暗雲立ち込めるは校舎裏
翌朝。12月22日、水曜日。
「どうやって声かければいいんだ……」
昨日朱里に「毎日一緒に登校してると悪影響かもしれないから、あたしは後ろからこっそりついていく」と言われ、心細い思いをしながら昨日の遭遇地点である、坂の前に到達する。すると、タイミングよく(運悪く)曲がり角から真希が姿を現す。
「あ、葛城君おはよ~! 今日は朱里と一緒じゃないんだね」
「その辺で見かけなかったから、早く行ったか、寝坊したかだと思うよ」
「ちょうどよかった。……また相談があるんだけどいいかな?」
唐突に発せられたその単語が悠を少し硬直させる。が、今朝この話をすると決めていたためか、すぐに平静を取り戻した。
「い、いいよ。今度はどうしたの?」
「あの……突然で悪いんだけど、もう登りきるし、朝の時間だけじゃ終わりそうにないからLINEの連絡先教えてくれない?」
ドキッ! 動悸が激しくなり、頬が紅潮し、動揺してフリーズする悠。
「だ、だめ……かな?」
身長が低いため、上目遣いで見上げてくる真希。心なしか頬が紅潮しているように見える。
「あ、ご、ごめん……」
一言謝って、ポケットからスマホを取り出すと、LINEを開き、彼女のスマホ画面に表示されたQRコードを読み込む。
「ありがと。今夜ラインするね!」
「分かった!」
小走りで去って行く彼女の小さな背を見送りながら、スマホを握りしめる。悠は、今日はとても充実した日になりそうだと感じていた。
○
これは悠と真希の過去の記憶──。
「今までありがとね、葛城君」
「本当に相談相手が僕なんかでよかったの?」
「他にも信頼できる人はいるんだけど、やっぱり葛城君だったら相談しやすいかなって」
「そうなの?」
「うん。なんか葛城君なら何言っても大丈夫だっていう安心感があってね」
「そんな、僕なんて大したことないよ」
「私にはそうは思えないよ。相談してるのに、すごく楽しかったもん。いつしかもっと私のことを知ってほしいなって思うようになったし。──っと、そろそろお昼休み終わるから行かなきゃ。これ、大切にしてね!」
「ありがとう──って、なんでパンダ?」
「教えない! じゃねっ」
○
結局充実するどころか授業の内容がまったく頭に入らないまま7時間目が終わった。
ホームルームが終わるなり、用事もないので誰より早く教室を出る。
「おい葛城。ちょっと話がある」
と、靴を履きかえている最中に後ろから声をかけられる。振り向くと、同じクラスでサッカー部の小瀬戸と、他のクラスの男子2人が立っていた。
「話ってなんだよ」
「まあまあ、そう警戒すんなよ。大したことじゃない」
小瀬戸がそう言って、2人が逃げ道を塞ぐように後ろに立つ。
「場所を変えよう」
連れてこられたのは校舎裏。北側になる校舎裏は、いつもジメッとしていているからか、人通りが少ない。そんなわけで、なにか秘密のこと──告白とか脅迫とか──をするにはもってこいのロケーションだ。
小瀬戸は昨日のサッカーの時に、敵味方問わず皆を先導して僕を貶めていた人間の一人だ。何か悪いことが起こるのは分かっていても、後ろを二人に塞がれているため逃走もままならない。
「これを見てもらおうか」
そう言って、小瀬戸はスマホで撮影したらしい写真を見せてくる。
「これはお前と藤沢で間違いないな?」
「どうしてこれを……」
そこに写っていたのは、LINEを交換しているときの悠と真希だった。
「匿名希望さんから、送られてきた写真だ。これ以上一線を越えて親しくなるようなら──どうなるか分かってるよな?」
「…………」
指を鳴らしながら威圧してくる。
「別に親しくしてるわけじゃない」と反論できなくもなかったが、下手に刺激するのもうまくない。結局「分かった」と頷いて、その日は解放された。
LINEならバレない。誰がお前らなんかの言うこと聞くかっての!と心の中で悪態をついて帰途に就く。しかし、その考えが甘かったことを、悠はまだ知らなかった──。