Story 5;雨降り小路
朔斗十四歳・麻依十三歳
「朔斗っ!早く起きてよ、遅刻するよ、部活っ!」
「う〜?…麻依〜?だぁい好きだよ♪」
「…っ!な、何寝ボケてんの?一緒に学校行ってあげないよっっ!」
う。顔がほてってくるのがわかる。
「ばーか、オレのこと大好きなくせに」
「ふぅ〜ん、朔斗だってあたしのこと大好きでしょ?」
「うん。だぁ〜い好きって言ったじゃん。ね、麻依ぃ、チューしてよぉ」
「バカっ、早く起きてってば!」
ちょっとだけ朔斗の顔を見つめてから部屋を出て行こうとしたあたしに、朔斗はほっぺチューをした。あぁもう…朔斗には勝てない。
あたしと朔斗は、中1の頃から付き合い始めた。
もちろん、お母さんと誠斗さんには内緒だし、親しい友達…と言うか麻綾にしか、付き合いは話してない。
あたしと付き合い始めて、朔斗は変わった。
まぁ、1つそれ以外の原因がある…とも言える。麻綾の…麻綾の本当の父親は、信じられないけど…誠斗さんだったんだから。
やっぱりオレの父親はそういういい加減な人だったって、朔斗は傷ついてた。けど小1の頃から比べたら朔斗は、強い…強くなった。
「麻依ー、行くぞ」
「うんっ♪」
大橋学院大学付属中と高校は、制服が可愛い&カッコいいことで有名。
春服は、中学女子で黒いシャツワンピースに、カラーバリエから選べるネクタイを合わせるんだ。
夏だと水色の半袖シャツワンピースで、ネクタイは自由。それに、自由選択で指定ベストもある。冬は春服の格好に指定のカーディガン。
高校に入ると、ネクタイはリボン結びするんだ。基本的には変わらないけど、夏服の指定ベストとリボンが必須になる。
男子はものすごくカッコいい。シャツワンピではないけど、女子のシャツワンピぐらい丈の長い白のYシャツに、ストッパーで止める細いリボン。もちろんYシャツにはスラックスを合わせて、春服になる。
夏服はYシャツが水色になる。冬服も基本的には一緒だけど、寒い場合はYシャツの下にTシャツやなんかを着てる。それは別に指定ナシ。高校だとストッパーで止めてたリボンをネクタイ結びするんだ。
そしてその朔斗は死ぬほど制服が似合う1人。普段着の姿と制服じゃあ、何倍も制服の方がカッコいい…そんな朔斗は、あたしの自慢の彼氏なんだ。
去年の九月から付き合い始めて、やっと彼氏なんだって実感したのは二月のバレンタインだったっけ。クリスマスは当然あの家の四人で過ごしたわけだから無理もない。
朔斗が『ごめん、オレ彼女いるからこれもらうわけにはいかない。…ホントにごめんな』って言ってチョコを全部…あたしの以外全部断ってるのを見たとき初めて、彼女なんだぁって思えた。
…小1の頃からとか関係ない。大好きなんだ。
麻綾は、あたし達以外の友達とも一緒にいることができるようになった。あたしと麻綾は吹奏楽部に入って、それぞれ別のパートで新しい友達もできて楽しくやってるんだ。
朔斗は剣道部で、次期キャプテンに1番近いって言われてるぐらい上手い。いまの三年生の先輩でも敵わない人がいるって話。袴姿も何度か見るけど、やっぱり様になってるんだ。
「エリカちゃーん、麻依ちゃーん、いるー?」
あたしはホルンを吹いてる。いまあたしを呼んだのは…明日香先輩かなぁ。そして、エリこと蓮見エリカ。この子は…
「麻依っ!エリ、麻依見るのメチャ久しぶりな気がするぅ〜!」
…っていう子なんだ。おまけに何かこと情があるらしくて、自分の名前をエリカって名乗らない。
間違いなく『蓮見エリカ』なのに自己紹介では絶対に『蓮見エリでーすっ!』って言うの。
「エリ、おはよ。いま呼んだの、明日香先輩?」
「え、友香先輩じゃない?エリ、友香先輩だと思ったんだけど」
「エリちゃん、麻依ちゃん、おはよう」
「亜稀先輩っ!おはようございます!」
どうやら明日香先輩でも友香先輩でもなくて、亜稀先輩…水野亜稀先輩だったみたい。
「二人とも、昨日の件は決めた?」
