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出会って別れる話  作者: ぴたぱん
2/5

高校2年

俺と文香は2年になった。


中学の頃から文系に進むつもりだった俺は、理科の科目選択で悩んだ。生物は好きだったのでとるつもりだった。問題は、文香は生物地学選択にする予定だが僕は地学ではなく化学をとるつもりだったことだ。文香と同じクラスになりたかった。

まず、交際相手を基準に選択科目を決めるなんて馬鹿げてる。それに、同じクラスになったら二人でいる時に見栄張ってひた隠しにしている俺の欠点がバレるんじゃないか。色々考えた挙句、俺は生物化学選択にした。


当然、俺と文香は別のクラスになった。高校を卒業してから判明したことだが、高校教諭というものは生徒の交際関係を入念にチェックしており、同じクラスにはならないよう配慮されるらしい。

何れにしても俺と文香が同じクラスになる可能性はほぼなかったわけだ。



もしも、同じクラスになれていれば、一連のすれ違いは起こらずに済んだのではないか。振り返ってそう思わずにはいられない。






2年になると、部活が忙しくなった。レギュラーになったし、後輩もできた。後輩女子マネージャーが可愛いと俺が言っていたのを、文香は気にしていたらしい。俺は文香以外の女は眼中になかったのに。


「芸能人とかを可愛いって言うのはいいけど、友達とかのことを可愛いって言ってると嫌だよ」


文香は言っていた。



たちの悪いことに、先輩マジックか、その後輩マネージャーは初めの頃は部のみんなの前で「紫苑先輩かっこいい」と言っていた。後輩にかっこいいと言われて俺もいい気になっていたのかもしれない。俺も無意識に優しく接していたようだ。


そのことを同期のマネージャーの美希が文香に告げ口したらしい。


俺は文香が悩んでいることに気づいてやれなかった。


5月、俺は悩んでいた。部活をやめようかと考えていたのだ。勉強も頑張ろうと決めていたので、部活は二の次だった。


ある日文香と二人でいる時に、

「あのさ、相談したいことがあるんだけど」

と切り出した。真剣な雰囲気の俺に、文香は怯えるような目で

「なに?」

と聞き返した。

「俺5月末の大会終わったら部活やめようかなって」


文香の顔が崩れた。

「急にそんなこと言われたら、『別れよう』って言われるのかと思うじゃん!」

全く予想もしていなかった反応をされて俺は焦った。

「そんなこと言うわけないだろ、なんで」

「後輩のマネージャーと最近仲良いって聞いて、紫苑はあの子のこと好きなのかと」

「そんなわけないだろ、俺は文香のこと大好きだっていつも言ってるだろ」

「だって…」


文香はひとしきり泣いた。俺は文香を胸に抱きとめて慰めた。思えばこの頃から、文香は俺に黙って俺に関して悩むことが増えたようだった。



少しずつ、ヒビが入っていたのかもしれない。




7月、俺の誕生日だった。文香は俺に腕時計と手紙をくれた。

「喧嘩したり辛いこともあるけど、紫苑と出会えて毎日が幸せだよ。生まれてきてくれて、私と出会ってくれてありがとう」

文香の手書きの字は、署名の「文香」に癖があって、とても可愛らしかった。



思えば、この手紙をもらった日が、文香からの強い愛情を受け取った、幸せな気持ちで愛を伝え合った、最後の日だったのかもしれない。


8月、俺は東京に旅行に言ったお土産に、文香にTシャツを買った。加奈ちゃんに連絡して好きそうなのを選んでもらったおかげか、文香はとても喜んでくれた。


俺は結局部活をやめなかった。代わりに部活をやめたのと同じくらい勉強を頑張るつもりだった。



文香は勉強をサボるやつだった。東京の大学に行きたいとは言っていた。国公立の大学でなければ親が東京に出してはくれないだろうとも。俺も東京の大学に進むつもりだったから、高3になったら文香につきっきりで勉強を教えるつもりだった。そのためには俺は高2で高3の分まで勉強を済ませておかなければならなかった。



「夏休み、勉強と部活頑張るから文香にあんまり連絡取らないことにした」


こう伝えた高2の自分は今思えば大馬鹿だった。何を考えていたのだろう。文香は何を感じたのだろう。

「わかった、寂しいけど応援してるよ」

そう言った文香が、徐々に思っていることを伝えてくれなくなっていることに気づけなかった。


夏休み、1回夏祭りに出かけた以外はちゃんとしたデートには行かなかった。夏祭りも、時間に追われて花火も歩きながら見て、文香は終始浮かない顔をしていた気がする。並んで歩きながら、どこか二人ともぎこちなかった。



