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想い出はゴミ箱へ   作者: 比我 鏡太朗
7/13

彼女の涙


 マクドナルドを出たケースケとかぶらよしこは、大型ショッビングモールに行くことにした。

 『デートみたいだな』ケースケは言った。

 『何言ってんのデートしてるんだよ、私達』

 そう言って、かぶらよしこは腕を絡めてきた。

 『おう』目を泳がしながらケースケは、答えた。

 『で、何すんの、買い物?』ケースケが聞いた。

 『映画見よ』かぶらよしこが答えた。

 『良いね』ケースケは言った。

 途中で、大きな橋の上を二人で歩いた。

 『大丈夫?疲れてない?』

 『全然大丈夫だよ、ありがとう』笑って彼女がそう言った。

 夕暮れ時の橋の上でそう言う彼女を見て、ケースケは無性に切なくなった。(今、俺はこんな可愛い子と一緒になって歩いてるのに、どうしたんだろう)

 (何か面白いこと言わなきゃ、何か考えろ俺)ケースケは心の中で呟いていた。

 『私ね、夕暮れの時間が一番好き』

 『何でなん』敢えて関西弁で聞いてみる。

 『だって、太陽が笑ってるんだもん』

 『何それ』ケースケは驚いた。

 『俺には、泣いてるような気がするするなぁ』ケースケはそう続けた。

 『夕暮れは泣きたくなるよ、もう家に帰らなくちゃ、母さんが待ってる、どこかの家から晩ご飯の匂いがしてさ、でも帰りたくないんだよ、日は沈みたくないんだよ、ずっと昇ってたいんだよ、家に帰っら明日になってしまう。日が沈んだら夜になってしまう、だから、寂しいんだよ、夕暮れ時は』

 『私ね、両親が仲が仲悪くて、子供の頃からケンカばっかしてて、家に帰りたく無かった。帰っても全然良い顔されなくて、私なんかいなくなっても何とも思わ無いんじゃないかって、愛されて無いんじゃないかって、凄く不安だった。だから公園で夕暮れの太陽が滲むのを眺めてた。最初の内はね、やっぱり寂しかった。でも、段々と太陽が笑ってるように感じたの』彼女は、泣いていた。目に涙を溜めていた。

 『そっか、意味分かんないわ』ケースケは、そう答えた。

 『だよね』彼女は寂しそうにそう言った。

 

 二人は、握っていた手を離して、無言のまま橋の上を歩いた。

その大きな長い橋は、まだ中程までしか来ていなく、橋の先にある横断歩道までの道が、ケースケはとても遠くに感じた。


 ケースケは、無言のまますたすたと歩いていた。さっき自分が彼女にした態度を申し訳なく思っていたが、今さら謝っても気まずくなるだけだ。あんなに明るかった彼女の少し暗くて重たい話しをされてしまって、ケースケは内心そんな話しは聞きたくないと感じた。

 彼女にそういう顔をしてほしく無かった。何より彼女の寂しそうな顔を遠くに感じた。彼女の話しを受け止められない、理解出来ない自分が頼りなくて認めたくなかった。心のどこかで嘘だと思った。人を信じられない自分がいた。そんな器の小さい自分を感じるのが嫌だった。

 

 『ケースケ!』遠くから自分を呼ぶ声がして、びっくりして辺りを見回すと、てっきり後ろをついてきていると思ったら、かぶらよしこは、橋の反対側の歩道に立っていた。

 『何で』と声を振り絞ってだそうとするケースケに、

 『後ろ見て』とかぶらよしこが言った。

 ケースケが後ろを振り返ると、夕陽が綺麗に輝いていて、さっきから見ていたのに一瞬看取れてしまった。

 『何がー』と振り返ってケースケが言うが、かぶらよしこの姿は、何処にも無かった。

 其処にあるのは、停止したままの自動車と橋の上で立ち止まるほんの僅かな人々だけで、ケースケは、呆然と其処に立ち尽くした。


 色々な事が頭を巡った。自分に愛想を尽かして彼女は去ったの出はないか、果たして彼女は本当に存在したのか、橋から飛び降りたのか、また何処からかそのうち現れるんじゃないか。

 ケースケは、1人ショッピングモールに向かった。


 イオンタウンには、其れなりに人が居た。この街にある大型ショッピングモールで、近隣の町や村、市街からも客が来るのだろう。

 週末は、こんなに人がいるのかというぐらい人でごった返し、駐車場も車でいっぱいになる。


 この街に来てから、ケースケも何度か来たことがある。大抵、一人で来たが、人の多さに疲れ果てるのが毎度の事である。人混みは苦手だった。

 今も、此れだけ人がいると、止まっているとはいえ、人の目線や顔色が気になり疲れて来てしまう。

 しかし、今は其れよりもかぶらよしこの事が何よりも気になった。

一応映画館を覗いて観るつもりで、映画館のあるフロアに向かった。

 もしかしたら、彼女は自分を待っているんじゃないか、ケースケはそんな期待を込めて向かっていた。


 映画館のある館内に入り、エスカレーターを上がると、チケット購入機に数人の人だかりが出来ており、その隣に併設された座席や隅にあるソファーやクッション製のチェアに、映画を此れから観るのか見終わった人達がちらほらと座っていた。

