Story 26;消えていく
「な…なにか…あったの?」
「…いいから早く下に来て!!」
こんな強引な麻綾は珍しい。よっぽどのことが起こったのだろうかと、あたしの心は焦る一方だった。
「…麻依ちゃん」
佑稀先輩が階段の下まで来ていた。あたしは身長180cmを越える先輩と話しやすくするため、階段の1段目で止まった。
「宮入結架、って女の子…知ってるよな?」
「結架…ですか?知ってますけど…」
「その子の彼氏の永原柊のことも、だよね?」
「あの二人付き合ってたんですか!?しかもよりによって柊くん…」
「そこはどうでもいいの、麻依!その先なんだよ、問題なのは!!」
「…麻依ちゃん、落ち着いて聞いて。今まで学年トップはいつも、朔斗と結架ちゃんの争いだったことは解るね?でも最近、結架ちゃんの成績が落ち始めたんだ。現にこの前のテスト、1位は朔斗で2位は麻綾、3位は麻依ちゃんだっただろ」
「…はい」
「…結架ちゃんの両親、ものすごく厳しい人らしいんだ。2位でも怒られるくらいなのに4位なんかになって…今家に軟禁されてるらしい」
「そ…んな…っ」
「何で軟禁にまでするかって言ったら、簡潔に言えば永原柊がいるからだろ?会わなくすれば結架は勉強せざるを得ない、と考えたんだろうな。永原柊の成績は下から数えた方が早いくらいだから、そんな彼氏は認めないだろうし」
淡々と、でも心苦しそうに語る佑稀先輩の想いは痛いほど解る。
「それは…でも結架、小学校のときからずっと柊くんのこと…!それに柊くんだって、1人の女の子とそんなに長続きしたことなかったのに…」
「解ってる。結架ちゃんに告白されたときの彼女への想いこそが…恋なんだって気付いたんだ、きっと。だから柊は…結架ちゃんを救おうとしてる。そのために、朔斗が必要らしいんだ」
「ど…ういう…?」
「柊は、朔斗がいるから結架が1位になれないって思おうと必死なんだ」
その言葉をかみ砕くには、少し時間が必要だった。
「ってことは…」
その先は怖くて、言葉にならなかった。
それを感じたのか、佑稀先輩はその先を教えてくれた。
「刺されて…右腕の神経、やられたんだ。右の上腕骨も折れて…。あと、肋骨が3、4本…。あいつ…剣道続けられんのかな…。鉛筆…握れるようになるのか…?」
佑稀先輩は涙ぐんでいた。
でもあたしは涙も出なかった。 パパと麻友姉が死んだ日、お母さんは言った。
『人ってね、悲しすぎると涙も出ないんだよ…』
初等部、中等部を首席で卒業した朔斗。
高等部に入って3ヶ月、地道に自立への道を歩んできた朔斗。
あと少し、だった。
あと少しで、成績優秀者学費全額免除の対象になれた。
あと少しで、朔斗の夢は――叶うはずだった。
夢が叶ったら、ずっとあたしのそばにいてくれるはずだった。
それが…朔斗が夢を叶えることが、あたしにとっても夢だった。
なのにどうして。
ナイフ1本に全てを奪われなきゃいけないの?
目眩を感じたと思うと、あたしは意識を失った。
誰かに受け止めてもらったのかもよく解らない。
気が付くと、家のベッドに横たわる自分がいた。
「…よかった、目醒まして…」
そこには麻綾がいた。
ずっとそばにいてくれてたんだ…。
そう思うと、安心感のような温かさが身体中を駆け巡って行くようで、なんだか優しい気持ちになれた。
ありがとうって言わなきゃ。
そう、思ったのに。
あたしはそれを言えなかった。
言葉なら見つかってた。
でもそれを表現するための――
『声』が、あたしの身体からは見つからなかった。
どんどん予定にないほど暗い方向に走って止まりません((汗 いつになったらプロローグに追いつくのだろうと恐らく椎名が1番心配してるんです!長いお付き合いになりそうですが、今後ともよろしくお願いします!!