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第13話 実戦訓練

 一期生にとっての初めての実戦訓練は、誰もが思っていなかった状況で、始まる事になった。

 学院の近くにある魔獣の生息域に、居るはずの魔獣が居なかったのである。肩透かしを食らった一期生は、離れた場所にある魔獣の生息域まで、足を伸ばす事になった。

 生息域で、ベースキャンプを設営した一期生達は、ほんのひと時の休息をしている。

 初めての実戦訓練はSAクラスとは言え、緊張するものだった。タケシ達はみな、緊張した面持ちである。


「今から緊張していては、身体が持たないぞ。気を楽にしておけ」


 SAの担当教官である斉藤が、タケシ達を見て近づいて来た。


「教官……」

「ま、初陣なれば、緊張しない方がおかしいか」


 苦笑を浮かべる斉藤に、タケシ達はどんな顔をすればいいのか、わからなくなっている。

「良い事を教えてやろう」


 ニヤリと斉藤は笑った。

「今回、おまえ達が相手をするのは、身体強化なしでも剣士なら、誰でも勝てる相手だ。安心しろ。いきなり手強い相手と、戦闘する訳ではない」

「…………」

「つまりな。剣の心得があれば、どんなに弱くても勝てると言う事だ」

「なんですか。それ……」


 肩透かしも、いいところだった。

今までの鍛錬の成果が問われると、思っていたタケシ達は呆れてしまう。


「貴重な候補生を、初陣で死なせる訳にはいかないだろう。だが、油断だけはするなよ。どんなに弱い相手でも、油断すれば死ぬ事になる。それが、実戦というものだ」


 一転して真顔になる斉藤に、タケシ達は真剣な顔で頷いていた。

 一期生の各クラス担当の教官達は、斉藤と同じように、緊張している候補生達を見て回っている。気負ってばかりではよく無いと知っていた。


他の候補生達から少し離れた一角で、カズヤとヘルガの二人は、キャンプの外を眺めている。二人には担当教官はいなく、SAクラスと同列に見られていたが、同じ場所にはいなかった。例外は例外と言う事である。


「おかしなものね……」

「何がだ?」


 呟きを聞きとめたカズヤがヘルガを見た。


「一期生はみな、何かしらの緊張感を持っているのに、カズヤは緊張したようすがまったくないわ」

「それがおかしいのか?」

「普通はね」


 とヘルガは、隣に立つカズヤを見上げる。


「そう言うヘルガも、緊張しているようには見えないが?」

「術士は直接、魔獣と戦う事が少ない。剣士が先に魔獣と戦うからよ。剣士よりも余裕はあるわ。それに、剣士の動きを見る事は、魔獣の動きも見ると言う事」

「初陣でもか?」


 尋ね返すカズヤに、ヘルガは笑った。


「カズヤ」


 身体ごとカズヤに向き直ったヘルガは、右手をカズヤの頬に当てた。この行動に、カズヤは動けなくなってしまう。


「剣士は術士の盾であり、術士は剣士の背中を押す。カズヤが倒れれば、私も死ぬ」


 ヘルガは、掌にカズヤの温もりを感じながら言葉を紡いでいた。


「わかる? カズヤの頬に触れる温もりを護る事が、全てを護る事に繋がるの。私達は一人ではないわ。あなたの後ろには私が、私の後ろには多くの人がいる」


 微笑むヘルガは美しく、カズヤはドキリとしてしまう。


「私はまだ思い出せない。私が何をしたのか、その結果がどうなったのかを。私がサカツキ消したのなら、その事を思い出した時、自分がどうなるのかわからない」


 ヘルガは、手をカズヤの頬から離して前を向いた。


「思い出せない事を引き合いに出されても、今の私は困るだけ……」


 再び、ヘルガはカズヤを振り返る。


「私の記憶は一部の人にとって、大事な事かもしれない……カズヤ」


 少し迷うように、ヘルガの瞳が揺れていた。


「思い出した方が良い?」

「俺は……俺には答えられない」

「なぜ?」

「俺は……俺にとってサカツキでの事は、六年前に終った事だ。サカツキの事がなければ、今の俺にはならなかったと思う」


 過去があるから今がある。それは知っていても実感が出来なければ、表面上の事でしかないが、カズヤは実感していた。

今の自分を否定するのなら、ヘルガを責めればいい事だが、これまでの思いは無駄ではないはず。責めるのなら、力のない自分を責めるべきだと思っていた。

ヘルガの顔が泣き顔に見えて、カズヤは顔を背向けそうになる。が、背向ける事はヘルガに対して良くないと感じ、真っ直ぐにヘルガに瞳を見ていた。


「心が折れかけた時……サカツキでの事がなかったらと……思った事もある。だが……」


 意識した訳ではないが、カズヤは溜め息を付いてしまう。


「過去は変えられない。そして、今の俺はここにいる」


 カズヤは手を伸ばして、ヘルガの頬に触れた。


「おまえが護るべきは、人の温もり。過去に間違いがあったのなら、命がけで取り返せばいい。贖罪とは考えるな。騎士なら、それができる。おまえが何かをしたいのなら、騎士となり人を救って行けば良い」