 今、何を上映しているのだろうと、上映中の映画のタイトルを確認しながら、かぶらよしこの姿がないか周りを見回したが、その姿は無かった。

 もう中に入って映画を観ているのかもしれないと思い、手前から順にスクリーンに入って探ってみる。

 しかし、どのスクリーンの座席にも彼女は居なかった。

最後のスクリーンを調べ終えてその扉から出て入口へと続く通路を歩きながらケースケは、叫び出したくなった。

 彼女の顔がケースケの頭の中で、何度も浮かび上がった。あの笑顔が、声が。あの寂しそうな顔が。

 彼女といた短い時間が、頭の中でフラシュバックしていた。


 急に空腹感を感じたケースケは、『焼きたて屋』の前まで来て、

たこ焼きを作って食べた。たこ焼きをひっくり返す手が奮えて目には涙が溢れていた。嗚咽しながらたこ焼きを作り、たこ焼きをフゥーフゥーして食べた。


 空腹が満たされて、気持ちが落ち着いたケースケは、この町に映画館がもう1つあることを思い出した。

 古い映画館で、イオンタウンから歩いて5分ほどの駅前の、裏通りにあり、昔とある映画の撮影の舞台にもなった劇場である。

 其処に行こうとケースケは決めた。

 『良し』そう声に出し、ケースケは立ち上がった。

 ケースケが、その映画館に着いた頃には、夕日はもう沈んでいて、満月が顔を出していた。

 ケースケがその映画館に来たのは、此れが3度めで、1回目は、ふらっと寄って丁度観れそうだったら観るかぐらいのつもりで行って、上映時間に間に合わず、2回目に寄った時に、5分ほど遅れて、上映中のインド映画を見た。その時は、年配のお年寄りが、3人ほど方を寄せあって観ており、他にスーツ姿の女性や中年の男性が一人二人居たように記憶している。

 ケースケは、その段差の無い劇場の客席の端の方に座って、眼鏡の枠が視界を狭めるのを気にしてか、眼鏡をかけたり外したりしながらその映画を観ていた。


 エントランスの扉を開けて、ロビーから劇場に続く二つの扉の、左側の赤い両扉を開けると、スクリーンに上映中の映画が映っていた。

 イオンタウンの映画館と同じように映画も時間が停まっていて、一時停止のボタンを押したように、ワンシーンを写していた。

 只、単館と呼ばれるこの映画館のスクリーンは、少し違っていた。

 画面の映像とは違う何かが終始動いているのである。

それは、結構な大きさを伴った、大きいとは言えないそのスクリーンの上から下までを覆いそうなそれは、クネクネと回るように揺れるように動いていた。

 

 ケースケは、スクリーンへと一歩一歩近付いて行った。

客は、さほど入って居なさそうであった。目の端に気になるものが写った気がしたが、気にしないほうがいい気がした。

 スクリーンの真ん前、舞台の下の中央に来てケースケは、客席に体を向けた。すると、映画を映し出す映写機の輪の中に人影が見え、その人影がクネクネゆらゆらと体を動かしているではないか。

 目を凝らさずとも分かるが、目を凝らして見ると、かぶらよしこその人であった。 


 『ほらね、言ったとおりでしょ!』大きな明るい声でかぶらよしこが

、言った。

 『分かんねぇ、意味が分かんねぇ!』ケースケは、声を張り上げた。

 『夕日は笑ってるんだよ!』楽しそうにそう言ってかぶらよしこは躍り続けた。

 ケースケは呆然とした。映写機から伸びる光が眩しかったが、どうやら彼女が言わんとすることは頭では理解出来たが、其れが、どう見ても夕日には見えない。客席の観客の顔がちらついた。

 『俺さー、声が聞こえちゃうんだよねー』ケースケは、笑いながらそう言った。

 『何それー』楽しそうに彼女が言った。

 『先もさー、イオンタウン歩いててさ、声が聴こえちゃうんだよ。俺を非難する声が、攻撃してくる声が、キモいだの、ウザイだの、死ねだの、消えろだの』ケースケは、途中から叫ぶようにそう言った。

 『うん』躍りながらかぶらよしこがはっきりと答えた。

 『無駄なんだよ。何やっても消えないんだよ。ずっと聞こえるんだよ。俺が何かしようとすると心の中で聞こえちゃうんだよ。世間の声が、常識の声が、俺を非難する俺の声が!人を信じられないんだよ!愛せないんだよ。君が過去のこと話したとき、そんな訳無いし、そんな意味無いのに、嘘ついてるって、女の人に泣かれると冷めちゃうんだよ、受け止め切れないって、どうすれば信じられるのかなぁ、もう分かんないんだよ、信じられない自分も嫌だし、信じるのも恐いんだよ』

 『ケースケ!』かぶらよしこは隣にいた。

 汗だくになりながら彼女は、ケースケを抱き締めた。

 

 ケースケの震える体を、彼女の熱気が優しく包んだ。

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