第16話 合掌
A級冒険者のオリヴェルは、ノルトライブの街を走る。
彼は傷顔の2つ名を持つが、その名が語られるときに揃いで称される言葉がある。
その者、二の打ち要らず。
王国の津々浦々まで響く言葉の通り、一撃でモンスターを屠り進む。
時折見え、市民を守るぼんやりと光る白い板を訝しみながら、それを目印に切り裂き進む。
冒険者は、市民を守る剣だ。
正義の味方を気取る程、青くはないが、それを誇りにこの歳まで続けて来た。
でなければ、命を天秤にのせて、ダンジョンに入る者などいない。
A級ともなれば、既に蓄えは十分にある。
オリヴェルは逸る心を抑え、目につくモンスターを全て切り倒し、街を行く。
気概を証明する為に。
(まったく。こんな歳になって、兄貴の気持ちが分かるようになるとは、阿保は死んでも治らんね……)
オリヴェルが、目指すのは家族の元だ。
早く無事を確認したいが、市民を無視して進むことを、彼の積み重ねた人生が許さない。
(固い頭は、大事なものを見誤るか……。それでも俺はこの生き方しか知らねぇ)
遠い昔に世話になった兄貴分の言葉を思い出していた。
(──頼むから、無事でいてくれよ)
オリヴェルは剣を振るう、最愛の家族の無事を願い。
生き方をかけて磨いた護国の剣を。
§
隊列を組む冒険者達の周りに、白い光の板が現れ死角を補うように守る。
「この白いのは、──なんだか、分からねぇが、使えるものは利用しろ、だが、信用はするなよっ!」
シュバインがそう叫ぶ。
「馬鹿っ! シュバイン。前に出すぎだ」
バステンがシュバインを止める。
「うるせぇ~! バステン。今が命の張り時だろうがっ!」
バステンは渋い顔でシュバインの隣に立つ。
「まったく。馬鹿ばっかか?」
シュバインは太く笑うと相棒にそう言った。
遅ればせながら、スタンピードの発生を知らせる警鐘と警笛が鳴り響いた。
ちょうどその時、その場に大量のモンスターが現れる。
「──団体さんのお出ましだ。野郎ども気合入れるぞっ!」
元から、即席の集まりだ、まばらに掛け声が上がる。
すると、モンスターの進行を邪魔するように、光の板が現れ、冒険者が一度に対応する数を制限する。
気合の声と共に戦闘が始まった。
白い板で渋滞を起こし、後方にひしめくモンスターの集団。
その場を猛スピードで走り抜けるものがある。
白金のボディでフロントローダーを地面スレスレまで下げて、自重と速度でブチかます。
現れたのは、ロボットトラクターのトラだ。
その衝突で大量のモンスターを跳ね飛ばし黒煙へと変える。
そして、タイヤを軋ませ、ドリフトをかますと、方向を変え、その勢いのまま場を過ぎ去った。
トラが優先させるのは、一般市民の保護だ。
冒険者へは、モンスターへひと当てする援護に留める。
冒険者達は、その理解を絶する光景にも、手を休めずに戦い続ける。
「さっきのは、ノアっちのトラクターじゃないか? ──でも、誰も乗っていなかったような?」
シュバインが、独り言のようにそう言った。
「まぁ。侵不のノアだ。──特別製なんだろ?」
バステンがその声を拾って答える。
モンスターを駆逐した、別の冒険者が、声を上げる。
「おいっ! シュバイン。少しずつシェルターに向かって下がるぞ。逃げる時間は稼げたはずだ」
「そこら中で、湧いてるんだろ? どこに居たって一緒だ」
「この辺りに逃げ遅れた市民はいない。中心部に向かいながら、助けが必要な人を探すぞ」
ダンジョンから戻ったばかりのシュバイン達は、城壁のすぐ近くにいる。
バステンの一言に、シュバインも動き出す。
冒険者は市民を守る、誇り高き希望の楯だ。
§
ツンツクは一反上空まで飛び上がり、俯瞰で街全体を見下ろす。
右手ではチャムが、波打つ青い光線を放ち、神秘的な光を空に映している。
左手では、カロが緑の光線を薙ぎ払い大量のモンスターを一瞬で消している。
妖精の光は、人、物を透過し、モンスターのみに影響を与えている。
モンスターに取って、恐ろしく相性の悪い相手だ。
(神様方は、とんでもねぇなぁ。──味方で良かったってもんよ)
オナイギは、ミドルレンジで飛び回り、風刃を連発し無双状態だ。
ツンツクは、モンスターの密集する地点を見極めると急降下して、接近戦を開始する。
今までのように、敢えて近距離で戦い、ピッピに攻撃のバリエーションを見せる必要はない。
その制限を外した力は、まさに鎧袖一触。
モンスターの間を最短の直線で飛ぶと、同時に複数の風刃が放たれ、視界に入る全てのモンスターが黒煙へと姿を変えた。
そして、転移門を粉々に破壊すると、新たなモンスターを探しに街を飛び抜けた。
§
女性は、50人を超える一般市民の前に立ちナイフを構える。
そして、前方から視線を切らずに、背に庇う我が娘へ声をかける。
「シェスティ。危ないから、ママから少し離れていて」
「──ママ。怖いよ」
「大丈夫よ。──ママは、元冒険者よ。モンスターなんて簡単にやっつけちゃうんだから。安心して見ていて」
女性は、娘が安心するようになるべく穏やかに声をかける。
女性の前方では、白くボンヤリと光る板が、モンスターを押しとどめている。
(──守ってくれているのよね? 何かは分からないけれど……)
場所は袋小路になっていて、その先頭で女性が油断なく、モンスターの動向を見つめる。
少し前まで、娘とこの街を楽しんでいたのだが、急に現れたモンスターに追い立てられて、逃げ込んだ先がここだった。