「カズヤ……」


 頬に触れるカズヤの手に、ヘルガは自分の手で重ねる。その確かな温もりは、ヘルガの心に残った。


「ありがとう」


 礼を言うヘルガに、カズヤは首を振っていた。

 自分にとってサカツキは、重要なターニングポイントでもある。恨む心がないと言えば嘘になるが、それよりももっと重要な事を教えてくれた。

 そうカズヤは思っている。

 だから、ヘルガがサカツキを消したとしても、生き残った自分がやる事は、うらむ事ではないと、最近になって思うようになった。


「ヘルガ……」


 顔を上げるヘルガに、カズヤは笑って見せる。


「いつのまにか、ペアを組んでいるな」


 ヘルガの首が少し傾いた。そして、少し笑う。


「そうね。私と組む剣士は居ないはずで、カズヤと組む術士もいないはずで……なのに、その二人がペアを組んでいる」

 なし崩しでペアを組んでしまったと言えないでもないが、それでもお互い相手に対しての不満はなかった。


「お互い、好き勝手やる者だ。SOに呼ばれなければ、ペアを組む事もなかった、か」

「そうね」


 にやりとカズヤは笑う。


「そこで提案だが、例外は例外らしく行動するか」

「乗ったわ」


 笑って答えられる事を、ヘルガは嬉しく思った。



 魔獣の生息域にもかかわらず、魔獣の姿が見えない事は、一期生や教官達にも首を傾げる事である。教官達は、このままでは実戦訓練にならないと協議をする事になった。その間、一期生達には待機が命じられる。


「待機……ね」

「必要ないだろ」

「では、行きましょう」


 カズヤとヘルガは、例外らしく行動を開始する事にした。さっそく荷物をまとめると、ベースキャンプを離れている。

 その二人を見送っていたのは間宮だった。歪な笑みを顔に貼り付け、憎しみの光が瞳に宿っている。


「死んで来い」


 堪えきれないように、くつくつと笑う声が漏れてきていた。


「おまえ達は、死ぬべきだ……」


 キャンプの外を眺める間宮に、気が付いた斉藤が近づいて来る。


「何かありましたか? 間宮教官」

「ん? ああ、何もないですよ。ただ……」

「ただ……」

「魔獣がいないと、こんなにも静かなんだなと思いましてね」

「そうですね。こんな日が続くといいんですが、今の世では無理でしょうね」

「だから、我々がいる」

「ええ、そして、次代を担う者達もいる……あ、すみません」


 候補生の事を言ったつもりだった斉藤であったが、間宮の家族が六年前に、サカツキの事故に巻き込まれて亡くなっている事を思い出していた。


「いえ、気にしなくても、いいんですよ」


 首を振った間宮である。



 カズヤとヘルガは、足を伸ばした森の中で首を傾げていた。


「いない……か」

「そうね……」

「ヘルガは俺よりも、魔獣に詳しいよな」

「それで?」

「魔獣の生息域には、何種類かの魔獣が居ると思うが、違ったか?」

「その通りよ。ある程度の生態系が出来ているから、生息域として成り立つわ」

「ここには、まったく魔獣の姿が見えない……どういう事が考えられる?」


 周りを見たカズヤは、ヘルガに尋ねる。手を顎に当てて考えるヘルガは、暫くそのままであったが、やがて顔を上げるとカズヤを見た。


「生息域を変えたと、考える方が自然だけど……」

「だけど?」

「魔獣は食料となる動物や植物が無くなれば、生息域を変える事がある。でも私達は、まだ魔獣の生態を全てわかっている訳ではないわ。極端な言い方をすれば、私達がここに入り込んだ事を知って、襲う機会を待っている。そんな事も言えないとも限らないわ」

