表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/23

第20話 候補生の長い一日4


 静まり返った本陣の中で『爆縮』を詠唱した術士、仮面を付け鍔の広い帽子を被った術士を誰もがぽかんと見ている。長いコート身に纏っていたが、その上からでも、体型がわかり女性だと見て取れた。

 本陣に戻ったカズヤは、仮面の術士を見て足を止める。少し遅れてカズミ達も戻ってきたが、仮面の術士を見て足を止めていた。

 隣に立つ間宮は、カズヤを認めて驚いた顔で言った。


「まだ、生きていたのか。結城カズヤ」


 まるで生きている事が、信じられないような物言いである。

 聞き捨てならなかったカズミが、剣呑ならない瞳で間宮に近づいていた。


「どう言う事だ」

「どうもこうもない。身体強化を使えない結城カズヤが、この戦闘で生き残る事が信じられなかっただけだ。死んでなかったとは、いったいどんな魔法を使った?」

「カズヤの実力だ。カズヤは……」

「やめろ!」


 静止の声が聞えて来る。

 振り返ったカズミは、カズヤが仮面の術士の肩を揺さぶっているのが見えた。


「魔獣はもういない! だから、もういい!」


 カズヤの言葉に、仮面の術士の詠唱が止まる。


「続けろ! 森林に隠れている魔獣も消し去れ!」


 間宮が叫ぶと、仮面の術士は再び詠唱を始めた。その機械的な詠唱と、肩をつかまれているのに反応しない姿に、サヤカは背筋が凍る思いがして、ハヤトの腕をつかんでいる。


「変よ、あれ。まるで人形のようだわ」


 仮面の術士の異様さは、ハヤトも感じていた。だから、何も言えずに見ているだけなのだ。アキラとメグミさえもが、ただ見ている事しかできない。


「ふざけるな!」


 叫んだカズヤが、間宮を振り返っていた。


「こいつに何をした!」

「何を言っているのか、わからないが?」


 首を振る間宮に、カズヤは詰め寄っている。


「結城カズヤ。良く生き残ったな。とっくに死んだと思っていたが……」


 薄く笑みを浮かべる間宮に、カズヤを初めカズミやハヤトも、おかしなものを感じてしまう。


「生き残るとは、不憫な奴だ」

「どう言う事だ?」

「まったく、なぜ生きている?」


 本気で不思議そうな間宮だった。


「なにを、言っている?」

「苦しんで、ボロボロになって、死ぬ事がおまえの運命なのに。まだ足りないとは驚いたな。まあいい、もっと苦しんで死ね」

「間宮!」


 瞬間、カズミが拳を振るっている。剣士であるはずの間宮が、避ける事も出来ずに殴り飛ばされていた。追撃に動くカズミは、ハヤトに羽交い絞めで止められ、前からサヤカに押し止められる。


「きさまぁ! どういう了見だ!」

「そいつは、苦しんで苦しみ抜いて死ぬのさ」


 地面に腰を落としたまま言う間宮に、カズミの全身に力が入った。


「ふっ、ふざけるな!」

「カズミさん。落ち着いて!」


 必死に止めようとするハヤトとサヤカは、全力を出さなければならないほど、全身に力が入っている。


「そいつも……」


 仮面の術士を間宮が見た。


「喉を潰そうが命を削ろうが、人形らしく使い捨てればいい……」


 ゆらりと立ち上がった間宮は、薄い笑みを顔に貼り付けたままである。


「俺の妻と子は、そいつに殺された」


仮面の術士を見て言うと、今度はカズヤを見ていた。


「俺の妻と子は死んだのに、おまえは生きている……不公平だ」

「何を……言っている?」


 戸惑いがカズミを止めた。ハヤトやサヤカでさえも同じ事を思ってしまう。


「思い出せ! 俺やおまえに、託されたものを! あの人が託したものを!」


 カズヤは、自分の力の無さを口惜しく思っていた。

 仮面の術士の詠唱が再び止まる。

口から出ているのは、嗚咽ともとれる呟きだった。


「逃げるな、ヘルガ!」

「あぁ……ああぁ……なあぁ……」

「ヘルガ、だって?」


 ハヤトとサヤカが、仮面の術士を見てしまう。なぜここに、それも仮面などを付けているのか不思議に思った。いや、なぜ、カズヤだけが気が付いたのかわからない。


「俺とおまえがやらない事は、こんな事ではない。おまえがやるべき事は何だ! おまえが賭けるべき事は何だ!」

「わ……わた……」

「答えろ! ヘルガ・オルディス!」


 ギリッとカズヤは奥歯を噛み締める。遅れた事が、ヘルガにこんな事をさせていると思っていた。


「俺達は!」


カズヤの声は、ヘルガの心に光を灯す。光の中に見えるのは、微笑む女性と、小さなカズヤだった。考える事が出来なかったヘルガが思考する。自分が何なのかを意識していた。


(違う……私がやらなくてならないのは……)


