第9話 SOクラス
力量に応じたクラス編成は、候補生達の更なる奮起を促す目的もあった。
自分の力量を知る事も、騎士にとっては大事な事であり、騎士の損耗を防ぐためでもある。人的資源は無限ではない、という危機感の現われでもあった。
動乱期、無謀とも言える相手に向かって行いき、死んだ騎士の多くは己の力量を考え無かった者や知らなかった者である。
そのため、力量に応じた資格が制定される。
剣士は
『君主―ロード―』
『上級騎士―ハイナイト―』
『騎士―ナイト―』
『従騎士―ローナイト―』
『剣士―ファイター―』
術士は
『賢者―セージ―』
『上級魔術士―ハイソーサリー―』
『魔術士―ソーサリー―』
『従魔術士―ローソーサリー―』
『術士―メイジ―』
の五段階に分けられていた。
学院のクラス編成はAからDまでがあり、Aクラスの中で最も力量がある者達で、SAというクラスが構成される。例年では二ペアほどではあるが、カズヤ達一期生は五ペアほどいた。その中に、タケシとサツキは入っていたのである。
そして、もう一クラス。三期生、二期生、一期生を問わずのクラスがあった。
スペシャルアウト、SOと呼ばれる例外組みである。
「よくきたな。結城カズヤ、ヘルガ・オルディス」
カズヤとヘルガを笑顔で迎えたのは、ハヤトとサヤカの二人だった。
このペアが学院一最強と言われている。実力はナイト以上、ソーサリー以上とも言われていた。つまり、学院にいるような者達ではなく、魔獣との戦い出ていてもおかしくはない実力をそなえている者達である。
「おかしな組み合わせだな」
「面白い、の間違いでしょ」
精悍どころか目つきが険悪なアキラと、同じような目つきのメグミの二人は二期生だった。実力的にはSAであるにもかかわらず、粗暴というか好戦的な性格のため、SOに入れられてしまった二人である。
そして、もう一組。
こちらは良く似た顔立ちの二人で、無言で冷めた瞳を向けていた。
「さっそくだが、模擬戦をやってもらう」
切り出したハヤトに、好戦的と言われるアキラとメグミの二人が、好相を崩している。
「さすが、ハヤトさん」
「力量を測るには、手っ取り早いもんね」
「あのな……」
「俺達が一番手になりますよ」
「話は早くて助かるよ……」
苦笑しか出ないハヤトは、カズヤとヘルガを見た。
「カズヤはマヤと組んで、ヘルガはアヤと組んでみてくれ」
「イヤ」
ユニゾンで同じような顔立ちの二人が答える。
「わけ?」
「最弱な男と組んでも、何の意味はない」
「剣士に合わせる気の無い術士も、同じ」
二人の言い分に、ヘルガは静な声で言った。
「術士の邪魔をする剣士は、騎士にならない方がいい。周りに迷惑だから。そして、最弱と侮る事が、術士として愚かな事とわからない術士も、騎士にならない方がいい。周りを巻き込んで自滅するだけだから」
途端に、マヤとアヤの二人が無言で立ち上がる。
「図星を差されて怒るなど、未熟者の証」
淡々としたヘルガの口調に、口笛が聞こえてきた。アキラが感心したように吹いている。
「やるな、新人。マヤとアヤの二人を同時に怒らせるなんて、誰にもできないぜ」
「事実を言ったまで」
「ハヤトさん、私達が相手になる。のぼせ上がった一期生を教育するのも、私達の鍛錬に入っていると思う」
「いいだろう。マヤとアヤ、カズヤとヘルガで模擬戦を行う」
決定したと感じたカズヤは、ヘルガを見て溜め息を付いてしまった。
「おまえな。俺まで巻き込むな」
「私達は新参者。遠からず同じ事になっているけど?」
淡々と返すヘルガに、カズヤの溜め息が大きくなる。その通りだと、納得したくはないが、室内の面々を見ると否定は出来なかった。
SOクラスが闘技場に場所を移すと、アヤとマヤは早くも準備を始めている。閑散とした闘技場にいるのは、SOクラスの者だけだった。
クラス編成が終った一期生は、座学が優先されるため、しばらくは闘技場を使う事がない。剣士に術士が使う術技の内容を把握させるためであり、術士にも剣士と同様な基礎鍛錬を一緒に受けさせるのであった。本来ならカズヤとヘルガの二人も、SAクラスと一緒に鍛錬を受けるはずだったが、クラス編成初日であるためSOクラスと共にいたのである。
マヤとアヤの反対側に、カズヤとヘルガは立っている。
「どうする?」
少し見上げるように、尋ねてきたのはヘルガだった。
「おまえ、俺に合わせる気は?」
「ないわ」
あっさりと答えたヘルガに、カズヤは溜め息をついてしまう。
「それで、どうすると聞くのは変だろう」
「それも、そうね……」
頷いたヘルガだった。再び溜め息が出そうになるカズヤである。
「好きにすればいい。俺も、おまえに合わせる気はない」
「タイミングは?」