「まさか……」

「無いとも言えないわ。カズヤ、考えるのではなく、本能で知っているかも知れない」

「本能……か」

「ええ。生きる本能。私達人も持っているわ。それは私達にとって、時には信じられない事を起こす。人でも魔獣でも同じ事よ。それに、魔獣に思考が無い訳でもないしね」

「なるほど、な」


 カズヤは頷くと森の中を見渡した。静かな森は、相変わらず魔獣の気配が無い。いや、生き物のザワメキさえなかった。


「静過ぎるな……」

「そうね……」


 ヘルガも森の中を見渡す。


「もう少し、探してみるか」

「わかったわ。でも……」

「でも?」

「手に負えない魔獣と遭遇したら、どうするの?」


 少し笑みを浮かべるヘルガに、カズヤは溜め息を付いた。


「倒す気満々の術士がいるのに、逃げると思うか? それにな、手に負えない魔獣がいるのなら、こんなに静かな訳が無い」

「当てにしてもいいのね」


 真っ直ぐに見つめてくるヘルガに、カズヤは頷いている。


「ああ、おまえが退かない限り、俺も退かない」


 カズヤとヘルガは、森の中を再び歩き始めた。

 しばらく進むとカズヤはヘルガを止めて、ゆっくりと辺りを見渡す。木々の陰、雑草の群生地、見えない場所に気配を探っていた。

 と、カズヤが足を早めて右側の斜面を登って行く、ヘルガはその場に留まってカズヤの後姿を見送る。斜面を登りきる前にカズヤは身体を伏せ、ゆっくりと登りきると、ヘルガを振り返って手招きをしていた。


「どう?」


 カズヤの横に滑り込んだヘルガは短く尋ねる。


「見ればわかる」

「どう言う事?」


 そう言える光景が、少し先に見えていた。

 胴が長く足は短いが、鋭い鍵爪を持つ長い腕『爪猿―ネイザー―』が、五十匹ほどひとかたまりで集まっている。向いているのはカズヤ達とは逆で、息を殺すように気配を消していた。


「本能で気配が消せるか?」

「いいえ」


 ヘルガは首を振っていた。


「魔獣の中にも、知性の高いものもいる。と言う事か」

「いるはずだけど……ネイザーが高い知性を持っているとは、聞いた事がないわ」

「認識を改めないとな」

「それはいいけど。まだあるわ」

「まだ?」

「ええ。ネイザーが群れで行動するとは聞いた事がない。集団でもせいぜい五、六体だったはずよ。ここにいるのは、ざっと見ても五十はいる」


 見ている内にネイザー達が動き始めていた。森の中を足並み揃えて、ゆっくりと進んで行く。


「追うぞ」


 斜面から身を起こしたカズヤは、ヘルガとともにゆっくりと木々に紛れるように、ネイザーの後を追って行いた。

 しばらく進んで行く、とカズヤとヘルガはネイザーが向かう先に気が付いてしまう。


「まずい」

「どうする?」

「警告を与えるにしても、今からでは遅い」

「あの中、突っ切って行く?」


 そうすれば間に合うだろう。しかし、ネイザーの中を突っ切って行けば、その場で戦闘になる事は誰にでも理解できる事だ。

いくら脅威の低いネイザーだとしても、その数が脅威になってくる。五、六体ならまだどうとでも出来る自信は、カズヤとヘルガにはあるが、一群と呼べる数が相手では勝手が違ってくるものだ。

 そして、これほどの数を相手にした事は、二人ともまだない。


「できるか?」


 自問するカズヤにヘルガは答えた。


「できるわ」


 ヘルガは笑みを浮かべてカズヤを見ている。


「あなたが退かなければ、私も退かない」


 長杖を回して一礼した。


「生も死も、あなたと共に」


 カズヤの顔に笑みが浮かぶ。


「生も死も、あなたと共に」


 この言葉を言う相手が、ヘルガとは思わなかった。いや、言うべき相手がいるとは思っていなかったカズヤだった。


「カズヤ……」

「ん?」

「……」


 ヘルガは言葉を続けられなかった。いや、続ける言葉がなかったのである。


「俺は力を望んでいた。どんな力でも良かった……」

「?」


 首を傾げるヘルガに、カズヤは笑う。


「身体強化を使えない俺は、強くなりたくて力を望んでいた。だがな、最近はそうじゃないと思うようになった」

「今は、望んでいない?」

「いいや、今でも力は望んでいるさ」

「?」

「単純な事だった。俺は……忘れていただけさ」


 思い出せたのは、ヘルガのおかげである。


『願えば力になる』


 言われた時は何の事かわからなかったが、今なら理解できた。思うのはヘルガとともに、戦い抜く事である。必要なのは、何のために力を欲するのか、何のために強くなりたいのか、であった。

 カズヤの笑みが、不敵なものに変わる。


「森を抜けたら、仕掛ける」

「わかったわ」


 それ以上の言葉は要らない。


 ネイザーが森を抜けようとしていた。その先は、ベースキャンプである。




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