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第19話 候補生の長い一日3


 再び気力を取り戻した一期生の奮起により、戦線は押し上げられ剣士や術士達に余裕が戻ってくる。

 戦線を維持し、負傷し疲弊した者が下がると、開いた穴を誰とも無く埋めていた。全員で当たるのではなく、後詰のグループが出来あがっている。その指示を出していたのは、SOクラスの者達であった。

 終わりの見えない戦闘も、やがては終りを迎え、一面を埋め尽くしていた魔獣が、途切れてきたのである。魔獣が掃蕩され尽くすと、ほとんどの者がその場に座り込み、大きく喘いでいた。


 戦闘が終れば負傷者の手当てや、戦死者の回収とやる事は増えるが、今はただ生き延びた事を、魔獣の大軍を防ぎきった事に、誰もが喜び笑顔になっている。

 ただ一人、カズヤを除いて。

 周りが肩を支え合いながら本陣に引き上げて行く中、カズヤはまだ抜き身の太刀を携えたままだった。戦闘中にも感じていた違和感が、まだ消えていない。


(おかしい……)


 何かが違うと、本能と呼ぶようなものが警告を発していた。それが、抜き身の太刀を携えたままの訳であった。

 カズヤは前方の森林に目を向けたまま、ゆっくりと後退して行く。


(終ったのか、本当に?)


 下がりながらもカズヤは、違和感が拭えなかった。何か見落としている事があるとしか思えない。気が付いているはずなのに、その正体が分からなかった。


(いった、何が……)


 最後に本陣へ戻ったのは、カズヤだった。


「カズヤ、大丈夫か?」


 先に戻っていたハヤトが、カズヤの姿を見つけて近づいて来る。まったく無傷とは言えず、あっちこっちに包帯を巻かれていた。


「ああ、大丈夫だ」

「手当てを受けて来い。しばらくは、ここを離れられないからな」

「手当て……?」


 何の事かわからずに、カズヤは首を傾げてしまう。途端にハヤトの目が丸くなり、次の瞬間には笑い出していた。


「おまえ。ずいぶんと酷い姿になっている事に、気が付いていないのか」

「酷い……?」


 自分の身体を見下ろして、カズヤは更に首を傾げる。


「座れ」


 バッグを担いだカズミが、近づいてカズヤに言った。が、カズヤは立ったまま、不思議そうにカズミを見ている。


「術技は当てに出来ないからな。消毒と止血して包帯で巻いとくぐらいか、ここでできるのは……まあ、見た所では大怪我は無いようだ」


 カズミはカズヤをざっと眺めて言った。その様子にカズヤは周りを見て、自分の顔色が変わるのを自覚する。

 実戦訓練。あの時に知ったのは、魔獣も思考すると言う事だった。それならば、今のこの状況は、格好の襲撃の機会になる。


「まさか……」


 全員が笑っていた。


「どうした?」


 尋ねてくるカズミに、カズヤは答えずに森林を振り返っていた。

 その時、風が教えてくれた。森林に蠢く影があると。

 自分の感が的中した事に、カズヤは臍を噛んだ。警告を与えるにも遅すぎる。


「終わりじゃない……」

「なに?」

(だめだ。今、敵が来ると押さえられない……)


 長い戦闘が終ったと安堵しているところに、攻めて来られると、すぐには戦えないとわかっていた。


「来るぞ!」


 出来たのは警告を与えて駆ける事である。


「来る? なにが?」


 カズヤの声が届いた者は、一様に首を傾げてしまった。魔獣を防ぎきったと思っている。だから、カズヤの警告の意味がわからなかった。

 駆けて行くカズヤを見送ったその先で、森林から黒い塊が六つほど飛び出して来る。それは速く、瞬く間に荒れ地の中ほどまで到達していた。

 それを目にしても、見ているだけで誰も動けない。

何だと言う思いと、まさかと言う思いが行動を阻害していた。

 咆哮が聞こえて来る。

 黒い塊が発したのだと気が付いたが、ぽかんと見ているだけで、動こうとはしなかった。


「魔獣……?」


 誰かがポツリと呟く。長時間の及ぶ戦闘で疲弊し、休息していた候補生達に、立ち上がるだけの気力がすぐには戻ってこなかった。

 それでも動けたのはカズミである。バッグを投げ捨てカズヤの後を追っていた。

カズヤを一人にできない事、誰かが少しでも時間を稼がなければならない事、それがカズミを駆けさせている。


(六体……止められるか?)