この集団で冒険者の経験を持つ者は、彼女だけだ。
市民をモンスターから守る。
その冒険者の誇りを、女性も持ち合わせていた。
だがそれでも、白い光の板に守られなければ、娘を逃がす事しかできなかっただろう。
背後からは、恐怖によって、憔悴した市民の息遣いを感じる。
──そこに、聞きなれない音を耳が捕らえた。
──シュイーン。
そして、空飛ぶ不思議な物体が頭上に現れる。
女性は油断なく前方と上空の2箇所へと気を配る。
「──要救助者発見」
それは、女性には伝わらない日本語を発した。
現れたのは、地域情報集積ドローン。
本来は、地形をデジタル化するための機械だ。
すると。袋小路の入り口にひしめくモンスターが、爆発するように吹き飛んだ。
それを巻き起こした異形の物体は、白金の巨体をフェイントモーションでドリフトさせて止めると、袋小路へとバックで入って来た。
外部スピーカーを使って、音声を伝える。
「このような見た目ですが、怪しい者ではありません。救助に来ました」
トラは共通語で話しかける。
ノアに教えられた言葉だ。
見た事もない、喋る何かを女性は呆然と見つめる。
「──切り開きます。少々お待ちください」
トラは、最大加速でうなりを上げると再び、眼前のモンスターへ突っ込んでいった。
トラの正面には、大量のラングスウィル。
ゴリラを一回り小さくした体格で、手足の長さはバランスが良い。
全身が赤い毛で覆われており、固い岩で出来た、投てき武器のカイリーを放つ。
カイリーは魔法で作成される為に、尽きることはない。
背中には被膜状の羽があり、飛び降りる時は、滑空して距離を伸ばし、地上を跳ねるときも補助して、その滞空を広げる。
取り囲むラングスウィルのカイリーが、トラに向かって放たれる。
空気を切り裂き、数多のそれらが襲い掛かる。
──と。
トラの前を守るように、千手が扇型に2重展開する。
クジャクの羽のように、広がった手の平が、その全ての攻撃を跳ね返す。
トラはそのまま、距離を詰めて、ラングスウィルを吹き飛ばした。
フロントローダーで弾かれたラングスウィルは、黒煙となり姿を散らす。
ノアの作り上げた“天望”には、攻撃力が無い。
そのリソースすら、防御へと振り分けた結果だ。
だが、──攻撃が出来ないわけではない。
トラはコマンドを指示する。
「──万力」
(──快開)
その攻撃には制約がある。
──攻撃対象をマニュアルで指定しなければいけない。
その為、トラはモンスターの近距離の間合いに入り、“天望”とつながった回線で対象を指定する。
それを終えると、トラは発動コマンドを伝えた。
「──合掌」
(──塊戒)
百を下らない、ラングスウィルの左右に千手が現れる。
静謐さを湛えた瞳を、手の平へ宿す千手は、素早くその距離を縮め。
──そのまま、ラングスウィルを押しつぶした。
ノアがトラに託した、人々を守り救うための掌だ。
黒煙が晴れるのを確認すると、トラは、袋小路へと戻り、取り残された市民へ話しかける。
「モンスターは、排除しました。──皆様は、この通路を通ってシェルターへ移動してください」
袋小路の出口から、千手が左右を守るように並び連なり、通路が出来ている。
人々には、白い光の道に見える。
「この中なら安全です。安心してお進みください」
そう言い残し、トラは新たな救助者の元へ走りだした。
人々が呆然とする中、いち早く我に返った女性は、娘の元に走り寄る。
「──もう大丈夫よ。さぁ。行きましょう」
「皆さん。早く移動しましょう。殿は私が受け持ちます」
そう叫び、人々を鼓舞ずる。
──と。そこへ遠くから声が聞こえる。
「──ティルダッ! シェスティッ! 無事かっ!」
瞬く間に間合いを詰めて、やって来たのは、オリヴェル。
「あなたっ! 大丈夫よ。何か変なのに助けてもらったの」
「──変なの? まぁいい。無事でよかった。さぁ。シェルターまで急ごうっ!」
「……ちょっとっ! あんたっ! 何を言っているのっ! あんたには、やることがあるでしょうっ! この大変な時に、楽しようとしているんじゃないわよっ!」
「あたし達は大丈夫。困っている人の元へ行ってあげて」
「──いや。シェルターまで送るだけだ。その位の時間は許されるだろう」
「傷顔のオリヴェル。その剣域は傘となり民を救う。あたしが、愛したのはそういう男よ。──その傷に誓った矜持があるんでしょう? いいから、行きなさい」
オリヴェルは、親子程年の離れた細君に尻を叩かれる。
弱り顔の顔を引き締めると、オリヴェルは、ティルダを優しくハグした。
「──また、……後でな」
「はい。あなた」
オリヴェルは、次いで娘のシェスティを跪いて抱きしめる。
「シェス。ママの言うことを聞いて、良い子にしているんだぞ」
「パパ。お髭が痛いぃ~」
そう言って、シェスティはクスクスと笑う。
父と娘のいつものじゃれ合いだ。
そのやり取りが終わると、A級冒険者の顔に戻り、混乱のノルトライブへ歩みを進めた。
傷顔のオリヴェル。
王国で知らぬ者のいない、A級冒険者だ。
若い日に誓った意地の為に、治せる傷を生涯残し、その愚直さでS級に成り損ねた不器用な男。
本人は照れて辞退するが、彼にはもう1つの2つ名がある。
慈愛の“護傘”その剣域は民を守る傘となる。
その生涯のほとんどを、最前線にある最凶のダンジョン攻略に費やした男。
そして、ノルトライブで初級登録をした現役の英雄だ。




