第18話 候補生の長い一日2
乱戦になっても、しばらくはタケシもサツキも余裕があり、戦線の維持を頭に入れて戦っていた。ゴブリンからコボルト、オークと魔獣が変わるたびに、段々と余裕が無くなってくる。
「変よ」
「ああ」
短い言葉でタケシとサツキは、お互い異常さに気がついている事を確認しあっていた。
長い言葉は要らない。
お互いの考えている事ぐらいは、理解するだけの絆は二人の間にはあった。
敵が自分達に集中し始めている事が、同じように敵が集中している所が、自分達以外にもある事に違和感があった。
「まさか、指揮官を狙っているのか……」
自分達は指揮官ではないが、一期生の中では中心的な役割を担っている。魔獣がそれを理解し、自分達に集中しているのではないかと感じていた。
「まずいな……」
我知らずにタケシは呟いている。
それでも、ほんの少しの余裕があったのは、タケシ達SAクラスと呼ばれる者達だけだった。だが、他の者達よりも多くの敵が向かって来ると、その余裕もなくなってくる。そして、戦場全体が魔獣に、押され始めていると感じていた
乱戦では味方の援護を当てに出来ない。それぞれ自分達の事で、手一杯になっている事ぐらいわかっていた。集団戦の経験がない一期生に、乱戦で周りを見ろと言う方が無理である。それは、余裕あったはずのタケシも例外ではなかった。
サツキの詠唱が途絶えた時、タケシは思わず振り返ってしまう。
乱戦の中で、この行動は致命的だった。
あっ、と思う前に脇腹から、焼けた鉄を押し込まれたような激痛が起こる。叫び声が出る前に、タケシは身体を振り返らせて、長剣を振り下ろしていた。
「ぐっ……」
顔をしかめたまま長剣を薙ぎ払い、剣速にオークの足が止めた瞬間に、サツキに近づいていた。
「サツキ」
「ごめん……今、治癒を……」
地面に膝を着いたサツキの右肩が、血染まっている。
「一度、さ……」
言ったタケシの右胸から、槍の穂先が飛び出した。
「がぁ…………」
崩れ落ちるタケシの身体をサツキは、片手を上げて膝立ちになって受け止める。
「タケシ!」
叫ぶサツキにタケシは、自分が動け無い事を悟って言った。
「に……げろ……」
「いや!」
動かないタケシを抱えたままサツキは地面に座り込み、斧を振り上げて迫ってくるオークの姿を見ている。
(……もう、無理……ね……)
自分達はここで死ぬと、わかってしまった。タケシと一緒なら、それもいいかとも思う。
この時、サツキの顔に浮かんだのは、悔しさでも、悲しみでも、諦めでもなかった。だだ、静かな笑みを浮かべたのである。
落ちてくる戦斧が跳ね上げられ、眼の前に黒い影が入り込んで来た。
影は止まらずに周りのオークを打ち倒し、流れるように動いていた。細身の刀身が一合さえさせずに、オーク達の間を行き交い、サツキとタケシに近づけさせない。
ぽかんと見ていたサツキに、激しい声が聞こえてきた。
「サツキ! 一旦下がれ!」
「だめ! タケシを置いていけない! まだ生きてる!」
助かったと思う前に叫んでいた。
「治癒術技! 終るまでもたせる。急げ!」
影はオークを打倒しながら、振り返る事もなく叫び返してくる。
答えるよりも早く、サツキは詠唱に入っていた。
(タケシ……タケシ……絶対に死なせない!)