 無理なのはカズミもわかっていた。

 それでも何とかしなければ、候補生達が蹂躙される事は目に見えている。すぐに動ける者は少なく、かりに動けたとしても精彩に欠くとわかっていた。

 先に接敵したのは、先行するカズヤである。

 一体目の脇を通り抜けざま太刀を斬り付け、勢いを殺さずに身体を回して二体目にも斬り付けていた。


(二体……なら私は……)


 カズヤが斬り付けたのは右端の二体。その二体がカズヤに向かうのを見たカズミは、ほぼ無詠唱で術技を左端の二体に放っていた。

 正面の二体が前足を持ち上げ、蹴散らす勢いでカズミに迫ってくる。詠唱は間に合わないと瞬時に判断したカズミは、長杖を回して迎え撃つ事にした。

 一般的な馬よりも、二回り大きい大型の魔獣。黒い体躯の鬣は陽炎のように揺らぎ、背には二本の触手が蠢いている。


『悪夢―ナイトメア―』


 まさにそう呼ばれるに相応しい魔獣だった。


 迫ってくる二体が同時に前足を持ち上げて、カズミを踏み潰そうと振り下ろしてくる。二体の間に隙間を見出したカズミは、距離を詰めるように前進して、長杖をその間に付き立て飛んでいた。触手が叩きつけるように襲ってくるが、二体の間は触手を有効に使うには狭すぎた。

 飛び越えたカズミは、素早く立ち上がると長杖を突き立ててと詠唱を始める。強力な術技は、詠唱にも時間はかかるが、弱めの術技なら短くて済む。

今は倒す事よりも、引き付けておく事が重要だった。

 横目でカズヤを確認すると、ナイトメアの間を動き回って足止めをしている。同じ事を考えていると、わかったカズミの顔に笑みが浮かんできた。

 詠唱が終ると同時に、右側で爆炎が連続で広がり、同時に目の前のナイトメアの間にも爆炎が広がっていた。

 爆炎を切り裂いて影が飛び出してくる。影はナイトメアの触手を切り落とすと、カズミの隣に着地した。


「教官! カズヤを!」


 ハヤトである。

右側にはアキラとメグミがいた。


「まかせる!」


 叫び返したカズミは、左側で戦っているカズヤの援護に向かう。

 ナイトメアとの戦闘に参加したのは、SOクラスの八人だけだった。他の者達は、かろうじて立ち上がれたところである。


「無理をするな! SAだけでいい!」


 陣内で叫んでいたのはタケシだった。

 六体という少数に対して全員で向かって行っても、効果的な戦闘は出来ないと判断しての事である。いくら巨大な体躯であっても、一度に仕掛けられる数は少なかった。人数が多くなればなるほど、お互いが邪魔してしまう。

 彼らに余裕があったのも、カズヤと追うように付いていったカズミが、ほんの少しナイトメアの足止めする事が出来たからだった。

更に、SOクラスのハヤト達が加わる事で、ナイトメアの足を完全に止めている。


(なぜ、あそこまで戦える……)


 カズヤが誰よりも早くナイトメアに気が付き、誰よりも長く戦い続けている事に、タケシは、悔しさよりも不思議な思いを抱いていた。強さや思いだけで、できる事ではないと知っている。いったいなにがカズヤを、そこまでさせるのか分からなかった。

