第15話 千手
――ノルトライブ
ダンジョンの頸木から“脱獄“し、”暴走“したモンスターが次々と転移してくる。
一般市民はその巨躯と迫力に、ある者は固まり、ある者は腰を抜かした。
冒険者は魂の反射で武器を構える。
都市内へのスタンピードという異常事態も、ダンジョンで日常的に研ぎ澄まされた覚悟が、その判断を早める。
「なんてこったっ! おい。隊列を組むぞっ! 協力しろ」
冒険者はダンジョンでは、パーティー単位の少人数で行動する。
二人から四人程が平均だ。
だが、難易度の高い階層へ挑むときや、モンスターが集団で現れたときは、協力し合い集団で対応することがある。
冒険者は、半円を描き隊列を組む。
前列は戦士職者や楯を持った防御力に自信がある者達だ。魔法と弓を得意とするものはその後ろに立ち攻撃を準備する。
斥候を得意とする動きの素早い者が、逃げ遅れた一般市民をその囲いの中へ投げ飛ばし、内側の冒険者が衝撃を殺して受け止める。
そして――モンスターと冒険者が激突する。
モンスターの唸り声と、防具がぶつかる鈍い音が辺りに響き渡る。
冒険者は剣を振るい、モンスターを倒す。
また、あるところでは、モンスターのかち上げを喰らって吹き飛んでいた。
指揮官不在の局地戦が、そこかしこで展開される。
この場のように、近くに冒険者がいた市民は幸福だった。
法則性すら無い、転移門の出現は、逃げ惑う一般市民へ容赦なく襲い掛かる。
一五階層のマナナンガル。
漆黒でビロートの皮膚をした、人型の牛だ。
背にはコウモリの羽が畳まれており、空を飛ぶことが出来る。
一〇〇体を下らない程に出現したそいつらは、両手に強大な肉切り包丁を持ち、混乱する市民に襲いかかった。
「――ひっ!」
無力に腕を顔の前で交差させる市民へ、その凶刃は振り下ろされる。
――まさにその時。
市民の前方へ薄ぼんやりと光る、白い板が現れた。
その板はマナナンガルの攻撃を受け止める。
と同時に数多の風刃が一瞬で、数十体のマナナンガルの首を切り飛ばし、黒煙へとその姿を変えさせた。
羽音すらさせず無音で飛翔するは、ツンツク。
秒の間でマナナンガルを殲滅した。
(ダンナ。転移の柱は、破壊できますが、直ぐ別の場所に現れます。キリがありやせんぜ)
ツンツクはノアに状況を報告する。
(分かった。ありがとう。無理せず引き続き宜しく)
『普段のんびりやらせてもらっている身としちゃぁ~。こんな時でもねぇと、いつも頂く美味しい焼肉のお返しにもならねぇってもんよ』
気合を入れたツンツクは、天空の覇者の力を発揮する。
◇
サイネさんとアネリアさんのやり取りを眺めている俺の探知魔法に、あり得ない異常が現れる。
複数のモンスターの気配だ。
忽然とそこかしこに出現する。
俺は自分の目で確認すべく、慌てて一番近くの異常地帯へ走る。
到着すると、そこには真っ黒な転移の柱が現れていて、それを拠点にモンスターが次々と生み出されている。
俺の頭をよぎったのは、ギルド長が言っていたスタンピードの件。
そして“暴発くん”の事だった。
エルフの都市での一年半の修行。
人間界と隔絶した技を継承するエルフの錬金術には、歴史に飲まれ失われた知識が残っていた。
その最たるは、人造生命体たるホムンクルスの精製だ。
エルフでも禁忌とされ、製造法を学ぶことはできたが、生み出すことは禁止された。
ホムンクルスの寿命は短いが、そこには確かな生命が宿る。
その人生はおよそ一〇年ほどだ、成人で生み出され、目覚める前から魔道具で知識を学ばせることが出来る。
――一〇年。
エルフにとっては瞬きする程の時間でその一生を終える。
その為に魂を弄ぶ行為として、精製を禁止されているのだ。
俺は、家に転移の柱を設置するときに神武さんに確認したことがある。
それは都市のどこへでも設置できるのか? だ。
答えは可。
つまり、その気になれば、転移による侵略も可能ということだ。
対策は最悪を想定するが持論の俺だ。
そして、用心堅固を旨とする。
……ヘタレじゃないぞ。へなちょこだけど。
先ほど言ったホムンクルスを教育する魔道具。
その技術をブラッシュアップして生み出したものがある。
『析考くん』だ。
簡単に言えば、CPUが近いかな?
