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ポンニチ怪談

ポンニチ怪談 その1 ピンヒール

作者: 天城冴

PP社の非合理的な規則のせいで起きた死亡事故。それでも規則を変えようとしないPP社会長の身に起きたのは…


このお話はフィクションです。

”捏造の王国 その19”の作中にあるハイヒールの怖い話から派生したものです


“昨日、PP社の本社ビル前の事故で意識不明で重体の女性が今朝、死亡しました”


PP本社会議室。沈痛な面持ちで座る十数人の男女を前にして、一人の男性が顔を真っ赤にして立ち上がった。

「何といっても規則は曲げん、受付嬢はハイヒール必須、我が社の方針だ!」

でっぷりした体を怒りで揺らしながら大声をわめく男性に対し

「しかし、会長、すでに、その、被害というか」

「役にたたないどころか、害悪ともいえる規則ですよ、もう廃止したほうが」

と口々に反論する役員たち。

 しかし、会長と呼ばれた男性はそれらの声を意に介さないかのように

「あれは事故だろう!仕方ないのだ!とにかく、ワシは認めん!規則の変更は拒否だ!」

と言い放ち、会議室から出て行った。あとには残された役員たちの“やれやれ”といった、ため息交じりの声が聞こえていた。


チーン

やってきたエレベーターにドタドタと乗り込むと、会長はもどかしそうにボタンを押した。

「くそ、秘書の奴も残ったままか。まったく勝手なことばかり言いおって。ハイヒールの何が悪いんだ、少しぐらい足が痛いのが何だ。だいたい女性はタイトスカートにヒールがいいんだ!きれいに見えるし、多少の動きの悪さなんてどうでもいい、見た目だ、見た目」

「でも、それ、すぐに転んじゃいますよね」

低いがよくとおる女性の声。

「わわ、な、なんだ、き、君、い、いたのかね」

背中から不意に聞こえてきた声の主に驚きながら振り向く会長。

 そこにいたのは紺色のスーツを身にまとった女性だった。しかし…

(これは…、我が社の受付嬢の制服のようだが、こんな女の子はいただろうか)

肩までのセミロングの黒髪、きちんとしているが派手すぎないメイク。スーツの下のシャツも白く清潔感が漂う。ほのかに香る香水は嫌味なほどでなく、レモンとオレンジの中間のような少し甘い香りだった。

「会長、ハイヒールにスーツがお好きなんですね」

不意に女性が言った。

「まあ、そうだな」

(なんなんだ、アレ?今、この娘)

会長は彼女の顔をまじまじとみた。彼女は会長の視線に構わず続ける。

「そんなにお好きなんですか」

「いや、女性がキレイに見えるだろう。ね、その、美しく見えたほうがいいんじゃないか…なあ」

(ひょっとして、まさか)

思わず目をこする。

「これでも好きですかああああ!」

いきなり叫びだす女性、しかし、その表情は、その口は

(やっぱり、く、口が動いて…ない!)

開かない唇から聞こえる叫び声に驚き、会長は女性から離れようと後ずさったが、

グサッ、グサッ。

「痛っ!」

両足の甲に激痛が走り思わず会長は目をつぶった。

(い、痛い、なんだ、何をされたんだ)

おそるおそる目を開き、下を向くと

「ひぃ」

履いている革靴に女性の足が乗っていた。

いや、正確には両足を踏みぬかれていたのだ、ハイヒールで。

女性の足でよく見えないが、革靴には穴が開き、足の甲までヒールの先が刺さっているようだ。血がにじみ出てエレベーターの床に少しずつ広がっていく。

「あ、足に穴が、ううう、ワシの足がああ」

女性をどかそうとするが、なぜか手が動かない。足も女性に踏み抜かれるままになっている。

「会長、ハイヒールお好きなんでしょう、それも細いのが。このヒールどうですか?ピンヒールっていうんですよ、すごーく細いんですよお」

ふふふと笑いながら女性はグリグリと会長の足を踏みつける。ヒールの先が槍のように足に食い込んで、そのたびに痛みを感じる。あまりの痛さに

「ギャアア」

叫ぶ会長。

「痛い、痛いでしょう。ねえ、ハイヒールって本当は痛くて怖いんですよお」

楽しげな声。

 痛さのあまり会長の目から涙がにじむ。

「あらあら泣いてらっしゃるんですかあ。おかしいですねえ。それぐらい耐えないといけないんでしょう。“ヒールが痛いくらい耐えなさい”って言っていたのにねえ」

「そ、それは、痛く、ない、人も、いる、から」

「痛いって訴えた人間に言ったんですよねえ、足がもつれそうになるほど痛い人にも」

「それは、その、その」

「転んじゃったほうが悪いんですよねえ。転んで車道に運悪く出たのが悪いんですよねえ」

「き、き、君、まさか」

“タイトスカートでヒールだから転びやすいだと、気をつけていればよかったんだよ。転んで事故にあったのは本人のせい。足が痛い?なら医者にでもいっていればよかったんだよ。彼女は気の毒だとは思うが、急いでくるよう命じた私にも責任があるなどという指摘は…”