 タケシの回りに、SAのメンバーが集まって来る。タケシを含め六人だった。そして、一人だけ術士が近づいて来る。


「私も行きます。私……結城くんの力になりたい」


 この『結城くん』と言うのが、カズヤである事はすぐにわかった。なぜなら、術士はアマネだった。


「まったく、カズヤの奴。今まで手を抜いていたのか」


 ムスッとし顔の梶原ユウジは、身の丈よりも長い大剣を担いでいた。こんな時だが、タケシは笑ってしまう。


「実戦に強い人なんだ、カズヤは」


 ユウジの肩を、ぽんぽんと叩きながら相川ミサトが言うと、全員の顔に苦笑が浮かんできた。


「だからと言って、俺達が手をこまねいている訳にはいかない」

「そうね。見ているだけなら、誰にでもできるわ」


 剣士を失った術士の内藤ケイスケと、術士を失った剣士の大場マユミが、タケシを見ている。


「ケイスケ、マユミに合わせられるか?」

「出来なければSAを名乗れない、だろ」

「ケイスケ、当てにしてるわ」

「まかせろ。おまえの動きは知っている」


 お互いにペアを失ってショックを受けているにもかかわらず、それをおくびにも出さなかった。悲しむのは、落ち込むのは後、今はこの状況を終らせる事が先である。

二人とも、合わせられないなどと言っている場合ではないし、死んでいった者達に申し訳が立たないと思っていた。


「タケシ!」


 切迫したサツキの声に、タケシは答える事も無く駆け出していた。

 ナイトメアの蹴りを、太刀で防いだカズヤが吹っ飛ばされている。

立ち上がるカズヤの手には、折れて半分になった太刀が握られていた。更に言うと、動きも鈍くなってきている事に気が付いてしまう。体力の限界がきていると思った。気力だけで、なんとかなるような事ではないとわかっている。

 まにあわせる、その思いがタケシ達を駆けさせていた。

ナイトメアの一体が離れて、剣士達に向かって来るとタケシは声を張り上げている。


「ユウジ! マユミ!」

「おう!」

「了解!」


向かって来るナイトメアをユウジ達にまかせ、タケシとサツキは足を止めずに、カズヤの元に急いでいた。他のナイトメアにも三期生と二期生のSAが、タケシ達より少し遅れて向かっている。

 カズヤは折れた太刀を投げ捨てると、足元に転がる長杖を拾い上げてナイトメアに突き付けていた。

息が上がり長丈を持つ手が震えそうになっていたが、それでも視線はナイトメアから外さない。ここにきて、疲労が出始めているとわかっていたが、それでも退く訳には行かなかった。

退けば全てが終わってしまう。


『私達は一人ではないわ。あなたの後ろには私が、私の後ろには多くの人がいる』


 ヘルガの言葉がカズヤを支えていた。その本人は何処かに消えているのに、と苦笑が浮かんでくる。

 転がり、あるいは長杖で受け流して、ナイトメアの攻撃を避け続けるカズヤの動きに、軽快さがなくなっている。

 このままではカズヤは、受けきれなくなると感じたカズミは臍を咬んだ。自分よりも生かさなければならない者達がいる。


だから、覚悟を決めた。


 足を止めて詠唱に入る。

自殺行為に等しい事ではあったが、気にせず集中して複雑な術技を組み上げ始めた。気が付いたカズヤが、疲労により重くなった身体を動かして、ナイトメアの注意を自分に引き付けようとする。

大きく派手に、ナイトメアの視界に纏わり付いていた。咆哮をあげてナイトメアが、大きく前足を振り上げた時、カズミの術技が発動する。


『爆縮』と呼ばれる上級術技。


外方向に広がる『爆炎』とは真逆で、内方向に物体を削り取る。術技の中では、難易度の高いものだった。

 首の辺りで発動するはずの爆縮が、前足を振り上げたためにずれ、片方の足を削り取っただけに終る。衝撃でナイトメアが横倒しになって行くが、カズミは舌打ちしてしまった。


「なんて、間の悪い」


 この一撃で倒せたはずが、僅かなずれで倒せなかったのである。

 横倒しになってもがくナイトメアの頭蓋に、カズヤの振るう長杖が打ち落とされた。滑らかな長杖の動きは、使い慣れている者しか出来ないものである。


「あれは……」


 カズヤの長杖を振るう姿が、友の姿と重なっていた。友が最も得意としていた長杖の技『長杖の一撃』と同じ動きである。

 カズヤがナイトメアを倒した頃、他のナイトメアも駆けつけたSAのメンバー達の善戦により、終息し始めていた。人数が増えた事で、ナイトメアの注意が分散され、大きくはないがダメージを効率的に与えられるようになったのである。

