表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

第5話 対戦ーヘルガー

「待たせたな。始めようか」

「いつでもいいわ」


 待たされた不快も無くヘルガは返してきた。

 瞬間、抜刀したカズヤが躊躇う事も無く、長剣を振り落とす。長杖を横にして受け止めたヘルガは笑みを浮かべていた。


「最弱……ね」


 受ける剣圧が軽い事に気がついて呟いていた。

 並みの剣士の剣圧には重さがある。受ける手ごたえが違う事が、カズヤを最弱と言わせているのだとわかった。


 右に左にと長剣を振るうカズヤの動きは、ヘルガには遅く見えている。身体強化をしていても、この程度とは笑うどころか嘲りさえ浮かんでしまった。しかし、自分と組むような剣士は誰もいなく、残る一人がカズヤであり、最弱でも試すしかなかった。

 長杖で長剣を受け止め、くるりと回すとカズヤの体勢が少し崩れる。整える前に長杖で突くと、妙な手ごたえとともにカズヤが大きく飛ばされた。


(何……今の手ごたえ?)


 思う事とは違い、身体はカズヤの追撃に掛かっている。カズヤが立ち上がるよりも早く追いついたヘルガは、長杖を叩きつけるように振り下ろしていた。

 転がって避けるカズヤの向こうで、アマネが術式を組み上げるために、歌い始めている事に気がついた。組み上げる速度は決して早くはないが、手本と言えるほど正確無比であり、質の高さをうかがわせる。

 アマネが術式『雷』を組み上げるまでに、ヘルガは単式術式―詠唱が最短の術式―『気弾』を組み上げて、アマネに向けて発動させていた。


 反応したのはカズヤである。

 術式を止められないと即断して、身体を翻していた。


(今からでは間に合わないわ)


 アマネを『気弾』で吹き飛ばして、カズヤにも『気弾』を打ち込めばそれで終わり。そう思っていた。

 再びヘルガが、単式術式を組み上げようとした時、アマネの手前で『気弾』が地面で爆ぜる。


「なっ……」


 驚愕がヘルガの術式を止めた。

 爆ぜた地面のすぐ横に、カズヤが長剣を振り切った姿が見える。


(間に合ったとでも……いうの? バカな……)


 間に合うような距離ではない事を、ヘルガは知っていた。それ以前に、術技を長剣で止めた事が信じられない。そして、何が起きたのか正確に理解した者は、この場にはいなかった。カズヤ自身でさえ、間に合って良かったとしか思っていない。

 そのカズヤはすでに、ヘルガに向かって駆けていた。


 一拍の遅れがヘルガの術式の組み上げを妨げてしまう。


 駆ける勢いのままカズヤが長剣を突き出し、ヘルガは受けるよりも距離を取るようにとんぼを切って離れた。間合は広がったが、更に離れるようにヘルガは後方へ飛んでいる。

 一瞬後に『雷』が降って来た。

 その間にカズヤは、再び間合を詰めている。


 カズヤとアマネの連携が取れ始めていた。今までの彼らの鍛錬では見られなかった事である。カズヤがヘルガの術式を妨げ、術式をアマネが組み上げる時間を作っていた。

 二人とも決して強い方ではないと、誰もが知っているにもかかわらず、ヘルガを抑え込もうとしている。

言うなれば、連携の見本のようなものだった。


「チッ」


 舌打ちがヘルガから洩れる。自分よりも明らかに劣る二人に、抑え込まれるとは思ってもいなかった。

 カズヤの長剣を受け流し、下から掬い上げるように長杖をまわす。上体を逸らして避けるカズヤに向けて、ヘルガは手の中の長杖を滑らせて突き入れた。


 再び妙な手ごたえと共に、大きくカズヤが飛ばされて行く。


(また……?)


 追撃に向かうヘルガの足を止めたのは、アマネの『雷』だった。足を止めたヘルガはすぐに頭を切り替え、広域術技『雷嵐』を組み上げる。

 術技が発動すると『雷』が広範囲に落ちて行くが、その一つとしてカズヤに当たる事は無かった。


(ずれた……?)


