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プロローグ

新作です。

完結まで下書きはありますが、推敲に時間がかかりそうなため更新時期不明になります。よろしければお付き合いくださいませ。

 初めて訪れる都市は、男の子にとって楽しい場所だった。見るもの聞くもの、全てが新鮮である。剣士を目指して鍛錬をしている男の子にとって、いつもと違う事が楽しくてしかたがなかった。

一緒に来るはずだった双子の弟は、風邪を引いて体調を崩し、一緒に行けない事を残念がっていたが、無理をして悪化させる訳にもいかないので留守番である。

 術士の母に連れられて向かったのは、都市の中心部にある巨大な建物で、そこは多くの人が出入りしていた。


「ここに、いるのよ」


 母親に言われた男の子は、建物の中で広い空間になっている場所のベンチに腰掛けて、行き交う人の流れを見ている。ほとんどの人は、母と同じ術士のように見えた。

 ベンチに座っていた男の子の隣に、少し年下の女の子が腰掛けて、足をぶらぶらとさせ始める。女の子の白い髪に、男の子は首を傾げてしまった。

初めて見る髪の色に珍しさがあり、ついじろじろと見てしまう。


「なに、見てるの?」

「うわ!」


 前を見ていた女の子が、いきなり男の子を振り返った。女の子のヘイゼルの瞳が、不審げに睨んで来る。


「あたしの髪が珍しい?」

「あ……綺麗な白い髪だよ。ぼく、初めて見たよ」


 髪を褒められて、女の子の顔が嬉しそうな笑顔になると、男の子のそばに近づいた。


「ママゆずりの髪よ」


 と言った女の子は、男の子の顔を見て小首を傾げる。


「術士……じゃないよね?」

「うん。ぼくは、剣士になるんだ」

「へー、そうなの。でも、強そうには見えないね」

「ひどいな。これでも六年以上は、鍛錬しているんだ」


 女の子は、眼を見張って男の子を見た。


「六年、すごいね」

「たまにつらい時もあるけど、弟や幼馴染もいるから」


 笑って言う男の子に、女の子は良い事を思いついたような顔になる。


「じゃあね。すごい剣士になったら、あたしがペアを組むパートナーになってあげる」

「術士なの?」

「そうよ。こう見えても、あたしはすごい術士なんだから」

「そうなんだ。じゃあ、ぼくがすごい剣士になったら、ペア組む術士はキミに頼むよ」

「約束よ」


 女の子が小指を立てて差し出して来た。


「極東では、こうするんでしょ」


 男の子は笑って、女の子の小指に自分の小指を絡める。


「約束するよ」


 嬉しそうに微笑む女の子と、少しはにかんでいる男の子の姿は、ほほえましく通り過ぎる人の顔に笑みを浮かべさせていた。


 穏やかな空間が、いきなり険悪な空間に変わる。

 殺気立った大人の男が、怒りに顔を震わせて何かを叫んでいた。


 何を言っているのか、男の子には理解できなかったが、真っ直ぐに進んで来る男に対して、男の子はベンチから立ち上がって女の子の前に立つ。男の子は子供の自分に、大人の男を止める事が出来ない事はわかっていた。


それでも前に立つのは、剣士としての資質の表れである。


 男の後ろから、数人の男達が駆けて来て男の両腕を取って押さえつけようとした。振り払おうと男は暴れるが、反対に数人の男達に取り押さえられてしまう。


 動けなくなった男が、女の子を見て叫んだ。

 すると女の子は、歌うように言葉を紡ぎ始める。


 聞こえてくる歌声のような声に、驚いて振り返った男の子は、女の子の両手が歌声に合わせて動いているのを見てしまった。

ぽかんと見ていた男の子は、何かとんでもない気配を感じる。

少し離れた所で、その気配が膨れ上がっていた。


思わず近づいてしまった男の子が、手を伸ばすと瞬間的に弾き飛ばされ、受身を取る事も出来ずに、床に叩きつけられる。

ベンチまで転がって行った男の子は、立ち上がる事も無理と思えるダメージを負っているはずなのに、半ば意識の無いまま立ち上がろうともがく。

 弾き飛ばされた時にでも負ったのか、男の子の額が切れて血が流れていた。ふらふらになって立ち上がった男の子は、無意識の内に女の子の前に向かっている。


 額から血を流す男の子に気が付いた少女が駆けて来たが、目の前で膨れ上がっていく魔力に、治癒術技ではなく障壁の術技を詠唱し始めた。


 少女の術技が発動した瞬間、全てを消し去る閃光が、全ての者の目を眩ませた。



 気が付けば男の子は、白濁した光りの世界で少女と一緒にいたのである。


 何もわからず、恐怖に震えそうになる心を押し留めていたのは、少女の柔らかい微笑みだった。その微笑みは男の子に安心感を与え、恐怖に硬くなりそうな身体の力を抜かせている。