 タケシとサツキは結局、カズヤの元にたどり着く前にナイトメアを倒されてしまい、ユウジ達の元に戻るはめになり、その一体を倒す事になった。

 長杖を支えにして立つカズヤは、カズミが近づいてくるのを見ていた。


「無茶をしたな」

「しなけ……れば、全滅……して……いた……」


 声を出すにしても、絞り出すように擦れている。


「その通りだな……」


 安堵したところで襲われれば、いくら経験を積んでいたとしても脆く崩れる。それを防ぐためにカズヤが無茶をしたのだと、カズミにもわかっていた。

 それでも、小言の一つでも言いたくはなる。

 カズヤとカズミの周りに、ナイトメア戦に参加した者達が集まってきた。


「なんとかなったな……」


 ハヤトは大きく息を吐いてしまう。他の面々も同じようだった。


「カズヤ、先走るんじゃない。おまえには仲間がいる」

「わかって……いる……だから……無茶が、できた……」


 支えにしていた長杖から、身体を起こしたカズヤはカズミを見ている。


「騎士が……仲間を信じられなかったら、死ぬだけだ」


 呼吸が整い始め、声も絞り出すようではなくなっていた。

 さて、引き上げるぞ、とカズミは声が出せなかった。

 カズヤの顔が、いや身体ごと森林の方に向いている。


「カズヤ?」


 少し腰を落とした戦闘体勢に入っていた。

 気が付いたタケシが森林を見たが、なんの変化も見られなかった。


「次が、来る」


 短く言うと、カズヤの右足が前に出ている。


「まだ、来るのか……」


 半信半疑なハヤトは、それでも長剣に手を掛けていた。カズヤが来るというのなら、間違いなく魔獣が来る事はナイトメアの事でわかっている。

集まった剣士達が少し広がって行き、術士達が長杖を握りなおした時、それは飛び出してくる。

 ざわりと、全身に悪寒が走った。

 初めて目にする魔獣である。

巨大な体躯と、それを支える太い足と長く太い尻尾、腕は無く翼膜に覆われた翼を少し広げてバランスを取っていた。


 その姿は、物語に出て来る『飛龍―ワイバーン―』と呼ばれるものに近い。


が、あまりにも巨大だった。本当に飛べるのかと思うほどである。しかも、ワイバーンは一体ではなかった。

 無理だ。

 それは全員の思う事であり、突進してくるワイバーンを止めようにも、蹴散らされるだけに思えてしまう。

それでもカズヤの退かない姿が、全員を戦闘に向かせていた。

限界を超えて立っているのもやっとのカズヤが、戦う意志を棄てていない。それなら、他の者は逃げる訳にはいかなかった。

無理や無茶は騎士にとっては、当たり前の事である。それは候補生であろうと、なかろうと関係はなかった。

 と、カズヤが構えを解いて振り返る。


「カズヤ?」


 怪訝そうにカズミは、カズヤを見てしまった。


「どう言う事だ……」


 迫り来るワイバーンに、背を向けるカズヤの顔が険しくなっている。


「おい、カズヤ!」


 ワイバーンを見ないカズヤに、ハヤトが警告を与えていた。それでもカズヤは本陣を見ている。

 ギリッと剣士達が奥歯を噛み締めていた。術士達が詠唱を始めた時、カズヤが本陣に向けて駆け出す。

同時にワイバーンの姿が『爆縮』に飲み込まれた。

 それはカズミが使ったものよりも遥に強力で、巨大なワイバーンが身体の一部を残して全てを削り取られている。

 呆気に取られたカズミ達術士の詠唱が止まった。

その目の前で、残ったワイバーンも次々に『爆縮』に飲み込まれて行く。連続で詠唱できるような簡単な術技ではないと、知っているカズミには信じられなかった。



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