「聞いてればわかる。そっちは?」
「鍛錬を見ていたから、わかるわ」
「なら、問題はないな」
連携をどうする、と言う話ではなかった。
初めてペアを組む相手と、これだけの会話で済ませる事はまず無いが、よほど相性の良い相手となら、具体的な話をせずに連携が取れる事もある。しかし、一期生のほとんどが経験不足のため、具体的にどう動くかの話をして、実戦で変えて行くのが常であった。
好き勝手に動いて、連携が取れるはずも無いのである。
無いはずにもかかわらず、カズヤとヘルガは信じられない事に連携が取れていた。
カズヤの長剣を受け止めたマヤの感想は、ヘルガが受けたものと同じ『軽い』である。楽に受け止められる事は、力が無いと言う事だった。剣士としては、質が低いとしか言いようが無い。
なぜこんな者が、SOクラスに来たのか疑問に思ってしまった。
受け流しで体勢の崩れたカズヤに、長剣を叩き込めば終る。
そう思った。
が、カズヤは崩された体勢をそのままに、身体を回して横殴りの剣戟にしていた。
「チッ」
舌打ちと共にマヤは、避けるように飛び下がる。
それでもカズヤの長剣は、マヤを追って来た。カズヤの止まらない流れのような連続した動きが、マヤを戸惑わせ始める。
(どこが、最弱……)
剣速は決して早くはないが、連続した動きがマヤを受けに回らせていた。カズヤに対する認識を改めないと、自分達が負ける。
そんな予感がしてしまった。
アヤの術技が組み上がると感じたマヤは、タイミングを合わせてカズヤを基点に誘った。思い通りに誘い込んだはずが、爆ぜたのはカズヤの横である。
(アヤが……外した?)
カズヤの速度が遅いために、外したのだとマヤもアヤも思っていた。それが思い違いでしかない事に、気が付かなかったのである。
二度、三度とアヤの術技が、カズヤの横で発動するとアヤは焦りだした。
マヤ自身も受ける剣圧が変わってきた事に、焦りを感じ始める。カズヤの剣圧が、初めの時よりの重く速くなっていた。さらに、模擬戦が始まってから、カズヤが一度も足を止めていない事に気が付く。
(まさか……戦闘中に……上達したとでも……)
二人の焦りが、カズヤだけに意識を向けさせてしまった。
この瞬間を待っていたのは、ヘルガである。
自分が負けた時と、同じ事になるとわかっていたヘルガは、詠唱もせずに三人の動きをじっと見ていた。
マヤとアヤの意識がカズヤ一人に集中した時、ヘルガは短縮詠唱で術式を組み上げる。それも三重詠唱と言う、離れ技のような術式だった。
アヤを取り巻くように、術式が次々に発動する。
「三重……なんて娘なの」
呻くような声はサヤカだった。
自身でさえ、二重詠唱ができるぐらいの錬度である。
三重詠唱は、ハイソーサリークラスの錬度でも、失敗するか途中で暴発してしまうかの、どちらかにしかならないしろものはずだった。それも、短縮詠唱で成功させてしまうなど、そら恐ろしい力量である。
「アヤ!」
三重の術式に飲まれてしまったアヤを、思わず振り返ってしまったマヤに、カズヤの長剣が横から襲って来た。
かろうじて受け流したが、次の瞬間にはカズヤの剣先が喉元に突き付けられている。
「俺……たちの……勝ち……だな……」
荒い呼吸の合間に言葉を出すカズヤを、マヤは呆然としたまま見てしまった。身体強化を使っているにもかかわらず、呼吸が荒くなっている事が信じられない。
ありえない事が、眼の前で起こっていた。
「どう言う事?」
思わず問いかけてしまう。
「なに……が?」
「身体強化を使えば、このくらいの模擬戦で、呼吸が荒くなる事はないはずよ」
「そう……なのか?」
首を傾げるカズヤに、マヤは背筋に冷たいもが走るのを感じた。
身体強化を使っていないと気が付いてしまう。それなのに、身体強化を使う自分に打ち負けなかった事が信じられなかった。
「私達の負けでいいわ」
吐息と共にマヤは言う。
そして、アヤの傍に行くと、さばさばとした声と笑顔になる。
「とんでもない後輩だわ」
「認める」
アヤの半歩回りに、三つの爆ぜた跡があった。術式が外れる事がほとんど無いと、知っている術士にとって、この跡の意味は明白である。抵抗する事は無駄であり、絶対的な力量が違うと言う事だった。
「今度は、俺達とやろうぜ」
大剣を背負ったアキラと、長杖を担いだメグミが笑いながら近づいて来る。
「呼吸を整える間は、待ってやれ」
ハヤトは、半ば苦笑していた。
「マヤ、アヤ。何も言うな。後でアキラ達と一緒に聞く」
口を開きかけたマヤを、ハヤトは止めている。対戦してみればわかると、ハヤトは思っていた。その目論見は成功したと言える。
「ハヤトさん……まだ、やれと?」
「ああ。その方が、おまえ達を知るには手っ取り早い」
