第6話 変化ーカズヤー
ヘルガとの勝負から半月。
カズヤは相変わらず救護室に運ばれていたが、その回数は格段に減って来ていた。ペア戦ゆえに倒れる事は出来ないと言う思いと、一人ではないと言う事が、カズヤの上達を促したのである。
ただ、カズヤと組む事となった術士は、例外なく忙しくカズヤのフォローと、術技の組み合わせを考えなくてはならなくなった。
かくして、カズヤと組んだ術士は、必要以上に戦術を組み立てる鍛錬にも、知らず知らずの内になっていたのである。
今回、カズヤはサツキとペアを組んでいた。
「カズヤ、無理しなくて良いからね」
闘技場の控え場でサツキは、横に立つカズヤに笑いかけている。
「無理はしない。出来る事をやるだけだ」
「あのね。あたしが合わせるから、カズヤは好きに動いてからいいから」
カズヤは、疑問に思って尋ねていた。
「タケシとの連携はどうしている?」
「ん?」
首を傾げるサツキに、カズヤは苦笑した。
「考えてはなかったな……特にどうするとか、話してないし……」
「お互いにどう動くか、感覚でわかる。か?」
「ん、まさにそう。なんとなくだけど、タケシがどうしたいのかわかる」
思わず笑みがこぼれるサツキである。
相性が良いだけではなく、幼い頃より一緒に鍛錬してきた事が、お互いの呼吸を合わせやすくしていた。動きがわかると言ってもいいほどである。双子とは言え、カズヤとタケシでは動きに違いがあった。
「悪いな。俺とでは合わせにくいかもしれないが、よろしく頼む」
「気にしないで、カズヤとも合わせられるわ。伊達に何年も一緒に、鍛錬してきたわけじゃないわよ」
サツキは笑って請け負う。
学院の候補生達は何度かペア戦を行ってから、ペアの相手を変えて鍛錬を行う事になっていた。相性もさることながら、誰とでもペアを組めるようにするための鍛錬でもある。戦闘で負傷した騎士が、そのまま現役に復帰できなくなる時や、運が悪ければそのまま死亡と言う時に、残った方は新たにペアを組まなければならなる。
その時、連携を取れるまでの時間短縮を目的ともしていた。
ヘルガが来るまでは、一期生随一と言われたサツキは、カズヤを巧みにフォローして勝利へ導き、見ていた者にさすがはサツキと、言わせてしまうほどである。カズヤが勝てたのは、サツキの働きが大きいと誰もが思った。
「カズヤ、大丈夫?」
肩で大きく息をして、呼吸が荒くなっているカズヤに、サツキは心配そうに声をかけている。声を出すのも辛そうで、片手を上げてカズヤは大丈夫だと答えていた。
「何を狙っているの?」
声を潜めてサツキは、カズヤに尋ねる。
鍛錬の間、カズヤの動きが時々おかしくなった時があり、それは何かを試みて失敗したようにサツキには見えた。だから、何か狙いがあるのではないかと思っている。
「まだ……足り……ない……」
「足りない?」
ああ、と頷いたカズヤの呼吸が整い始めている事に、サツキは少々呆れてしまった。口にする事はなかったが、回復力がありすぎると思う。
「力が足りずに、長剣を振り回しているだけだ。だから、動きが止まる。動きを止めずに長剣を振り抜けたら、と思ってな」
「? よくわからないけど……」
「わからなくて当たり前だ。サツキは術士だから、わかる方が怖い」
「そう?」
「サツキは、剣士の鍛錬もやっていたが基本は術士だ。わかるようであれば、俺の立つ瀬が無くなる」
苦笑しながらカズヤは答えている。
「じゃあ、私と組んでいる間は、どんどんそれを狙っていけばいいわ。そして、物にしなさいよ。失敗してもきっかけがつかめれば、カズヤは強くなれるんだから」
「そうさせてもらう。俺自身が強くならないとな……」
カズヤが狙っているのは、流れるような動きだった。
一つの動きの終わりが、次の動きの始まりに繋げれば、今以上に動く事ができるようになる。身体強化が使えない身であれば、自分自身が強くなるしかなかった。力や速さで劣る分、技で補わなければならない。
この日よりカズヤの動きが、剣技が変わり始めた。
その剣技に気が付いたのは、ペアを組んでいたサツキである。ものにしなさいと言ったが、短期間でその片鱗を見てしまうとは思っていなかった。
あまりにも早い上達に、ゾクリとした寒気がするサツキである。
思い出せば昔から、カズヤは剣に対する才能があった。
