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あれは煉獄、炎の巷  作者: 陸戦型稲葉
煉獄の椿
8/8

<4> ふたり姫 下(後)

5/4更新分 2/2

※5/14先頭に「序」を追加

5/20 ルビ修正

 ぎぃん、と硬質な音が響いた。

 火花が散る。

 大塔(おおとう)の二層目で、奈由羅(なゆら)班はあやかしと戦っていた。

「このっ、馬鹿力めっ!」

「まあ、まあ、()()だなんて」

「酷い事を言うのですね、人間のくせに」

「うるせぇ! さっさとくたばれ!」

 口汚く罵り、奈由羅は太刀を薙いだ。

 鋭い一閃は、しかし、亀姫の血刀に阻まれる。

 一進一退の攻防、と言えば、聞こえは良いだろう。

 だが、最も端的に言うならば、苦戦していた。

杜狩(とがり)巳左匂(みささぎ)! 左右から援護しろ!」

 呼応して、奈由羅の背後から班員が飛び出す。

 左から右へ太刀を振り抜く奈由羅の動きに合わせ、左側から杜狩の二組が、右側から巳左匂の三組が、あやかしたちに殺到した。

「あら、あら、無駄なこと」

 幾条も突き出された刃金(はがね)を掻い潜り、長壁姫の繊手が杜狩を迎撃する。

「ええ、ええ、おろかしい」

 亀姫の手の太刀は、巳左匂の短槍を巧みに()なし、激しい剣戟となった。

「班長、退()いてください! 邦頭様を!」

「ここは我々が受け持ちます!」

「……了解、頼んだぞ!」

 総勢十人余りが、あやかしを抑え込もうと奮闘する。

 奈由羅は、転瞬、踏み止まろうとして、けれど踵を返して上層を目指した。

 躊躇う事は、危地を預かる部下への背信だ。班長である奈由羅は、部下を信じる義務がある。




 二層目から三層目へ上がる階段は、基礎層から上がる階段の、ちょうど反対側に位置している。

 入り組んだ構造は防衛上のものだと言う話を、奈由羅は聞いた事があった。

 現在は縁遠いが、この城が造られた時代は、邦同士で激しい戦を繰り返していたと言う。おそらく、互いの城にまで攻め入る程の状況が、何度も有ったのだろう。でなければ、外敵の侵入を阻むような構造を、わざわざ造るはずが無い。

 その複雑な構造が、此度(こたび)のあやかしの蹂躙を、幾許かでも阻害していたのならば。

(……いや、仮にそうであっても、こんな状況じゃあな……)