――高速演算処理装置。
俺は、その『析考くん』を使い作り上げた魔道具。
“天望”を取り出す。一つだけ大きな、全部で九つの空色の玉だ。
野球ボールほどの管理球体とピンポン玉ほどの展開球体を手に平にのせて、捧げるように持ちあげた。
“天望”は光を放ち、急速に上昇し、展開球体が八方へと飛んで行く。
「――天網」
俺はコマンドを伝える。
(――解回)
管理球体が広がった展開球から情報を集め都市内部を掌握する。
「――千手」
(――開懐)
俺には俺より強力な仲間がいる。
チャム、カロ、ツンツク、オナイギ。──そうだな。モルト。お前もだよな。
モルトが、忘れるなとばかりに目の前に現れた。
抜けている俺をいつもフォローしてくれる、最高の相棒だ。
仲間達の攻撃力は最強だが、攻撃は最大の防御を地で行く奴らだ。
だから、俺は選択した。
――理不尽から守る力を。
都市内のそこかしこで、起こるモンスターの凶行。
逃げ惑う者、子を庇う親達。
そして、――立ち向かう冒険者。
それを上空から“天望”が把握し、救いの手を差し伸べる。
コマンド、――千手。
すべてを救済したと言われる、千手千眼の仏にあやかった。
刃物で切りかかる。あるいは爪を。あるいは牙を。
その事ごとくを、現れた巨大な手の平が受け止める。
その手の平には美しい、ヒスイ色の瞳が一つ。薬指と小指はしなやかに波打ち静かにモンスターを見据える。
攻撃に回せるエネルギーすら、防御に全振りした堅牢堅守の手だ。
無事に守る時間を延ばせば延ばすほど、最強の攻撃陣はその力を発揮し続ける。
チャムが波のように光線を放ち、カロがレーザーで薙ぎ払う。
ツンツクとオナイギは別行動をとり、シューティングゲームの無敵状態で、風刃を四方八方へと打ち出している。
全く大した奴らだ、主役ばかりが仲間で心強いよ。
器用貧乏な俺は、俺の出来ることをするまでさ。
俺はロボットトラクターのトラを取り出す。
「こんにちには。ノアさん。良い陽気ですね。また、時間がズレているようです。メンテナンスを推奨します」
「今は良い。――それより、あのモンスターが見えるか? アレはなんだ?」
「あれは――」
トラのその答えを聞いて、俺は頷く。
こんな時の為に、ゴブリンのダンジョンでトラを訓練しておいたんだ。
その時の事を回想する。
~~~
薄暗い死人のダンジョンで大きなコウモリが現れる。
俺が槍を構えるとトラが声をかけてくる。
「ノアさん。野生動物への危害は鳥獣保護法違反です。直ちに行動を停止して下さい」
「いいから、見ていろよ」
俺がコウモリを切り裂くと、黒い煙となって消えた。
「野生動物ではなく。――立体投影技術ですね。失礼しました」
「いや。違う。あのモンスターには俺を傷つける体積がある。映像ではない」
「データバンクに当てはまる情報が見当たりません」
「新しく生まれたんだ、データに入力しておいてくれ、あいつらは人間を襲う」
「人間に危害を与えるものから、守るのもトラの役割だろ?」
「ですが、私は動物を傷つけることは、禁止されています」
「動物か。――生き物ってなんだ?」
「回答します。外界と膜で仕切られているもの。代謝を行うもの。自分の複製をつくるものです」
「倒すと煙になって消えるのは生き物か?」
「データにそのような生き物は含まれていません」
「そうだろう? ――あいつらは。あのモンスターは、動物以前に生き物ではないからだ」
「……」
「そして、人間を傷つける。人間を傷つけるものから?」
「――私たちは、人間を守らなければいけない」
「あいつらは、倒れてくる倒木みたいなもんだ。倒木が人にのしかかってきたら、トラはどうする?」
「振り払い守ります」
ちょうど奥からグールが走り出て来た。
「ほら、――来たぞ。振り払ってくれ」
「はい。ノアさん。疑似生物を排除します」
そう言うとトラは、フロントローダーでグールを跳ね飛ばした。
~~~
「あのモンスターが見えるか? アレはなんだ?」
「あれは、疑似生物です。」
トラの回答に俺は頷く。
「トラは逃げ遅れた市民の避難誘導を頼む。無理はしなくて良いが……」
「私は、自身の安全より人間の安全を担保することを優先します。それが、存在意義です」
「――分かった。またな」
「はい。ノアさん。指示を遂行します」
そう言うとトラは静かな駆動音で滑らかに動き出した。
トラには都市の地図の把握とシェルターの場所を入力してある。
緊急対策マニュアルに則って、避難誘導と人命救助を行うだろう。
んっ? どうした? モルト。
ちょっと行きたいところがある?
