表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

第18話 候補生の長い一日2


 乱戦になっても、しばらくはタケシもサツキも余裕があり、戦線の維持を頭に入れて戦っていた。ゴブリンからコボルト、オークと魔獣が変わるたびに、段々と余裕が無くなってくる。


「変よ」

「ああ」


 短い言葉でタケシとサツキは、お互い異常さに気がついている事を確認しあっていた。

長い言葉は要らない。

お互いの考えている事ぐらいは、理解するだけの絆は二人の間にはあった。

 敵が自分達に集中し始めている事が、同じように敵が集中している所が、自分達以外にもある事に違和感があった。


「まさか、指揮官を狙っているのか……」


 自分達は指揮官ではないが、一期生の中では中心的な役割を担っている。魔獣がそれを理解し、自分達に集中しているのではないかと感じていた。


「まずいな……」


 我知らずにタケシは呟いている。

それでも、ほんの少しの余裕があったのは、タケシ達SAクラスと呼ばれる者達だけだった。だが、他の者達よりも多くの敵が向かって来ると、その余裕もなくなってくる。そして、戦場全体が魔獣に、押され始めていると感じていた

 乱戦では味方の援護を当てに出来ない。それぞれ自分達の事で、手一杯になっている事ぐらいわかっていた。集団戦の経験がない一期生に、乱戦で周りを見ろと言う方が無理である。それは、余裕あったはずのタケシも例外ではなかった。

 サツキの詠唱が途絶えた時、タケシは思わず振り返ってしまう。

乱戦の中で、この行動は致命的だった。

 あっ、と思う前に脇腹から、焼けた鉄を押し込まれたような激痛が起こる。叫び声が出る前に、タケシは身体を振り返らせて、長剣を振り下ろしていた。


「ぐっ……」


 顔をしかめたまま長剣を薙ぎ払い、剣速にオークの足が止めた瞬間に、サツキに近づいていた。


「サツキ」

「ごめん……今、治癒を……」


 地面に膝を着いたサツキの右肩が、血染まっている。


「一度、さ……」


 言ったタケシの右胸から、槍の穂先が飛び出した。


「がぁ…………」


崩れ落ちるタケシの身体をサツキは、片手を上げて膝立ちになって受け止める。


「タケシ!」


 叫ぶサツキにタケシは、自分が動け無い事を悟って言った。


「に……げろ……」

「いや!」


 動かないタケシを抱えたままサツキは地面に座り込み、斧を振り上げて迫ってくるオークの姿を見ている。


(……もう、無理……ね……)


 自分達はここで死ぬと、わかってしまった。タケシと一緒なら、それもいいかとも思う。

 この時、サツキの顔に浮かんだのは、悔しさでも、悲しみでも、諦めでもなかった。だだ、静かな笑みを浮かべたのである。

 落ちてくる戦斧が跳ね上げられ、眼の前に黒い影が入り込んで来た。

 影は止まらずに周りのオークを打ち倒し、流れるように動いていた。細身の刀身が一合さえさせずに、オーク達の間を行き交い、サツキとタケシに近づけさせない。

 ぽかんと見ていたサツキに、激しい声が聞こえてきた。


「サツキ! 一旦下がれ!」

「だめ! タケシを置いていけない! まだ生きてる!」


 助かったと思う前に叫んでいた。


「治癒術技! 終るまでもたせる。急げ!」


 影はオークを打倒しながら、振り返る事もなく叫び返してくる。

 答えるよりも早く、サツキは詠唱に入っていた。


(タケシ……タケシ……絶対に死なせない!)


 サツキの詠唱が変化する。

治癒術技『癒し』であるにもかかわらず、術式が二重三重に絡み合っていた。

 それは上級術技『快癒』である。

 一期生の術士が習得できるはずもないものであり、ソーサリークラスでも五割ていどしか習得している者がいない術技だった。戦場で、タケシを死なせないと言うサツキの思いが、上級術技を習得させたのである。

