吐くと、外に見える光の路を見つめる。


 その路を通ってギルドへと避難してくる大勢の市民達が眼に映る。


 ギルドはその機能上、冒険者の利便性を優先するために、ダンジョン近くの城壁に場所を構える。


 男の店から目と鼻の先だ。その目に映る信じがたい幾筋もの光の路。


 それは、襲い来るモンスターを跳ね除け、安全にギルドへと誘導する。


 男はノルトライブで、そのような出鱈目な事をする人間を一人しか想像できない。


 エルフの庇護を受けた錬金術師だ。


 男はため息をそっと吐くと、切り替えてシェルターへ向かった。



§



「おいっ! オリヴェルはまだ来ねぇのかっ!」


 ギルド長のマティアスが叫ぶ。


 真祖がモンスターを粗方片付け終わった。


 次の挙動がどうなるかを城壁の上から見守る。


「へぃへぃ。呼ばれて来たてやったぜ。叔父貴」


 剣を担いだオリヴェルが面倒くさそうに城壁を登って来る。


「おせぇぞっ! 信号弾が見えなかったのか?」


「目の前に助けを待っている市民が居たからね。――後回しだ」


 マティアスは、大きく息を吐く。


「――それで、S級に上がれなかったのに……懲りないヤツだな」


「アホは死んでも治らんよ?」


「まぁ。いい。あのデカブツがこっちへ来たら、一緒に行くぞ。準備しておけ」


「――あれはっ? 何者だ? モンスターなのか?」


「分からん。だが、耐久が高く。動きは遅いが攻撃も強力だ」


 真祖が最後のザザンをメイスで討ち取った。


 マティアスの見つめる中、真祖はゆっくりとメイスを体の正面に下ろすと、その柄に両手をのせた。


 敵から畑を守る番兵の様な姿だ。


 動きが止まると鳥達がいずこからともなく集まり、その肩に止まる、そして、実った豆をついばみ出した。


「……動きが、止まったな?」


「なんだよっ! 大丈夫なら、俺は行くぜ? なんかあったら呼んでくれ」


 そう言って、オリヴェルは城壁を跳び下りて駆けだした。


 その後、数十分まんじりともしない真祖の巨人。


 ――と。真祖は一度身じろぎして、鳥を離れさせると光の粒子となって消えて行った。


「光? 黒煙で無いなら、モンスターでは無いのか?」


 マティアスはそう小さく呟いた。





 のぅわぁ~っ! バングルが勝手に動くとは聞いていないぞ。


 俺の右腕が漆黒のヌクレオ(迷宮核)に触れる。


 ダンジョンが鳴動する。


 そして、正三角形を八つ集めた菱形の立体からなるヌクレオ(迷宮核)の下部から、剥がれ落ちるように白い蝶が現れ白く燃えてゆく。


 それはハラハラと広がり、漆黒は徐々に元の青紫へと変わって行く。


 『(カルマ)免疫発動中』頭に浮かんだのは、点滅するその説明だ。


 ストはいつの間にか終わったらしい。アイテムボックスから外套を取り出し身に纏う。


 ヌクレオ(迷宮核)を俺とサイネさん、アネリアさんの三人が見つめる。


「ノア。……何が起きているの?」


 サイネさんから、問われるが俺にも状況が掴めず説明は出来ない。


「――免疫が何かしているようなんですが、良く分かりません」


「それで神武(かみたけ)は助かるの?」


 それにも俺には答える情報が無い。


 ハラハラと落ちて燃える白い蝶はとうとう頂点まで到達した。



 ――と。


 ヌクレオ(迷宮核)が光った。それと同時に響き渡るエラー音。


『――敵対協定違反を確認しました。処分(ペナルティ)を実行します』


 その言葉と共に三人はダンジョンの外へと弾き出された。


 一人は腰だめの姿勢で地面の上を立ったまま後ろへスライドする。


 一人は可愛らしく尻もちをついて後ろへ引きずられる。


 一人は成すがままに地面を転がった。



§



 都市のそこかしこで起こるモンスターとの局地戦を、オリヴェルはその呼び名の通り一閃(いっせん)の元に切り開く。


 取り残されていた市民は、光の板がその身を守り戦闘が終わると路となってシェルターへ導く。