六年前にサカツキで事故に遭う前は、タケシもサツキも手が出せないほど強く、成長を誰もが期待していたのである。事故に遭った後、一年間は事故のショックから抜け出せなく、体調の回復も遅れて腑抜けたようになった。
そんなカズヤをタケシと二人で、徹底的に叩きのめしたが、半年と経たずに互角に、一年が経つ頃には二人がかりでも、圧倒されるほどになったのである。
身体強化を使っても、使わない時とほとんど変化がないカズヤではあったが、それに勝る力を手に入れかけているとサツキは感じていた。剣の才能がなければ、無理な事と思っていたのである。
「最弱とは、言えなくなったね」
笑うサツキに、カズヤは首を振っていた。
「まだ、だめだ。力が無い事を痛感する」
「そうかな? 初めの頃よりも、強くなったと思うけど?」
「少しは進歩していないと情けないだろ」
苦笑するカズヤである。
そして、ヘルガはペアを組まずに一人で、二人を相手にする鍛錬を繰り返していたのである。一人でも術士としての力量の違いからか負け知らずで、唯一負けたのがカズヤとアマネのペアだった。
力量の違いが剣士を術技に巻き込み、連携が上手くいかないのである。
ヘルガとしては、ペアを組む剣士が遅すぎるとしか思えなかった。そればかりか、絶好の機会さえも潰してしまう剣士に、唇を咬む思いである。
「何をやっているの」
「そこは退くべき」
「違う。なぜ、前に出ない」
そんな声を出しても、ペアを組む剣士は「勝手な事を言うな」と声を荒げるだけで、ヘルガの言葉を聞こうとしない。それで連携が取れるはずもなかった。
結果はタケシの予想通り、剣士の誰もがヘルガとペアを組みたがらないのである。
そのヘルガは、折を見てはカズヤの鍛錬に姿を見せていた。
自分と対戦した時に見せた動きを、知りたいと思っていたのである。
避ける事が不可能といえる術技を、避ける信じがたい剣士。見た事も聞いた事もない動きが、気になっていたのだ。
さらに、ここ最近のカズヤの剣技が、変わって来ている事にも気が付いたのである。自分で剣技を変えて行く事ができる剣士も、ヘルガは初めて見た。
鍛錬の合間の休息時に、ヘルガは思い切ってカズヤの元に近づいていた。
「なぜ、術技を避けられるの?」
真っ直ぐに尋ねてくるヘルガに、カズヤは眼を丸くしてしまう。今までに、なかった事だった。
ヘルガにしても、カズヤが警戒するようすもない事に、少なからず驚いてしまう。
「カズヤ。避けるって……」
同じく眼を丸くするサツキは、カズヤを見上げていた。
「ペアを組んでいて、気が付かなかったの?」
ペア戦を観察していたヘルガは、カズヤに対して気が付いた事がいくつかある。
相手の術技を避ける事は、自身が経験してわかっていたが、味方の術技が発動する半拍前に、相手の剣士をその地点に誘導、あるいは釘付けにしていた。
信じられない以前の話である。
常に動き回る剣士同士に、術技を当てるには剣士の動きを予測し、術技を発動させる必要があった。剣士の動きを予測する事は、経験によって正確に出来るようになるが、候補生では経験よりもセンスが大きく物ものをいう。
そして、予測に長けている者は、一流の術士になれる者が多かった。魔獣が相手でも、魔獣は止まっている事はなく、その意味では実戦的な鍛錬とも言える。
「見ていた私でさえ、気が付く事なのに?」
サツキに言うヘルガは、呆れたような顔である。
「それに……」
不思議そうな顔がカズヤを見上げていた。
「本当に最弱の剣士なの?」
ヘルガが疑問に思うのは、そこである。
「剣士同士の対戦では、一度も勝てた事がない」
カズヤは肩を竦めていた。
「だから、最弱と言うのはおかしいわ」
「俺はまだ、力が足りないからな。だからだろう」
この答えにヘルガは、くすりと笑う。
「弱いとは言わないのね」
「弱ければ、とっくに学院を去っているさ」
「それもそうね」
納得したヘルガだった。そのヘルガにカズヤは尋ねている。
「ペアを組め、とは言わないんだな」
「言わないわ。私と組むような剣士はいない」
寂びそうな顔ではなく、当たり前の事と思っているようだった。そして、カズヤを見上げると言う。
「あなたは、なぜここにいるの?」
「どういう意味だ?」
「私がペアを組めないように、あなたは、ここにいるべきではない」
「俺が何度、それを言われたと思う? タケシやサツキ、他の奴から数え切れないほど、言われてきたが……」
笑みがカズヤの顔に浮かんだ。
「それが、どうした」
