第3章 ファンファーレ
いきなりこんな展開になってしまいます。
朝、眠気を覚ますために達也がまずやることは、顔を洗うことだった。
ばしゃばしゃと冷たい水で洗顔する。そして、左手を伸ばしてタオルを捜す・・・・・が、なかった。
しかし、そのとき顔にタオルの感触が当たった。
「――っ!」
そこには、無表情でタオルを渡してくる亜衣の姿があった。
「はい。これ捜してるんでしょ」
「ああ・・・・・サンキュー」
だめだ。どうも慣れねぇ。今まで2人暮らしだったのに、いきなり4人になるなんて。
「あのさぁ・・!」
そのまま立ち去ろうとする亜衣を達也は慌てて呼び止めた。
「ハタチってほんと?」
「・・・そうだよ。これからは姉として敬ってね」
まさか年上だとは思わなかった。私服OKの高校生だと思っていた。
▽
親父の再婚話が浮上してから2日たつ。まだ籍を入れずに同居生活を送るだけらしいのだが、お互いに連れ子がいた。
達也は一気に姉ができることになる。
しかも、今までなんとなく気になっていた相手だ。
「じゃあ、いってきます」
亜衣が大学に出かけようとする。達也がそれとなく彼女を見ると、後ろから親父にどつかれてしまった。
「・・って!なんだよ!?」
「オラ!ハゲもちんたらしてないで学校行けや」
「そうねっ!姉弟水入らずで一緒に行くなんていいわね!」
義母さんが親父にのってそんなこと言うもんだから、達也は一緒に行かざるをえなくなった。
なんでだろう。たいしてかわいいわけでもないのに、なんでか亜衣のことが気になる。
ということを考えないようにしながら、達也は亜衣と2メートルくらいの間隔を開けて歩いていた。
「学校行くときは眼鏡なんだ」
亜衣はにこやかに訊ねてくる。たぶん元々愛想がいいのだろう。
「そりゃぁ・・・さすがに高校までグラサンはいかんだろ」
「っていうか、この距離やめようよ。なんかケンカしてるみたい」
「だって嫌だろ。俺みたいな不良みたいなのと歩いてて」
「私は何も思わないよ・・・・そっか、彼女に会っちゃうかもしんないからか」
「違う。それにあいつは彼女じゃないよ」
そこを思いっきり否定すると、亜衣はきょとんとした表情になる。
「彼女じゃない人とキスするの?」
「それはアレだ。現代のスキンシップ、みたいな?なんならお姉ちゃんにもしてあげようか」
「ご、ごめん・・・私、ハゲはタイプじゃない・・・」
かなりショックだった。
試しにどう答えるか訊いただけなのだが、こんなに困らせるつもりはなかった。っていうか、こんなに困るとは思わなかった。
なんかこたえる・・・・・今まで何人かの女の子とつきあってきたが、ふられてもこんなにショックだったことはなかった。
と、そのとき、亜衣が何かにつまずいて、持っていたバッグを落としてしまった。その拍子に中身が散らばる。
「あ・・・やっばー」
慌てて拾おうとするので、達也も手伝うことにする。
亜衣の手と自分の手がたまたま当たるまで・・・・
「あっ・・ごめ」
何気ないふうに亜衣は謝ったが、反対に達也はかなり動揺してしまった。
まるで少女マンガの主人公のような展開。それも主人公は、スキンヘッドの悪人眼鏡ハゲだ。
なぜだかそのとき、達也の中でファンファーレが鳴ってしまったのだ。無意味にその周りを天使が飛び回っている。
やっべぇ・・・俺、亜衣のこと好きかもしんねぇ。
これが、初めて達也が亜衣を意識した瞬間だった。
▽
しかし、この想いはあっけなく裏切られることになる。
「スキンシップも大事かもしんないけど、ちゃんと本命1本にしぼりなさいよ。私みたいに」
最初、達也は亜衣が何を言っているのかわからなかった。
「え・・・何、彼氏いんの?」
「レディーに向かってそういうこと訊かないでよー・・でも、いいや。弟だし。ってか、弟なら姉のけなげな片想いを応援してほしいくらい」
一瞬にして、この想いは裏切られてしまった。達也は意味もなくスキンヘッドの頭を撫でた。
「そいつ、おんなじ大学の?」
「そう。軽そうだけど、笑顔がとってもかわいいんだ・・・」
亜衣がそこまで言うと、達也の視線に気づいてはっとして口を閉ざす。
「とにかく!この話はもう終わり!早く行こ!」
真っ赤になった顔を隠すようにして亜衣は先を急ごうとする。それを達也は呼び止めた。
「姉貴」
「・・・何?」
「俺が姉貴の恋愛応援してやるよ」
それは嘘やでまかせでもなく、心からの本心だった。