 結局の所、蛮行それ自体を阻止出来なかったのであれば、多少の遅延に大きな意味は無いのかも知れない。

 血の海と化した廊下を駆けながら、奈由羅は益体も無い思考を打ち切った。

 行く手を警戒しつつ、廊下の角を曲がる。階段は角のすぐ先だ。ぽちゃん、と粘っこい水音が立つ。

 曲がり角で撥ねた足元の血が、隣の血溜りに飛び込んだのだ。

「……だ、れだ……」

 水音と足音を聞き付けてか、上階から掠れた声が掛けられた。

 それは奈由羅の良く知る、主の声。

「邦頭様!」

 小さな赤い滝と大差無い階段を上がり、奈由羅は主を見付けた。

 片足と両腕を失った、満身創痍の会予廼(えよのい)が、蒼白な顔で奈由羅を見返した。

「すぐに手当てを――」

「要らん。もう間に合わんだろう……」

「しかし!」

「奈由羅()()、あやかしは討ったのか?」

 掠れた、弱々しい声ながら、会予廼の問いは明瞭だった。

「いま、部下が足止めをしています」

「討てるか?」

「外の応援が間に合ったとして、五分かと」

「そうか……」

 対峙してみて悟った。

 荒事向きではない奈由羅班では、あのあやかしたちを討つのは望み薄である。

 荒事専門の季錐(きすい)班なら討てるかも知れないが、生憎、彼らは城外の捜索に当たっている。召集し、突入するだけの時間の猶予は、奈由羅班では稼げぬだろう。

 人々を守る衛士(えじ)でありながら、あやかしという災厄を討てない。

 自身の不甲斐無さを悔やみ、奈由羅は拳を握り込んだ。

 もしも仮に、奈由羅班と季錐班の役割が逆だったなら、あのあやかしたちを討つ確率は上がっただろう。

 けれどそれでは、この城に()()()()()()()()を究明する事は出来ない。季錐班は荒事専門であって、調査に向いた技能は持ち合わせていないのだ。

 隊長の連晴(つばる)は、今後起こり得るかも知れない災厄への対策を、奈由羅班(調査特化)を使って探ろうとした。

 現状が惨劇であるからと言って、それを悪手だとは言い切れない。

 奈由羅班とて、極端に弱い訳では無いのだ。連晴隊が対処したあやかしの大半に、奈由羅班だけでも打ち勝てるだけの実力は持っている。

 ただ此度は、相手が悪かった。

 姫の名を持つあやかしは、大抵が厄介な相手であるが、それにしてもあの姉妹――長壁姫と亀姫――は、強過ぎた。

「確か、お前の班は、あやかしを調べていたのだな……」

「……はい」

「ならば、聞いておけ」

 ひゅう、と喉を鳴らして、会予廼は言った。

禿(かむろ)の方が、()()()と言っていた。()()()()()()この()()は、()()()よりも巧く出来た、と」

「前、の?」

禿(かむろ)がそれだけ生きているなら、姉と名乗った女の方も、似た様なものだろう」

 ひゅう、ひゅう、

 会予廼の喉は、次第に喘鳴を漏らし始めていた。

 蒼白な顔色を見るまでも無く、血を失い過ぎたのだ。もはや永くない。

「奈由羅班長、俺を右手の角に運んでくれ」

「……はい」

「気遣う必要は無い。じきに死ぬ身だ」

「……ッ」

 言われるがまま、血みどろの主を運ぶ。

 ずいぶんと、軽くなっていた。

「亀姫とやらが、この城を飾り立てた所で、ここは羽鉋(はがの)の民の城だ。羽鉋の敵の手に渡す事は出来ん」

「……」

「そこの角の柱に、節穴がある。上向きに指を入れて引け」

 床から一尺程度の辺りに、その節穴はあった。

 節穴の内側には、小さな棒が仕込まれていた。

 指を引けば、三寸四方程が扉の様に開く。

 棒は留め金だったようだ。

「その棒を引っ張ると、鉄の玉が取れる。なに、錆びていても構わん」

 留め金を外せば、胡桃(くるみ)大の鉄の玉が付属していた。

 開いた小さな扉から、異臭が漂う。

「邦頭様、これはまさか……」

 傷んだ卵に似た臭い。

「火薬だ。爆轟(ばくごう)の仕掛けだよ」

 城の柱や梁、基礎材などに沿って、火薬を仕込む。

 築城の時点で城の爆破を意図した仕掛けを、爆轟と言う。

 大量の火薬は、どこを基点としても全体に爆炎が行き渡る。そして、炎が鎮まっても、城の跡地には瘴気が残り、敵の占領を許さない。

 まさに捨て身の最終手段だ。