そうか。何かは分からないが、行って来いよ。
俺は大丈夫だよ。後でな。
さて、俺は一番の懸案事項。
家の地下の転移の柱を確認に行くか。
あそこから溢れたら面倒くさいからね。
俺が戻ると家の前にサイネさんとアネリアさんの姿はなかった。
勢い込んで地下へと降りた俺の目の前には、いつもと変わらない真っ白な転移の柱。
危険を意識しながらも、ムズムズする好奇心に押された俺は、試しに転移の柱に触ってみる。
『管理者不在。――制御管理室へ転移しますか?』
……えっ! 行けちゃうの?
§
ノルトライブの異変に気付いたギルド長のマティアスは、二階の窓から外へと飛び出した。
(モンスターの直接転移だとっ! どうなってやがる。手紙で備えた準備も飛び越えてくるとは……)
マティアスは、素早くモンスターへ接敵すると携えた剣で切り飛ばす。
「落ち着けっ! ギルドのシェルターへ行くんだっ! 冒険者を名乗るヤツは、意地を見せろよっ!」
野太く力強い声が響き、その場だけ混乱が収まり、市民はシェルターへと走り出す。
引退したとはいえ、もとA級まで上り詰めたマティアスは、冒険者を集め指揮をしながら、街を駆ける。
マティアスの視界の端。
素早く視線を送ったマティアスの目に、遠くで逃げ遅れた市民が映る。
その市民にモンスターが襲い掛かる。
近くに冒険者はいない。
走り出すマティス達だが、その手は絶望的に届かない。
いままさに、命が手のひらから零れ落ちるその瞬間。
子供を庇うように抱きかかえる母親の前に、大きなしずく型の白く光る板が現れる。
その光は、モンスターの攻撃を全て受け止め、親子に近づかせない。
マティアスがその場に近づくより早く。
そのモンスターは倒された。
「――ふぅ。ギリギリだったぜ」
モンスターを倒した男の顔には刀傷がある。
現在の王国ギルドが抱える、四人のA級冒険者の一人である。
皮肉を込みて、自ら傷顔を名乗り、二つ名がそれになった男だ。
「オリヴェル。助かったぞ。スタンピードが、ちょうどお前がいる時だったのは、せめてもの救いだ」
「マティアスの叔父貴が弱音かよ? はっ! 兄貴に笑われるぜ」
「ふんっ! 偉くなったもんだ」
そう言ってマティアスはオリヴェルの胸をしたたかに叩く。
二人は昔のように手と手を打ち合わせると。
スタンピードを鎮めるべく、別々の方向へと向かった。
(あの白い光はなんだ? まるで、市民を守るかのようだった)
マティアスは、光る霧のように現れた現象を思い返す。
だが、その現象は一箇所に留まらない。
街を駆け抜ければ、そこかしこに現れ、モンスターから市民を守っている。
ある光は、誘導し市民を導く様に。
ある光はいくつも横に連なり、モンスターの進行を押しとどめている。
(――神の御導きか?)
破滅的なスタンピードの発生にも関わらず、奥へと進んでも死傷者が倒れていることもない。
「慌てずにシェルターへ向かえっ! 光の導きがあるっ! 神は我らを見捨てはしないっ!」
マティアスは、希望が広がるように高らかに叫ぶ。
自身は信じていないその言葉を。




