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第3話 魔導術士ヘルガ・オルディス


「どうかね?」


 座る男が立っている男に尋ねていた。


「まだまだ足りないですね。力不足のいいところ。可能性はないと言えるでしょう」

「ふむ。まだ三ヶ月だが、最低限ではあるがついてきている。可能性が無いとは言えないのではないかね」

「元々、あの男は幼い頃から剣士として鍛錬を続けてきた。それが耐えさせているのでしょう。これから先は、他の候補生との差は開くだけでしょうね」

「詰められないと、思うか?」

「さあ、どうでしょう。諦めなければ詰められる、と言うものでも無いでしょう」


 立っている男は肩を竦める。


「そうか。ああ、予定通り女の方もそろそろ入ってくる。それで変化があればいい」

「女?」

「サカツキの生き残りの子供は、男と女の二人だ。二人はサカツキで出会っていると、我々は考えている。その事を思い出せば、あの時、何が起きたのかわかるだろう」

「そこまでする必要が、わかりませんが?」

「女が、サカツキを消した術技を放った。そう我々は考えている」


 一瞬、立っている男の瞳に憎しみの炎が宿った。座っていた男は、その事に気が付かないように、続けている。


「サカツキを消した術技は、我々にとって、是非にでも把握しないといけない術技だ」

「そんなのですか?」

「もちろんだ。サカツキを消す威力の術技と、その威力に耐えられる障壁。その二つは、今後の魔獣との戦いに大いに役立つ物だよ」

「そんなに、たいした者達ではないと思いますが?」

「さて、どれはどうかな? 彼らが交わる事で、何かしらの変化があれば、我々にとっては利になる。そう言う事だ」


 対して立っている男は、肩を竦めるだけである。











二対二のペア鍛錬が始まる前に、一人の少女が学院に編入してきた。

 流れるような銀色の髪とヘイゼル色の瞳。同年代とは思えないほど、均整の取れた肢体と人形のような顔立ちは、誰もが見惚れるほどだった。


 ヘルガ・オルディス、欧州連合からの編入である。


 術士としての実力は、それまで一期生トップと言われたサツキを上回り、正確で強力な術技は、術士達の憧れるほどであり、剣士相手に一歩も退かずに勝利をおさめるほどである。剣士なら、ペアを組みたい術技の使い手だった。

 それはペアの鍛錬が始まっても、そう思う者が多かったのである。しかし、ヘルガの実力に一期生がついていけないと、わかっていたのは多くはなかった。


「タケシ。ヘルガとペアを組みたい?」


 闘技場の外で、ヘルガの鍛錬を見ていたタケシに、サツキは近づきながら尋ねている。


「いいや。組む気はないな」

「どうして?」


 術士が強い剣士を望むように、剣士も強力な術士を望む事は当たり前だった。騎士は生きて戦い続けるために、より強い剣士や術士と、ペアを組みたがるものである。


「強ければいい、と言うものではないだろう。ペア戦は『騎士』の基本戦術で、剣士と術士の連携が大きくものをいう。強くても連携が取れないと、弱い奴とやっても負ける」

「まあ、そうだけど……」

「賭けてもいいが、ヘルガとペアを組んだ剣士は、二度とペアを組みたくないと、言い出すぞ」

「そんなものなの?」

「ああ……」


 ヘルガの鍛錬を見ていたタケシには、判断が付いていた。

自分一人ならまだしも、ペアの相手がいるのなら、それなりの動きを取るべきではあるが、剣士の動きを蔑ろにするように、術技を使かう事が気に入らない。味方の剣士まで巻き込む術技に、剣士としてはふざけるなと言いたくなっていた。

 闘技場の鍛錬を見ているうちに、ヘルガとペアを組んでいた剣士が、長剣を地面に叩きつけてヘルガに詰め寄っている。


「ふざけんな!」


 怒鳴り声は良く聞こえた。


「てめぇ、何考えてんだ! 俺まで巻き込むんじゃねぇ!」

「あなたが遅いだけ」


 対するヘルガの声は静かである。


「私の声も聞かずに、バカみたいに剣を振るえば巻き込まれるのは、当たり前よ」


 静どころか嘲りさえ含んでいた。


「ふざけんな! 前衛がいなくて術士が役に立つか!」

「足手まといな前衛なら、いない方がいい。邪魔なだけよ」

「俺……俺が足手まといだとぉ!」

「術技に巻き込まれている時点で、足手まといよ」

「て……てめぇ!」


 剣士が拳を振り上げる。


「止めなくて良いの?」


 サツキがタケシを振り返っていた。首を振ってタケシは闘技場を指差している。

 そこに、剣士を組み伏せたヘルガがいた。


「え?」


 驚いたのはサツキだけではない。その場でヘルガ達の鍛錬を見ていた全員が、眼を見張って見てしまった。


「術士に負けるような剣士は、必要がないわ」


 恐ろしく冷ややかな声が流れてくる。


「どう、やったの?」


 サツキは再びタケシを振り返っていた。自分の眼にした事が信じられないようすである。

 その光景を目にしていた全員が、同じ思いを抱いていた。剣士は身体を使って戦う者であり、術士と違い当然のように剣技だけでなく、当然のように、体術も鍛錬に含まれている。その剣士が、術士に体術で負けるとは考えられなかった。

