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第22話 エピローグ

 ほとんどの候補生達は、何が起きていたのかはわかってはいなかった。それでも術士達は、とてつもない魔力が収束し、一気に散無した事だけは理解していたのである。

 事態の終息とともに間宮は教官達に拘束され、カズヤの回りには関わった者達と学院長が残った。


「さて、聞かせてもらおうか?」


 低い声はカズミである。これ以上はぐらかすなと、その顔は言っていた。


「どこから話せば?」

「全部だ。『硬二重障壁』を知っているのは、もう私しかいないはずなのに、おまえは知っていた」


 溜め息が出るカズヤである。


「俺がヘルガと出逢ったのは、サカツキの消滅前だった。俺がすごい剣士になったら……」

「私がペア組む術士になると約束していたの」


カズヤの後をヘルガが続けた。


「ヘルガの術技が、サカツキを消したのは事実だ。俺は詠唱を初めから全て聞いて、魔力が集まるのを見て、触れた……」


肩を竦める。


「弾き飛ばされて、気が付けば、ある術士が張った硬二重障壁の中にいた」

「私も一緒にその中にいた……自分の起こした事で、心が壊れそうだった……私の心が壊れなかったのは……」

「その時、俺とヘルガは『その術士』の知識を託されたんだ。たぶんそれはセージクラスの知識だろう。子供の俺には膨大過ぎて一ヶ月の間、意識が戻らなかったらしい。意識を取り戻しても、『知識』が邪魔をして言動があやふやになった」

「あの人の知識と微笑が、私の心を護ってくれた」


 タケシとサツキが、目を丸くして聞いていた。


「そして、とてつもない魔力に触れた影響で、俺には術技の基点となる魔力の集まりが、視えるようになった……」

「なるほど。だから術技を避ける事ができたのね」


 頷いたサヤカではあったが、首を傾げてしまう。


「待って、タイミングは、どうやって計ったの?」

「詠唱が聞こえる。どんなに離れていても、俺に必要な詠唱の声は聞こえてくる」


 ぽかんとカズヤを見たのは、サツキだけではなかった。集まった全員が、同じ顔で見てしまうのである。

 信じられない事だった。

 術士の詠唱は大声ではない。まして戦っている最中なら、周りの音や剣戟の音で声が届くはずもなかった。


「なぜ……?」


 誰もが思う事である。

 さあ、とカズヤは肩を竦めていた。


「聞こえるのは確かだしな」


そんな中で、ヘルガ一人だけが微笑んでいる。


「風に乗れるのなら、風が声を届けてくれるのかもね」

「まあ、いい……」


 あっさりとカズミは切り替える。


「おまえが魔力の影響を受けないのは?」

「それは、わからない。とてつもない魔力に触れた拒絶反応かもしれない」

「拒絶反応で……術技を使えなくなった……?」


 段々と頭が痛くなる気がするカズミだった。結局は、何もわからないと言って良かったのである。尋ねる事は、もう一つ残っていた。


「ディアは何者なんだ?」

「大地の精霊……かな」

「はぁ?」

「魔獣が闊歩し、魔力も溢れている世界だ。精霊がいても、おかしくはないと思うけどな。で、俺は三年前にディアが囚われていた場所に、足を踏み入れてしまった。いや、迷い込んだと言った方がいいな」


 笑って言うカズヤに、カズミは頭を抱え込みたくなって来る。


「で、おまえは魔獣と戦い、ディアを救った、か」


 魔獣ではなかったんだが……ややこしくなると思って、それは言わない事にするカズヤだった。


「結果的には、そうなる。その時に『あなたを祝福する』と言われ、それ以来、俺は回復するのが早くなった」


 くつくつと笑い出したのはハヤトで、噴き出しそうなのはサヤカである。


「さすがはアキエ姉さんが、救った事だけはあるわね」


 驚くと同時に、カズミは納得していた。だから『硬二重障壁』を知っていたのかと。


「結城カズヤ、ヘルガ・オルディス」


 学院長が二人の名を呼んだ。


「両名を現時点で退学とする」

「学院長!」


 カズミが詰め寄ろうとする。


「『騎士』としての資質に欠け、独断で行動し、周りの『騎士』を死に追いやる」


 学院長はカズミだけでなく、他の候補生の顔も見ていた。


「そんな……今回の事を終息させたのは、カズヤですよ!」

「結果的にはそうだが、一つ間違えていれば全員が死んでいた事も事実。結城の行動は、周りに不安をもたらし、周りを巻き込む。騎士が戦う時は一人ではない事。よって、結城は騎士の資質が無いと言わざるをえない」