「そこの床に玉を置いて、お前は衛士を外へ逃がせ」

「邦頭様は、どうされるおつもりですか」

「どうせ死ぬなら、羽鉋を守って死ぬさ。俺は、羽鉋(ここ)の邦頭だ」

 己が命で邦を(あがな)う、と言うのだ。

 その覚悟と、手の施し様が無い重傷に、奈由羅は一度、頭を垂れた。

「お前達は生きろよ、奈由羅」

 この人を救えなかった事が、ただ悔やまれた。

「……承りました」

 そして立ち上がり、未だ奮闘を続けているだろう部下の許へ急ぐ。

 会予廼に掛ける言葉は見付からなかった。



 二層目の戦闘は、階段の近くまで動いていた。

 手傷を負い、息を切らしつつも、班員たちはしぶとく粘っている。

「総員ッ! 北西の角から湖へ跳べ!!」

 奈由羅は声を張り上げた。

 会予廼は、爆轟の作動を待ちはしない。

 奈由羅が叫ぶ指示の声、それを合図にするだろう。

「無茶です、班長!」

「いいから()()()()()()!」

 あやかしたちは城に執着している。

 執拗な攻撃は、人間を城から排除したいが為。

 ならば、自ら外へ逃げようと言う人間を、積極的に追おうとはしない。

「ここで死ぬより、幾らかマシだ!」

 あらあら、まあまあ、と姉妹は動きを止める。

 人間の足掻きを嘲笑(わら)っているのだろう。

 その高慢、その増長を、生き残る機と見るか。

「くすくす、おにげなさい」

「それも、無駄な事ですけれど」

 床が震えた。

 背に悪寒が走る。

 奈由羅は、手近にいた班員を抱えて、北西の窓から身を躍らせた。

 空気を叩く爆音が響いた。



――――――――――――



 季陸醒(きりさめ)砂浪(いさな)は、意識の無い少年を抱いて、大手門に戻ってきた。

 他の衛士達は進路を変えず、捜索を続けている。

 二人が戻ってきたのは、少年の素性を知るためだ。

 断髪間もない髪型から、七歳の祝いを終えたばかりの男児だと分かっている。

 子は七つまでは神のうち。

 七歳になるまでは髪を切らず、男女とも(うなじ)で括る。

 七歳の祝いの際、男児は髪を短く切って一寸程に括り、女児は肩口で切り揃えて禿(かむろ)とする。

「隊長は、先月の七歳祝いに出席されていた。城の子なら、見覚えておられるかも知れない」

 砂浪の言葉に、季陸醒は頷く。

 少年が誰であるのか。それが分かれば、城内のどこに居たのかも察しが着く。

 もしも大塔に居られたならば、何が起こったのかを見ているだろう。

「……思い出させるのは、酷かもしれませんけど」

「素性によりけりだが、お前が支えてやれ」

「俺で、役に立ちますか」

「歳が近いというのは、案外重要だぞ」

 ぽつぽつと会話しながら、連晴(つばる)の前に少年を降ろす。

 季陸醒は、そっと慎重に降ろしたのだが、体勢の変化にか、或いは多少回復したのか、少年が目を開いた。

 淡い鳶色の目が、正面に立つ連晴を見上げている。連晴もまた、まっすぐに少年を見ている。

晴尋岐(はつき)、だったか。怪我は無いか?」

 連晴が尋ねた。

 少年は、まばたきもせずに、連晴の顔を見詰める。

「覚えているか? 私は連晴だ」

 連晴がしゃがみ込み、ゆっくりと問い掛けると、今度はこくりと頷いた。

「きみの名は、晴尋岐で間違いないな?」

 ――首肯。

「喋れるか?」

 しばしの沈黙の後、ふるふると首を振る。

「そうか」

 少年――晴尋岐の反応から何を汲み取ったか、連晴の表情は芳しくなかった。

 それから連晴は季陸醒を傍に屈ませて、晴尋岐に話し掛ける。

「寒かっただろう。このお兄さんと一緒にいなさい。名前は季陸醒だ」

 頑なに唇を閉ざしたまま、晴尋岐はじっと連晴を見詰めている。

 その表情は、目を開けてからずっと動いていないが、間近で見た季陸醒には、どこか怯えている様に感じられた。

「怖い人ではない。きみのお父さんも、よく知っている。それに、きみを川から助けてくれたのも、この季陸醒だ」

 連晴は晴尋岐を安心させようと、ことさら穏やかに話している。

 それが、惨状を目の当たりにした晴尋岐への配慮だと察して、季陸醒は疑問を差し挟めなかった。

(この子の父親は、誰なんだ?)

