Story 30;甘い、キミの優しさ
1週間も遅れてすみません!まとまりがつかなくなってここ最近の2倍近くの長さです((汗
「水野亜稀っているー?」
テスト結果が発表された翌日、亜稀のクラスに“三矢コウの手下”として名高い井川隆介がやって来た。その事実に教室内は騒然とした。亜稀は優等生なのだから、そんな奴らと関わりを持つはずがない。ならば、彼女は彼等に目をつけられたのだろうか、と誰もが思った。
もちろん、当の本人だって驚いていた。自分がが三矢航を好きだということが、いつ誰にバレるか不安で仕方がなかったのだから。
そして実際、井川隆介の口から出た言葉は、その不安を煽るものだった。
「F組の三矢…解るよな?あいつが、放課後用があるから中庭に来てくれってさ。伝言」
「は、はい…」
普通ならもしかしてと期待する伝言が、かなりの恐怖を招いていた。
「い、井川の用って何だったの?」
「委員会の用だよー、たいしたことじゃなかった」
「それならいいんだけど…心配なんだよ、亜稀のこと」
「大丈夫だって!あたしが友香の保護者なんだからっ」
結局亜稀はそう言って、それを友香に告げることが出来ず、放課後になってしまった。
「亜稀ー、今日部活ないんなら一緒に帰ろうぜ」
「ご、ごめん佑稀、今日用事があるんだっ」
あからさまに挙動不審な亜稀を、佑稀は例のことだろうと何も言わずに見送った。
亜稀が中庭に着いたとき、もうすでに彼はそこにいた。
「水野亜稀サン、来てくれてありがとう」
「は、はいっ…来ました…」
ありがとう、と言った瞬間の彼は、とても不良には見えない爽やかな笑みを浮かべていた。
「あのさ、亜稀ちゃん」
「え…」
突然下の名前で呼ばれたことに驚いていると、一瞬目の前が暗くなり、首筋に温かくて柔らかいものが触れるのを感じた。
――三矢航の、唇。
「ひゃっ…」
彼の唇が離れた瞬間、息と外気が触れて、首筋がひやりとした。
「ごめん、あまりに白くて美味しそうだったから」
そう言うとまた、彼は彼女の左頬にキスをした。
そしてまた唇を離すと、亜稀の味で満ちたその唇で、耳元で囁いた。
「オレと付き合ってよ」
今までだって何度か、“告白”されることならあった。でも今までにないくらい、彼の言葉は蜂蜜みたいに甘く感じた。
「…たしが…やくんを…だから…」
「え?今何て言った?」
「あたし…三矢くんが好き…!!」
その言葉を聞くと、航は亜稀の両肩に手をかけた。
「ホントに?じゃあ…オレと付き合ってくれるんだよね?」
亜稀は何度も頷いた。そして航は亜稀を抱きしめた。
――にやける顔を隠すために。
「じゃあさ、一緒に帰ろうよ!…亜稀っ」
「いいよ、こ、航っ」
「オレのこと航って呼んでくれるんだ、ありがと」
「こちらこそ…亜稀、って呼んでくれて…ありがとう」
そして二人は、亜稀の右手と航の左手の指と指を絡ませて歩きだした。
「亜稀!どーゆーこと!?」
「あ、友香おはよう」
「おはよう…じゃなくて!どういうことかって聞いてるの!あんたと三矢航!」
「そうだ、報告しなきゃ」
そう言って亜稀は教室の椅子の上で正座した。
「あたし、三矢くんと付き合うことになりました」
「…真面目に言ってる?」
「真面目だよ、あたし」
「まさかホントに優等生の亜稀が三矢航と付き合うなんて…」
「え?何か言った?」
「…幸せになりなさいよ!!」
友香はワシャワシャと亜稀の頭を撫でた。
「…でさぁ、井川のヤツ――危ないっ!」
下校中に航の話を聞いていると、突然彼は亜稀を突き飛ばした。ガラスの割れたような凄まじい音が耳に届く。怖々目を開くと――液体と砕け散ったガラス瓶が散乱している。
「航っ!大丈夫!?こっち来て!!」
「…ここは?」
「あたしの家!佑稀今日は部活だから居ないし平気だから」
「…サンキュ」
「…ねぇ、航ホントに大丈夫なの?いつもの航らしくないよ」
「亜稀が何ともないなら大丈夫」
「あたしは大丈夫だよ…でも今日あたしと一緒にいるときだけでも7回目じゃない」
「回数なんか関係ないよ、亜稀が平気なら平気」
