第12話 カズヤとタケシ
SOクラスの身体強化を使わない鍛錬は、他の候補生達には首を傾げるような事だった。
魔獣と戦う時は必ず身体強化を使い、それで初めて魔獣と対抗する事が出来るようになる事は誰もが知っている。
学院の模擬戦であっても、身体強化を使って鍛錬をする事は、魔獣との戦いで忘れないようにするためと、強化された時の感覚に慣れるためでもあった。
身体強化を行わない利点が、他の候補生達にはわからなかったのである。
学年を問わずのSOクラスであっても、同じ三期生や二期生、一期生との鍛錬は行われていた。剣技はもちろんの事、術技の座学もあり、カズヤとヘルガはSAクラスの者達と一緒に学んでいる。
カズヤが共に学ぶ事を快く思わないのは、SAクラスの剣士達であり、術士達は歓迎するまでとはいかないが気にはならなかった。
剣士としては最弱でも、ペアを組む剣士としては、術士にとってやりやすい剣士だと知っていたからである。
どんな術技を使っても、カズヤは的確に動いてくれる事をわかっていた。剣士の動きを気にせずに術技を使える事は、術士にとって得がたい経験とも言える。
剣士の中でも、特に苦々しく思っていたのは、双子の弟のタケシだった。実力差があるにも関わらず、同等に見られるのは腹の立つ思いだったのである。
面と向かっては言わないが、剣技の模擬戦ではそれが表に出ていた。必要以上にカズヤを攻め立て、力量の違いを見せ付けるのである。
ふらふらになりながら控え場に戻ってきたカズヤを、ヘルガは感心したように出迎えていた。
「少しはマシになったようね」
「これがマシか?」
控え場の壁に背を付けたカズヤは、問いかけるようにヘルガを見てしまう。
「前は救護室行き。今は立っている」
「褒めてるのか?」
不思議そうなカズヤに、ヘルガは優しく微笑んでいた。
「ええ、もちろん」
瞬間、カズヤの顔が棒でも飲み込んだようになっている。
「なに、その顔?」
「……おまえが、そんな顔をするからだ」
「失礼ね」
腕を組んで見上げてくるヘルガに、カズヤはおかしなものを感じた。こんな態度を取るような女では、なかったはずだと思う。
いつから変わったのかと、考えてみると思い当たる節があった。
それは、SOクラス初日の模擬戦の後からである。
辛辣さは変わってはいないが、時たま今のように、カズヤを励ますような言葉を言う時があったと思い出した。
「カズヤ……」
振り返ると控え場の入り口に、タケシとサツキが立っている。
「いい加減で諦めろ。回りにとって迷惑だ」
「それがどうした」
「おまえは!」
タケシはカズヤに詰め寄ると、不機嫌な顔で言った。
「自分が最弱なのを知っているのか! おまえ一人のために、周りに迷惑がかかっている事がわからないのか!」
「それがどうした」
タケシに向けるカズヤの顔は、落ち着いたものである。それが一層タケシの心を、苛立たせている事に気が付いていなかった。
「おまえは騎士には向かない。身体強化を使えないおまえが、現場にでれば一番に死ぬ事になる」
タケシの声を聞いた、SAクラスの者達の中にざわめきが起こる。
「おまえが死ぬのは勝手だ。だが、それが周りの者達とって迷惑にしかならないと、なぜわからない!」
カズヤが溜め息を付いて、口を開きかけた時。
「おかしな事を言う」
カズヤとタケシの間に、ヘルガが身体を割り込ませていた。
「おかしな事?」
「身体強化を使えないカズヤを、圧倒する事もできないおまえ達が、カズヤを騎士には向かないと言う。まして、私一人にさえ勝てないおまえ達が、カズヤをどうこう言うのは笑い話だ」
ヘルガの口元が持ち上がる。
「カズヤを最弱と言うのは間違い。それに気が付かないほど愚か者なら、騎士には向かない。諦めたほうがいいのは、おまえ達の方だ」
