第4章 姉貴の恋愛
正直に言うと、心から亜衣の恋を応援したわけではない。
彼女への気持ちを知った今、すでに叶わないとわかっているので、せめてどんな男が好きなのか見ておこうと思ったのだ。
達也がその相手を知ったのは、その日の放課後だった。
「あっ・・直純だぁ」
つきあっているわけでもないのに腕を組んでくるユリが、急に駅でそんなことを言い出した。
「誰?それ」
「S大2年の人でねー、すっごいモテるんだよ」
S大学・・・亜衣と同じ大学だ。だけど、明らかに軽そうで、しかも女と一緒に歩いているところから、そのときは亜衣の好きな男ではないと達也は考えてた。
しかし、現実は違った。
達也の目の前でその直純とかいう男はたまたま到着した亜衣に気軽に話しかけていたのだ。
その会話の内容は聞こえない。
だけど、亜衣が恥ずかしそうに顔を赤らめているのを見て、達也は亜衣が直純のことを好きなんだと悟った。
達也がそう考えている間に、ユリは達也がヤキモチをやいたと勘違いしたらしい。ますます嬉しそうな顔をしてべったりとくっついてきた。
ユリにちゃんと言わなきゃな。俺には別に好きな人がいるってことを・・・
▽
「あのさ、直純ってやつのことが好きなの?」
2階の亜衣の部屋の前で、達也は堂々と亜衣に言ってみせた。彼女は心底驚いていた。
「なんで・・・なんで達也君が直純君のこと知ってんの!?」
「いや、さっきたまたま駅で見たから」
あんまり答えになっていないかもしれない。
亜衣は顔を真っ赤にさせていたが、急にずーんと暗くなってしまった。
「なんだよ・・・?別に邪魔したりするつもりはねぇぞ!」
慌ててそう言うと、亜衣はぶんぶんと首を振る。
「違うよ・・・絶対叶わない恋だってわかってるのになーって」
「え・・・そんなんわかんねーじゃねぇか?」
「達也君は女の子に困らないからそんなことが言えるんだよ」
こんな悪人ハゲとつきあおうなんて物好きそうそういないぞと心の中で思いながら、もう1度直純を思い出してみる。正直、一瞬だけしか見ていないので顔なんていちいち覚えていないが。
と、そのとき、亜衣が嬉しそうに呟いた。
「でも・・・ずっと好きなんだぁ・・・・・」
その表情は、まぎれもなく恋する女の子だった。
その相手が自分だったらよかったのにとやっぱり口に出せないことを思いながら、達也は彼女の恋が成就することを祈ることにした。
▽
だけど複雑だ。久しぶりにまともに恋愛したと思ったら、今はその子の恋愛を応援してるなんてなぁ・・・・・
むしろ応援しないほうがいいのかもしれない。こんなスキンヘッドの悪人ハゲが傍にいたら、叶うものも叶わないかもしれない。
その日、達也は帰りにユリと待ち合わせをしていて、一緒に図書館で勉強していく予定だった。
しかし、その予定が変更になったのは、ユリから直純の話を聞いたときだ。
「――金?」
その一文字はやけに達也の中で強調された。
「そう。なんか直純ね、何人かの女の子からお金をもらってるって噂だよ?あんまり大きな声じゃ言えないけどね」
ユリはやたら達也に顔を近づけて小さな声で話した。
「それマジなの?」
「噂だからわかんないけどー・・・」
もしそれが本当だとしたら、亜衣はとんでもない奴を好きなことになる。
それはマズイ。いたってマズイ。心底マズイ。悪人ハゲでも平和主義者なんだ、俺は。
「ごめん。今日ちょっと用事あるわ」
「ええー・・・一緒に図書館行こうって約束したじゃん」
「ほんとごめん!今度埋め合わせするからさ!」
まだユリはぶーたれていたが、達也は構わずに家へと向かっていた。
直純がお金をもらっているなんて証拠はどこにもない。だけど、とにかくそんな疑いのある奴を好きでいてもらいたくなかった。
▽
帰宅すると、ちょうど家から亜衣が出てきたところだった。どこかに出かけるらしい。
「どっか出かけんの?」
亜衣がこっちに気づく前に、達也は声をかけた。たった今、彼女が通帳をバッグの中にしまおうとしているのを見ながら。
「あ・・うん。友達と会う予定なんだ」
亜衣は目を合わせようとしない。嫌な予感がした。
「友達と会うだけなのに、通帳なんかいらないだろ」
静かに言い放つと、彼女は困ったように笑った。
「だっていきなりだったんだもん。持ち合わせが足りなくって」
「やめとけよ。あんな奴に金渡すのなんか」
一瞬の間があった。明らかに動揺している亜衣を達也はまっすぐに見つめた。
「何言ってんの。もう行くからね」
すれ違い様、達也は亜衣の腕を掴んだ。行くなという意思表示のつもりだったのだが、亜衣は簡単にそれを払いのけてしまった。
振り向いたときには、亜衣ははるか遠くにいた。