 術技が発動すると、タケシは眼を開けて瞬きをした。状況がつかめないような戸惑った顔だったが、次の瞬間には跳ね起きて長剣を構えている。


「下がれ!」


 背を向けた剣士がタケシの気配を感じたのか、オークと切り結びながら叫んだ。


「できるか!」

「邪魔だ! 下がって立て直して来い!」

「戦線が崩れたら意味が無い!」

「おまえ達が戻るまで持たせる!」


 剣士の前のオークが、いきなりまとめて吹き飛ぶ。続いて左右のオーク達の間に、爆炎が広がり吹き飛んでいた。


「先走るな、バカもの!」


 振り返ったタケシとサツキは、そこにカズミがいる事に驚く。


「教官!」

「下がって回復しろ」


 下がる事はできないと首を振る二人に取り合わず、カズミは背を向ける剣士に言った。


「できるな、カズヤ」

「やってみせる。そのための騎士だ」

「カズヤ……だったの……」


 サツキが信じられないように剣士を見てしまう。

 言われてみれば、剣士が手に持つのは太刀であり、足を止めない剣技はサツキも目にしていたはずだった。気が付かなかったとは、余裕が無かった証拠である。

 その間にもカズミの術技は連続で発動し、オーク達を寄せ付けなかった。しかも、広域術技と治癒術技を同時に組み上げている。


「カズミさんも、同時術技ができたんだ」

「舐めるな。これでも教官だ」


 振り返るカズヤは、笑みを浮かべていた。


「カズヤ……」

「ん?」

「何か……雰囲気が……」

「そうか……」


 カズヤの笑みが深いものに変わる。

 右腕と右眼はディアからの贈り物だった。その時に言われたのは『願えば力になる』である。カズヤに回復力があるのは、このためだった。そして、フィーの力が包み込むように纏わりついている事を感じている。


「なら、俺はおまえ達を護れる」


 言うと同時に、カズヤは太刀を薙ぎ払っていた。踏み込んだ足を止めずに、オーク達の中に斬り込んで行く。


「タケシ、サツキ。下がって立て直して来るんだ。ここにいるには、おまえ達だけではない。周りを見ろ。一期生をまとめろ。そのためのSAだ」


 乱戦になって寸断されていた戦線が、繋がりはじめていた。突出した三期生が戦線を下げ、一期生と二期生の援護に回っている。

 負傷者を下がらせて、開いた穴を三期生が埋めていた。中でもSOクラスの働きが目覚ましく、他の追従を許さないほどオーク達を切り伏せ、一期生の後退の穴埋めをしている。まさに、例外と呼ばれるにふさわしい働きだった。

 が、この時点で一期生の半数以上が負傷し、少なからずの死者も出していたのである。

 アマネと組んでいた剣士も、オークの槍に致命傷を与えられ、治癒が間に合わずに命を落としていた。

 負傷して後方に下がったアマネ自身も、他の術士から治癒を受けていたのである。

 術士を失った剣士、剣士を失った術士が後方で地面に座り込み、戦闘が続いている場所を眺めていた。ほとんどの者が衝撃を受け、動く力を無くしている。


「回復したものは立て!」 


 後方に下がったタケシは唸るように叫んでいた。

 それでも立ち上がって来る者はいない。立ち上がれと言う方が、無理なのかも知れなかった。仲間の死が恐怖となり、終らない戦いが気力を奪っていた。そんな中で、うな垂れていた者の中から一人だけ立ち上がる。剣士を失ったアマネだった。


「相沢くんが死んだ。私……何も出来なかった……」

「それがどうした! まだ、終りじゃない!」


 タケシは戦線を指差した。


「死んだのは相沢だけじゃない。あそこで今も戦っている仲間を! 何も出来ないからと、見殺しにするのか!」

「………」

「敵の真ん中で戦っている奴が見えるか!」


 戦線の一点に穴が開くように道ができ、すぐに塞がっていた。道は出来るたびに消えて行く。その周りに爆炎が広がり、道が塞がれるのを少しでも遅くしようとしていた。


「ど真ん中で戦っているのは、カズヤだ!」

「結城……くん?」

「コウタ! おまえが、いや俺達全員が見下していたカズヤが! 誰よりも弱いはずのカズヤが、敵の真ん中で戦い続けている!」


 ギリッとタケシは、奥歯を噛み締める。


「あいつは……」


 力の強い弱いだけで、強さが決まるわけではない事を、見せ付けられているようだった。力はある方が有利なのは変わらないが、それを発揮できなければ何の意味はない。

 その最もたる例が目の前にあった。


「あいつが戦い続けているのに!」


 アマネの顔付きが変わって行く。

 術技に自信の無かった自分に、カズヤは術技を上手く使う方法を教えてくれた。今度は自分がカズヤの力にならないといけない。一人では何の力にもなれないが、それでもまだ自分に出来る事があるのなら、やらなくてはならない。

 教えてくれたのは、カズヤとヘルガの二人だった。

 一度、深く呼吸したアマネは、歌い始める。

 仲間の力になれるように、一人敵の中で戦うカズヤの力になるために、アマネの思いが歌声に篭っていた。

 澄み切った歌声は戦場を渡り、戦っていた剣士や術士達の耳に歌声は届き、萎えかけていた気力が戻って来る。

 踏ん張れないと思った剣士の両足を支え、肩で息をする術士に呼吸を整えさせる余裕を与えていた。

 座り込んでいた一期生に、立ち上がるだけの気力が戻ってくる。




 後に『呼び覚ます誇り』と呼ばれる事になった歌声による術技は、この時初めて発動したのである。

 そして、門倉アマネは『詩人―バード―』クラスの先駆者として、名を残す事になった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