「ふざけているのか」
「戯言を言う趣味はないわ」
ヘルガの後ろでカズヤは、眼を見張って驚いていた。ヘルガのカズヤに対する評価が、変わっている事に。それも良い方向に、である。
「ヘルガ……」
振り向いたヘルガに、カズヤは言った。
「なぜ、俺を?」
ニッコリとヘルガは笑う。
一緒にSOのメンバーと鍛錬していれば、カズヤが弱いどころか、強いとすぐにわかった。この自分が剣士の動きを気にせずに、術技を放てば他の候補生なら巻き込んでしまうが、カズヤなら巻き込む心配が無い。
「カズヤは強い。ここの誰よりも」
「ふざけるな。身体強化が使えないカズヤが、誰よりも強いはずがない!」
「見苦しい。男の嫉妬は価値を下げるだけ」
チラリとヘルガは、タケシを振り返って見ていた。
「嫉妬じゃない!」
「どこが?」
「俺は!」
「やめな」
カリカリと頭を掻いたハヤトが、投げやりに止めにはいる。
「ヘルガの言う事も、タケシの言う事も、どちらも間違ってはいない。カズヤは強くなる可能性があるが、現時点では他の者に比べると弱いと言える。だが、身体強化を使わない模擬戦では、カズヤの強さは群を抜いている事も事実だ」
「騎士としては面白いかな、カズヤは」
笑っているサヤカだった。
「それに鍛えがいがある。半年前は最弱と言われ、毎日救護室行きだったのが、今では自力で立っている。飛躍的な進歩だ」
アキラは楽しそうにしている。
「同感」
同意するメグミは、長杖を担いでいた。
「そうだとしても! 身体強化を使えなければ、騎士になるべきじゃない」
「そうとも言えないから、カズヤを鍛えている」
否定するタケシに、ハヤトは静に言う。
「どこが!」
ハヤトに食って掛かりそうなタケシを、サツキが腕を取って止めていた。
「教えて欲しいものですね。なぜカズヤを庇うんですか?」
「それはこっちの言う事なんだが。なぜ、カズヤを否定する?」
「…………」
問い返されたタケシは黙り込んでしまう。溜め息を付いたハヤトは言った。
「カズヤが身体強化を使えないと、気が付いている者は少ない」
周りからのザワメキが大きくなる。半分以上がまさかと思い、残り半分が納得したような思いだった。
「それにもかかわらず、身体強化を使える者が、カズヤを圧倒出来ないのはなぜだ? そればかりか、ペア戦では勝利さえする。騎士に向かない者に出来る事か?」
「俺は……」
「あるいは、おまえ達がただの人間を、圧倒出来ないほど弱いのか?」
タケシを遮ってハヤトは続けている。
何も言い返せなくなった。
身体強化を使う騎士は、人を圧倒する力を持つ。ゆえに、魔獣とも戦えると言えた。身体強化を使えないカズヤを圧倒出来ないのは、弱いと言われても否定が出来ない。
言い返せないのは、タケシだけではなかった。この場にいる剣士達も同じである。半年前なら、まだなんとでも言えた。しかし、ペア戦になってからは圧倒するどころか、押される時もあったと思い出してしまう。
ハヤトの言葉は、全員に向けられていると剣士達は感じた。
「口ではなんとも言える。だが、もうすぐ始まる実践訓練では、口先だけではどうする事も出来ない現実が待っている。その時、どう行動するかで結果は違ってくる。おまえ達の中でカズヤよりも、騎士に向かない者が出てこないとも限らない」
静かになった闘技場に、ハヤトは吐息を漏らしてしまう。
「要は、本人がどうするか。そう言う事だ」
「そうね。カズヤが降りると言わない限り、私達はカズヤを鍛える事にしているわ。まあ、面白い剣士になるかもね」
「なにが、面白いだ。こいつは二度も死にかけた!」
「タケシ!」
静止するような、鋭いサツキの声だった。