 大丈夫、と少女の口が動いた。


 母と一緒に都市に来たはずなのに、何も無い事を不思議に思う。


「ここは、どこ?」


 尋ねてくる男の子に少女は一瞬、顔を伏せたがすぐに男の子に瞳を戻していた。嘘を言っても、意味はないと思い正直に話す。


「爆発の中心に近いところよ」


 意味がわからなかった男の子の首が傾いていた。そんな男の子の姿に、こんな状況だが少女は笑ってしまった。そして、すぐに真面目な顔になる。


「障壁で防いでいるけど、長くはもたないわ」


 障壁の意味は、男の子にもわかった。それは危険過ぎる状況だと理解できる。


「ぼく達、死ぬの?」


 少女は首を振って、大丈夫と再び繰り返していた。


 なにが大丈夫なのか、わかっていない男の子は、何も言えないまま少女を見ているしかできない。不安そうな男の子に少女は微笑みかけて、男の子を引き寄せた。


自分に出来る事が、まだあると少女は思い出す。


このまま男の子を救うだけでは、ダメなのだと気が付いた。辛い思いをする事になるかも知れないが、それでも託すべきだと考えていたのである。

 傷つきながらも、女の子を護ろうとする男の子なら、乗り越えられると思った。


まだ男の子は、自分の腕の中に震える女の子を抱きかかえている事に、気が付いていなかった。無意識に誰かを護ろうとする男の子に、少女は『騎士』の資質を垣間見ていたのである。


 そして、少女は震える女の子の内に秘める強さにも気が付いていた。その力は、良くも悪くも全てを飲み込むものである。だからこそ、この少女も救わなくてはならない。このまま芽を潰してしまう事は、騎士である自分には出来なかった。


自分の思いを、この二人が受け継いでくれると信じよう。

それが自分のできる事であった。


女の人に抱きしめられた事など、経験のない男の子は固まってしまっている。


「キミの名は?」

「――――」


 男の子が答えた時、少女は驚いたように目を見張り、そして、再び柔らかく微笑む。


「そう……キミが……」


 少女の優しく慈しむような眼差しに、男の子は戸惑ってしまった。初めて会う人なのに、なぜそんな瞳を向けてくるのか不思議に思えてしまう。


 そんな男の子に、少女は唇を重ねていた。


それは少女の我が儘だったが、男の子にはわからない。


突然の事に、男の子の身体が再び硬直した。


そして、流れ込んでくるものに、頭の中に入り込んでくるものの大きさに、動けなくなり、考える事ができなくなっていた。


「いつか、受け取ってくれると嬉しいわ」


 言葉は頭に残るが、意味のある言葉とは受け止められなくなっていたのである。

 そう言った少女は、歌うように言葉を紡ぎはじめる。


 それは、言葉によって紡がれる術式。


 魔術と呼ぶにふさわしい不可能を可能にする技。使いこなすには高度な知識と、鍛錬を必要とするものだった。

 男の子は意識下から、少女が紡ぎ上げる術式に関しての知識が、浮かび上がってくる事に驚いてしまう。

その術式は『移送』あるいは『転送』と呼ばれる術式だとわかった。その事に戸惑いつつも、男の子は少女から目が離せなかった。


 いや、目を離してはいけない何かを、感じていたのである。


 紡ぎ上げた術式が発動する寸前、少女は微笑を浮かべた。


「生きて、私の―――――――」


 疑問に思うよりも早く、少女の姿が消えて世界が暗転する。刹那に見えたのは、光に飲み込まれて行く少女の微笑みであった。



 男の子は自分の腕の中に、女の子がいる事を忘れていたのである。




次回タイトル

『最弱と呼ばれる男』

ではまたー

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