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想い出はゴミ箱へ   作者: 比我 鏡太朗
8/13

かぶらよしこよララバイ


 ケースケとかぶらよしこは、こじんまりとした劇場の舞台の前で、体を寄せあっていた。


 かぶらよしこに抱きしめられたケースケは、彼女の体から香る優しい匂いを、包み込むように彼女の背中に手を回した。




 かぶらよしこがケースケの胸の中で、ケースケを見上げるように顔を上げた。幸せそうな、満足そうな顔の中に、少し潤んだ瞳を見付けて、ケースケは、ドキリとした。眼を反らすと、豊かな胸の谷間が見え、そこに小さな黒子があった。




 『どこみてるの?』かぶらよしこは、そう聞いた。


 『胸を見てた』ケースケは、何かを誤魔化すように本当の事を言った。


 かぶらよしこは、ケースケの顔を黙って見詰めていた。そんな彼女の顔をケースケも黙って見詰めた。


 『えっちぃな』かぶらよしこは、そう言ってから、イタズラぽっく笑った。


 ケースケは、その愉快な言葉の響きと彼女の笑顔に、笑った。


二人は、自然に体を離し、見つめあった。


 『ありがとう、その俺を待っててくれて』ケースケが言った。


 『うん』かぶらよしこは、言った。  


 『あのさ、俺君の事まだ良く知らないけど、もしかして前に会った事あるのかな?』


 『…座ろう』彼女は一瞬だけ悲しそうな顔をした。


 『うん』ケースケは、ちょっぴり申し訳ない気持ちに為った。






 ケースケとかぶらよしこは、一番前の席に2人並んでスクリーンを眺めていた。静止した映像を観ながら、2人は、この映画がどんなストーリーで、此れがどんな場面で、この登場人物が何を話しているのか、この映画がどんな終わり方をするのか話しあった。




 『此れはさぁ、きっと悲しい映画なんだと思う。少女は、笑ってるけど、俺には怯えてるように見えて仕方ないよ』ケースケは、じっとその映画のワンシーンを見て、そう呟いた。


 『そうかなぁ。私は、彼女が楽しそうに笑っているように見えるよ。大好きなパパとママと一緒に食事が出来て幸せなんだと思うよ』




 二人が観ている映画のワンシーンは、西洋のとある家族の食事の場面だった。年代の古い時代の映画のようで、リビングのテーブルで、少女に向かい合う形で、両親であろう男女が座っており、其々の目の前に、パンとスープが置かれ、テーブルの中央には、器に盛られた果物が置かれ、その奥に燭台に乗った蝋燭がその空間を薄暗く照らしていた。




 確かに、少し暗い基調の色合いを感じさせるワンシーンであった。


其れがそういう時代背景だったのかもしれない。




 彼が考えたその映画は、少女が自分を閉じ込めようとする両親に怯えながらも、想像の世界で自由に羽ばたいて散っていくというストーリーで、現実と虚構を交えた世界を悲しいタッチで描いた映画だと表現した。




 彼女は、其れに対して、戦争中の激動の時代の映画で、この一家が、その時代の流れに翻弄されながらも、以前の豊かな暮らしは出来ずとも、幸せな時間を家族で過ごして生き抜いて行く、両親の娘に対する愛を、大変な時代でも家族が肩を寄せあって、幸せに、幸せを夢見て暮らす様子が描かれた映画なのだと話した。




 彼女は、このシーンは、家族が、皆、努めて明るい話しをしており、世間の事を忘れられる幸せな一時であり、食卓には、母が作った暖かい食事があり、其れを美味しいと云いながら少女は、母に笑いかけており、父は、そんな二人を見て、楽しそうに微笑んでいる。


 テーブルの中央には、新鮮な洋梨や葡萄が器に並べられ、母が其れを取り分け、食後に皆で食す。平和に為ったら、何をしようか笑いながら話しあっていると述べた。




 彼は、このシーンは、少女が、嘘の言葉を並べ、作り笑いを浮かべ、頭の中で楽しい夢の世界を想像していて、両親は、少女など見ていない。ただ、自分達が面白いから、満足しているから笑っているだけだと述べた。




