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日常は壊れゆく

「公開処刑じゃん……」

 朱里からメールが届いたのがおよそ5分前。ちょうど弁当を食べ終えるのを見計らったかのような絶妙なタイミングでスマホが振動した。そして、内容を見ると「今すぐ部室裏に来て」というものだった。

 言いつけどおり教室を出て、階段を降り、渡り廊下から女テニの部室へと向かう。女テニの部室はテニスコートの奥にあるため、当然練習中の女テニ部員にも当然気づかれるわけで。

「なんで男がここにいんの?」

「ていうかこいつ誰?」

「気持ち悪っ」

 刺々しい視線と、毒々しい小言が聞こえてくる。これを公開処刑と言わずしてなんと呼ぶだろうか。

 極力目的地まで見たり聞いたりしないよう、細心の注意を払って迅速に部室裏に向かう。

「遅い」

「こっちだってかなり急いできたんだよ」

「まあいいや。単刀直入に聞こう。今朝はどうだった? ちゃんと話せた?」

「…………いいか悪いかで言われれば、ダメだった」

 正直に白状する。すると朱里は思案するような様子を見せた。

「そっか……。まぁ、初日だし、ほとんど無茶ぶりみたいな感じだったし仕方ない、か。じゃあ、午後から悠の体育とあたしらの美術が被るから、そん時少しでも変なプレーをしないように気を付けてね。あたしらは風景画描く予定だから、あんたが見える場所にポジショニングするから。てことで、よろしく! あたしはそろそろ戻るね。それじゃ!」

 次の体育はサッカーだったはず。というかなんで朱里がうちのクラスの体育事情を知っているんだろうと思わなくもなかったが、深く考えても仕方ないと思い直し、怪しまれないように退散した。

 

「葛城パ~ス!」

「ヘイ葛城!」

「ちょ、まっ……」

 なぜ僕にばかり──味方は僕にパスを、敵は必ず僕の方に向かって走ってくる。敵チームが向かってくるのはいつもと変わらないけど、味方チームが僕にパスをまわしてくるのはおかしい。

 空振り、ボールが顔面にぶつかり、ボールに足を転ばせて。結局体育の時間が終わるころには黒かったジャージが白っぽくなっていた。


 ○


 無気力、ってこういうことなんだな──。

 悠は家に帰ってくるなり、制服のまま布団に仰向けにダイブし、そんなどうでもいいことを考えていた。

「なんでだよっ……」

 なんて自分は不器用なんだろう──これまで何度も思った。勉強もできない。運動もできない。かといって、趣味もない。特技もない。夢もない。目標も進んで立てようとしない。そしてすべてを諦めてきた。

 朱里に憧れたのも、真希を好きになったのも、自分の理想形だったからだと思う。自分もそうなりたい。でもなれない。その相反する二つの気持ちに常に挟まれて、結局何もかも諦める結果になってきたのだ。

 今回もそうだ。真希に一目惚れしたところからすべては始まり、彼女の努力する姿勢に憧れ、自分も努力してみたけど結果が伴わなくて。そうして疎遠になって何もかもを諦めて代わり映えのない日常へと戻っていく。それでいいのだ。それが定めだというのなら、僕は高望みもしないし、期待もしない。ぶっちゃけ言えば、自分が標的になるのが怖いから、それよりはマシだろうと思って協力してもらっていたに過ぎない。でも、恋心というものはとっても厄介だった。諦めようとしても、忘れようとしても、彼女の顔が、声が、しぐさが、何もかも脳裏に焼きついて離れなかった。

「はぁ……」

「ため息を吐くと、幸せが逃げていくらしいよ?」

「朱里……」

 ため息を吐いたその時、ノックもなしに朱里が部屋に入ってくる。今日も部活帰りなのだろう、ラケット入れを肩掛けにして、学校指定のエナメルを斜め掛けにしていた。

 鞄を降ろし、まっすぐに悠の机に向かっていく。そして、大切にしている折鶴を手に取り、手のひらに乗せて悠の目の前まで持ってくる。

「ねぇ、これはなんでもらったの?」

「なんでって?」

「これ、真希がお世話になった人に作ってあげてるって聞いたんだ。それで、悠は真希に何をしたらもらえたのかなって思って」

「確か───」

 確か一年前の秋、彼女が「葛城君に相談したいことがあるんだけど……」と言って、その相談を受けた翌日にもらった。相談の内容は自分は声優を目指したいけど、親には難関大に行って大企業に勤めるように言われている。そういう時どうすればいいのかという話だったはずだ。

 それを朱里に話すと、「次はその線で攻めようか」と言ってくる。確かにその後どうなったかを聞くだけなら自然だし、ハードルもあまり高くない。

「分かった。それでやってみるよ」

「その意気だよ悠!」

 ところで、どうして真希は自分に相談してきたんだろう──そんなことを考えながら、悠は朱里から具体的な案を聞かされるのだった。


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