Story 20;…未来。
相原みき・高崎歩未親娘は、今まであまり症例のない病を患い、最終的には植物状態に陥って亡くなった。有名にもなるはずだった。
何度か見舞いにも来ていた郁未を、何人かの看護師は覚えていて、口々に『まさか、あの郁未さんも?』と言い合った。
「高崎歩未の息子の、高崎朔斗です。仲里郁未の甥に当たる…」
「…そうですか。お座りください」
医者は半分上の空で言う。
「あの、郁未さんは…」
「…残念ですが、助かる確率はかなり低いです」
なぜか朔斗は、医者が心苦しそうな表情を見せて安心していた。
「あの、先生。オレ、母さんが亡くなった原因…知らないんです。郁未さんも同じ病気なんですよね…?教えてくださいませんか?」
「それは構いませんが…はっきり言うと、みきさんと歩未さん、そして郁未さんがかかった病に、名前はないんです」
「え…」
「症例もほとんどない。治す方法も見つかっていない。よくする方法さえない。だからこそ、郁未さんは危ない状態なんです」
「そんな…」
「…まだ長くなります。早いうちに、旦那さんと娘さんを呼んでください」
「麻綾は、今ロンドンに留学してるんです。すぐに来れるかどうか…」
「実の母親の危篤です。麻綾さんも飛んで来るはずですよ」
ICUから、ピッ、ピッとリズムを刻む音が聞こえる。時折リズムが崩れ、そのたび不安を覚えた。
長い静寂のあと、朔斗は公衆電話に向かい走った。
『雅さん?オレです、朔斗です。あの、郁未さんが倒れました。歩未さんと同じ病気だそうです…今すぐ、来られませんか?』
『…いくみ…が?…解った、今すぐそっちに戻る。麻綾に連絡してもらってもいいかい?』
『解りました。それじゃあ』
受話器は置かず、受話器受けを指で下ろし、ロンドンへの番号を無我夢中で押す。
さっきの医者のように、半分上の空だった。
それよりも、雅さんの冷静さに戸惑いを感じた――。
番号をプッシュし終えたとき、自分の手が震えているのが解った。
…怖いのか?
――何が?
自分が郁未を殺したって、思ってるんだろ?
――そんなことねぇよ。
じゃあ何で震えてるんだよ、お前。
――…麻綾に何て言ったらいいんだよ?郁未さんはもう伝えられないかも知れないんだ。あいつがお前の父親だって…!!
帰ってきたら伝えるのか?
――まだ…言えない…。傷付けたくない…!!
誰なのかよく解らない相手に、朔斗は大声をあげた。
その瞬間、ふと我に帰り、ダイヤル音が途絶えた。
『もしもし、仲里です』
『…麻綾か?』
『…朔斗?どうしたの、公衆電話で掛けてくるなんて…』
『麻綾さ、帰国するだけの金あるか?』
麻綾が何か事情があることに感づくのは、早かった。それは、初めて会ったときから変わらない。
『…今すぐ?片道ぐらいなら足りるけど…』
『なら帰って来い、今すぐ…郁未さんが倒れた…!!』
『……え?…冗談やめてよ、朔斗。嘘でしょ、ねぇ…嘘って…言って…?』
『オレだって…そう言えるなら言いてぇよ!!麻綾は郁未さんの娘だから、甥のオレよりツラいのは解ってる。でも――こんなこと冗談でだって言いたくねーよ!!…麻綾が泣くのは…オレも麻依も…見たくねーんだよ…!!』
オレは泣きたくない。
麻綾が泣くのも見たくない。
もちろん、麻依が泣くのも。
『…朔…斗…?』
電話から、麻綾の嗚咽に紛れてオレを呼ぶ声がする。
『…麻綾』
『そっちに…今すぐ行くから…私…。お願い、それまで、お母さんのそばに居て。私の代わりに…』
『…解った。飛行機着く頃になったら、麻依に迎えに行かせるよ』
『…ありがと。今日中には着けないかもしれないけど…』
『いいよ、今麻綾が気にしなきゃいけないのは郁未さんのことだけだから』
『うん…それじゃまたあとで』
オレはガシャンッと荒々しく受話器を叩きつけるように置くと、麻依に電話しなければならないことを思い出してまた麻依のケータイ番号を無心にプッシュする。
『はい、佐倉です』
『もしもし?麻依、オレだけど』
『朔斗?どこ行ってるの!?買い物って言って3時間も帰って来ないなんて…っ』
『今…病院に居るんだ。郁未さんが倒れた…』
『――えっ…』
やっぱり反応が麻綾そっくりだ。こんな状況にもかかわらず、オレはそんなことを思ってしまった。
『郁未さん…って…麻綾のお母さんの、だよね…?う、嘘でしょ…』
麻依の口調は現実から逃げてはいなかった。
もしかすると、麻依は大事な人を亡くすという経験をしているからなのかもしれない。
『麻依…それで、これから麻綾が帰国することになったんだ。空港まで迎えに行きたいんだけど、オレは郁未さんのそばに居ることになってるから…麻依、行ってくれるか?』
『…解った。麻綾にいつ頃来るか聞いた?』
『あ、ごめん…聞いてねーや…』
『いいよ。じゃああたしから聞いとくね。朔斗は早く郁未さんの所に戻ってあげて』
『…うん』
『じゃあね…』
麻依の声が切なげに聞こえた。
そんな声を出させているのが自分だなんて、思いたくはないのに事実だった。
「…麻依」
電話は切れていた。
ツーッ、ツーッと耳元で音がしていた。
何とも言えない哀しさが、一番ツラいときに呼ぶ名前を、彼に呼ばせていた――。
「――お座りください」
「はい…」
「それで、あなたは、みきさんと歩未さん…そして郁未さんの病気について…知りたいんですよね?」
「…そうです」
朔斗には、医者が“憐れみを込めようと努力している”ようにしか見えなかった。
自然と表情が固くなる。
口調も冷たくなる。
責めるのは医者でも誰でもないことは解っていたのに――。
「原因は…解ってるんですか」
「推測でしかありませんが…恐らく、突然変異で発生した、遺伝子に因るものかと」
「遺伝子…!?」
その言葉は、
遠回しに、
麻綾の未来を暗示していた――。
今年中にStory 20まで行けました!!若干行き詰まって来ていたので一安心です…。もう1つの連載、Midnight Aloneの方も今日更新してありますので、読んでくださると幸いです。それでは皆さん、よいお年を!!