 一瞬、そんな考えが浮かんでくるが、カズヤとの距離がまだ開いている事を見て取ると、ヘルガはすかさず術式『火球』を組み上げて発動させる。

 連続で放たれる術式の速度に、見物人達から呻くような声が漏れていた。


「速いな……」

「ええ。私達よりも詠唱が、とんでもなくね」


 感心するハヤトとサヤカの二人である。


「?」


 ハヤトが首を傾げた。カズヤの横方向で『火球』が、爆ぜるのを見たからである。


「遊んでいるのか、あの女は?」


 憤るのはタケシだった。

 広域術技でも単式術技でも、カズヤの前後左右にずれていた。見ている者には、力量の差を見せ付けているようにしか見えない。

 ふいに、ハヤトの腕がつかまれた。


「ハヤト……」


 擦れるようなサヤカの声に、ハヤトは驚いてしまう。


「結城カズヤは……」


 驚愕が顔に張り付いていた。


「本当に最弱の剣士なの……」

「今まで一勝もした事が無いのは確かだが……どうした?」

「信じられないけど……カズヤは術技を避けているわ」


 ハヤトは声も無く、サヤカを見てしまう。

 その顔はまさかと言っていた。ハヤトでさえ、術技を避ける事はできない。また、出来るとは思ってもいなかった。


 術技は発動する基点というものがあるが、それは目に見えるものではなく、見えた時は術技が発動している。たまに運良く動いたと同時に、術技が発動して避ける事ができるが、それは稀どころか、天文学的数字の確率でしかなかった。


 つまり、意識的に、術技を避ける事など不可能である。


 それをカズヤは、やってのけているとサヤカは言っていた。最弱の剣士に、出来る事ではないはずである。


「そんな事が、可能なのか?」

「不可能よ。術技を詠唱する本人以外は、どこにどのタイミングで、術技が発動するかなんてわかるはずがないわ」

「それをカズヤはやっている……のか?」

「そうでなければ、ヘルガが術技を外すわけがない。いいえ、ヘルガだけでなくどんな術士でも外す事はないわ。それは、ヘルガの顔色を見ればわかるわ」


 サヤカと同じ結論に達したヘルガは、焦りと混乱に囚われていた。

 不可能を可能にする剣士。それもたいした事の無い剣士が、やってのけている事が信じられなかった。


(そんな……なぜ……どうして……)


 幾度、術技を組み上げようと避けられるのでは、術士には打つ手が無くなる。体術は剣士並みと言っても、長期戦になれば術士であるヘルガには不利であった。

 戸惑いと焦りが、ヘルガの足枷になっていた。

 あっと思った時には、闘技場の地面に背中を付けていたのである。


「俺達の……勝ち……だな……」


 荒い呼吸の間に言うカズヤに、ヘルガは長杖から手を離して両手を上げていた。

 訳が判らなくなってしまう。最弱と言われているにもかかわらず、とんでもない事をしでかす剣士だと思えた。


「認めるわ。私の負け」


 カズヤは長剣を納めると、右手をヘルガに差し出して引き起こしている。


「あなたは、何者?」


 手を離したヘルガはカズヤに尋ねていた。

 返ってきた答えにヘルガは、呆気に取られて笑い出す。ヘルガの笑い声を聞いたのは、この時が始めてだった。

 カズヤは一言『騎士』と答えていたのである。

 ヘルガの笑い声が響く闘技場の外では、その光景をぽかんと見ている者が多かった。


「勝っちゃったよ……カズヤ達……」


 まだ信じていないようなサツキが呟くと、タケシは憮然としたまま言う。


「まぐれだ。二度とない」

「私達がやろうとしてた事、先に越されちゃったね」


 だから面白くないのだとは、言えないタケシだった。それが分かっているのかサツキは、タケシの肩を慰めるように叩いている。

 番狂わせが起こった闘技場は、一気に興奮の坩堝と化し、誰もが勝つと思っていなかったカズヤ達に、惜しみない拍手を送っていた。逆にヘルガを見る目は、ざまぁみろとでも言うようである。

 そして、候補生達は剣士と術士の連携が上手く行くと、その力はとてつもなく大きくなると理解した。


「見ていた者にとっては、いい教練だな」


 まったくね、とサヤカは笑って頷いている。


「それにしても、不可能を可能にする剣士……か」

「この分じゃ、結城カズヤにも何かあるわね」

「そうだな……術士としては知りたいか?」

「もちろんよ。魔獣達の中に術技を避けるものがいれば、その対抗策を考えないといけなくなる。同じとは言えないけど、参考になるはずだから」

「いるのか、そんな魔獣が?」


 思わずハヤトはサヤカを見てしまった。


「今はまだ、出てきていなけど。私達は、まだ魔獣の事も魔力の事も、全てわかったとはいえないでしょう?」


 最後は問いかけるように、ハヤトを見上げている。

 なるほど、魔獣が発見されてから五十年しか経っていなかった。術技に関しては体系が整えられたのは、ほんの二十数年前である。

 新たな術技が今のなお、組み上げられているのも事実で、魔獣に関しても、新たな生物が発見されていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