Story 3;オサナゴコロ
親が一人しかいなくても、ひねくれそうな環境の中でも順調にオレらは育った。
…少しこの部分だけは、オレに語らせてほしい。
「なぁなぁ朔斗、佐倉とお前って幼なじみなんだろ?しかも幼稚園から同じクラスの腐れ縁だって言うじゃんか。付き合ったりしてねぇの?」
「しっっ…ってねぇよ!なんで小五でそんなっ…」
「じゃあさぁ、今度佐倉麻依の家ぐらい教えてよ!オレ、佐倉のこと好きなんだー。このクラスじゃダントツ可愛いよなー」
クラスの中ではかなりふざけてばっかりな永原柊。
このころにでてくる感情として簡単に言えば、オレはコイツのことがずっと嫌いだった、ということになるんだろう。
「…やだね。柊なんかに教えたら、麻依が迷惑するし」
「はーあ?お前協力ぐらいしろよー!ホントは柊が佐倉のことずっと好きだったの知ってんだろー?」
これは、伊藤達希。こいつは、柊のいわゆる親友ってヤツで、でも麻依の友達の森下京香の幼なじみだ。
だからなんとなく、逆らえなくて一緒にいる。
「知らねーよ。知るわけないだろ、伊藤。なんで麻依がいいんだ?柊はダントツ可愛いって言ったけど、別に普通じゃん。
部屋はめったに掃除しないし…。第一、顔だけで選んでんじゃまたお前羽柴のときみたいに振られるだろ」
柊はホントに熱しやすく冷めやすいの典型で、何人もの子に告って見事に玉砕しまくっている。
たった好きと思って一日で告白した羽柴紗枝は正しい判断をした。意外にも柊ってモテるから。
「はー?アレは羽柴紗枝に見る目がないだけだろ。
しかも、お前あの佐倉麻依の部屋平気で入ってるわけ?佐倉、学年でも人気あんだぜ?さては朔斗、佐倉が好きなんだろ?そんなの自慢したがってるんだ?」
「達希、カン違いもいいとこだよ」
「いーよなー、幼なじみって。オレなんかあの京香だぜ?あの地味メガネのだよ?最悪だし。朔斗が超うらやましい」
「森下だって可愛いよ?少なくとも、麻依よりは顔立ちキレイだし」
「森下京香が佐倉麻依より可愛いって言うのか?冗談やめろよ、朔斗」
「森下のほうが可愛いよな?ロングの髪にメガネ似合ってるしさ」
「いや、京香よりもあのショートの髪にキラッキラの瞳!佐倉は最高に可愛いよ!」
「ハイ、森下京香のほうが可愛いと思う人手ー挙げてっ!」
オレは付き合いきれないあいつらのテンションについていけるように、いつもこんな演技をしてしまう、弱い人間だった。
ホントは、母さんが死んで、少しぐらい麻依を守れるような強さがほしい。
…きっと一目惚れだったと思う。オレは、初めて出会った四歳のころからずっと七年間麻依が好きだった。
何度だって、「親同士が結婚しようとしてるのに、麻依を好きになっちゃいけない」って、何度も嫌いになろうって決めたのに、どうしても、どうしても、麻依を嫌いになることなんてできなかった。
麻依と付き合うなんて、絶対あっちゃいけないことだって知ってるのに。でも、やめられなかったんだ。
今までにいくらでも、麻依がオレを好きだとか、朔斗は佐倉が好きだって言われてきたけど、オレも麻依も知ってる。その言葉が当てはまるかは知らないけど、ある意味じゃ禁断の恋そのものなんだから。
「佐倉麻依のほうが可愛いと思う人っ!」
オレの声にのって、柊が言う。オレの中では、小さく無意味に響いてきた。
七人で投票したら、京香が三人であたしが四人だったって、朔斗は言ってた。あたしはそのとき、朔斗が京香に手を挙げてるのを見てショックを受けてたよ。
「朔斗は…京香なんだぁ…」
そうあたしは呟いた。それを聞き逃さなかった京香は、急に立ち上がって言った。
「麻依、ホントは朔斗くんのこと好きだったんだーぁ!」
「そっっ、そんな好きな人なんていないよ!あたし十歳にもなって初恋まだだし!しかも朔斗なんてっ…」