サツキの詠唱が変化する。
治癒術技『癒し』であるにもかかわらず、術式が二重三重に絡み合っていた。
それは上級術技『快癒』である。
一期生の術士が習得できるはずもないものであり、ソーサリークラスでも五割ていどしか習得している者がいない術技だった。戦場で、タケシを死なせないと言うサツキの思いが、上級術技を習得させたのである。
術技が発動すると、タケシは眼を開けて瞬きをした。状況がつかめないような戸惑った顔だったが、次の瞬間には跳ね起きて長剣を構えている。
「下がれ!」
背を向けた剣士がタケシの気配を感じたのか、オークと切り結びながら叫んだ。
「できるか!」
「邪魔だ! 下がって立て直して来い!」
「戦線が崩れたら意味が無い!」
「おまえ達が戻るまで持たせる!」
剣士の前のオークが、いきなりまとめて吹き飛ぶ。続いて左右のオーク達の間に、爆炎が広がり吹き飛んでいた。
「先走るな、バカもの!」
振り返ったタケシとサツキは、そこにカズミがいる事に驚く。
「教官!」
「下がって回復しろ」
下がる事はできないと首を振る二人に取り合わず、カズミは背を向ける剣士に言った。
「できるな、カズヤ」
「やってみせる。そのための騎士だ」
「カズヤ……だったの……」
サツキが信じられないように剣士を見てしまう。
言われてみれば、剣士が手に持つのは太刀であり、足を止めない剣技はサツキも目にしていたはずだった。気が付かなかったとは、余裕が無かった証拠である。
その間にもカズミの術技は連続で発動し、オーク達を寄せ付けなかった。しかも、広域術技と治癒術技を同時に組み上げている。
「カズミさんも、同時術技ができたんだ」
「舐めるな。これでも教官だ」
振り返るカズヤは、笑みを浮かべていた。
「カズヤ……」
「ん?」
「何か……雰囲気が……」
「そうか……」
カズヤの笑みが深いものに変わる。
右腕と右眼はディアからの贈り物だった。その時に言われたのは『願えば力になる』である。カズヤに回復力があるのは、このためだった。そして、フィーの力が包み込むように纏わりついている事を感じている。
「なら、俺はおまえ達を護れる」
言うと同時に、カズヤは太刀を薙ぎ払っていた。踏み込んだ足を止めずに、オーク達の中に斬り込んで行く。
「タケシ、サツキ。下がって立て直して来るんだ。ここにいるには、おまえ達だけではない。周りを見ろ。一期生をまとめろ。そのためのSAだ」
乱戦になって寸断されていた戦線が、繋がりはじめていた。突出した三期生が戦線を下げ、一期生と二期生の援護に回っている。
負傷者を下がらせて、開いた穴を三期生が埋めていた。中でもSOクラスの働きが目覚ましく、他の追従を許さないほどオーク達を切り伏せ、一期生の後退の穴埋めをしている。まさに、例外と呼ばれるにふさわしい働きだった。
が、この時点で一期生の半数以上が負傷し、少なからずの死者も出していたのである。
アマネと組んでいた剣士も、オークの槍に致命傷を与えられ、治癒が間に合わずに命を落としていた。
負傷して後方に下がったアマネ自身も、他の術士から治癒を受けていたのである。
術士を失った剣士、剣士を失った術士が後方で地面に座り込み、戦闘が続いている場所を眺めていた。ほとんどの者が衝撃を受け、動く力を無くしている。
「回復したものは立て!」
後方に下がったタケシは唸るように叫んでいた。
それでも立ち上がって来る者はいない。立ち上がれと言う方が、無理なのかも知れなかった。仲間の死が恐怖となり、終らない戦いが気力を奪っていた。そんな中で、うな垂れていた者の中から一人だけ立ち上がる。剣士を失ったアマネだった。
「相沢くんが死んだ。私……何も出来なかった……」
「それがどうした! まだ、終りじゃない!」
タケシは戦線を指差した。
「死んだのは相沢だけじゃない。あそこで今も戦っている仲間を! 何も出来ないからと、見殺しにするのか!」
「………」
「敵の真ん中で戦っている奴が見えるか!」
戦線の一点に穴が開くように道ができ、すぐに塞がっていた。道は出来るたびに消えて行く。その周りに爆炎が広がり、道が塞がれるのを少しでも遅くしようとしていた。
「ど真ん中で戦っているのは、カズヤだ!」
「結城……くん?」
「コウタ! おまえが、いや俺達全員が見下していたカズヤが! 誰よりも弱いはずのカズヤが、敵の真ん中で戦い続けている!」
ギリッとタケシは、奥歯を噛み締める。
「あいつは……」
力の強い弱いだけで、強さが決まるわけではない事を、見せ付けられているようだった。力はある方が有利なのは変わらないが、それを発揮できなければ何の意味はない。
その最もたる例が目の前にあった。
「あいつが戦い続けているのに!」
アマネの顔付きが変わって行く。
術技に自信の無かった自分に、カズヤは術技を上手く使う方法を教えてくれた。今度は自分がカズヤの力にならないといけない。一人では何の力にもなれないが、それでもまだ自分に出来る事があるのなら、やらなくてはならない。
教えてくれたのは、カズヤとヘルガの二人だった。
一度、深く呼吸したアマネは、歌い始める。
仲間の力になれるように、一人敵の中で戦うカズヤの力になるために、アマネの思いが歌声に篭っていた。
澄み切った歌声は戦場を渡り、戦っていた剣士や術士達の耳に歌声は届き、萎えかけていた気力が戻って来る。
踏ん張れないと思った剣士の両足を支え、肩で息をする術士に呼吸を整えさせる余裕を与えていた。
座り込んでいた一期生に、立ち上がるだけの気力が戻ってくる。
後に『呼び覚ます誇り』と呼ばれる事になった歌声による術技は、この時初めて発動したのである。
そして、門倉アマネは『詩人―バード―』クラスの先駆者として、名を残す事になった。