それにもかかわらず、ヘルガは術士でありながら剣士を組み伏せた。それは剣士に勝るとも劣らないほどの体術を、身に付けていると言う証でもある。


「実力の差がありすぎるな……」

「ハヤト?」


 二階で見ていた三期生の二人が顔を見合わせていた。

 一人は物静かな顔つきの剣士で、もう一人は優しい顔立ちの術士である。

剣士は三期生の紫村ハヤト。学院一の剣士として周りから一目置かれている。術士は紫堂サヤカ。学院で五指に入る術士だった。


「ヘルガ・オルディスは、欧州での評価がSA。実力は『騎士』として、現場に出てもおかしくはないほどだ」

「ふーん。ソーサリークラスの術技も使える訳ね」

「使ってはいないが、間違いないだろうな。では、なぜ現場に出ていないかと言うと、若すぎるからだ」


 サヤカの顔に苦笑が浮かんだ。

 学院卒業と同時に、候補生達には『従騎士―ローナイト―』と『従魔術師―ローソーサーリー―』の資格が与えられ、各地へと派遣、あるいは自身で転戦して魔獣の討伐の任に着く。その指示は、騎士をまとめている『騎士院』が統括していた。


 魔獣が跋扈している現代において、力ある『騎士』はどこも欲しい者だった。安心して生活するには、安全なんだという保障が欲しいのである。

その最もたる者が『騎士』だった。


「若いといっても実力があれば、騎士としてやっていけるでしょうにね。極東ぐらいじゃない。騎士を三年も掛けて育てるのは」

「まあな。大人を使えるようにするよりも、早い内から鍛錬をすれば伸びるからだろう。しかし、それでも十六からだ」

「?」

「ヘルガ・オルディスは十四だ」

「まさか……そんな……」

「信じられないが、プロフィールを確認したからな……」


 半分溜め息交じりである。

十四才の少女に十六才の少年が、しかも騎士を目指して鍛錬してきた少年が、あっさりと負けた。

信じられないどころか、悪夢である。


「まって……それなら、おかしくない?」

「ああ、おかしいさ。ヘルガ・オルディスにはなにかある」


 実力があるのなら、欧州はヘルガを外に出さないはずだった。それを手離した事が、不可解に思える。


「つまり、爆弾を抱えている?」

「だろうな。爆発すれば被害が大きいので、地元には置きたくはなかった。実力はあっても、周りに害があるから外に出す。そんなところだろう」


 十四才という年齢もそうする一因だろうと、ハヤトは思っていた。


「で?」


 とサヤカがハヤトを見上げる。


「調べる」

「ん、協力するわ」


 答えたサヤカが闘技場に眼を戻と、闘技場ではヘルガが一人で静に立っていた。ペアを組んでいた剣士は、相手側に回り三対一の鍛錬になっている。

普通に考えればヘルガが不利なのは、誰が見てもわかるところではあるが、二人の剣士を広域術技『炎嵐』で打ち倒し、後方の術士を短縮術技『気弾』で吹き飛ばして勝利を収めていた。