…ごめん京香。あたしの初恋は六歳です。しかも朔斗で、今も好きなんです。
「でも結架、聞いたことあるよー。朔斗くんって麻依ちゃんが好きなんでしょ?」
「え!うっそーぉ!結架、それどこで聞いたの?」
「え、達希くんたちが前話してて…」
「達希?達希が言ってたの?…っちょっとあたし達希のトコ行ってくるっ」
「あーあ、行っちゃった。ねぇ麻依ちゃん、知ってた?結架は知ってるんだけど。ああいう京香ちゃんも、達希くんが好きなんだよ」
「え…ウソ!…ゆっ、結架はそういう人いないの?結架、そういうとこばっか鋭いんだから自分のコトだって気づいてるんじゃない?」
「…いるよ。でも…ダメなの知ってるからさっ」
「なっ、なんで諦めちゃうの?結架らしくないよ?あたし、マイペースな結架、すごくうらやましいのに…」
「…いいね、麻依ちゃんは。好きな人に好かれてるんだもん。結架、ホントにだめだから」
「諦めちゃダメだよぉ!…て言うかあたしホント朔斗とかじゃないしっ…あたしでよかったら協力するよ?あたし、結架大好きだもん!」
「いいよ…麻依ちゃんには協力できないから」
「なんでっ…協力させてっ」
「…気づいてた?あたしはずっと麻依ちゃんに気づいてほしかった……あたしの好きな人って…麻依ちゃんのこと好きな柊くんなんだよ…っ?」
そうやっとのことで言うと、結架は一滴の涙をこぼして、教室を飛び出した。
あたしは、言葉が出なかった。
教室を飛び出していった結架に、少しでもまともな言葉をかけてあげたかったのに…。あの結架が…柊を好きだったなんて…。
恋って、難しい。あたしだって、初めて朔斗が好きって思ったとき、イマサラ伝わるわけないって思った。
苦しかったよ…。でも、大好きなの。だからこそ、今は誰にも言えないって思ってたんだ。
こんなにそばにいて、告白したとして気まずくなったって困るだけ。
それに、両想いになったとしても、お母さんと誠斗さんは結婚するんだよ。あたしと朔斗は兄妹になるの。大好きなのに…どうして?どうしてなんだろう…。
あれから京香はやたらからかってくるし、結架とは距離を置かれるようになってしまって、あたしはなんとなく教室に居づらくなってきていた。そんな中で、転校生が来たんだ。
「ひ…な、仲里麻綾、です。ひ、人見知りなので、声、かけてくださぃ…」
かーなり、可愛い雰囲気の持ち主だった。
それに人形みたいな麻綾ちゃんに、すぐ男子はよってたかった。
女子も、すぐこういうキャラはいじめたがるらしくて、ユメと沙樹軍団は嫌味ったらしい近づき方をしてる。
「ねぇ、仲里さん。自己紹介のとき、最初に『ひっ』って言ったよね?あれ、何で?」とユメが振れば、
「あ…の…えっと…」と答えられない麻綾ちゃんの目をにらみつけ、沙樹にアイコンタクトをする。
「言えないの〜?うわぁ」アイコンタクトは絶妙で、沙樹は更なる嫌味を言う。
「…っ」
麻綾ちゃんの目にみるみる涙が溜まっていくのもお構いなしに、ユメと沙樹はニヤッとする。
あたしが耐えようもなくて一歩踏み出すと、もう誰かが声を荒げていた。
「ユメ!沙樹!いい加減にしろよ。お前らは普通に両親が仲良く暮らしてる家庭にいて、幸せに過保護に育てられてきてこんな風になってんのかもしんねぇけど…中にはそんなんじゃないヤツだっているんだよ!内気な性格が元々だなんて限んないだろ?もしかしたら昔ツライことがあったのかもしれない!それがわかんねぇてめぇらには、仲里に何か言う権利なんてねぇ。そんな権利…お前らにはやらねぇよ!」
「…朔斗…!」
麻綾ちゃんをかばってそういったのは、朔斗だった。
「そうだよ…ヒドすぎだよ!あたしたち、なんでこんなユメちゃんと沙樹ちゃんに怯えながら生活しなきゃいけないの?
