人のふり見て、何とやら
相棒たる黒いスマフォには、まぁ、それなりにアプリとか写真とか入っているけれど、使用頻度が多いのはやっぱりインターネットとか。
アプリだと青い鳥のアイコンか、緑の吹き出しアイコンが多い気がする。
時代はSNSだ、とか言ってみるけど、使用に関してはそれなりの注意が必要なのも事実。
最近では緑の吹き出しだけじゃなくて、緑のアットマークアイコンもあるし。
世の中便利になったなぁ、と思う反面、常に何かが付きまとうような感覚は否めない。
難しいところである。
そんな私も先程言ったように、青い鳥も緑の吹き出しも、終いには緑のアットマークも使用しているのだが。
特に意味もなく、緑の吹き出しを押して、たらたらと流れている投稿を眺めた。
そんなに連絡は取る方じゃないので、個人トークの部分は埋まっていない。
ついでに言うと、特定の人物以外のトーク履歴を消していくこともあるので、尚更スッキリしている。
「暇ぁ」
すいすい、と指を上から下に流すだけの作業をしていると、不満そうな声と一緒に背中に重みを感じた。
部屋に置いてあるテーブルの真ん前に陣取って、体育座りの形でスマフォを弄っていたのだが、いつの間にやらお腹辺りに手が回っていて、完全にホールドされている状態。
私はそれを無視して、気になる投稿を押す。
画像を読み込んでいると、先程よりも低い声で「なぁ……」と言われるけれど、最初に放置プレイをして来たのはそっちだろう、と思う。
仕方なく、でもスマフォを手放すことなく顔だけ上げる。
首を何とか彼の方に曲げて見てみれば、唇を尖らせて眉を寄せている彼。
どこか子供っぽくて、あざといその表情に、溜息が零れた。
「人の部屋に上がり込んでおいて、試合のDVDを見ていたのは誰でしたっけ?」
目を細めて問えば、彼は目を丸めてから笑う。
悪びれる様子もなく、白い歯を見せて笑うその姿に、胸が高鳴らないこともないけれど、それを見せるのは癪なので目は細めたまま。
彼が居座っていたベッドの上には、持ち運びに便利なプレイヤーが転がっている。
私の視線が自分以外に向かっていることが、不服だったのか、彼はわざわざ片手で私の顔を自分の方に向けた。
その際に、少し首を捻ったのだが、謝る気配が一切なかったので、脇腹を軽く小突く。
「ちょっと痛い」
「うるさい。て言うか、邪魔しないでよ」
「えー、何見てんの?」
人の話聞いてた?と返す私に対して、聞いてた聞いてた、と完全に流しながら答える彼の視線は、私のスマフォの画面に注がれている。
この体制は変わらずだし、心做しかお腹に回る腕に力が込められているような……。
私が今見ていたのは、緑のアットマークのアカウントから流れているもので、共有という形によって別の人のところから流れてきたものだ。
私がわざわざ、他人のアカウントを追加するはずもない。
そもそも、友人達ともそんなに連絡を取らないのだから、自身のアカウントを教えることを面倒くさがるくらいなのだ。
それなのに、自分からなんてありえない話。
まぁ、それを彼が知っているかは別として。
「これ、こんな簡単なアプリでゲーム感覚で告白したり、プロポーズしたりって不快だなぁって」
携帯が出た頃からか、それとも一人一台は持つだろみたいな頃になってからか、良く知らないけれど、メールでの告白が出るようになった。
恋文――カタカナ表記でラブレターに当たるものは、それよりも昔から。
更に今ではメールを通り越して、アプリ。
こういうのを使って、気持ちが伝わるのか私には理解出来ない。
ラブレターならまだ許そう。
だけれど、メールってアプリって一体なんだ。
せめて、せめて電話にしろよ、と思う。
一番いいのは勿論直接だけれど。
「ははっ、日本人がどんどん控えめになっていくわけだ」
ケラケラと、私を抱き締めながら楽しそうに笑う彼。
耳元であまり大きな声を出さないで欲しいのだが、彼は気にした様子もなく私を抱き寄せる。
控えめ、とか、そういう問題じゃないような気がするのだけれど。
彼の腕の中で身じろぎを一つ。
それから「ちゃんと、自分の口で言わない人って信用出来ないと思うけど」と言っておく。
彼に限ったことじゃなくて、人間関係というか、大事なことを言葉にしなくても伝わるとか、そういうのは甘えでしかない。
文字に込められた想いとか、そういうのが悪いと言っているわけでもない。
これはあくまでも、私の願望。
私の願いであり、求めること。
言葉で伝えて、自分の言葉で、飾らなくていいから、素直にそのままを吐き出してくれれば、私はそれでいいし、嬉しい。
「大丈夫大丈夫。俺は告白もプロポーズも、ちゃんと直接だからさ」
告白、は、確かにされたけど。
プロポーズ?
首を彼の方に傾ければ、してやったりって顔。
性格が悪いとは正にこのことだろう。
引き気味の私に対して、胸キュンしろよー、なんてケタケタ笑う彼は、相変わらずだ。
私は持っていたスマフォの画面の電気を落として、傍らに滑らせた。
彼の腕が緩まったのを感じて、勢いだけでグルンッ、と体を回し、彼と向き合う。
きょとん、とした顔の彼に、今度は私がしてやったりって顔。
それから、ばぁか、と舌を出す。
彼が歯を見せて笑うから、私も声を上げて笑う。
「慎ましさは、ラブレターまでだよね」
「プロポーズは面と向かってだろ」
「キザったらしさは別にいらないけどね」
可愛くない言葉に、彼が苦笑を漏らした。