すべての始まりは幼馴染にあり!
高校生になって、2回目の師走。そして5日後にはクリスマスがやってくる。しかし、葛城悠はという と、まるでイベントとは無縁の、訂正ノート作りをしていた。ちなみに、締め切りはとっくに過ぎている。
「古典終わりっと……。あとは物理と英語と数学と……あぁぁ終わらない! なんでいつもこんなに点数取れないんだろ……」
独りごちて、ため息を吐く。理系科目の成績は壊滅的、文系科目も中の下くらい。しかし、同じ成績不良でも、部活ガチ勢は運動ができるからまだ誇れるモノは持っている。しかし悠は、運動もできないし、かといって何か誇れるような特技があるわけでも、没頭できる趣味があるわけでもない。
そんなわけで、いつも席次は下から30番以内だし、5段階評価だって、良くて4、平均は赤点ギリギリの2だった。
「あの頃が一番楽しかったな~」
明日までに終わらせられないと諦め、いつも勉強机の見えるところに置いてある小さな折鶴を手に取る。なぜか色のついていない方を表にして折られていて、羽の部分や胴体の部分など、文字が書けそうなありとあらゆる部分に、水色のペンで”パンダ”と書いてある。貰った当時、なぜパンダなのか聞いてみたけれど、結局教えてくれなかったのを、今でも鮮明に覚えている。
藤沢真希。この折鶴をくれた人の名前だ。そして、悠が一目惚れした相手の名でもある。
彼女は成績優秀で、可愛いもの好きで、放送部に所属していて、ちっちゃくて、そして誰よりも努力家で。今でも彼女のことが忘れられないけれど、あの天使のような藤沢さんに対して自分を顧みると釣り合わないと感じてしまって、結局告白もできず、クラスも変わってしまって、接点がほとんどなくなってしまったのだった。
今の彼女の接点と言えば、彼女は時々流れるお昼の放送のアナウンサーをしているため、それを聞くことくらい。今では学校に行く唯一の楽しみと言っても過言ではないほどだ。
「あの頃は楽しかった……」
「あの頃って、去年?」
「そうそう……去年の楽しかった頃に……ってうわあっ!? なんでお前がいるんだよ!!」
「なんでって、ノックしたけど返事がないから入ってきただけなんだけど? それより、どしたの? 私が来てからため息つくの、もう6回目だよ?」
「そんな前からいたのかよ……」
「って、全然終わってないじゃん。大丈夫なの?」
そう言って突然の来訪者は悠の後ろから腕を伸ばし、右側に置かれた答案用紙と訂正ノートを交互に見比べる。制汗剤のいい匂いがした。きっと部活帰りなのだろう。
女子テニス部(略して女テニ)に所属し、大会で優秀な成績を修めながらも、定期考査で学年10番以内を外さない天才肌の少女。
元気のよさと人当たりのよさもあって、多くの教師や生徒から信頼されている幼馴染。
ポニーテールが特徴的なその少女は、名を南郷朱里という。
「あのさ、勉強に身が入らない時ってどうしてる?」
「ほほう……さては恋の病ですな?」
「ち、違うって!!」
「否! 違わない! あたしら何年付き合いがあると思ってんのよ。それに、そんなもの持ってそんなこと聞かれりゃ一発でわかるっての」
朱里が悠の手元をビシッと指差してくる。悠は指摘されて、赤面しながらいそいそと定位置に戻した。
勉強机から部屋の中央に置いてあるテーブルに移動すると、早速朱里が身を乗り出してきた。
「それで?」
「それでって……」
「だから、あんたはどうしたいわけ?」
「そりゃ、もちろん、ワンチャンあるなら付き合いたいとは思うけど……。でも、藤沢さんは男子の間でかなり人気があるし、何の取り柄もない僕なんかが付き合える可能性なんてないに等しいし、それに────」
「結局どっちなの?」
「どっちと言われても……」
「諦められないんだったら、いっそ当たって砕けろ精神で頑張ってみない? あたし協力するよ?」
「なんで朱里がそんなに協力的なんだよ。これは俺の問題だろ?」
「あたし、こう見えても人の恋愛応援するのすごく好きなんだよ。それも、自分の幼馴染が、あたしの親友を好きだって知った以上、応援しないわけにもいかないじゃない?」
「余計なお世話だよ。ほら帰った帰った」
「ほ~う? そんなこと言っていいんだ?」
「……なんだよ」
「このまま帰したら、明日学校中に知れ渡ってるかもしれないよ? ほら、あたしこう見えてうちの高校では有名人だし」
「分かったよ。砕ければいいんだろ? それで満足なんだろ?」
「砕けるかどうかは分かりかねるけど、あたしはお似合いだと思うよ! それじゃね~」
言うが早いか、荷物を肩にかけて、さっさと部屋を出て行ってしまう。
階下からは、「ご飯食べて行かない?」「いえ、今日は用事があるので、また今度!」という悠の母と朱里の会話が聞こえてきた。
「お似合いって……皮肉かよ」
悠は再びため息を吐く。いやに協力的な朱里の笑みを思い出されて、少し憂鬱になった。
○
翌朝──
「起きろ起きろ起きろ起きろ悠! 学校に行く時間だ! 早くしないと真希ちゃん行っちゃうぞ!」
突然そんなことを言いながら朱里が入ってきたと思えば、布団にダイブし、さらに騒ぎ立てるという迷惑極まりない行動をしていた。
未だに騒ぐ朱里を押しのけて時計を確認する。まだ6時だった。
「朝からなんだよ……」
「結局昨日は何も決めなかったじゃん? それで、計画を立てるとして訂正ノートが終わらないでしょ? だから、早起きさせて、真希と同じ時間帯に登校して、終わってない分はホームルームまでの時間で終わらせる! それ、完璧じゃねって思ってさ。さぁ、着替えた着替えた! 早くしないと合流できないよ!」
「分かった分かった。着替えるから、外に出てろ」
「りょーかい!」
そこまで気遣ってくれたのはありがたいが、あまりに理不尽な計画に頭痛がする。しかし、脅されている手前、無下にすることもできない。そこまで考えて、再び布団に入ることなく、クローゼットから制服を取り出した。
「おはよ!」
「あ、おはよう朱里ちゃん。今日はいつもより早いね」
と、そこで真希は朱里の隣にいる悠に気づくと、満面の笑みで手を挙げて「おはよう!」と挨拶してきたのに対し、悠は緊張して声がうわずってしまった。
「っと、あたしは朝練があるから先に行くね!」
「うん! またあとでね~」
ダッシュで坂を登って行く朱里を見送り、悠と真希も歩き出す。
悠たちが通う坂之上高校は、その名の通り坂の上にある。そして、坂道の両脇にはソメイヨシノが等間隔に植えられており、春になると自然の花道ができるのだ。
「今日も天気がいいね……」
「そうだね~」
沈黙。
「そういえば、久しぶりにしゃべったね。去年ぶりかな?」
「そうかも。今年はクラス違うし、部活とかでも接点ないし」
「あはは……お互い忙しいもんね~」
再び沈黙。
それから無言で歩くことおよそ5分。悠が話題を探している間に坂を登り切り、昇降口に到着してしまった。
「それじゃまたね~」
「お、おう」
結局ほとんどしゃべることもできないまま、悠は真希と別れることになった。