「かまうもんか! 六年前の事故から普通に戻るまで、二年もかかった。三年前も! ボロボロで、魔獣と戦ったとか言って!」
「俺は生きている」
「ふざけんな!」
タケシがヘルガを押しのけて、カズヤの胸倉をつかみ上げる。
「それがどう言う事か、わかってんのか! 姉さんが何度泣いたか、知ってんのかよ! いいや、姉さんだけじゃない!」
「タケシ! やめて!」
サツキがタケシに抱きついて、止めようとしていた。
「だめだ! こいつはわかってない。はっきり言わないとわからない!」
「でも!」
「俺やサツキが!」
「タケシ!」
叫ぶサツキを見下ろしたタケシの口が止まる。瞳が、それ以上は言うなと訴えていた。
「私達の思いだけでカズヤを……とめるのは、良くない……」
サツキの頭がタケシの胸に付く。
「それで、いいのかよ……」
「三ヶ月まえなら……まだ止められた……」
泣き笑いの顔がカズヤを見た。
「今は……無理よ……カズヤは……」
ここ最近の鍛錬を見てきたからこそ、わかってしまう。
三ヶ月前とは別人のようになっていた。身体強化を使えないと言う事だけで、カズヤを止める事は不可能である。それを補って余る強さを、カズヤは手に入れ始めていた。
それに気が付いたからこそ、SOクラスがカズヤを鍛えると言ったのである。
「わかっていたの……カズヤは……誰よりも強くなる……って……」
片鱗はもっと前に気が付いていた。
ペアを組んだ時に狙っていた剣技。それをもう物にしている。身体強化を使えないカズヤが、対抗するために編み出した剣技ともいえた。そして、たまにではあるが瞬間的にカズヤの行動速度が、神速と言えるまでになった事がある。それはまるで、風に乗ったようにサツキには思えた。
「カズヤは……」
その先は言えない。言うべきではないとわかっていた。だから、サツキにはカズヤに『諦めろ』とは言えなかったのである。
「つまりは、おまえが心配だと、言う事か……」
吐息のような言葉は、ハヤトだった。
「悪いですか。カズヤは二度も死にかけた。次は本当に死ぬかも知れない。騎士なら使えて当たり前の身体強化が使えない。それは死ぬ確率が、バカみたいに高くなるんです。とめるのは家族なら当たり前でしょう」
「まあ、そうだが……」
ハヤトは頭を掻いてしまう。
「それをタケシが言うのはおかしいんだが……おまえも騎士を目指しているのなら、いつ死ぬかわからない」
カズヤとタケシを、交互に見てハヤトは続けた。
「同じ土俵に立っているにもかかわらす、自分は死なないと思っているようなら、今すぐ学院を去った方が良い。そういう奴に限って、あっさりと死ぬからな」
再びハヤトは頭を掻いてしまう。
「でな、カズヤ。全員が認めるだけの強さを手にする事は、並大抵の事ではない。今以上に辛く苦しくなる。それでも貫くか?」
「今更、俺にそれを聞くのか?」
「その覚悟が無ければ、ここにはいない?」
見上げてくるヘルガに、カズヤは頷いていた。
「言葉にしなければ、わからない事もあるけど?」
覚悟あるなら、口に出して言えとヘルガは言っている。そうしなければ伝わらない思いもあると知っていた。
「俺が手を差し伸べる事で救える命があるのなら、俺はいついかなる時でも、どんな状況であっても、手を差し伸べる事を止めない。たとえ、行き着く先に死がまっていようとも、俺は後悔しない」
「それがカズヤの誇り?」
「違う。義務や責任感、意地や誇りじゃない。それだけの思いを俺は託されているから、答えないとならない。あの人がそうであったから」
静に言うカズヤを、見上げていたヘルガは既視感を覚えていた。前にも、こうして誰かを見上げていたと思えたのである。
(私……前に……カズヤ……に?)
戸惑いがヘルガの内に湧き上がってきた。
(いつ? どこで? カズヤに……六年前……?)