「剣士は剣を交えるのが一番だ」
同意するように頷くアキラに、カズヤは呆れてしまった。
「あんた、熱血漢か?」
「おう」
笑顔で肯定するアキラに、カズヤはげんなりと肩を落としている。
「さあ、始めようぜ」
言った途端にアキラが、抜刀からの打ち落としを繰り出した。
予測していたにも関わらずカズヤは、受け流しそこねて弾かれてしまう。体勢を整える間もなく二撃目が襲ってきた。
「しっかりしなさい!」
二撃目を長杖で防いだヘルガは、振り返りもしない。
「甘い!」
そのヘルガに、メグミが長杖を繰り出していた。
メグミの長杖を遮るように、カズヤの長剣が下から掬い上げる。
「どっちが!」
長剣を振り上げたカズヤの身体が沈み、回した長剣がアキラへと向かっていた。
「あんた!」
掬い上げられた長杖を半周させたメグミの打撃が、踏み込んだカズヤの背を襲う。
それさえ、ヘルガの長杖が止めていた。
「しつこい!」
「おたがいな!」
ヘルガの頭上から大剣が降ってくる。半身でカズヤの長剣をかわしたアキラだった。
カズヤの左足が引かれ、身体が半回転してアキラの大剣を受け止めている。
「剣士術士入り混じっての剣戟とは……呆れた奴らだ」
一連の動きを見ていたハヤトが、呆れた声を上げていた。
「まあ、メグミなら、やりかねないもんねぇ……それに付き合う二人もだけど」
サヤカが苦笑する。
「それにしても、カズヤの剣が変わったか?」
「アキラに打ち負けてないわね……」
そう思えるほど、今までのカズヤの動きとは変わってきていると、ハヤトにもサヤカにも見て取れるほどである。身体強化を使えないために、剣士と打ち合う事が難しいカズヤは、受け流しを主体とした剣技を鍛錬して習得していた。
それが、アキラの大剣を受け止めている。
考えられるのは、流れるような動きが体重の乗った重く速い剣に変え、打ち負けない力になったと言う事だった。それも、ここ何週間の間に、である。飛躍的な進歩と言えるほど、カズヤの剣に対しての才能を感じられずにはいられなかった。
と、アキラとメグミが同時に後方へと飛ぶ。同じタイミングで、カズヤがヘルガを抱えて後方へと飛んでいた。
瞬間、爆炎が四人の間に広がって行く。
驚愕が三人の顔に浮かんだ。
アキラとメグミは、術技をカズヤが避けた事に。
「あれを避ける?」
「無茶苦茶な奴だな」
呆れるしかない。
ただでさえ術技を避ける事など、不可能に近い事にもかかわらず、ほぼ無詠唱に見える術技を避けたのだ。運がいいだけではすまない事である。
ヘルガはヘルガで、術技を組み上げる様子もなく、術技が発動した事に驚いていた。
「無詠唱……術技……?」
聞いた事も、そんな事ができるとも聞いた事もない。
そして、カズヤはヘルガを巻き込まずに澄んだ事にほっとしていた。
「ヘルガ」
カズヤは、呆けたような顔のヘルガを抱え起こして前に立つ。
瞬間、カズヤはおかしな事を感じた。前にも似たような事をやった記憶ある。何だと思う前に、アキラとメグミが動いていた。
「来るぞ」
ビクッと反応したヘルガが詠唱を始め、反対側でもメグミが詠唱を始めている。カズヤとアキラが、術士の詠唱を拒もうと激突した。
アキラの大剣が唸りを上げて頭上から落ちてくれば、カズヤの長剣が大剣を受け止めて軌道を逸らせている。
そのまま踏み込んでくるカズヤに、アキラも同じように踏み込んでいた。
「ぐっ……」
体当たりを受けたカズヤが吹き飛ぶ。
吹き飛ぶカズヤを無視して、アキラがヘルガに向かって行いた。すぐに起き上がったカズヤは、アキラを追うために駆ける。
駆けた勢いのままアキラが大剣を横殴りに振り、その途中でカズヤの長剣がアキラの大剣を受け止めた。
「なに?」
信じられない呟きをもらしたアキラの後ろで、ヘルガとメグミの術技が、同時に発動し相殺されている。
「そこまで!」
ハヤトの声が四人の動きを止めた。
剣を交えたままアキラとカズヤが、ハヤトを振り返っている。ヘルガとメグミは長杖を構えたまま、ハヤトに顔を向けていた。
「これからなのに!」
と、メグミが叫べば。
「面白くなったところなんだ!」
アキラが吼えていた。
「十分わかっただろう。二人とも」
「本気で怪我をしない内に、止めたんだけど」
ハヤトとサヤカの二人は、顔合わせの模擬戦のつもりだったのだが、思いのほかアキラとメグミが、のめり込みそうになったので止めたのである。
「今後は十分に鍛えればいい。今日は顔合わせのつもりだったんだが?」
「いや、あ……」
笑って言うハヤトが怖いらしく、アキラはが口篭もってしまった。
そして、渋々と大剣を納めるとハヤト達が立っている元に歩いて行く。メグミも肩を竦めると、長杖を担いで歩き出した。