 光の路にそこかしこから市民が集まり集団となって進む。


 その英雄の姿に歓声と応援が巻き起こった。


 今まさにオリヴェルがモンスターへと切りかからんとするとき、相手が黒煙となって消え失せた。


 同時に都市内にいた全てのモンスターもかき消え、乱立していた転移門も消失した。


 残心を示したまま、オリヴェルは辺りを睥睨(へいげい)する。


 彼の広域な感知の中にモンスターの気配はない。


 オリヴェルは、無属性魔法で空中へ足場を作ると、それを踏み蹴って上空へと昇り都市を見下ろす。


「――収束したのか?」


 そして、そう呟いた。


 ノルトライブのスタンピードは今まさに収束した。



§



 ノアは腰だめの姿勢で剣に手を掛けて、地上を立ったままスライドする。


 サイネは可愛らしく尻もちをつくと引きすられるように後ろへ滑る。



 ――装束を身に纏った神武(かみたけ)は、虚を突かれ、為す術もなく転がった。


~~~


 ――――少し前。


 ノアの手が漆黒のヌクレオ(迷宮核)に触れると、ダンジョンの管理権をそれが取り戻してゆく事を、神武(かみたけ)には感じ取れた。


(ノアさんから混乱して暴走していたヌクレオ(迷宮核)を癒す力が注がれている)


 そして、最後のファギティーヴォの欠片が剥がれると管理権が復活する。


 正常に戻ったヌクレオ(迷宮核)は、今の状況を把握し敵対禁止協定に照らし合わせた。


 ノアには八〇階層以上の侵入を咎め。


 サイネと神武(かみたけ)には、事前申請無しのスタンピードの発生を違反行為とした。


 その後に、神武(かみたけ)は、ダンジョンから出られないはずの自身が外部へ弾かれたことに動揺する。


 受け身も取れずにただ翻弄された。


「――神武(かみたけ)っ! 無事? 異常はない? 外に出られたの?」


 サイネから言葉がかけられる。


「はい。ご心配をおかけしました。サイネ様」


 混乱する思考で神武(かみたけ)は、眺める者と名乗った超越者の言葉を思い出していた。


「それより面白い変化をしたね? それでは、まるでダンジョンマスターだ。人格がヌクレオ(迷宮核)から完全に独立しているね。いや。ダンジョンマスターより権限が多い。別の名称でダンジョンマイスターとでも呼ぼうかな」


 纏まらない思考のまま、神武(かみたけ)はスタンピードの消滅を実行する。


 二度のファギティーヴォからの感染で神武(かみたけ)ヌクレオ(迷宮核)から切り離された。


 それは永遠の呪いにも似た呪縛からの解放だ。


 それにより、協議を重ねた敵対協定の契約者の一人と認定されたのだ。


 サイネが神武(かみたけ)に縋り付きその胸に顔を埋める。


「無事ならいいの。――心配したんだから」


「スタンピードも終了したようですね」


 ノアがそう声をかける。


「すみません。ノアさん。今モンスターを全て消しました。転移門もです」


 ノアはにっこりと微笑むと言った。


「それでは、私はギルドへ行って状況を見極めてきます」


 そう言い残して走り出した。


~~~


「……サイネ様!」


 一人取り残されたアネリアの叫びはコアルームに虚しく響いた。



§



 一週間が経ち落ち着いたノルトライブ。


 有史以来初めての直接転移というスタンピードの余波は大きい。


 倒壊した建物は数知れず。


 その噂は王国内に広まった。


 オリヴェルを筆頭に数多くの熟練冒険者が揃っていた為に、被害は軽微で収束に至ったと伝えられた。


 だが、ノルトライブの住民は知っている。


 光の使者と呼ばれるようになった、トラクターゴーレムの(あるじ)を。


 ノルトライブのスタンピードは、その猛威と脅威にも拘わらず死者は、――〇だった。


 その領域をスタンピードでも侵不(おかせず)


 侵不(しんふ)の名はノルトライブの住民の魂へ鳴り(とどろ)いた。


 その残響は消えることなく。

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