男の子を見上げていた……。
銀髪を白い髪と勘違いした男の子……。
何を男の子と約束した……。
白濁した光が広がって……。
断片的に記憶がフラッシュバックし、恐怖が心を埋め尽くす。
「うっ……あぁぁぁ……」
「ヘルガ?」
頭を押さえて座り込みそうなヘルガを、カズヤは慌てて身体を支えた。
「カズヤ……私……私……あああぁぁぁぁぁ……」
いきなりヘルガの身体から力が抜ける。崩れ落ちる寸前にカズヤは抱きとめた。
「なにが?」
訳がわからずにカズヤは、呆然としたようにヘルガを抱き上げ、ハヤトを見てしまっていた。
「救護室に!」
サヤカがカズヤを促している。
意識を失ったヘルガを救護室に送り、カズヤやハヤト達男性陣は救護室の外で待っていた。中にいるのは、サヤカ、メグミ、マヤとアヤの四人とカズミである。
「教官。ヘルガは、どうなんですか?」
「気を失っているだけだ。それ以外は……気が付いてからだな」
一通りヘルガのようすを見たカズミは、サヤカ達に言った。
「まあ、座れ。おまえ達には尋ねる事がある」
何を聞かれるのかわかっていたサヤカは、救護室内にあるイスを引き寄せると言う。
「何があったのかは、わかりません。突然、悲鳴のようなものを上げたかと思うと、気を失いました」
「それで、その前は何をしていた?」
「えーとですね。確か……」
思い出そうとするサヤカに、メグミが先に言っていた。
「カズヤを見てました」
「カズヤを?」
少し考えたカズミは、カズヤ達を中に入れる。
「教官、ヘルガは?」
入ってくるなり尋ねてくるハヤトに、カズミは苦笑した。
「気を失っているだけだ。それより、カズヤ」
「俺?」
「ああ。ヘルガが気を失う前、どうしていた?」
「どう、と言われても……」
「おまえを見ていて悲鳴を上げたのか?」
「そう、思いますが……」
「おまえ……」
カズミの顔が険しくなる。
「何をした?」
「何もしていません」
「…………」
「本当です。教官」
「…………」
「かんべんしてください」
「おまえとヘルガ。共通点はなんだ?」
ずばりと核心を突くカズミに、ハヤトは目を見張り、カズヤは顔を背けてしまった。
「それは、何だ?」
尋ねるカズミにカズヤやハヤトは答えられない。言うべき事なのか、言わない方が良い事なのか、判断が付けられなかった。
「私はカズヤに、会っている」
カーテンが開いて、ヘルガが立っていた。
「思い出したのは、それだけ……」
ヘルガは、立っているカズヤに近づくと微笑んでいる。その事にカズヤは、戸惑ってしまった。
「なぜ、そんな顔をする?」
「いけない?」
「…………」
答えられないカズヤの代わりに、サヤカが笑って言う。
「悪くは無いわ。年相応に可愛くなるから」
「そうですか……」
少しはにかむヘルガに、サヤカやメグミが思わず笑みをこぼしていた。
「可愛い後輩らしくていいかもね」
「まあ、それはいいが、他に思い出した事はないのか?」
「ありません。私は……大事な事を忘れていると思う。カズヤの事に関しても、それ以外の事に関しても……」
「無理に思い出さなくても良い。カズヤに会っていた事を思い出したのなら、いつかは全て思い出すだろう」
カズミの言葉に、ヘルガは顔を伏せてしまう。
(思い出すのが……怖い……だから、思い出せない……)
そう感じるからこそ、思い出せないのだとヘルガは知っていた。
思い出せば自分がどうなるのか、果たしてSOの人達と、今までの関係でいられるのかわからない。
(なぜ、そう思う……?)
自分の内に沸き上がった思いに、ヘルガは戸惑ってしまった。今まで、一人でいたはずなのに、一人になる事が怖いと思えてしまう。
(私……カズヤ達といたい……の?)
なぜ、カズヤの事を思い出せたのか、それもヘルガにはわかってはいなかった。
「まあ、急ぐ事もないだろう。必要になれば、思い出すさ」
カズミは立ち上がると、壁から剣帯を外してカズヤに差し出した。
「いい機会だから、渡しておく。受け取れ、おまえが使うべき武器は太刀だ」
差し出された太刀を剣帯ごと受け取ったカズヤは、カズミを見てしまう。
「おまえの鍛錬を見ていたが、おまえの剣技に合う武器は長剣ではない。太刀がおまえの剣技に合う」
「太刀……が」
「まあ、使ってみるのもいいだろう。そしてな。その太刀には、銘がついている」
「銘?」
「ああ、銘は『ジンライ』かつて私が使っていた物だ」
「?」
「今は術士だが、私も前は剣士だった」
「なぜ、術士に?」
「ま、色々とあってな。太刀が振るえなくなった。そう言う事だ」
正確には、アキエを失ってからではあるが、それは話す事ではないと思っていた。