 学院長の言葉は理詰めで、反論しようにも屁理屈になってしまう。


「これで、自由だな」


 そう言ったのはカズヤであった。


「カズヤ?」


 カズミが振り返ると、サバサバした顔を見せている。


「おまえ、納得するのか」

「元々俺は、戦う力を手にしたかっただけだ。今回の事で、俺に足りないものがわかった」

「足りないもの?」


ヘルガがカズヤを見た。


「ああ、自分に何が必要なのかもな」


カズヤの笑みは明るい。


「それに、お前がいる。俺とおまえなら、どこにでも行ける」

「カズヤ……」

「生も死も共に、だ」


六年前の約束は、誓いになった。


「カズヤが退学なら、俺も同じでしょう」


 ハヤトが学院長に近づいていた。


「他の者は、一切咎めない。一層の努力を期待する」

「なんだよ、それ」

「ふざけないでください!」

「君達は、巻き込まれてだけだ」

「納得できるか!」


 学院長に詰め寄るのは、ハヤトだけではなかった。サヤカやアキラ、メグミまでもが詰め寄っている。


「白川君。SOクラスをまとめて、撤収を始めなさい。結城カズヤ、ヘルガ・オルディス。両名は、まだ話す事がるので、こちらに」


 学院長に連れられて、カズヤとヘルガはカズミ達から離れて行く。


「カズミさん! これでいいんですか!」

「おかしいじゃないですか!」

「カズヤが退学なら、俺達も同罪のはずだ!」

「アキラ、カズヤ達を奪い返そう。退学なら何やっても同じ」


 メグミは、獰猛な笑みを浮かべていた。マヤとアヤまでもが、好戦的な瞳でカズミを見ている。


「全員、撤収にかかれ」

「カズミさん!」

「伝えたぞ」

「カズヤを見捨てるんですか!」

「黙れ!」


 拳を握りこんだカズミの声は、低く唸るようだった。

今の自分は六年前、何も知らずに友の死を聞いた時と一緒だと思った。戦う力は手に入れたが、それでは何も変わらないと思い知る。

 力が欲しかった。魔獣と戦う力ではなく、仲間を護るための力が。

カズミは心を決める。

 いつか必ず仲間を護るための力を手にすると、二度と今日のような事を繰り返さないためにも、必ずそうすると秘かに誓った。その候補となる者達は、眼の前にいる。


「カズヤは、助けを求めていない」

「だからって……」

「私が納得しているとでも、思っているのか」


 カズミの静かな気魄に、ハヤト達は押し黙った。そして、渋々ながら撤収にかかる。



 人がいない天幕に学院長は、カズヤとヘルガを招きいれると溜め息を付いていた。


「君達に渡す物がある。本来なら、学院の卒業と同時に渡されるものだが、君達はそれ以上の事を示した」


 荷物の中から、小箱を二つ取り出している。


「受け取りたまえ」


 差し出された小箱を受け取った二人は、顔を見合わせると首を傾げていた。


「本日付で、結城カズヤをナイトに、ヘルガ・オルディスをソーサリーに任命する。それは、その証」

「どういう意味です?」

「君達二人は、すでにその資格があると私が認める」

「資格?」

「結城カズヤ。術技が使えないにもかかわらず、ナイト以上の事を証明して見せた。ヘルガ・オルディス。セージクラスの実力を持ち、幼い心に巨大な力は、危険だと判断した騎士院が施した枷は、自力で外せるようなものではない。その枷を外せたのなら、力に見合うだけの心を手にしたと言う事になる」

「騎士院……そうか、騎士院か」

「私を監視していた訳ね」

「それだけではない。俺も、その対象だろう。六年前の生き残りで騎士学院にいるのは、俺だけだ。俺とおまえが、どうなって行くのか見ていたんだろな。俺はあの時、混乱していて何も話せなかった。おまえも、思い出せなかった」


 カズヤは手の中の小箱を転がし、ヘルガの口元には笑みが浮かんでいる。


「だから、おまえは俺のいる学院に来た。監視するには俺達二人が一緒にいた方がいい。そんなところだろう」

「学院長も、騎士院の息がかかっている訳ね」

「そうだろうな……」


 手の中の小箱をカズヤは、学院長に差し出す。


「騎士院は、勘違いをしている。騎士は、資格があるから騎士と呼ばれるんじゃない」


 カズヤは手を下に向けると、手を開いた。


「普通の人達が、その行動と勇気を賞賛するために騎士と呼ぶんだ」


 真っ直ぐにカズヤは、学院長を見ている。


「騎士院の飼い犬になるつもりはない。俺達の進む道を邪魔するのなら……」


 口元に笑みが浮かんだ。


「騎士院ごと潰す。全てを敵にまわしても」


 ヘルガも笑って、小箱を地面に落とした。


「そうね。私達には、必要の無い物ね」


 カズヤとヘルガは、学院長に背を向け天幕を出て行く。寸前でヘルガは振り返った。


「私達が進む道は、騎士院の思惑通りではないわ。邪魔をするのなら、覚悟しておくといい。セージクラスの術士と、セイバークラスの剣士が相手になるわ」





 学院長の天幕から出てきたカズヤとヘルガを待っていたのは、ハヤト達SOクラスとタケシとサツキである。ハヤトの手には、一振りの太刀が握られていた。


「カズヤ、受け取れ」


 ハヤトが太刀を投げ渡す。受け取ったカズヤはハヤトを尋ねるように見た。


「アキエ姉さんが、唯一人の剣士のために用意した太刀。銘を『アカツキ』と言う。おまえしか抜けない」

「俺にしか?」

「ああ。おまえのための太刀だ。抜いてみろ」


 促されてカズヤは『アカツキ』を手に掛けて引き抜く。鞘鳴りとともに、滑るように刀身が現れていた。



――まだ見ぬ私の剣士へ。あなたのために『アカツキ』を作りました。術技を使えなくとも、あなたは強い『騎士』です――



声が流れて来る。六年前、カズヤ達を救ってくれた優しくはにかむような、聞き覚えのある声だった。



――あなたはブレイカー。だから、全てを救える――



 流れて来る声は、その場の候補生全員に聞こえていたのである。

 思い出す。

 あの時、あの人は確かに言った。


『いつか、受け取ってくれると嬉しいわ』


「アキエさん。『アカツキ』確かに受け取ったよ」


 呟いたカズヤは、ハヤトを見ると頷いて『アカツキ』を納刀する。



『候補生の長い一日』と呼ばれる魔獣の進軍は、数多くの剣士と術士の命と引き換えに終息した。

 そして、世界で唯一人『ブレイカー』と呼ばれる剣士が誕生した日でもあった。





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