2 初武器、初メール、初戦闘
何て手合わせを勝手に決意した訳だけど、戦うにしても準備が居るのは当然だ。
武器、兵糧、情報や気合に戦意。準備があればあるほど戦いは有利になる。
だというのに今の俺には武器も、回復アイテムも情報もないすらない。
高難易度が好きとは言え、武器くらいは持たないと、不安だ。
「それにこのゲームって武器の作成も醍醐味らしいしな」
醍醐味というくらいなんだからそれはそれは楽しいものに決まっている。
きっと何か趣向を凝らした何かがあるに違いない。
「こういうゲームってアイテム集めるのも楽しいよなあ」
という訳で、手合わせの準備段階として武器の作成をしよう。
「まあ、武器持って攻略がぬるいなら無手で行くけど」
スキル効果が切れてとっぷりと浸かっていた海から出て、見回す。
だが、探す前にあることに気付いた。意外な弊害だ。
「俺の髪って、意外と長いんだな」
海水に濡れた前髪が垂れて視界が異様に悪い。右を見ても左を見ても簾がかかってる。
視界がない中で動くのはバジリスク戦で慣れてるけど、今は不必要だ。
一先ず両手で影を遮るように髪を遮ってみると、何とか視界は確保できた。もしかしてこれからはヘアバンドとか必要なのか。
まあいい。それは後々考えよう。今は目的の物を探さないと。
手の下で目を凝らしていると、丁度いい岩場があった。あれなら問題はないに違いない。
近付けばやっぱり手ごろな石があって、拾って握る。
「収納」
すると、アイテムボックスに石が入る。
「お次は作成だな」
今度はそのアイテムボックスから石を選択し、作成を選ぶ。
途端、石の右側から作れるものが羅列されていった。
ただ一つの石なのに作れるものがいっぱいあるみたいで、磨かれた石とか石の刃とか、目移りしそうになる。
けど、迷わない。俺は武器を作るために作業をしてるんだから選択肢は一つしかない。
「ここから石の刃を一つ」
選択すると、それだけで作業は完了していた。
選択した瞬間、俺の手が硬く冷たい何かを握っていた。
開いてみれば、細長い柄が付いたナイフ程の刃だった。
俺は、あの何でもない石からナイフを作ったのだ。
「だけど……言われたほどの楽しさは感じないんだが」
先ず苦労が無いのがいけない。演出も全くなくてゲーム的じゃない。全体的に少し味気ないんだ。
多分俺が知らない何かがまだあるんだろうけど、これが醍醐味かと思うと少し残念だ。
もっと色々と何か出来るって思ったんだけどなあ。
「まあいいや。とにかく武器は完成した。後は防具があれば良いんだけど……後回しでいいか。好きじゃないし」
得物があり獲物が居て、戦う身体がある。これで戦う準備が整ったって訳だ。
新しい相棒を手の平で弄べば、温かみのあるスベスベとした感触が返って来て中々良い。
これを握っているだけで、戦闘意欲がむくむくともたげて来る。今すぐにでも敵を探したい。
が、ここで焦るのは駄目だ。その前に戦い方をちゃんと確認しよう。
しっかり読み込まないと、しょうもない所で足を掬われかねない。現にやらかしたことあるし。
そして、その過去の経験とそれに基づく俺の勘はどうやら正しかったようだ。
「攻撃判定が、何だか独特だな」
独特というか、現実的か。
説明によると、ある程度の重さと速さがあれば何でも攻撃と認識してくれるらしい。
言ってしまえば握り拳で戦っても良いし、穴を掘って罠を作るのも良い訳だ。
極端な話をするなら、投石器や弓矢、大砲だって可能という事も有り得る。
そしてそれを許すだけの行動も可能と来ている。
穴は何メートルでも掘り放題。木だって伐り放題。海に至っては海底にも魔獣を配置する念の入りようで、空すら頑張れば飛べるらしい。
「……あれ? って事は、愚かな歩行で空高くまで歩いた日には……」
ああ成程、愚かと言われるだけはある。絶対落下死だけはしないようにしよう。
「最後に、アイテム作成のランダム性について、を見て終わりかな」
書かれていることは単純明快。