俺の部活のマネージャーと文香は仲が良かった。

そのマネージャーに俺がひどいことを言ったことがあった。忙しさ故か、当時の俺には心の余裕がなかった。マネージャーは泣き崩れた。

結果的に俺が非を認めて謝ったが、文香の前ではそのマネージャーの文句を言ったりもした。

文香はマネージャーの味方だったはずだ。それでも優しい文香は僕の前では僕の味方をしてくれた。



そうして、だんだんと、文香の心は離れていった。





あれは8月30日ごろだったか。

「寂しい。会いたいよ。」

そうチャットを送ってくれた文香に俺はすぐ反応してやれなかった。


後で見返すと、それが文香から伝えられた最後の好意だった。








9月からは、ずれて苦しいばかりの日々だった。

先輩のフォークダンスに嬉々として参加する文香への文句を文香の友人に伝えたりした。文香の習い事であるダンスの発表会も見にいったが「忙しいから」と終わった後の文香に顔をあわせることはせずに帰ったりもした。


あの頃の自分は、完全に心に余裕がなかった。


最後の引き金が引かれた。

文化祭、当時クソ真面目で自分が正しいと信じて疑っていなかった俺は、SNSで文香のクラスの文化祭企画を批判した。勝手に教師が映っている動画をネットで公開していたとかなんとか。

文香のクラスの連中と喧嘩した。その時は文香から何も言われなかったが、彼女はクラスの友人の味方だったはずだ。



文香からチャットの返信が来なくなった。


「会おうよ」

「ごめんね、今日体調悪くて会えないや。」



文香は仮病を使っていたわけではないと思う。文香は体が弱かった。ストレスで体を壊しやすかった。ストレスの原因が俺だったのは明らかだ。文香の友達から、「文香、『もう知らない!』って言ってたよ」と言われた。




まずいと思った時にはもう手遅れだった。





久々に会えることになった日、

「貸してた漫画今日持ってきてね」

そう事前にチャットで言われた。バカな俺は、何も考えず素直に漫画を持って行った。なんで最近冷たいのか、悪いところがあったら直すから言ってよというつもりだった。





「あのね、私たち、もう別れよう。」





ある秋の日、その言葉を聞いた。


理解が追いつかなかった。3ヶ月くらい前まではベタベタしていたじゃないか。なんで急に。ずっと一緒にいるって。何があっても紫苑のこと嫌いになったりしないって言ったじゃないか。俺が最近忙しかったのは文香に3年になって勉強を教えるためなのに。


「俺のこと、もう好きじゃないの?」

文香は泣きながら頷いた。文香は優しい。ただ俺に嫌いだと言ってくれればいいのに、泣いてくれる。

「なんで?」

「文化祭のこととか、色々嫌で。私たち、性格合わなかったんだよ。」


こんなにはっきりとは言っていなかったもしれない。この時の記憶はあやふやだ。頭が真っ白だったから。


何が何だかわからないまま、俺は無理やり笑顔を作っていた。何が何だかわかっていなかったが、みっともなく泣き崩れたり、引き止めたりするのは、自分を一時期でも好きでいてくれた相手に対してとってはいけない行動だと思った。


「わかった。今までありがとう。また頭痛くなるから早く帰りな。」

なんとか絞り出した俺は、どんな顔をしていたのだろう。文香は泣きながら黙って頷いて帰った。



それが俺と文香の最後だった。



そのままぼーっとした頭で帰った。数時間してから、実感が込み上げてきた。嗚咽をあげて泣いた。混乱と怒りと悲しみ。自分への怒り。文香への怒り。文香に気持ち悪い長文チャットを送りつけたりもした。


「なんで?」

「やっぱりもう一回話そうよ」


要約すればそんな内容だ。


文香は一度折れてくれて、会うことになった気がするが、結局文香が頭が痛くなって流れて、

「俺のことで文香は体調崩してる面もあるだろうから。やっぱりもう一回会うのはなしにしよう。今までありがとう。」


こんな感じのことを気持ち悪い長文チャットで送った気がする。



次の日、俺は初めて学校を休んだ。








そこから、22歳の今になっても続く、地獄が始まった。







当時俺は馬鹿で、自分がなぜ別れを切り出されるに至ったのか理解していなかった。

「なんで。なんで。」そればかり繰り返していた。


文化祭の一件のせいだ、と、文香のクラスの男子に怒りをぶつけていたりもした。



それを1月くらいに蒸し返して、今度は文香に直接キレられた。



「他人のことを批判することでしか自分に価値があると思えないかわいそうな人」

「キモい・ウザい・めんどくさい の三拍子揃ってて寧ろ尊敬する」




そんな内容をSNSで言っていた。5年たった今でも鮮明に覚えている。

別れて3ヶ月、文香の中では俺は完全に過去の人となっていたのだろう。

付き合っていた間は一度も向けられたことのなかった、文香の俺に対する嫌悪だった。







文香と付き合っていた1年5ヶ月は、俺の人生で一番幸せな時間だった。文香に認められていたことが、俺の全てだった。不器用でバカな俺は、そんな文香から嫌われ、支えを失って。










この日から、世界はガラリと変わった。






勉強も部活も上の空だった。テストの順位も気にしなくなった。


もう、生きている意味なんてなかった。そのまま冬がきて、春が来た。


ハッピーエンドにはなりません

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