 彼が想像した結末は、少女がその自由さえも奪われて絶望の中で、自らの生を全うする。そうして、映画の幕が閉じる。其れがケースケが視た映画だった。




 彼女が想像した結末は、戦争が終結して、人々が笑いあって外に出る。


朝日の中、眩しそうな顔をして、両親に挟まれた少女が笑う。


 そうして、映画の幕が降りる。其れが、よしこが視た映画だった。




 ケースケとかぶらよしこは、全然食い違う意見を楽しそうに話しあった。彼は、聞いて貰える事が嬉しくて堪らないかのように話し、彼女も其れを楽しそうに聞いていた。彼は、彼女が話す映画の在り来たりなストーリーも、其れを話す彼女も好ましかった。そう感じる彼女が好ましかった。






 話し疲れたかぶらよしこは、ケースケの方に顔を向けながら、いつの間にか寝入ってしまった。


 ケースケは、その無防備な寝顔を、自分が寝入るまでずっと眺めていた。




 いつの間にか眠っていたケースケが目を覚ますと、映画観の座席のシートに、此方に体を向けて凭れているかぶらよしこが此方を見ていた。


 ケースケも彼女の方に顔を向けて見詰めた。


彼女の優しそうな顔がケースケは好きだと思った。


 『寝てたね』


 『うん』


 『寝顔がお猿さんみたいだったよ』


 『あはっ、君はゴジラみたいだったよ』


 『うそ、どんな顔』


 こんな顔とケースケが顔を歪めた。




 いつの間にか寝入っていたケースケが臼ぼんやりと目を覚ますと、横にかぶらよしこの気配はなく、変わりに舞台の上で映画のワンシーンを背景にもぞもぞゆらゆらと動くものが見えた。


 性懲りもなくかぶらよしこが珍妙なダンスをしているのだと苦笑しそうに為ってその違和感に息を呑んだ。

 

 かぶらよしこは、ダンスしていた。全身を汗で濡らした裸の姿で。何人もの男達と立ち代わり立ち代わり体をくっ付けて愉しそうな顔で踊っていた。


 ケースケは、金縛りにあったように赤い座席から動けずにいた。


喉がカラカラに渇いた。胸が張り裂けそうな悲鳴をあげているのに、声が出なかった。只、口をあわあわと動かすことしか出来なかった。目を反らす事も出来なかった。股間が隆起していた。絶望の中で。


 彼女が顔を歪ませて自分に笑いかけていた。両目から涙が滴り落ちた。哀しみが顔に張り付いた。胸の奥から叫びが這い上がってきて喉でつっかえていた。息が出来なかった。ケースケは、彼女を見ずに画面の奥の少女に向けて、


 『助けてくれ!』心の中で叫んだ!

泣きながらそう叫んだ。心が泣いていた。張り裂けそうなほどに。


 全身を汗だくにしてケースケは、目を覚ました。ありありと今見た光景が思い出された。そんなケースケをかぶらよしこは心配そうに見つめ、


 『大丈夫?』と聞いてきた。


 ケースケは、彼女と目を会わせられなかった。その代わりに、ケースケは、彼女に告げた。


 『セックスさせて』冷たくそう言い放った。


 『…良いよ』彼女は、少し間を置いて静かにそう言った。


 ケースケは、前を向いたまま黙っていたが、急に彼女の方に体を向けて、彼女の顔に自らの顔を近づけた。全身が冷たく為っていた。


 『何でそんな悲しそうなの、ケースケ?』心配そうにケースケの顔を見詰める彼女の顔が、ケースケには悲しそうに見えた。


 嗚咽が込み上げてきて泣きそうになるケースケの顔を両手でギュッと彼女の小さくて暖かい手が包んだ。


 『ケースケ、セックスしよ』彼女は、顔をクシャクシャにして口を尖らせてケースケに接吻しようとしてきた。


 『めっちゃブサイクじゃん』ケースケは、泣きながら言った。


 『ひどーい』彼女は、笑って言った。


 その状態のまま、泣きながらケースケは、話し出した。


 『俺の想像の中ではね、お互い見詰めあって、俺がね、君のその豊かな谷間のその胸のホクロをじっと見つめてて、君がなに見てるの?って言うんだ。俺が胸の黒子を見てたって言うと、君がエッチぃなケースケって言うんだ。』


