第14話 実戦訓練2
森を抜けたところで、ヘルガは足を止めて詠唱に入った。カズヤは抜刀せずに、ネイザーに向けて駆けて行く。
カズヤに気が付いたネイザーが仲間に警告を与える寸前、ヘルガの広域術技がネイザー達の中で発動した。連鎖的に広がる爆炎が、ネイザー達を吹き飛ばして行く。
カズヤに気が付いたネイザーが上げた警告は、爆炎の中に消えていた。
躊躇う事も無くカズヤは、ネイザー達の中に踏み込んで抜刀する。
その一撃は、目の前のネイザーを斬り捨て、さらに踏み込んだ足を軸にカズヤの身体が回転して、薙ぎ払いに変わっていた。
ネイザーの武器である長い腕から繰り出される鋭い爪は、当てれば怖いが動きが大きく隙がある。そこにカズヤは踏み込んで行くのだった。
広域術技を放った後、ヘルガは距離を詰めてカズヤの元に向かう。多数相手に術士が孤立する事は危険だった。
そして、どんなに強い剣士でも、一度に相手できる数は知れている。剣士を抜けて魔獣が術士に向かえば、剣士に劣る術士では対抗する事ができずに、命を落とす事になりかねなかった。それを回避するためにも、剣士の傍にいた方が良いのである。
駆けてカズヤの背に付いたヘルガは、詠唱と同時に長杖を振り回し始めた。攻撃的ではなく、防御的な長杖の動きである。
ヘルガを背中に感じたカズヤの動きが変化した。背を護るヘルガと離れないように、踏み込みを変えて移動を最少にしている。
爆炎の音はベースキャンプにも聞こえていた。待機を命じられていた一期生達は、半ば気を抜いていたが、その音に辺りを見渡す。
キャンプから五百メートル離れた場所で、黒い塊が蠢いていた。
「魔獣だ! 総員、戦闘準備! 出れる者は付いて来い!」
教官の声よりも早く飛び出して行くのは、タケシ達SOクラスの者達である。
「サツキ!」
「そのまま行って!」
半分まで近づいた所で、サツキ達術士は足を止めて詠唱を始めた。タケシ達剣士は、足を止めずに魔獣へと向かって行く。近づくとその魔獣が、ネイザーであるとわかった。
寸前で、ネイザー達の中で太刀と長杖を振るう剣士と術士を見つける。
「サツキ! 中止だ!」
叫んだタケシだったが、時すでに遅くサツキ達の詠唱は終っていた。
爆炎がネイザー達の中で広がって行く。
タケシが臍を噛んだ。
巻き込んでしまったと思ったのである。止まっている訳にも行かず、タケシは長剣を抜刀してネイザー達の中に踊り込んだ。
二度の爆炎は、ネイザー達に多数の被害をもたらし、半数以上を討ち減らしていた。そして、タケシ達が戦闘に入る前に、カズヤとヘルガによってさらに数を減らされていたのである。ほどなくサツキ達が追い付き、ネイザー達は掃討された。
タケシ達の反対側にカズヤとヘルガが立っている。カズヤはすでに納刀し、ヘルガは長杖を片手に怒りに振るえそうな顔でタケシ達を見ていた。
「あなた達はバカ?」
尋ねるヘルガの声は冷たい。横でカズヤは肩を竦めていた。
答えようにもタケシ達は、なぜカズヤ達が反対側にいるのかわからずに、何も言えなかった。
「いくら初陣でも、周りが見えないにも程があるわ」
タケシ達だけでなく、サツキ達も何も言えない。
「ヘルガ、そのくらいでいいんじゃないか」
カズヤが止めると、ヘルガは腰に手を当てて振り返った。
「カズヤ。もう少しで私達は、爆炎に巻き込まれていたのよ」
「巻き込まれなかっただろ」
「あなたがいたからよ」
そんな二人に、タケシ達は近づきながら尋ねる。
「なぜ、カズヤがそこにいる? こっちは、キャンプと反対側だ。それに、俺はおまえ達がネイザーに向かうのを見てないぞ」
「だから……」
頭を押さえそうなヘルガだった。
「あなた達バカなの? 初めの爆炎は誰が詠唱したと思っているのよ」
このままではヘルガは怒ったままで、話が進まないと思ったカズヤが言う。
「あー、ヘルガ」
「なに?」
振り返ったヘルガに、カズヤは唇を重ねた。瞬間的にヘルガが固まる。そればかりか、タケシ達までもが固まった。
「なっ、なっ、カズヤ!」
「落ち着いたか?」
「お……落ち着いたか、ですって……」
ふるふるとヘルガの肩が震えだす。
「ショックを与えれば、落ち着くだろ?」
カズヤの言葉に、サツキが片手で顔を押さえた。逆効果だと、言いたいに違いない。
「まあ……」
サツキの仕草に、気が付かないカズヤは続ける。
「間に合ってよかった……うわ!」
反射的にカズヤは身をかわしていた。その横で唸りを上げて長杖が通り過ぎて行く。そして、地面にめり込んだ。
「え?」
長杖が引き抜かれて肩に担がれる。
「よくも……」
ヘルガの顔が上がり、笑みを浮かべたまま長杖が大きく振りかぶっていた。狙いはカズヤである。
「私の……」
大振りには違いないが、迫ってくる長杖の速度は信じられないほど速かった。慌ててカズヤは太刀を引き抜いて、長杖を受け流すとヘルガの背中方向へと回りこむ。
「ファーストキスを……」
カズヤの動きを追って、ヘルガは身体を回すと横殴りに長丈を振るっていた。