ざっくり言えば、作られた武器の性能は素材にしたものによって変わるが、ランダム性もあったりする。
つまり攻撃力の差、付与されるスキルの差などが、それぞれ作った時に微妙に変化する。
文の意味そのままなら、この石のナイフだって作り続ければ凄いものが出来る可能性があるってなんだけ
ど……流石にそこまでランダムじゃないか。
と考えた所で不意に音が鳴って思考が遮られる。
見ると、封筒のマークがチカチカ点滅している。
「メールか。やっと返信が来たんだな」
さてと、あのゲーオタは一体どんな回答をしてくれたのやら。
「えー何々。スポーン地点はランダム、悪ければやり直し推奨。いい条件とは、村が近く、鉱山がある場所。そして海洋ステージは強い敵が多い……か」
更に読み込んでいけば、現状が少しずつ理解できてくる。
孤島には村が無い。村が無ければリスタートの位置を変えられない。
そしてアイテム倉庫の利用アイテムの売買、ギルド作成などが出来ない。
鉱山が無ければ良い金属が得られず、それを元にした良い武器が作れない。
最後に孤島の周りには海が広がっていて、それを渡り切るにはその弱い武器と初期ステータスで強い敵と戦わないといけない。
要は、ここを出たくばヒノキの棒で高難易度ダンジョンのクリアをしろ、と言われてるようなものだ。
「成程成程」
やり直しを推奨されるのも納得の難易度だ。
普通だったら、絶対にやり直すだろう。
さて、以上の事を考えて、結論を述べよう。
「孤島スタート、大いに結構っ」
友人からの答えは、俺の行動を止めるものじゃなかった。
バグだったら報告しなきゃいけなかったし、きっとゲームもやり直せと言われただろう。
これで難易度が易くなってしまったなら、詰まらないからこれもやり直していたに違いない。
だけど逆に難易度が上がったなら是非もない。
ヒノキの棒で高難易度。何それ楽しそうなんだけど。
回りは強敵ばかりとか、なんて逆境じゃないか。
これこそがゲームだ。俺が一番好きな部類の、高難易度だ。
絶対にこのまま推し進めてやる。
「先ずは雑魚狩りからかなあ」
いよいよ戦闘だ、と思うとワクワクして来る。
ゲームの一番最初、敵と手合わせする時はいつもこうだ。
遠足前のワクワクというか、クリスマスがどんどん近付いている感覚というか。
大きな楽しみの前の期待感が全身に伝わって、身体を動かしたくなってくる。
ああ、どれだけ歯応えがあるんだろうか。
ヒリヒリとした戦いになるんじゃないか。
期待に胸膨らませ、ナイフを手に南国の世界を探して見る。
すると、早速モンスターが一匹。
南国に相応しい海産物、ヤドカリだ。
ただ、注釈するならそれはやっぱりただのヤドカリじゃない訳で……
「なんつーか、食いでがありそうな巨体だな」
視線がぐんと上がるほどでかかった。
高さは車庫くらい、いや近くのヤシの木が植えたての若木に見えるから、もっと大きいかも知れない。
しかもその手には獲物を摘まむ鋏じゃなくて、叩き切る様な長く重そうな剣。
大きい上に文明の利器を持っているなんて中々の敵だ。
戦いがいがありそうで、絶対苦労するに違いなかった。
「先ずは先手っ」
飛び掛かって、先端が砂に埋まった剣を切ってみる。
ナイフを逆手に、大きく振りかぶって、振り下ろす。
「ん?」
刃を突き立ててみたら、キンという音がして弾かれた。
何か嫌な手応えだ。絶対効いてないな。これ。
頭上のゲージを確認するとやっぱり一ミリも減ってない。
しかも俺の攻撃の隙を見るや否や、巨大ヤドカリは突進してきた。
「一発じゃ死なないだろうけど……」
その巨体がリアルなまま迫って来る。ギラリと光る刃物が振りかざされる。
ゲームなのにゲーム以上の圧迫感、恐怖感だ。生存本能すら刺激される。
「こわっ!」
反射的に、俺は身をかわしていた。
でも、直ぐに次の刃が迫ってくる。
これは中々厳しい。バーチャルリアリティなんて初めてだから分からなかったけど、他のどのゲームよりも難易度が高い。
「というかリアルすぎだろ! 加減しろよ!」
