Story 21;そばにいて
長らく更新できずすみませんでした…。読者の方々が椎名璃月を忘れていないと祈って、Story 21スタートです!!!!
「…それは」
長い沈黙を破って、朔斗は話し出した。
「麻綾もその病気で死ぬってことですか」
医者もまさかそんなにハッキリと言われるとは思わなかったらしい。
ただ、今まで不治の病の患者を診てきた経験があるからだろうか、冷静さは失わなかった。
「可能性がないとは言い切れません。ですが、遺伝性というのも正しいか解らないので…確証はないんです、どちらにしろ」
「…そんな」
誰に言うともなく朔斗は呟いた。
「なんで…麻綾まで…」
麻綾が郁未の実の娘と知ったとき、“親友”が“従兄弟”に変わった。
麻綾が誠斗の娘と解った今、親友というよりも――朔斗にとって彼女は、妹でしかなかった。
そこでふと気付く。
「…あの…オレはその遺伝子、持ち得ないんですか」
「…女性だけだとは言われていますが…解りません。ただ、原因からして男性には有り得ないでしょう」「…原因、って…意識不明になってから運ばれて来てるのに解るんですか?」
「郁未さんの場合、事前に受診されていなかったようですが…みきさん、歩未さんはこの病院に体調不良を訴えてきているんです」
…朔斗には、初耳だった。
「…母はその時点で、祖母と同じ病だと知っていたんですか?」
「えぇ、伝えたという記録が残っていますので」
――母さんは…自分が死ぬって…知ってた…? そのとき、駆け込んできた人物がいた。
「雅さん!!」
「朔斗くん…ありがとう」
「いえ…僕はただ、母さん達の病気について知りたかっただけなんです」
「…そうか。それなら、一緒に話を聞こうか。僕は本来この家族の人ではないから」
「ありがとうございます…」
正直、続きを聞くのが怖くなっていた――。
「では仲里さんも一緒に。先程話しかけていた、みきさんと歩未さんと郁未さんの病気の原因の話ですが…」
「…はい」
雅は、用意された椅子に座りながら医師を見つめた。
「仲里さんには申し訳ないといいますか…原因は端的に言うと…心労なんです」
「心の病ってことですか…?遺伝子、なのに…?」
「愛する人を失ったと感じたときの…寂しさから来るとでも言いましょうか。それが遺伝子に働き掛けているようなんです」 愛する人を…失ったとき?
おばあちゃんはおじいちゃんが早くに亡くなったから。
母さんは…父さんが浮気したから?
郁未さんは――…!
「人殺し…!」
雅が聞いたこともないような声をあげる。
「い…くみ…!!」
荒々しい口調の中から、愛おしそうに郁未を呼ぶ。
「…許さない…高崎誠斗っ…!!」
「雅さん!!」
朔斗は雅の腕を掴んで、何の罪もない医者に殴り掛かろうとする彼を制止する。
「きっと…郁未さんが選んだ道なんですよ…」
自分以外に男泣きする人を初めて見たのかもしれない。
そんなことを、朔斗は思っていた――。
全身の骨が抜けたように、雅は床に崩れ落ちた。
「あの…その原理が正しいとすれば、麻綾がその病気にかからない、ってことも…有り得るんですよね?その寂しささえ感じなければ…」
「今現在の研究でなら恐らく…。ただ寂しさを感じさせないことが悪影響とはならないでしょうしね」
佑稀先輩が居れば。
麻綾は…オレの妹は、生きられる。
「…!!…症状が現れるのは、何年後なんですか…?」
郁未の症例を考えれば、15年ほど間が空いて発症してもおかしくない。
「…潜伏期間は、最低でも7年間です」
「7…年…!?」
「みきさんが発症したのは56歳の頃なんですが…49歳になる直前に、あなたのお祖父さんに当たる浩一さんが大腸ガンで亡くなったのはご存知…ですよね?」
「はい…」
「世界の症例を見ても、発症――つまり植物状態に陥るまでの最短期間がみきさんの例なんです。過去の患者数は400人弱ですが、平均して10年前後ですね…」
10年…。
これからずっと佑稀先輩が麻綾のそばに居ても、昨日までに“寂しい想い”をした麻綾を救えるかは解らないということ…。
悔しくなった。
大事な人を自分は誰ひとり守れないのかと――。
いつの間に、自分はこんなに非力になったんだろう?
いつの間に、麻依だけを守ろうなんて思っていたんだろう…?
もう…ダメなのか?
どんなに成績がよくても…
どんなにスポーツが出来ても…
どんなに…
どんなに…!!
朔斗に今出来ることは、郁未のそばに居ることと、雅の手を押さえることと…泣かないことだけだった。
「仲里さん」
医者が固く閉ざしていた唇を開く。
「郁未さんのそばに…居てあげてください。世界で1例だけ…助かったことがあるんです。」
朔斗が押さえる手の上から、医者は冷たくも優しい手を載せた。
「え…」
泣き腫れそうなほど赤くなった眼が、伏せていた状態からあらわになった。
「その方の発症の原因になった人とは別の…新しい恋人が、寝る間も惜しんでそばに居たんだそうです。ずっと語りかけて…。その方はもう元気に暮らしていらっしゃいますよ。スウェーデンでの話ですが」
雅は、郁未のベッドへ走った。
――あぁ、この人は本当に郁未さんを愛してるんだ。
そう思った瞬間、朔斗はいてもたってもいられずに、携帯を手に飛び出した。
緑に満ちた広場のような場所に行き着き、アドレス帳を開く。
「ま…み……」
剣道部繋がりで連絡先を知っていたのが幸いだった。 麻綾を守るために、麻綾を守る人を呼ぶ――。
それが、今朔斗に出来る唯一のことになっていた。
『…もしもし?朔斗か?どうしたんだ?』
『佑稀先輩…!!』