「どうしてくれるの!」
再び上段から、長杖が振り落とされる。身体を捻ったカズヤの横で長杖が地面にめり込んでいた。
背筋に冷たい汗が流れ落ちるカズヤである。
「待て、ヘルガ!」
「何を待つの?」
「とにかく待て」
「だから、何を待つの?」
地面から引き抜いた長杖を再び肩に担いだヘルガは、滑るようにカズヤに近づくと、長杖をカズヤの首に回している。カズヤが反応出来ないほど素早かった。
「許せると、思う?」
すぐ近くにあるにこやかな笑顔は怖い。
「おまえ、初めのころと違うぞ」
「誰がこんなにしたと思う?」
ヘルガの手が上がりカズヤの頬に触れた。そして、柔らかく微笑む。カズヤにキスされた事が、嫌でなかった事が不思議だった。
「まったく、あなたは勝ってだわ」
「俺は……」
「何も言わなくていいわ。私も自分で自分が信じられないんだから」
長杖をカズヤの首から離したヘルガは、と息を吐いてカズヤを見上げる。
「いい加減で答えろ! なぜ反対側にいた!」
それまで黙っていたタケシが痺れを切らしたように叫んでいた。すでにこの場には、一期生のほとんどが集まってきている。話をしている間に、そのくらいの時間が経っていた。
ヘルガが溜め息を付いて振り返える。その後ろでカズヤは、ホッとしたように息を吐いていた。
「こちらも答えてもらいたいわね。周りを見ずに術技を放ったのは、どう言う事?」
「それは……」
「手順通りにする事しか考えていない証拠。襲撃を受けて慌てていた。だから、周りを見る余裕が無かった」
タケシ達は答えられない。その通りであったからだった。息を吐いたカズヤが、タケシ達を見て言う。
「俺達が魔獣を捜していた時、ネイザーが群れを作って移動しているのを見つけた。後を追って行くと、キャンプに向かっているのがわかったから、寸前で戦闘を仕掛ける事にした。だから、キャンプの反対側にいた」
カズヤが言うと、ヘルガが振り返っていた。
「答える必要はなかったと思うけど?」
「話が先に進まないだろう」
肩を竦めてカズヤは答えている。
「で、教官。この後はどうするんです?」
「他へ移動する。ここでは実戦訓練にはならない。まあ、結城とオルディスにはなったようだが……命令無視のペナルティは受けてもらう」
移動した先での実戦訓練は上手くいったが、戦闘ができずに騎士になる事を諦める者がでた。鍛錬と実戦は違う事を、痛感した一期生である。そして、騎士を目指す者にとって始めての試練でもあり、乗り切れない者は去って行くしかなかった。
いみじくもハヤトの言った通り、カズヤよりも騎士に向かない者がいたのである。
「どうだね?」
椅子に座って尋ねる男の声は、事務的であった。
「運良く死にませんでした。ネイザーの群れを二人で倒すほどです。まあ、ネイザーは低ランクの魔獣ですから、ある程度の鍛錬をしていれば、生き残っても不思議ではないです」
立ったまま答える男の声も、事務的ではあるが、端々に毒づくような思いが見え隠れしている。
「女は思い出したようでは、ないようかね?」
「無いですね。そうであれば、あの一体は消し飛んでいたでしょう。使った術技は爆炎と雷、候補生なら使えるものです」
「男はどうだね?」
「身体強化が使えないにもかかわらず、たいした怪我もしなかった。術士の女のフォローがよかったんでしょう。男だけなら、こうはならなかったはず」
「使えるとは言えないか?」
「使えないでしょう。所詮、術技を使えないただの男ですよ。それでもまだ、ようすを見るのですか?」
「いましばらくはな。六年もかかっているから、結果が今しばらく遅れても問題はない。ようは、使えるようになればいい。我々の手駒としてな」
「まどろっこしいですね」
「計画とは、往々にしてそのようなものだよ」
男は腕を組んでいたが、机の引き出しから仮面を取り出すと、机の上においた。
「これを使うといい。術技研の遺産みたいのもだ」
「遺産?」
立っている男は首を傾げている。
「試験的作ったもので、仮面を装着させた者の指示に従うような呪が掛かっている。仮面を外さない限りは、本人の意志は封じ込められる」
「面白いものですね。人形の仮面ですか」
「言いえて妙だな。まあ、その通りだ。どう使うかは君にまかせるが、使いどころは見誤らないようにな」
ああと、座っていた男が思い出したように言う。
「かろうじて残っていた記録があった」
「記録、ですか?」
「言葉だが『ヘルガ・オルディス。コマンド実行【バニッシュ】全てを消してしまえ』意味はわからないが、女の深層意識に刷り込まれているらしい」
「使える時は、使ってもいいので?」
「かまわない。何が起こるかも、調べておかないとならない」
「わかりました。ではまだ様子を見る。と言う事で」
「頼む」
男は一礼して部屋から出て行った。
「よろしいのですか?」
黙って立っていた男が、尋ねている。
「かまわない。あの男も、我々騎士院の計画の手駒だ」
使い棄てればいい手駒と、男は言っていた。