もう少しデフォルメすべきだろ。特に刃の方を。
あれが顔の傍を掠める度に背筋が凍り付くんだけど。
「だがっ。怯んで溜まるか!」
それでも恐怖を殺して、剣の下を潜り抜けて、突きあげてみる。
お、これは効いたらしい。ちゃんとゲージが下がった。
「攻略法見つけたかっ!?」
と、思ったらそうは問屋が卸さないらしい。
潜り込んだ俺に対してヤドカリが後退を始めた。
多分、逃避じゃない。今度は何が来るのか。
俺も下がって何時でも逃げられるようにする。
鬼が出るか蛇が出るか、背筋が凍るような緊張感がある。
波の音と葉擦れの音が静かに流れる中、穴が開くほど睨んでいると、ヤドカリが動いた。
「何だ?」
その重厚な殻で出来た剣を高く掲げて、十字を作る。
まるで威嚇みたいだが、絶対にそれだけじゃない筈だ。
更に注視していると、剣が異様な速さで一気に振り切られた。
その軌道は何故か黄色い線を描いていた。
そして黄色い線は何故かこっちに飛んできていた。
黄色い閃光が、こちらに迫っていた。
「うわっ!?」
思い切り仰け反ったが、十字の端が片腕に引っかかる。
「っっ」
右腕が、引っ張られる。
引っかかっただけなのに、吹っ飛ばされる。
「くっそ!?」
反対の手で耐えようとしたけど、ひっくり返された。
砂の上にもんどりうって、這いつくばるしかなかった。
目を開けると俺は砂の上で倒れていて、左右には轍みたいな跡が挟む様に刻まれている。
「これが、スキルか。まさかモンスターも使えるとはな」
あの光線は、強い。
攻撃速度が速いし、当たった腕がまだビリビリするし、体力のバーもきっかり半分なくなってる。
腕一本を光線の端に引っ掛けただけでこれなら、直撃したら即死は確実。これは中々スリリングだな。
紙一重で、緊張感があって……
「楽しいな! これ!」
もう涎が出てきそうだった。大好物だった。この挑戦的な難易度が、たまらなかった。
どっぷりと浸かりたい。このゲームに入り込みたい。
そう思って、それを体験する為に、もう一回跳び込んでみる。
ヤドカリがまた十字の斬撃を飛ばしてくるが、それはもう見飽きた。
砂の上をスライディングして、潜り抜けてやる。
そうすれば、直ぐに敵の懐。
「その剣じゃ、超接近した敵は攻撃できないだろっ」
張り付くようにしたまま石のナイフでラッシュをかます。
体重を乗せて何回も何回も突き刺してやる。
手応えは壁を突いている感じだが、ゲージはジリジリと削れていた
まるでは利で突いているみたいに弱いが、確実にダメージになっている。これは行ける。
「次は!? 奥の手はないのか!?」
なんて煽ってみたが、何だか様子がおかしい。
あの大技を放ってきた、強敵であるはずのヤドカリに、動きがない。
どれだけ押しても反撃が帰ってこない。押し込まれ、後退すら始めている。
いやまさか、と思って居る内に、ヤドカリのゲージは残る数ミリだけになってしまう。
最後に何かあるか、と思いながら腕の下へ潜り込ませるように突き上げるとゲージがなくなった。
つまり、ヤドカリは倒れてしまった。
「……ちょっと拍子抜けだな」
勿論、中々厳しい戦いだった。
ダメージが通る部分が剣に阻まれていて、ただただ闇雲に攻撃しても弾かれる。
しかしむやみに突っ込むと、攻撃範囲の広い両の剣で切り刻まれる。
といって距離を取ったなら、あの高速で高威力の怪光線が飛んでくる。
だからこそ超接近戦を挑んだんだが、潰される心配があったから内心冷や冷やだった。
でも、あの巨体の癖に押し切られるなんて拍子抜けだ。逆に押し切って力任せに叩き潰すくらいの事はして欲しかった。
「……いや、今のはたまたまかも知れない」
たまたま、超接近戦用の技が出なかっただけ、なのかもしれない。
もう一回戦ってみたなら何か違う展開になるかも。
そうだ。たった一匹で判断するなんて早計じゃないか。
これの実力を確かめるには一匹じゃ足りないし、海を脱出するにも力が要るらしいのだから、レベル上げがてらもっと手合わせしてみよう。