第1話 最弱と呼ばれる剣士
魔力と呼ばれる不思議な力が復活して五十年。
当初は戸惑い、その力に翻弄され死傷者が続出した。
魔力の復活と同時に、神話や物語の中の生き物までが姿を現し始め、世界各国の軍隊はその対応に追われたのである。
重火器は魔獣や幻獣に有効ではあったが、人間側の被害も大多数に上った。火器の選択を間違えて効果が無い物で対抗した事と、制御できない魔力の暴走が被害を大きくした一因でもある。
また、軍隊の到着が間に合わずに、魔獣に蹂躙された地域も多数あった。
初めの五年は、人間側も魔獣側も混乱めいた混沌期であり、魔獣のために滅んだ国も多数あったのである。島国よりも陸路で繋がる大陸の方が被害の大きさは深刻であり、魔獣だけが生息する地域が拡大して行く事になった。
魔獣の侵攻に対抗するために、人間側は巨大な城壁を築き、生活圏の確保と魔獣の討伐を始めて、生き残りを図ったのである。
その結果、この五年間で三百億いた人間は、その三分の一まで減少した。
魔獣の被害より、弾薬や燃料の生産施設を失った軍隊に、懸念と不安を感じた一部の者が、剣技と術技で魔獣と対抗し始めたのが『騎士』の始まりである。
十年掛かりで『騎士』の剣技の体系と術技の体系を確立させ、魔獣の対抗手段として全世界へと広がって行った。
剣士と術士を養成する騎士学院がいたる所に設立され、多くの者が学び騎士として輩出される事となった。それでも、騎士の絶対数は魔獣に対するには足りなかったのである。
そして、今もなお、新たな術技と新たな魔獣は、確認されていたのである。
円形の闘技場で、二人の少年が対峙していた。
手に持つのは、鍛錬用に刃を潰した長剣である。潰してあるとはいえ、当たり所が悪ければ良くて大怪我、へたをしれば死ぬ事は間違いなかった。防具として、胸と肩を覆う強硬度樹脂性のプロテクターと、両腕と両足を覆う同性能のプロテクターを着けている。
そして、二人の少年の差は歴然としていた。
片方の少年は、肩を大きく上下させ荒い息を付いているのに対して、もう片方の少年はゆったりとした構えを取っていた。
「カズヤ、まだやるのか?」
ゆったりと立っている少年の声は、少し呆れていた。
「まだ……時間じゃ……ない……」
カズヤと呼ばれた少年は、呼吸を整えながら言う。
「無駄だろ」
「コウタ……負けを認めるか?」
「なに言ってんだ、おまえ」
誰が見てもコウタと呼ばれた少年が、優位であると言えるのに、カズヤと呼ばれた少年は、それを是としなかった。そればかりか、やめるのなら負けを認めろとまで、言い出しのである。
コウタ以外の誰でも、同じ言葉を返しているはずだ。
「俺は負けを認めていない」
言い放つとカズヤは、一足飛びで間合を詰めた。常人なら反応できないほどの瞬発的な動きに、コウタは楽々と反応して長剣を受け止める。
「だから……」
コウタの言葉を無視して、カズヤは更に一歩踏み込んで長剣を振るっていた。それさえも、コウタは受け止めて見せる。
「遅いんだよ!」
弾き返すコウタの長剣の重さに、カズヤの体勢が崩れる。振り上げられたコウタの長剣が、そのまま振り落とされた。
咄嗟にカズヤは、身体を横に投げ出して避けている。が、起き上がるよりも早くコウタの長剣が、カズヤの喉元に突きつけられていた。
「諦めろ。おまえでは俺に勝てない」
見下す瞳は、哀れみさえ含んでいる。
「はい……そうですか……言えるか!」
途切れ途切れでカズヤは、コウタを見上げて言う。呼吸を整えて立ち上がると、再び長剣を構えたカズヤの口元には、笑みが浮かんでいた。
「時間まで付き合ってもらう。そのための鍛錬だろ」
少し腰を落とし半身に構えたカズヤは、コウタを見たまま集中している。対してコウタは、盛大な溜め息をつくと、長剣をまわして無造作に一歩踏み込んだ。
速く鋭い剣にカズヤは反応するが、コウタの長剣の方が早かった。避けるよりも速く長剣が降って来る。
かろうじて受け流せた。受け止めれば衝撃で腕が痺れるか、折れているかのどちらかだったはず。
