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想い出はゴミ箱へ   作者: 比我 鏡太朗
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2章(タイムストップイズチュウニ)


 『一番大切な想い出をちょうだい』弾んだ声でマコが言った。

マコの中性的な落ち着いた声は、いつもケースケを穏やかな気持ちにさせてくれる。

 ケースケは、マコの申し出に困惑しながらも、一生懸命考えるが、すぐに思い付きそうもなく、また、果たして大切な思い出など自分の人生にあっただろうかと疑問に思う。自分の記憶力に自信が無いのはケースケが良く知っていて、其れが原因で人との関わりも苦手な気もしてる。


 ケースケがマコと出逢う前、この重大な事態に直面する日、ケースケは、いつものように自分が勤務する会社に出勤しようとしていた。

 車に乗り交差点まで来た所で、前方の車が信号が変わっても一向に進もうとしない。仕方なく、クラクションを何度か鳴らすが進もうとせず、

 『何してんだ』とケースケが車を降りて問い質そうかと考えて、ふと視線を横に向けると、建物の基礎工事現場でいつもトラックが出入りしている白い幕の中で、人が微動だにせず立っている。土砂をシャベルですくったままの何ともきつそうな姿勢のまま。妙な胸騒ぎがして辺りを見回すと、犬を散歩させているおばあさんがずっと動かずにおり、その犬さえもちっとも動こうとしない。そういえば、この通りまで来る間にすれ違った老人も動く素振りが無かった。

 

 急に寒気立ったケースケは、意を決して車から降り、周囲の異様な光景をキョロキョロ眺めながら、前の自動車に近づくと、ハンドルを握ったままずっと前を見つめて動こうとしない主婦らしき女性の姿があり、車の前まで行って覗いて視るが、視線すら動かない。

 

 道の先でスーツ姿の男性が自転車に乗っているのをみとめたケースケは、胸がざわつくのを感じながら平静を装った声で声を掛けようと思った瞬間、違和感の正体に気付いた。

 男性の足は、両足共にペダルに乗っかっており、スタンドが浮いた状態なのである。男性は進行方向を唯見つめており、瞬き一つせずその状態をキープしている。

 ケースケは、思わず『おぉー』と声をもらした。其の見事なまでの存在感、生活感、実存感に感心したのである。

 気を取り直して、異常な状態の男性に声を掛けてみる。

 

 『あのー、それどうやってるんですか』聞いてみるが、返事はない。

 『何かあったんですか』返事は無い。次第にイライラしてきたケースケは、

 『何か答えろよ』と男性に手を伸ばしたが、その手が思いがけず前に突き出たのでぎょっとしてさっと手を引っ込める。

 

 『今、手がすり抜けたよな』心に思った事が声に出ていた。恐る恐る男性のスーツの袖に手を触れてみようとするが、感触が無い。ハンドルを握る腕を掴もうとするがやはり感触がない。


 『なんじゃこりゃ』と必死に笑って不安を誤魔化そうと努めるが顔がひきつる。

 『おーい』と思いっきり男性の体を押そうとしてみたが、その手はすり抜け、体が前のめりになり、危うく地面に手を着きそうになった。

 態勢を立て直そうとして自分の体が、男性はおろか自転車ごとすり抜けていることに気付いて、ケースケは跳び跳ねた。

 ケースケは、逃げるように走り出し自分の車へと避難してハンドルに顔を埋めた。全身から冷や汗が滴り、得たいの知れない恐怖がケースケの体に被さってきた。体全体が震えていた。

 やっと少しだけ気持ちが落ち着いて来たケースケは、カーラジオをつけてみるが、どれだけ待っても一向に流れてこず、カーナビに入っている音楽を再生して、スマートフォンから何か情報を得られないか確認するが、家を出る前と変わっておらず、ケースケが欲しい情報は無さそうだった。

 ケースケは外の様子をもう一度確認してみたが、工事現場の男も、犬の散歩をさせている老人も、前の車の主婦も、スーツの姿のサラリーマンも、

交差点の角の薬局の店内の人間も全て、時間が止まったようにして動いて居なかった。自分以外は。

 


 『貴方の時間は、其の時に停まったままなんじゃないですか』

進路カウンセラーのフクロウのような男が言った。

 何で、そんな話しになったのか覚えていない。ケースケは、泣きながらそのカウンセラーの話しを聞いた。恐らく、人間関係に対する不安を聞いて貰おうとしたのだろう。我ながら情けないが、もう気にすることではないし、そんな話しを誰かにすれば何時だって泣ける自信がある。


 当時、高校一年生だったケースケは、部活の合宿くに行くのが嫌で、服が決まらないという理由だけで、駄々を捏ねた。そして、ギリギリまでごねて自棄っぱちの気持ちで自転車で、駅へと向かい、人一人が通れる道を、民家が並ぶ道路へと抜け出ようとしていた。そこをケースケは、一時停止をせず、しようとせず通った。

 直前になってケースケは、車が来ていることに気付いた。もう止まれないと命を投げ出した。白いワンボックスカーには、恐らく小学生くらいのお子さんがいる女性が乗っていた。ケースケは宙を舞った。走馬灯を見た。

 

 人一人が通れるその小道は、民家とビルに挟まれた場所で、両端を石の塀に覆われていた。

 ケースケは、女性が慌てて駆け付ける中で、石垣の上にいる白い猫と目が合った。そして、猫が『ニャー』と鳴くのを聞いた。



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