「だめだ。並の一期生とは、実力が違いすぎる。これでは三期生でも危ないかもな」


 半ば呆れた声で、タケシは呟くと首を振っている。


「凄いわね……剣士は要らないと言う訳だわ」


 同じようにサツキも呟いていた。


「サツキ。俺と組んでくれるか?」


 ヘルガに視線を向けたままタケシは言う。


「術士単独よりも、剣士と組む事によって実力以上の力を発揮する。それが『騎士』の基本のはず……あいつは、それを無にする」


 タケシがサツキを見た。


「俺はあいつを叩きのめしたい。おまえと二人で」

「のったわ」


 サツキの笑みと言葉は、タケシの顔に笑みをもたらす。

 タケシとサツキの二人とは別に、ヘルガの鍛錬を見ていたカズヤと、門倉アマネの感想は違っていた。


「次元が違うね……」

「今はな。俺達でも、あれだけの事は出来るようになる。そんな見本だろ」


 カズヤの言葉に、アマネはぽかんと見上げてしまう。


「どうした?」

「良くそう思えるなと、思って……結城くんは強いんだ……」

「どこがだ。俺は誰にも勝てない」

「ううん、そうじゃないの」


 アマネは首を振っていた。


「結城くんは、最弱の剣士なのかも知れないけど、追いつけないとは、思っていないでしょう?」

「ああ。追いついてみせる。同じでなくても、同じだけの強さを手にしてみせる」

「わたしは、ヘルガさんに追いつけるとは思えないし、考えもしなかったの。でも結城くんは違った。そう思える人は強いと思う」

「そうかな? まあ、それもこれから先の事だ。今は……」


 カズヤはアマネを促して、闘技場に足を踏み入れる。

人の事よりも自分の鍛錬が先だった。人の強さを、どうこう言える立場ではない事は、自分が良く知っている。


二対二のペア鍛錬が始まってからのカズヤは、今までの剣士同士の鍛錬の時と、動きが違ってきていた。

それに気が付いていたのは、おかしな話ではあるが、ヘルガと三期生の二人である。一期生はタケシやサツキのように、カズヤに近い者でも気が付かなかった。

 それでもまだ、救護室に送られるカズヤだった。


 毎度おなじみの天井を見上げて、カズヤは苦笑する。

痛む身体を起こすと、溜め息が出た。いつもの事ながら、自分でも情けなくなってくる。


「気が付いたか。結城カズヤ」


 お決まりの文句が、カーテンの向こうから聞こえてきたが、今回は違って続きがあった。


「ごめんなさい。結城くん」


 慌ててカズヤは、カーテンを開けると、そこにカズミと、アマネが立っている。


「気にするな、門倉。俺の方こそ悪かった」

「わたしがもっと上手く、術技を組み上げられたら……」


 そうじゃないと、カズヤは首を振ってアマネを止めていた。


「術士が術技を組み上げるまで、護るのが剣士の役目だ。術士の補佐が無ければ、剣士はいくら強くても勝てない。だからな、門倉の術技を生かせない俺が悪い」

「そうだ、門倉。気に病む事はない」


 断言するカズミである。


「こいつは、ぶっ倒れるのが当たり前の奴だ。今までもそうだったから、今さら気にしていては身が持たんぞ」


 身も蓋もない言い方に、カズヤの肩がガックリと落ちた。


「酷くないですか、それ」

「どこがだ?」


 真顔で聞き返すカズミに、カズヤは盛大な溜め息を付く。


「そうならないように、努力します……」

「と言う事だ。門倉、教練に戻れ。結城は、もう少し休んで行く事」

「分かりました、白川教官。結城くん、本当にごめんね」


 そう言いつつもアマネはカズヤに頭を下げていた。


「気にするな、おたがいさまだろ」


 笑ってアマネを送り出して二人になった途端に、カズミはカズヤの胸倉をつかみ上げて凄みのある笑みを浮かべていた。


「おまえ『アカツキの涙』はどうした?」


 使えばこんな風になる事はないと、わかっていた。


「持ってます」

「持ってて、このザマか?」

「身に付けてはいません」


 カズミの眉が跳ね上がる。


「何を考えている。『アカツキに涙』は、そのための物だろうが」

「俺は……」


 眼を伏せるカズヤに、カズミのつかみあげる手に力が入っていった。


「おまえは、私の友の思いも無にする気か」

「違う!」


 瞬間的に否定の声が出ている。


「何が違う?」

「術技を使えない俺が、騎士として生きていくには、俺自身が強くならないと意味が無い。だから『アカツキの涙』は、鍛錬では使わない」


 真っ直ぐカズミを見ていた。


「候補生は身体強化をしている。おまえは使わずに、渡り合うだけの強さを手にするつもりか!」

「そうでなければ、答えられない思いを託された!」


 言った瞬間、カズヤは顔を背けてしまう。

その顔は失敗した、と言っている様なものだった。


「誰に、どんな思いを託された?」

「…………」

「言えないか?」

「…………」

「まあ、いい」


 カズミの手が、カズヤの胸倉から離れる。


「だから、おまえはそんな顔ができるんだな」

「すみません。教官」

「貫き通して見せろ。おまえに託された想いが、どれほどのものかわからないが、答えるのなら命を懸けても貫き通して見せろ」

「教官?」

「おまえに一つ言葉を伝えよう」


 戸惑うカズヤを気にする風でもなく、カズミは言葉を紡いだ。


『深く強く思いを乗せ一点に踏み込めば、全てを切り裂く刃となる』


 さらに戸惑うカズヤに、カズミは笑って見せる。


「私の友の言葉だ。わからなくていい。これは、言葉で理解するものではない。肌で、心で理解するものだ。私には理解できなかったが、剣士であり普通とは違うおまえなら、理解する日もあるだろう」

「教官……俺は……」

「言わなくて良い。おまえがどんな思いだろうと、決めているのなら意地と努力で、貫き通せばいい」


 ニカッと笑っていた。


「出来なければ、学院を去れ。今すぐに、だ」


 カズヤは無言で頭を下げる。

 どんな苦労も厭わないのであれば、死ぬ気で努力しろ。泣き言を言うのであれば『騎士』にはなれないと、カズミは言っていた。その思いに答えるには言葉でなく、行動で返す事しかないと分かっていたのである。



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