現パートリーダーを務める亜稀先輩から、昨日あたし達は次期パートリーダー決めを頼まれてたんだ。そしてエリが口を開いた。
「亜稀先輩、考えるまでもないですよぉ。だって…絶対エリになんてムリ。麻依じゃないと務まらないですっ」
「エッ、エリ…!な、何言って…」
「エリね、ホントはパーリーやりたかったよぉ?でも、麻依じゃなきゃダメだよ、絶対ぜ――っ対!ね?」
「エリ…」
そうしてあたしは、次期パートリーダーに選らばれた。その日の放課後の部活でのことだったんだ…。
「麻ー依、よかったね!パーリー、なりたかったんでしょ!」
「うん…正直ね。ありがと、エリ」
「どういたしまして♪…ねぇ麻依。その代わりにね、エリ麻依に頼みたいことがあるんだぁ」
「なぁに?パーリー譲ってまでのことなの?」
「そぉだよ!」
なんとなく、エリの屈託のない笑顔に少しいやな予感がした…。
「エリね!好きな人ができたのっ!」
「え…エリ、もしかして初恋じゃないっ?」
「そぅなの!でね、麻依にね、協力してほしいの!」
「え…あたしになんて協力できるの?」
「うん、麻依じゃなきゃできないっ!」
……気付かないフリしかできない。エリは…朔斗のことが好きなんだ…。
「あのね…麻依の幼なじみのさ、E組の高崎朔斗くんいるじゃん?エリね、高崎くんのことが好きなのっ!」
「エリ…そっか、じゃああたし協力してあげるよっ!」
「ホントにぃっ?じゃあ今度さ、エリの家来て作戦たてよぉっ!」
「わかった。じゃあさ、今度の土曜日の午後行くね」
「うん!ありがとぉ麻依。だぁ〜い好きだよっ!」
…今朝の朔斗と同じ言葉。あたしは朔斗のこと大好きだし、譲ろうなんて1ミリも思ってない。朔斗はあたしのなの。あたしは朔斗のものなんだよ。譲れない。だからこそ協力するの。
…エリ。これは真剣勝負だよ。
「ねぇ、朔斗ーってばーぁ」
「何、麻依。麻依がそーゆーことすると可愛いからダメだーって言ってんのに」
「その朔斗の反応の方がず――――っと可愛いもん、あたしなんてどーだってよくなっちゃうよ」
「ふぅ〜ん。で、何?何かあった?」
「…あ、のね、朔斗。あたしの友達に、朔斗のこと好きって子がいるんだ」
こういうトコ、朔斗とエリは似てるのかも。屈託のない笑顔が、あたしの決心を揺るがすんだ。
「あのさ?朔斗、あたしのこと好き…だよね?」
朔斗はあたしを少し抱きしめるようにして言う。
「当たり前じゃん。なんだ、不安なの?」
「お願いがあるの…ねぇ、別れよう、朔斗。あたしも、友達になんか負けないぐらい朔斗のこと大好き。
でも…あたしと朔斗が付き合ってるから諦めてもらうんじゃなくて、あたしのほうが朔斗を好きってこと証明したいの。からっ…1回、別れよう」
覚悟はしてたのに…涙があふれる。
「…っ何でだよ!オレは麻依が好きだって…。っ、世界で1番大切な人なんて麻依しか…離れんなよ!オレ、麻依が泣くの見たくねーよ。
オレは泣きたかったとき、麻依がそばにいたから泣かないで済んだんだ…麻依が泣きたいなら、そばにいたい。オレのそばにいろよっっ…!」
「朔斗…お願い。あたし、朔斗がいなくてもちゃんと笑ってるから。
今はツラいだけだよ。あたし、絶対勝負に勝って朔斗のトコに帰ってくるよ。だから…あたしだって朔斗と離れたくないよ。
今まで通り友達として接する分にはいいんだし…」
「…わかった」
そう言うと朔斗は、少し寂しそうな顔をしてあたしの頭を撫でて、そっと呟いた。
『待てて3ヶ月。オレ、麻依のこと信じてるからな。絶対、オレんトコ還ってこいよ』
朔斗の気持ちは、痛いほど伝わってきてるよ…。
「ねぇ麻依ー?朔斗と別れたばっかのところに言うことじゃないんだけどさ…」
「どしたの、麻綾」
「私ねー?…好きな人、できたかも」
「ウソっっ!まっ、麻綾絶対恋愛しないって言ってたじゃんっ!」
「そーなんだけど…」
「で、だれだれ?」
「…亜稀先輩のね?双子の弟の佑稀先輩なんだけど…」
