Story 27;純粋、無垢
長らく更新停止していて申し訳ありませんでした。次話から毎週更新を努力目標に頑張りたいと思います((汗 それでは本編へどうぞ。
ふと左に目をやった麻綾が、何か言いたげにパクパクと動くあたしの口に気付いた。
「――ま…い…?」
理解しようとする自分と理解したくない自分が共存していたのか、麻綾まで言葉を失った。かろうじて出てきた言葉は、『さやかさんのとこ行こう…』だった。
「さやかさん!」
「まぁ、麻依ちゃんと麻綾ちゃんじゃない…どうしたの?朔斗くんの所に行かなくていいの…?」
とりあえずはよかった…。さやかさん、朔斗のこと知ってたんだ…。
「そのことなんです」
麻綾があたしの代わりに話してくれる。
「麻依が…朔斗のことショックだったみたいで…声が――」
「出なくなっちゃったのね?」
あまりに話しづらそうにする麻綾に、さやかさんが言葉を繋いでくれる。
そしてあたしは声の替わりにただひたすら頷いた。
「そうよね、彼氏がそんなことになっちゃったらね――ツラいよね、麻依ちゃん」
「―…っ」
泣きそうなあたしの頭を、さやかさんは優しく撫でてくれた。
「私も行くところだったのよ。…会いたいでしょう?朔斗くんに」
ありがとうございます、と口だけ動かして言った。
「――ここよ、朔斗くんの病室。…まだ意識、ないかもしれないけど…」
目線を逸らしながら呟くさやかさんを見て、麻綾があたしの背中に手をやって言った。
「…麻依、怖い?やめとく?」
――やだ、行く。
麻綾の服の裾にしがみついて口を動かす。
「じゃあ行くよ」
麻綾が扉を開ける瞬間、無意識にあたしは目を閉じていた。
人工呼吸器と脈拍測定機の音が、なんの抵抗もなしに耳に届いた。
あたしが今1番、聞きたくない音なのに。
「麻依っ」
あたしは自分がどんな表情をしてるかなんてどうでもよかった。
麻綾が自分を呼ぶ声なんて聞こえなかった。
ただ、人工呼吸器をつけて横たわる姿が目に映るだけだった。
全身から血の気が引いていくような感覚に襲われた。
ちょうど朔斗が病院に運ばれたと聞いたときと同じように、あたしは朔斗の横たわるベッドへ倒れ込んだ。
また気絶したのかと麻綾とさやかさんが駆け寄ってくるのを感じたから、きっと意識はあるのだろう。でも、起き上がる意志はなかった。
――このまま朔斗から身体を離したら、二度と触れられないような気がした。
「ぁぅ、あぅっ…」
朔斗、と呼べたら、どんなにいいだろう。そんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。声が出ないことが、こんなにもどかしいなんて。
「…ぁい…?」
耳元で声がした。
はっと朔斗を見ると、さっきまで確かに閉じていた瞳が見開かれている。
あたしの目からは、一筋の涙が伝い落ちた。
「ま…い…ごめ…」
うわごとのように小さく、でも確かに、朔斗はあたしを呼んだ。
嬉しいのに、声はやっぱり出ない。悔しい。すごく――。
「無理して喋っちゃダメ、朔斗。生きてるって、意識あるって解ったから、大丈夫だよ」
「まぁ…も…ごめ…」
「喋らないでって言ってるじゃない…」
「ほら、寝なよ。起きてただけだって疲れちゃうよ」
そういう麻綾の言葉にあたしは必死に頷いた。
――カッ、カッ…コツン。
「おやすみ、朔斗」
あたしがその病室の前に着いたとき、ちょうど麻綾ちゃんの声がした。
寝てるなら、入らないほうがいいかな。もしかしたら今のヒールの音も響いたかも。
少し前に通り過ぎた自販機とベンチのある待合室のような場所へと足を進めた。
大きなため息をついて、自販機で買ったカフェラテを一口飲んだ、そのときのことだった。
「あ、亜稀じゃん」
その声の主には心当たりがあった。
本当なら、振り向きたくないくらい怖いのに――愛しい人。
振り返って、予定通りの台詞を言った。
「なんでこんなところに居るのよ、コウ…っ」
想像以上にたじろぐ自分がいる。
「亜稀に会いたいからーっ」
「バッ…カじゃないの!?」
そう言った瞬間、下からコウに睨みつけられた。
「なぁ」
「な…なによっ」
あの頃から変わらない、不敵な笑み。
怖くもある。
だけど好きな、笑顔。
「高崎朔斗を殺ったの、誰か知ってる?」
その答えは、聞くまでもないはずだったのに――。