(あ、あんなこと記者会見で言うんじゃなかった)

震えながら、泣きながら立ち続ける会長。

ズボッ

脚にかかっていた重みが急になくなり、会長は足を滑らせた。太り気味の尻のズボンがビリっと破れ、派手に尻もちをつく。会長は立ち上がろうと足に力をいれようとしたが、痛みで逆にバランスを崩し、あおむけに倒れてしまった。

「わわわ」

 顔の真上には彼女の足、ピンヒールの血に濡れた先が目に入る。

「ねえ、知ってます?会長。外国でね、ピンヒールで…」

両目の視界がヒールの先でいっぱいになって

『殺された男がいるんですって』

意識が無くなる前、会長の耳には彼女の声が幽かに聞こえた。


(とりあえず了ですが、怖そうな終わり方は嫌などとお思いの方は後書をお読みください)


(本文の終わり方が怖い、嫌だ、眠れなくなりそうという方、あまり怖くない終わりが良い方はこちらをお読みください)

「助けてくれええ、目が、目が」

右手で目を抑えながら左手と両足をバタバタと動かす会長の体を看護師が押さえつけた。

「会長、落ち着いてください」

「目を潰されたんだ、それに足もだ。きっと幽霊だ、いやあの女の一味なんだ!」

「会長、その」

側にいた医師が目で合図をした。

「何をする!」

会長の叫びを無視して看護師は会長の腕を押え、医師が急いで注射器を刺した。

 そばで見守っていた男女がヒソヒソ声で話し出した。

「何があったんだ」

「発見されたときは、ああやって目を押えて暴れてたんでしょう“ピンヒールで殺される”って」

「ああ、だけど、怪我もしてないのに、目が見えないだの、足に穴が開いただのって」

「幻覚でもみたんでしょう、会長もお歳だし」

「お歳と言っても70歳になったばかりだけどね。でも糖尿病の治療もしてるし、他の生活習慣病もあったし。時代錯誤の社内ルールに異様にこだわって、ますます頑固になって認知症のような症状も出始めたし。引退されてもいいかもな」

「そうね、ようやくスーツ、ヒール、ネクタイ、革靴は義務でなくなったわけだし。第一事故まであったんだから、世論も考慮して不合理な規則は廃止すべきよ」

「会社のエレベーターでよかったよ。他で会長が錯乱して発見されたなんてことになったら我が社の評判はさらにガタ落ちだ」

「まあ、そうねえ。それじゃこれから会長交代を発表があるから」

「ああ、昨日のこともあるから、気を付けて。昨日の我が社の子が死亡したって記事は誤報だったからかえって良かったけど、今回の件は誤報だったらシャレにならないから」

「そうね、亡くなったのは人違いでよかったわ、なんていったら、だめね。まあ会長錯乱の件は映像も交えて誤魔化して、新会長の奥様のほうにスポットをあてる感じで作ってみる」

「頼むよ、新会長は年の割には美しく知的、って演出してくれ。まあ実態はその、アレだが、君たちのチームなら素晴らしいものができるよ。君ら広報のCG技術はいつも感心してるんだ。まるで本物、現実以上の仮想現実だって。そうそう家庭用小型バーチャルリアリティ装置っていうの、アレも商品化するんだってね。きっと、本物以上の体験ができるって評判になるよ。前会長はあんまり評価してなかったみたいだけど。あれ、今日はスカートかい?ヒールも?珍しいね」

「くだらない規則が廃止されるから、今日でこういう格好するのは最後だと思ったからね。一種の記念みたいなものね。あ、悪いけど午後の会議は遅れるわ。怪我した受付の子のお見舞いにいってくる。やっと面会謝絶が解けたから」

そういうと、広報部の部長は、肩までのまっすぐな黒髪をゆらしながら部屋を出て行った。彼女が閉じたドアには柑橘系の甘い香りが残っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 私は本文エンドのほうが好きですね。ホラーの場合は後味悪くてナンボみたいなところもありますし、あまり残酷すぎるのも引きますが、このくらいならホラー的にはアリだと思います。
[一言] 面白いです。もっとこういうのを書いてほしいと思いました。
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