表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

第1話 最弱と呼ばれる剣士


 魔力と呼ばれる不思議な力が復活して五十年。

 当初は戸惑い、その力に翻弄され死傷者が続出した。


 魔力の復活と同時に、神話や物語の中の生き物までが姿を現し始め、世界各国の軍隊はその対応に追われたのである。

 重火器は魔獣や幻獣に有効ではあったが、人間側の被害も大多数に上った。火器の選択を間違えて効果が無い物で対抗した事と、制御できない魔力の暴走が被害を大きくした一因でもある。


 また、軍隊の到着が間に合わずに、魔獣に蹂躙された地域も多数あった。


 初めの五年は、人間側も魔獣側も混乱めいた混沌期であり、魔獣のために滅んだ国も多数あったのである。島国よりも陸路で繋がる大陸の方が被害の大きさは深刻であり、魔獣だけが生息する地域が拡大して行く事になった。


 魔獣の侵攻に対抗するために、人間側は巨大な城壁を築き、生活圏の確保と魔獣の討伐を始めて、生き残りを図ったのである。

その結果、この五年間で三百億いた人間は、その三分の一まで減少した。

 魔獣の被害より、弾薬や燃料の生産施設を失った軍隊に、懸念と不安を感じた一部の者が、剣技と術技で魔獣と対抗し始めたのが『騎士』の始まりである。


 十年掛かりで『騎士』の剣技の体系と術技の体系を確立させ、魔獣の対抗手段として全世界へと広がって行った。

 剣士と術士を養成する騎士学院がいたる所に設立され、多くの者が学び騎士として輩出される事となった。それでも、騎士の絶対数は魔獣に対するには足りなかったのである。



そして、今もなお、新たな術技と新たな魔獣は、確認されていたのである。










 円形の闘技場で、二人の少年が対峙していた。


 手に持つのは、鍛錬用に刃を潰した長剣である。潰してあるとはいえ、当たり所が悪ければ良くて大怪我、へたをしれば死ぬ事は間違いなかった。防具として、胸と肩を覆う強硬度樹脂性のプロテクターと、両腕と両足を覆う同性能のプロテクターを着けている。


 そして、二人の少年の差は歴然としていた。


 片方の少年は、肩を大きく上下させ荒い息を付いているのに対して、もう片方の少年はゆったりとした構えを取っていた。


「カズヤ、まだやるのか?」


 ゆったりと立っている少年の声は、少し呆れていた。


「まだ……時間じゃ……ない……」


 カズヤと呼ばれた少年は、呼吸を整えながら言う。


「無駄だろ」

「コウタ……負けを認めるか?」

「なに言ってんだ、おまえ」


 誰が見てもコウタと呼ばれた少年が、優位であると言えるのに、カズヤと呼ばれた少年は、それを是としなかった。そればかりか、やめるのなら負けを認めろとまで、言い出しのである。