答えるその顔に、ヘルガは他の候補生とは違うものを見てしまう。
(なに、この自信……いや違う。これは……達観しているとも違う……なんなの、この顔は……)
今まで、こんな顔をする候補生を見た事がない。いや、大人の男でも見た事が無かった。
剣士としては、まだまだ成長過程と言えるが、それだけではこんな顔はできないような気がしていたのである。
だから、カズヤが不思議な男に見えてしまった。
サツキに呼ばれてカズヤは、再び闘技場へ向う。その後姿を見つめてヘルガは、なぜそこまで出来るのか見極めようとしていた。
ヘルガが気付いたもう一つの事。
それは、信じ難い事にカズヤは、身体強化を使っていない、と言う事だった。
術技を組み上げるのは見たが、術技が発動しようには感じられないほど、魔力の流れが見えなかったのである。
「身体強化が……使えないのに鍛錬をしている……うそだわ……」
騎士学院に入るためには、必須である身体強化を使えない者が、剣士として学院に入校できる訳がなかった。入校前の試験で、例外なく落とされるはずである。
「使えないのに、私に勝った……」
寒気が湧き上がった。
本来いるはずの無い者が、候補生として鍛錬している。しかも最弱と呼ばれているにもかかわらず、誰もカズヤを圧倒する事ができなかった。身体強化が使えれば、どれほどの強さになるか、考えるだけでも空恐ろしくなる。
カズヤを見ていたのは、ヘルガだけではなかった。上期生のハヤトとサヤカも、ヘルガと同じようにカズヤを見ていたのである。
二人も、ヘルガ戦で見せたカズヤの動きを、見極めようとしていた。
結果は、わからないと言った方が良い。
「カズヤは術技を避ける事ができる。そればかりか、身体強化さえ使ってない」
「信じられない事にね」
「良く入れたものだ」
半ば呆れた二人だった。
剣士術技『身体強化』が使えなければ、騎士として生きてはいけない事は誰もが知っている。ゆえに、使えない者が騎士になった事はなかった。
しかし、ハヤトはカズヤに騎士を目指すのを辞めろ、とは言えなかった。
覚悟が無ければ学院には入ってこない。覚悟の無い者は、すぐにでも辞めて行く事になるほど、学院のカリキュラムは厳しいものだった。
ハイソーサリー並みの強さをみせるヘルガに、勝ちを収めたペアの剣士であり、術技を意識的に避けられる事ができる唯一の剣士でもある。不思議な強さを秘めているのではないかと思えていた。
「で、どうするの?」
サヤカがハヤトを見上げていた。
この半年で個々の力量は、ある程度わかってきたため、力量に応じた完全なクラス編成が行われる事になっている。成長度合いは人によって違い、その個々の成長度合いと力量に合わせてクラスを編成し、鍛錬のカリキュラムを組みなおすためだった。
その中でもカズヤは、間違いなく底ランクに位置づけられるだろ。カズヤの可能性がわかっていても、今はまだ全体からみれば低いとしか言えないからだ。
その事をサヤカは言っている。
「こっちに引き込むか、二人とも」
「二人?」
「カズヤとヘルガ。最強と最弱、両極端な二人だ。どこのクラスになっても、持て余す事になるだろう」
「アキラ達は反対するかもね」
「認めさせればいい。模擬戦でもやらせてな。それでもわからなければ、アキラ達は先に進めないさ」
「ハヤト、まさかアキラに?」
言外に含んだ事に気が付いて、サヤカは驚いてしまった。
「まだわからない。いつかは、誰かに渡す事になるが……『アカツキ』は、ただ一人の剣士のための物だ。俺でさえ抜けないんだからな。封印されているのか、それとも何か別の事なのか。姉さん以外は知らない」
「凄い人だったね。私、大好きだった……」
思い出すのは、強く優しい女性の面影である。巨大な力を秘めながら、思い上がる事も無く、命を救おうとする女性だった。
「私が術士を目指したのは、少しでも近づきたかったからよ」
「始めて聞いたぞ。それ」
「そう? ハヤトが剣士を目指したのと、一緒だと思っていたけど?」
苦笑のようなものが、ハヤトの顔に浮かぶ。
確かにその通りだと納得していた。姉が誇れるような剣士になりたいと、思っていたのである。
「今は……」
「ええ……」
それだけでは『騎士』と言えないと、憧れだけではどうする事も出来ないと、ハヤトもサヤカも知っていた。
今の二人が目指すものは、姉が目指した『命を救う騎士』である。