「ゆ、佑稀先輩?」
水野亜稀・水野佑稀姉弟は双子で、揃って美形なことで有名。まさか、その佑稀先輩に麻綾が…でも、お似合いかもしれない。
「頑張りなよ、麻綾なら絶対大丈夫だよ♪」
「麻依…!ありがとう。私、頑張ってみるっ!」
「そーだよ!佑稀先輩かぁ…確かにカッコいいもんね。わかる気がする。
一見亜稀先輩とカップルに見えちゃうぐらいね。吹奏楽部部員を四十五人引き入れた亜稀先輩の双子の弟だし」
そう、亜稀先輩に憧れて吹部に入った人は合計四十五人にものぼる。
その中でも亜稀先輩の吹くホルンには人気が集中して、あたしとエリが選ばれたのが不思議なぐらいだった。
でもあたしはきっと、亜稀先輩がいなかったとしてもホルンを希望したと思う。
「あ…のね。前、まだ麻依と朔斗が付き合ってたころに、カサ忘れちゃって…帰るのに困ってたことがあったの。そのときに、亜稀先輩と佑稀先輩が一緒に帰るトコだったんだ。その前からカッコいいとは思ってたんだけどね。亜稀先輩にさよならって言ったあと、そのまま止むの待とうって思ってたらね?佑稀先輩が、オレ亜稀と入るからって言って貸してくれたの。
佑稀先輩、身長百八十越えしてて、すごい怖いイメージあったんだけど…こんな優しい人だったんだな、って思って…」
そこまで言うと麻綾は急に照れたように顔を真っ赤にした。まったく、ここまで可愛い子が恋するとこうなるのかぁ…。
「あ、亜稀先ぱーいっ!」
「麻依ちゃん。おはよう」
「おはようございますっ!あの、突然なんですけど…」
「?どうかしたの?」
「先輩の弟の佑稀先輩って、好きな人とかいるんですか?」
「佑稀ぃ?うーん…いるみたいなことは聞いたことあるかも知れないな」
「心当たりとかは…?」
「あ、ちょっと待って。 ゆ―――き―――?」
音楽室の入り口に、長身百八十四センチの佑稀先輩が立っていた。
「ねぇ、佑稀?好きな子とかいるの?教えてくれたらカサぐらい貸してあげるよ」
「亜稀?それとこれとは話別だろーが」
「どーせ麻綾ちゃんでしょ」
「…わかってんじゃねーか。カサ、貸せよ。亜稀が二本持ってったんだろ、どうせ」
「バレたか。いーよ、私のカバンわかるでしょ?取ってってよ」
「亜稀先輩?カサ…1本か持ってなかったんじゃ…」
「いーのいーの。カサ、私教室に置いてあるから。今日…麻綾ちゃん早退よね」
「え、はい…」
「う〜ん、上手く会えるといいんだけどなぁ」
「え、亜稀先輩知ってて…?」
「ま、それもあるけど…佑稀もね、麻綾ちゃんのこと好きっぽくって。私が彼氏と別れたばっかだから、好きな人ができたこと言おうとしないの」
「え。亜稀先輩の元彼、って…」
「そんな気にするような相手じゃないよ。D組の三矢航だから」
「三矢航…ってあの三矢コウ…?」
「だから気にしなくていいんだって。で、問題は佑稀と麻綾ちゃんでしょ。見に行かない?」
「…はいっ」
なんか…楽しくなってきたなぁ。
「…あ、先輩!あれって、佑稀先輩じゃないですか?」
「そーだね。ゆーき、何やってんのって言ってやりたいけどガマンガマンっと。あれ、麻綾ちゃんだよね」
「あ、そうです。話せるかな…」
「やっぱ麻綾ちゃんって可愛いよね〜!フルートめちゃくちゃ似合ってるし。う〜ん、実架がうらやましい〜」
実架っていうのは、フルートのパートリーダーの先輩。亜稀先輩並みに、大人気の先輩なんだ。そして、小学校の頃の友達だった宮入結架のお姉ちゃんなんだ。
「あ―――!あたしとエリ、見捨てるんですかぁ?」
「あ、違うって。ごめんごめん。麻依ちゃんもエリちゃんも大好きだって」
「ウソっぽー…って先パイっ!佑稀先輩と麻綾がっ」
「わ、話してるじゃーん!」
今まで見たことのないような麻綾の恋する笑顔は、これ以上ないほど輝いて見えた。
さぁ、今度はあたしの番かな。エリ、あたし、絶対負けないから。朔斗…大好きだよ。ちゃんと…結果が出たら、朔斗の元へ還るよ…。