 『うん』


 『そしてね、君がその黒子を取って俺の口に咥えさせてくれるんだ』


 『うん』かぶらよしこは、笑って頷いた。


 『それでね、君にキスしようとすると、君がまたエッチぃなって言うんだ』


 『うん』彼女も泣き出していた。


 『其れでね、キスして君の顔から離れると、君がキスしようとしてくるんだ。それで俺がエッチぃなって返すんだ』


 『うん』


 二人は、停まることのない涙の中、お互いの顔だけを見て話した。


 『でも、無理だった。そんな幸せな未来俺には夢見れなかった、暗い未来しか想像出来なかった』大粒の涙がケースケの頬を、只々伝わった。


 『ケースケ』彼女は泣きながらキスをした。


 二人は、静かに体を重ねた。




  






 舞台と座席の間の床に並んで寝転び、二人は、天井を見ていた。


 『私ね、宇宙人にあったことあるの』彼女が天井を見つめながら言った。


 『俺のこと?』ケースケが彼女の方を見ながら言った。


 『違うよ!本当の宇宙人。それでね、我々は宇宙人だって言ってきたの』


 『お決まりじゃん』ケースケは、笑って答えた。二人は見つめ合って話した。


 『でもね、その宇宙人は1人なの。だから、私も宇宙人なの』


 彼女の声は少し悲しそうに聞こえた。


 『何それ、訳分かんないわ』ケースケは、笑って答えた。


 『だよね』彼女も笑った。


 『…じゃあ、俺も宇宙人だな』ケースケは、天井を見つめて呟いた。






 ケースケが、かぶらよしこと別れたのは、次の日の朝日が綺麗に輝く早朝の事だった。昨日渡った橋の上で川にきらきらと陽光が反射していた。


 その橋の丁度真ん中でかぶらよしこは突然立ち止まり、


 『ケースケ、私達ここでお別れだね』彼女は、言った。


 『えっ』ケースケは、驚いた。予感めいたものはあったが、余りにも急だった。


 『何で』ケースケは、聞いた。


 『ちゃんと食べたよ、ケースケは。私のホクロ』かぶらよしこは、必死な顔で言った。


 『は?』ケースケは、戸惑った。


 『あれね、私の赤ちゃんだよ。私だよ。だから、ケースケはもう大丈夫!』とびきり笑顔で、彼女は言った。


 『ごめん!ちょっと何言ってるか分かんないよ』ケースケは、頭が混乱したが、何処か苦笑めいた声で言った。


 『バイバイ、ケースケ!』彼女は笑顔で言った。


 『いや、何でそんな急に』ケースケの口からそんな言葉が漏れた。




 橋の中央で、ケースケとかぶらよしこは向かい合って話していた。


今、来た方角に居たかぶらよしこが、ケースケに近付いてきた。


 そのまま、かぶらよしこは手を広げた。


 『バグしよ!』力強い声で彼女が言った。彼女は何度でもケースケを抱いてくれた。そして、今も。


 ケースケは、戸惑いながら其れに答えるように、かぶらよしこをケースケから抱きしめた。彼女を彼は初めて、受け入れて貰う形ではあったが、自分から抱きしめる事が出来た。自分からでは無いか。




 彼女の抱きしめる力は、思いの外強くて暖かった。


ケースケは、その力強い抱擁に茫然と、その温もりを受け取る事しか出来なかった。


 彼女は抱いた手を離して、ケースケから一歩下がっておいて、笑顔を向けたまま


 『後ろ見て!ケースケ』と言った。


 ケースケは、思わず後ろを振り返り、しまったと思った。


 直ぐに向き直るが、さっきまでいたはずのかぶらよしこの姿は、もう何処にも無かった。


 ケースケは、彼女の残像でも見つめるかのように、呆然ともう誰も居ないその場所を見詰めていた。


 彼女の感触と温もりだけが、いつまでもケースケの身体の中に、記憶の中に残っていた。


 

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