麻綾ちゃんの気持ち無視して…ユメちゃんと沙樹ちゃんがモテないのって悪循環じゃんか!モテないからって可愛い子いじめて…男子に余計嫌われてモテないんだよっ…バカみたいなことやるのやめなよ…!」
「ちょっ…麻依!何言って…」
そう言って京香はあたしの顔をのぞきこんで、言葉を呑み込んだ。あたしの目には涙がいっぱいに溜まってたんだ。朔斗の言葉で、あたしの中で何かが切れて、ユメと沙樹を恨んだ。
「…はっ、何よ、まともな身分にないくせにね、佐倉さん」
「そうそう。せいぜいそこの仲里麻綾とかゆーヤツと仲良くしてればっ」
あまりに中途半端すぎる捨て台詞をはいて、ユメと沙樹は下っ端を連れて教室を出て行った。
「あ…ありがとっ」
「いいんだって、麻綾ちゃん。ほら、朔斗も」
「二人、は…」
「あ、オレと麻依は幼なじみなの。ねぇ、仲里麻綾さん。そっちの事情話してくれたら、オレ達の事情もアンタになら言える」
「えっ…ちょっと朔斗、本気?」
「本気。この人にも似たような事情あるってオレが見たんだから」
「…お話、します。」
麻綾ちゃんは俯き加減にそう言う。
「私…誰かの隠し子、なんです。今は里親さんのところにいて、その人が仲里さんっておっしゃる方なんです。
誰にもあやしまれなかったんですけど…。で、前の里親さんが樋口さんだったので、思わず『ひっ』なんて言っちゃって…こんなに転校してすぐわかる人初めてです」
「…麻綾ちゃん、そんなに転校いっぱいしてるの?」
「ワガママは…言えませんから」
「…そっ、か。…あたしは、お父さんを六歳で、朔斗も六歳でお母さんを亡くしてるの」
「えっ…?そんなことって…」
「あるんだって。ほら、現に起きてるし。こっからはオレが話す」
そういって朔斗は話し始めた。
「…オレと麻依は、四歳で初めて出会ったんだ。
で、それがオレの誕生日だったんだけど、その日にオレの母さんは元々病気だったのを押して、ずっと隠してたんだけどその日に倒れて、そのまま二年間植物状態だった。
で、その二年後に麻依のお父さん…湊さんと、お姉さんの麻友さんが車に轢かれて亡くなった。
それを機にしたのか、オレの父さんは母さんの投薬を止めるって言い出して、湊さんが亡くなった一週間後にオレの母さんも亡くなった。ここまではいい?」
「うん…なんか信じらんない。あ、続けて」
「仲里、カンいいからここまで聞いて思うこと、あるんじゃねぇ?」
「…その、歩未さんの投薬をやめるって言い出したのは、映夕さんと結婚するため、とか…?」
「オレはそう思ってるんだ。あと、仲里の親のことだな」
「え…?麻綾ちゃんの?」
「もしかして、あたしの両親が誰か、ってことですか…?」
「そ。今の里親さんの名前、両方言ってくれる?」
「仲里雅と、仲里郁未ですけど…」
「やっぱな。その、郁未さんって、オレの母さんの姉なんだ。要するに、オレの伯母さん」
「えっっ…朔斗と麻綾ちゃんの家に、関係があるってことなの…?」
「まぁ、そういうことだな。仲里、自分の親について何か聞いたことない?」
「…な、ない…。ごめんね、役に立てなくって…」
「そんなことねぇって。仲里、麻綾って呼んでもいいか?オレ達二人とも」
「…うん!あ、あたしも…っ」
「麻依と朔斗、でイイよっ♪」
麻綾はほんのり顔を赤らめて、麻依、朔斗、とあたし達を小さく呼んだ。あんまりにその様子が可愛くて、朔斗が心配になった…。
その時は気づかなかったんだ。達希くんがあんな目をして麻綾を見てるなんて…。