 託されたものは二つと思い出す。


一つはセージクラスの知識。

もう一つは……目の前にあった。


「カズヤ!」


仮面の術士が叫んでいた。同時に仮面が剥がれ落ち、涙に濡れるヘルガの顔が現れる。


「私……」

「言わなくていい。俺とおまえは死ぬ事も、逃げる事も許されない」


 瞬間、カズヤは振り返って長剣を受け止めていた。


「死ねよ」


薄笑いを浮かべた間宮が、ヘルガに向けて打ちかかっていたのである。長剣を引くよりも早く、ヘルガの長杖が間宮に突き入れられていた。

飛び下がって突きを避けると、すぐに間合を詰めてくる。その間にカズヤが、ヘルガの前に出ていた。


「間宮! 止めろ!」


 カズミの静止を無視した間宮は、巧みな剣技でカズヤを翻弄するはずが、ことごとくをカズヤは受け止め、あるいは受け流して一歩も退かない。そればかりか、間宮を押し返し始めていた。

 カズミ達が止めようにも、割って入り込む余地がなく、二人の剣戟を見ているだけしか出来ない。

 剣戟を繰り返しながら、徐々に離れて行くカズヤと間宮を見ながらヘルガは、詠唱を始めた。


「ヘルガ!」


 ギョッとしたカズミが、制止の声を上げる。

 接近していたカズヤが間宮から間合を取ると、時をおかずに『雷』が間宮の眼の前に降って来た。足を止めた間宮に、カズヤが長杖を回して薙ぎ払う。手応えを感じなかったカズヤは、踵を返していた。

間宮がヘルガへ向かっていると、わかったのである。時間にして二拍以上の差は、取り返せないはずだった。

 迫り来る間宮の長剣を前にしても、ヘルガは詠唱を止めなかった。

術技が発動するよりも、間宮の長剣がヘルガの身体を捕らえる事が、早いと誰が見てもわかっていた。

 ハヤトやカズミが反射的に動いているが、それすら一歩間に合わない。

 間宮の長剣がヘルガを捉えた瞬間、黒い影が入り込んで、長杖が下から跳ね上がってきた。

 同時に、ヘルガの術技『呪縛』が発動する。


「ガァ……」

「私達の勝ちだ」


 間宮が時を止めたように凍りついた。唯一動かせた目で、その影を愕然としたように見てしまう。


「なぜ、おまえが……」

「人が風に乗れば、このぐらいの芸当はできる」

「ばかな……」


 間宮の思いはカズミ達も同じだった。

間に合うはずも無い距離を、瞬間的に詰める事など、身体強化を使っても不可能な事であり、また出来る事でもない。


「バカな事ではない」


 ヘルガは微笑んでいた。

カズヤは必要なときには、間に合うはずのない距離を、間に合わせる神速の持ち主だと知っているから言える。


「カズヤは、あの人が『セイバー』と呼んだ人。だから、不思議な事ではないわ」

「間宮。あんたが六年前の被害者の一人なら、俺達の邪魔をするな」


 静にカズヤは言った。


「そいつは、何万もの命を奪った。償う事もせず……」


 固まったまま、間宮はニヤリと笑う。


「ヘルガ・オルディス。コマンド実行『バニッシュ』全てを消してしまえ」

「なに?」


 疑問に思うよりも早く、ヘルガの詠唱が始まった。


「ヘルガ!」


 振り返ったカズヤは、目を見開いたまま詠唱するヘルガを見てしまう。


「全てを消せばいい。おまえ自身も消し飛んでしまえ!」


 笑みを張りつけたまま間宮は、勝ち誇ったように叫んでいた。


「暗示か!」


 カズミが舌打ちする。


「止められないの?」

「無理だろう。自動的に詠唱するように暗示が掛かっていては……」

「『バニッシュ』なんて術技……あったかな?」


 首を傾げるサヤカに、カズミは首を振っていた。


「私も知らないな」

「くっ、くっ、くっ。サカツキを消した術技だ。術士を殺さない限り止らない」


 その言葉で動いたのは、そばにいた教官の一人だった。

 いきなり抜刀してヘルガに打ちかかっている。それを止めたのは、またしてもカズヤの長杖であった。


「結城!」

「だめだ。ヘルガを殺しても意味はない!」


 叫ぶカズヤの向こう側で他の教官が動きかけた時に、カズヤがヘルガを護るように周りに目を配った時に、カズミは腹を括る。長杖を回してヘルガの背を護るように動いていた。


「白川!」


 教官達が足を止める。


「白川君、何をするつもりだね」


 学院長が近づいて尋ねていた。


「動くなよ。私の速さは、知っているだろう」

「白川君。ヘルガ・オルディスには済まないが、このままでは全員が死ぬ。君も知っているはずだ。サカツキの事を」

「だから、ヘルガを見捨てるのか」


 教官の長剣をはじき返したカズヤが、学院長を見て尋ねる。


「我々だけではない。ここで術技が発動すれば、多くの者が死ぬ事になる。『騎士』ならば、容認できるものではない」

「させるか。全てを救う!」



カズヤが吼えた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