「…ホントに?」
「ホント…」
そう言って彼の唇は亜稀の鎖骨の辺りに触れた。そして舌を下に這わせて行く。胸元まで来たとき、何も言えずにいた亜稀がやっと言葉を発した。
「こ、航、何するの…?」
「亜稀を食べるんだよ、甘くて美味しいから」
「航…!?」
「自惚れてちゃダメだよ、水野亜稀ちゃん」
「いやぁあぁああぁあっ!」
運悪く、そこは亜稀の部屋だった。
運悪く、家には誰も居なかった。
家中に、亜稀の叫びと水音が響いていた。
「お邪魔しましたー」
よろけて立っていることもやっとだった。とにかく身体が痛かった。
「バイバイ、航…」
怖かった。航が。
なのに、まだ彼を愛しいと思う自分がいた。
だから、亜稀はただ彼を受け入れ続けた。
「何なんだよアイツ…まだ折れねぇ…」
「水野亜稀か?…なぁ、三矢。お前さ、ホントにアイツを折る気あるのか?」
「たりめーだろ、じゃなきゃ何でオレがあんなヤツと――」
航はそう言って言葉を失った。
「否定のしようがないだろ?可愛くて優しくてスタイル抜群、頭も良くて従順。…好きなんじゃねぇの?水野のこと」
「…解ってんだよ、自分がアイツを好きになりかけてるって…でも考えてもみろよ、アイツ…学年トップになれるくらいの優等生だぜ?オレがそばに居ていい人間じゃない」
「居てやれよ、三矢!」
隆介は俯いて顔を赤くしている航に顔を向かせ、真っ直ぐ彼を見据えた。
「水野だってお前が好きなんだよ!三矢航が!!」
その日以来、航は亜稀を優しく抱くようになった。優しく、壊れやすいモノを扱うように…。
「亜稀…愛してる…」
「航…あたしもだよ…んんっ」
「可愛い…亜稀ぃっ」
「いいよ…このままで…」
「いくぞっ……あぁっ」
「航……好き…」
「好きだ…亜稀…」
甘い空気に浸ったまま、どちらからともなく甘いキスをする。それが二人の幸せだった。
そんな、ある日のこと。
亜稀は、母親に呼ばれた。
「亜稀、ちょっと来なさい」
「はい…?」
「亜稀、ホントのことを言って。三矢くんと付き合ってるってホントなの?」
「……なんでお母さんが…」
「まったく…この前の保護者会、アンタと三矢くんの話で持ち切りよ!恥かかせないで!!そのときの気持ちだけに走るなんて水野家の子供がやることじゃないわ!」
「!!」
「どうしてもいつか捨てられる人と一緒に居たいって言うなら勝手にしなさい!そのかわり水野の姓を名乗らないで!もちろん梨屋もダメよ、水野より大事なんだから」
亜稀と佑稀の母・ひかりは、有名な茶道の家元である梨屋家の生まれで、父の和紀も旧家の水野家嫡男だ。その名を汚すな、とひかりは言っている訳だ。
亜稀の返事も聞かずにひかりは部屋を出ていった。それを見届けると亜稀は、家を抜け出した。
「航!入れて!あたし、亜稀!!」
「亜稀!?入って!」
航の両親は休日もほとんど家に居ないから、航が『今日は居る』と言った日以外はいつも玄関から普通に入れる。
「どうした…?」
「お母さんに…航と別れろって言われたぁ…」
「オレがこんなだから?」
「そんな言い方…でもそう、一家の恥だって言われた、航と一緒に居たいなら水野の姓も梨屋の姓も捨てろって…」
「…出てけよ、亜稀」
「え…」
「そんなこと言ってくるってことが覚悟が足りない証拠じゃないのか!?」
「やだ、違う――」
「出てけ、水野亜稀!!」
――翌日
「おはよ、亜稀!…ってあれ?元気ない?」
「友香…あたし、航にフラれちゃった…」
「え!?」
友香がそう言うか言わないかのうちに、ガシャーン!とガラスの割れる音がした。
「三矢!お前最近やっと大人しくなったのに!」
ガミガミ怒る先生に連行されて行く航と、思わず廊下に飛び出した亜稀がすれ違ったとき、亜稀の耳元で航の声が言った。
「早く亜稀はオレのこと嫌え」
――無理だよ、そんな優しくされたら――。
亜稀×コウの過去編がようやく終結して、いよいよ1ヶ月以上のタイムスリップから帰ってきます!…が、椎名の都合により次回の更新が異様に早いか遅いかになりそうです。あらかじめご了承ください。