コウタは流された長剣をそのままに、身体ごと回転させて下から上に斬り上げる軌道に変えていた。
間に合わないと、瞬間的に判断したカズヤは後ろに飛ぶが、コウタの長剣がカズヤを身体ごと弾き飛ばしている。
「カッ……ハァ……」
背中から落ちたカズヤは、肺の中の空気を一気に吐き出して一拍の間、呼吸ができずに意識が飛びかけたが、考える間もなく身体を持ち上がらせようと身体を動かしていた。
それは春からの三ヶ月で、身体に沁み込んだ無意識下の行動である。
意識を失って倒れるまで続けようとするカズヤに、他の候補生達は呆れていた。
誰にも勝てないほど弱い者が、どんなに鍛錬しても強くなったとはいえない者がと、煩わしく思っていたのである。
剣は軽く、身体も重い。
普段と少しも運動能力が、変わらないカズヤにみな呆れていた。剣士としての才がないと、言ってしまえばそれまでである。
教官達は逆に、カズヤの姿を他の候補生達の発破掛けにしていた。
曰く――。
弱くても諦めずに立ち上がる姿こそ、剣士や術士には一番必要な事だ。死にたくなければ立ち上がって戦え。そうすれば、必ず活路は見出せる。立ち上がる事を諦めた時が、死ぬ時だ。そして、簡単に死を選ぶ者は『騎士』には向かない。
面白くないのは他の候補生達だった。
弱い奴を引き合いに出されても、説得力に欠けると口に出して言いたい候補生も多かったのである。一期生の中で、最弱と言われる者と比較されてもと思っていた。
「タケシ。おまえが止めたら、どうだ?」
闘技場の外で、鍛錬を見ていた少年が隣の少年を見て言う。返ってきたのは、ギロリと睨み返してくる瞳だった。
「俺がこの三ヶ月、どれほどそれを言ってきたと思う?」
声には心なしか、怒りが含まれている。
「弱くて不様、強くなる可能性もほとんど無い。誰が見ても、そんな奴はここにはいない方がいい。そう言うに決まっている」
タケシは再び、闘技場に瞳を向けた。
「それだけでも腹立たしいのに。よりによってそいつが、俺の双子の兄だぞ。いい加減で気付けと、何度言ったと思う」
「まあ、まあ」
タケシの肩を宥めるように、長杖を持つ少女―サツキが叩いている。
「カズヤも必死なんだから、そんな事は言わない」
「必死? それで、あのザマか?」
タケシの視線の先で、カズヤがふらふらと立ち上がっていた。
両腕をだらりとさせ、剣先が地面に付いたままである。お世辞にも、しっかりと立っているとは言えない状態にしか見えなかった。
「立ち上がるだけ、マシじゃない?」
笑って言い返すサツキに、タケシの片眉が跳ね上がる。
「どこがだ。鍛錬だからまだいいが、実戦ならとっくに死んでいる。立ち上がるだけマシなどない」
身内だからこそ、腹立たしいと言う事をタケシは理解していた。
これほど不様な姿をさらしては、庇うどころかいい加減で理解しろと、おまえには向かないのだと、殴り飛ばしでも言い聞かせたくなった事が、どれほどあった事か。
それこそ数え切れないほどだった。
『剣士―ファイター―』と『術士―メイジ―』
最少行動単位が二人である『騎士』は、前衛である剣士が敵を抑え、後衛である術士が強力な術技を放って敵を倒す。あるいは術士が敵を抑えて、剣士が敵に切り込んで行く事で敵を倒す。
その最少行動単位であるペアを決める二対二の鍛錬が、もうすぐ始まる事になっていた。
「あいつと、ペアを組む術士がいると思うか?」
「えっ……と……」
サツキは言葉を続けられない。
ペアを組む剣士は、腕の立つ強い方がいい事は、術士なら誰でも思う事だった。その逆もまた同じで、腕の立つ術士を剣士も望むのである。
同期生の中で最弱と言われるカズヤと、喜んでペアを組む術士はいない事は、容易に想像がついた。
つくどころか、決定していると言える。
その間に、闘技場では決着が付いていた。
地面に倒れたままのカズヤと、肩を竦めて闘技場から出てくるコウタである。
「タケシ、おまえの兄はしつこい。まったく、鍛錬にもならない」
「俺に言うな」
ムスッした声でタケシは答えた。
次回『アカツキの涙』
ではまたー