 コウタ以外の誰でも、同じ言葉を返しているはずだ。


「俺は負けを認めていない」


 言い放つとカズヤは、一足飛びで間合を詰めた。常人なら反応できないほどの瞬発的な動きに、コウタは楽々と反応して長剣を受け止める。


「だから……」


 コウタの言葉を無視して、カズヤは更に一歩踏み込んで長剣を振るっていた。それさえも、コウタは受け止めて見せる。


「遅いんだよ!」


 弾き返すコウタの長剣の重さに、カズヤの体勢が崩れる。振り上げられたコウタの長剣が、そのまま振り落とされた。

 咄嗟にカズヤは、身体を横に投げ出して避けている。が、起き上がるよりも早くコウタの長剣が、カズヤの喉元に突きつけられていた。


「諦めろ。おまえでは俺に勝てない」


 見下す瞳は、哀れみさえ含んでいる。


「はい……そうですか……言えるか!」


 途切れ途切れでカズヤは、コウタを見上げて言う。呼吸を整えて立ち上がると、再び長剣を構えたカズヤの口元には、笑みが浮かんでいた。


「時間まで付き合ってもらう。そのための鍛錬だろ」


 少し腰を落とし半身に構えたカズヤは、コウタを見たまま集中している。対してコウタは、盛大な溜め息をつくと、長剣をまわして無造作に一歩踏み込んだ。

 速く鋭い剣にカズヤは反応するが、コウタの長剣の方が早かった。避けるよりも速く長剣が降って来る。

 かろうじて受け流せた。受け止めれば衝撃で腕が痺れるか、折れているかのどちらかだったはず。

 コウタは流された長剣をそのままに、身体ごと回転させて下から上に斬り上げる軌道に変えていた。

 間に合わないと、瞬間的に判断したカズヤは後ろに飛ぶが、コウタの長剣がカズヤを身体ごと弾き飛ばしている。


「カッ……ハァ……」


 背中から落ちたカズヤは、肺の中の空気を一気に吐き出して一拍の間、呼吸ができずに意識が飛びかけたが、考える間もなく身体を持ち上がらせようと身体を動かしていた。


 それは春からの三ヶ月で、身体に沁み込んだ無意識下の行動である。


 意識を失って倒れるまで続けようとするカズヤに、他の候補生達は呆れていた。

 誰にも勝てないほど弱い者が、どんなに鍛錬しても強くなったとはいえない者がと、煩わしく思っていたのである。


 剣は軽く、身体も重い。


 普段と少しも運動能力が、変わらないカズヤにみな呆れていた。剣士としての才がないと、言ってしまえばそれまでである。


 教官達は逆に、カズヤの姿を他の候補生達の発破掛けにしていた。


 曰く――。


 弱くても諦めずに立ち上がる姿こそ、剣士や術士には一番必要な事だ。死にたくなければ立ち上がって戦え。そうすれば、必ず活路は見出せる。立ち上がる事を諦めた時が、死ぬ時だ。そして、簡単に死を選ぶ者は『騎士』には向かない。


 面白くないのは他の候補生達だった。


 弱い奴を引き合いに出されても、説得力に欠けると口に出して言いたい候補生も多かったのである。一期生の中で、最弱と言われる者と比較されてもと思っていた。


「タケシ。おまえが止めたら、どうだ?」


 闘技場の外で、鍛錬を見ていた少年が隣の少年を見て言う。返ってきたのは、ギロリと睨み返してくる瞳だった。


「俺がこの三ヶ月、どれほどそれを言ってきたと思う?」


 声には心なしか、怒りが含まれている。


「弱くて不様、強くなる可能性もほとんど無い。誰が見ても、そんな奴はここにはいない方がいい。そう言うに決まっている」


 タケシは再び、闘技場に瞳を向けた。


「それだけでも腹立たしいのに。よりによってそいつが、俺の双子の兄だぞ。いい加減で気付けと、何度言ったと思う」

「まあ、まあ」


 タケシの肩を宥めるように、長杖を持つ少女―サツキが叩いている。


「カズヤも必死なんだから、そんな事は言わない」

「必死? それで、あのザマか?」


 タケシの視線の先で、カズヤがふらふらと立ち上がっていた。

 両腕をだらりとさせ、剣先が地面に付いたままである。お世辞にも、しっかりと立っているとは言えない状態にしか見えなかった。


「立ち上がるだけ、マシじゃない?」


 笑って言い返すサツキに、タケシの片眉が跳ね上がる。


「どこがだ。鍛錬だからまだいいが、実戦ならとっくに死んでいる。立ち上がるだけマシなどない」


 身内だからこそ、腹立たしいと言う事をタケシは理解していた。

 これほど不様な姿をさらしては、庇うどころかいい加減で理解しろと、おまえには向かないのだと、殴り飛ばしでも言い聞かせたくなった事が、どれほどあった事か。


 それこそ数え切れないほどだった。



『剣士―ファイター―』と『術士―メイジ―』


 最少行動単位が二人である『騎士』は、前衛である剣士が敵を抑え、後衛である術士が強力な術技を放って敵を倒す。あるいは術士が敵を抑えて、剣士が敵に切り込んで行く事で敵を倒す。

 その最少行動単位であるペアを決める二対二の鍛錬が、もうすぐ始まる事になっていた。


「あいつと、ペアを組む術士がいると思うか?」

「えっ……と……」


 サツキは言葉を続けられない。

 ペアを組む剣士は、腕の立つ強い方がいい事は、術士なら誰でも思う事だった。その逆もまた同じで、腕の立つ術士を剣士も望むのである。

 同期生の中で最弱と言われるカズヤと、喜んでペアを組む術士はいない事は、容易に想像がついた。


 つくどころか、決定していると言える。


 その間に、闘技場では決着が付いていた。

 地面に倒れたままのカズヤと、肩を竦めて闘技場から出てくるコウタである。


「タケシ、おまえの兄はしつこい。まったく、鍛錬にもならない」

「俺に言うな」


 ムスッした声でタケシは答えた。




次回『アカツキの涙』

ではまたー


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