 連晴の口振りからして、晴尋岐の父は季陸醒の知っている人物なのだろう。

 七歳の子供が居てもおかしくない年齢の男は、すぐに思い付くだけでも五十人以上いる。城に勤めている以上、男所帯であるのは仕方が無く、ざっと計算して三十から四十歳の男となれば中核だ。(ひし)めくほど居る男達の一人を特定するには、まだ足りない情報が多すぎる。

「季陸醒」

「は、はいッ」

 思索を中断され、季陸醒はぴしりと直立した。

「お前は晴尋岐の手当てをしろ。砂浪、季錐にそう伝えておけ」

「了解しました」

 擦れ違い様に、季陸醒の肩を叩いて、連晴は素早く囁いた。

「奈由羅の息子だ」

 季陸醒は息を呑んだ。

 それならよく知っている人物だ。

 班は違えど、新入りと言う事で何度か構ってもらった。稽古の中で手合わせをしてもらった事もある。時折、手隙の時間を見付けては、あの伝法な口調で色々な話をしてくれた。

 季陸醒にとって、奈由羅とは「見た目は怖そうだけど良い人」だった。

 直属の上司である砂浪や季錐と同じ様に、尊敬しているし、感謝もしている。

 けれど、まさかその息子を、こんな状況で保護する事になるとは、予想する事など出来ようはずも無かった。

(……でも、この子の手当てを任されたのは俺だ。俺がしっかりしなきゃ、この子も不安になる)

 初陣の新入りには荷が勝ちすぎるだろうが、大塔に突入するよりは、まだやりようも有る。

 季陸醒がそう思った矢先、


 不意に、爆音が轟いた。


 その崩壊は、大塔から聞こえてくる。

「……そんな……」

 轟音は幾重にも響いて已まず、次第に城は形を失くしていく。

 季陸醒は、己の目に映る光景を嘘だと思った。

 否、そう思いたかっただけだ。

 羽鉋の要が落ちる、などと。

 未だ帰らぬ奈由羅班は、大塔に居る。

 晴尋岐の父親は、あの崩潰(ほうかい)の只中に居るのだ。



――――――――――――




「人間は、あやかしのことを分かっていない」

「てんちのことわりにしたがわないのは、にんげんのほう」

「わたくしたちを悪者にして」

「よるのくらやみをいみきらって」

「昼の影にも怯えて、恐れて」

「よるにもひるにもこわがって、そのくせ()()()()、あやかしをころす」

「傲慢なのは人間のほう」

「ぶれいなのはにんげんのほう」

「天地の理を忘れて」

「てんちのことわりにさからって」

「だから、いもうとよ、間引きましょう、減らしましょう」

「ええ、おねえさま、ころしましょう、こわしましょう」


「「天地の理に従う生命として、傲慢な人間は滅ぼしましょう」」




――――――――――――



 大塔から、もうもうと煙が立ち昇っている。

 木材の多い城だった。それが今、巨大な篝火と化して燃えている。

 大手門の足元で、少年が炎を見ていた。

 呆然と炎を見詰める晴尋岐を、季陸醒はきつく抱き締めた。

「見なくていい。きみは、見なくていいんだ」

 そう言う季陸醒の瞳には、炎の(あか)が反射していた。




 空を焦がす火焔の中から、女の叫び声が聞こえた。



 あとには灰と炭とが残るだけだった。




<補足>


※穀蔵虫は穀象虫+メイガ的な家庭害虫です。


※「爆轟」の本来の意味は「(大雑把に言って)爆発」です。詳しくはぐぐってください。


※衛士隊の構成

隊長(一名)→副長(二名)

班長(三名)

掌卒(各班五名)

ヒラ衛士(各組五名)

基本的にはこの構成で一隊九十六名。この他に邦頭管轄のサポートメンバーがいたり、衛士の家族などが手伝ったりして、総員百二十名前後が衛士隊を動かしています。


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